ネット市場における信頼−シンポジウム− 2001/2/8 (最初のページ)

問題提起

(株)情報通信総合研究所取締役   
エグゼクティブリサーチャー 田川義博

(1)「Eコマースをめぐる動向」

1.Eコマースの市場規模予測
 
Eコマースには大きな発展が見込まれています。例えば、2001年1月に公表されたECOM、アクセンチュア、経済産業省の共同調査結果によれば、2000年〜2005年の市場規模は、B2Bが22兆円から111兆円へ、B2Cが8,240億円から13兆円へと大きく成長すると見込まれています。また、市場全体に占めるEコマース化率が、この5年間で、B2Bで3.8%から17.5%へ、また、B2Cでは0.26%から4.1%に高まると予測されています。

2.Eコマースの経験率と利用意向に関する5カ国比較
 
また、同調査では、5カ国調査を行っています。調査対象となっている国は、米国、スウェーデン、韓国、シンガポール、日本の5カ国です。大きく見ると、いわば西洋と東洋では、Eコマースについては、かなり異なる姿が浮かび上がっています。 まず、Eコマースの経験率を見ると、スウェーデン、米国がともに29%台と高く、韓国(12.5%)、日本(7.3%)、シンガポール(6.9%)と、アジアの国が低くなっています。いわば、西高東低の冬型の気圧配置というような状態になっています。 この経験率の他に、Eコマースに対して不安を感じる点は何かという調査もしていています。この不安を感ずる点は何かという点について、スウェーデン、米国では「個人情報の漏洩」という回答がそれぞれ54.3%、40.4%で第一位になっています。これに対して、「注文時に想像していたものとは異なる商品が届く可能性がある」ことが一番心配な点であると回答しているのが、日本、韓国、シンガポールで、それぞれ、62.0%、51.6%、35.9%となっています。 この調査で見る限り、アジアの3カ国では、今日のテーマである「市場における信頼」がEコマースでは、あまり高くないことが伺えます。特に、日本では、62%の人がネット取引について信頼を欠いているという結果になっていて、まさに、今日のシンポジウムのテーマである、「市場における信頼」を築き上げなければ、先ほどの2005年にEコマース市場が現在よりはるかに大きな市場に発展することには、大きな疑問があると考えます。

3.ネット取引に関するトラブル・苦情件数
 
国民生活センター調査によれば、トラブル・苦情件数は、この数年のネット取引の増加も反映して、急速に増えていますが、200年度前半と1999年度の後半の件数と比較すると、件数自体はほぼ横ばいになっています。ただ、内容を分析すると、従来は、リアル市場でもあるようなトラブル・苦情であったものが、ネット市場特有のトラブル・苦情にシフトしつつあるように考えられます。

4.消費者のオンライン・ショッピング利用意向
 
東京都が1999年に行った調査によれば、オンライン・ショッピングを利用したい人が35.5%で、利用したくない人が53.5%となっています。年代的には、若い人の利用意向が高いとの調査結果になっています。 先ほどの5ヶ国調査によれば、オンライン・ショッピングを利用したくないと回答した人は、シンガポール 77.3%、日本 70.8%、韓国 61.0%、スウェーデン 56.5%、米国 50.3%となっていて、先進的であると考えられている米国でさえ、食わず嫌いということはあるにせよ、50%の人が利用したくないと答えていることには注意すべきでしょう。

5.Eコマースの現状と「信頼」
 
ネット取引で一番不安を感ずる点が、「注文時に想像していたものとは異なる商品が届く可能性」であるとしていた、アジアの3カ国で、利用したくないとの回答が多いことは容易に想像がつきますが、米国とスウェーデンでも利用意向のある人と、利用意向のない人との割合を見ると、利用意向のない人の割合が高いことにも注目すべきでしょう。 以上のEコマースの動向を見ると、Rコマースに対する発展は期待されてはいるものの、各種の調査が行われているB2Cの市場では、ネット取引なりオンライン・ショッピングに対して、過半の消費者は「信頼」をおいていないという現状が伺えます。


(2)経済社会の変動と「信頼」

 経済社会が変動期にある現在、「信頼」を考える意義は何かを考えてみたい。 山岸俊男先生の定義では、「信頼」は社会的不確実性のある状況での相手の意図に対する期待である、とされています。

 現在、グローバル経済化が急速に進展しています。また、ネットワークを利用して経済や社会活動が行われるようになると社会的不確実性と機会費用が共に高い環境に変化します。このことを「信頼」の立場から考えると、開かれた環境で、「信頼」をベースにした文化が育ってこなければ、このような新しい環境では、機会費用が高くなりすぎて、日本の経済社会の発展にとって妨げになる、ということを意味していると思います。また、グローバルな中でビジネスを行うときに、「信頼」について各国では異なる受け止め方がなされている、ということもしっかり理解されなければなりません。

 日本の経済社会のメガトレンドとしては、保護と規制の経済から市場・競争中心の経済に移行する、社会の方は、均質な横並び社会、または、仲間内・ムラ社会から個性・創造性が重視される社会、または、選択肢の多い自由な社会へ移行する、と以前には予想していました。いわば、経済と社会がセットになっていて、いわば均衡しています。

 しかしながら、経済がまさに保護と規制の経済から市場・競争中心の経済に移行しつつあるなかで、社会の方は本当に移行するのだろうか、ということが、現在の問題関心です。社会的な移行が生じるために、今日のテーマである「市場における信頼」が大きな役割を果たすのではないか、というのが議論のポイントの1つではないかと思います。

 「信頼」を考える実践的な意味合いとしては、信頼には関係強化の機能と関係拡張の機能の2つがあることがあります。従来の日本社会を支えてきた安定した社会関係や人間関係のウエートが下がってきて、オープンな社会になってくる。そうすれば、一般的な信頼をベースにした社会関係、人間関係のウエートが大きくなってくる。従来、信頼というのは、当事者間で信頼がなければ取引が行われないというように、社会関係や人間関係を強くするという機能は認識されていました。今後のオープンな社会では、社会関係、人間関係を拡大して、機会費用を下げていく必要があります。この意味で、信頼には関係拡張機能があるというのは、大変に重要な実践的な意味合いがあります。このために、社会的知性としての信頼能力を鍛えていく必要があると思います。


(3)Eコマース発展のための環境整備を図るために、どう発想して、どう行動するか。

1.「市場における信頼」を高めるには、どのような手法を用いるべきか。
いくつかの手法が考えられます。1つは、法制度を整備する手法があります。法制度には、強制力があり、いわば、ムチを使うという手法です。法制度整備は、Eコマースの信頼を確保する上では有効な手法であると言えるでしょう。しかしながら、ムチを強くすると自発的に協力する気持ちが薄れることも考える必要があります。また、協力する人に割合が一定以下になると、法の実効性を維持するためのコストが極めて大きくなるという面もあります。

 もう1つの手法は、事業者の自主規制でEコマースの信頼を確保しようとする手法です。また、利用者が自己防衛して、賢い利用者になるという手法もあります。このためには、「信頼」に対する社会的知性の育成がキーポイントになると思います。

 さらに、いずれの手法についても、技術面からの貢献が期待されますが、それとともに、Eコマースの性格上、グローバルなハーモナイゼーションが必要になるので、「信頼」に対する各国における同質性、異質性を理解したうえで、対応策を考えることが必要になるでしょう。

2.ネットにおける「コミュニティ」
 従来の日本社会を支えてきた安定した社会関係や人間関係のウエートが下がってきて、オープンな社会になってくる。そうすれば、一般的な信頼をベースにした社会関係、人間関係のウエートが大きくなってくる、と言いましたが、それでは、ネットではどうなるかが問題になってきます。リアル社会でウエートの低下してくる安定した社会関係や人間関係が、ネット上で実現できるのか、という問題です。この意味で、ネットでコミュニティのような、安心してつきあえるような環境というものが形成され得るのかが、現在、問われていると思います。


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