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ブロードバンドフューチャー
2001年7月掲載

ユビキタス・ネットワークにおける将来シナリオ

 最近この業界でよく聞く言葉に「ユビキタス・ネットワーク」と「ピア・ツー・ピア(PtoP)ネットワーク」がある。しかし、この2つの言葉に一般的に包含されている将来シナリオは、実は相反するものとなっている。単純化を恐れずに説明すれば、以下のようになる。「ユビキタス・ネットワーク」では情報は中央管理され、携帯端末を含む様々の機器からいつでも、どこでもその情報へアクセスできるという利用シーンが想定されており、個々の端末機器はシンクライアント化する。一方、「PtoPネットワーク」では情報は分散管理・処理されるために、個々の端末機器はさらに高い機能が求められるようになる…。

 この2つの言葉は、本当にここに示したように対極的なものなのだろうか。結論からいえば、いずれのアーキテクチャー(設計思想)においても、「いつでも、どこからでも利用できる」という将来シナリオを目指していくことになろう。そして、アーキテクチャーとしての「中央管理」と「分散管理」は両者ともにハイブリッドに組み入れられていく可能性が高い。この観点からすれば、ユビキタス・ネットワークとPtoPネットワークは対義語ではない。ユビキタス・ネットワークという「将来ビジョンや価値論」が上位に位置づけられ、それを構成する「アーキテクチャー」の1つとしてPtoPネットワークが位置づけられる。

(注)少し脱線するが、この業界の言葉には将来ビジョンや価値論とアーキテクチャーとが同居して含意されていることがあり、このことが私たちの理解をさらに困難にさせることに留意する必要があるだろう。PtoPについても、アーキテクチャー上の意味のほかに、匿名性や言論の自由といった文脈や、個人の自由を実現するという文脈の中で語られることもある。

 本稿で見ていく将来シナリオとは、ユビキタス・ネットワークの実現に向けて、中央管理型と分散管理型のいずれのアーキテクチャーの実装と利用が進んでいくのか、という論点であり、これを描き出すことはすなわち、今後のインターネット時代において誰が覇権を握るのか、という攻防を明らかにすることになる。今回はこのための試論として、アイデアの概略を示してみたい。

■具体的なユビキタス環境の利用イメージ−中央管理か分散管理か

 まず、「いつでも、どこからでも利用できる」というユビキタス・ネットワークの利用シーンについて、幾つかの極端な例を見てみたい。極端な例とは、「中央管理」モデル(=C/S方式)と「分散管理」モデル(=PtoP方式)である。

 ある人が1つの報告書を書いている最中としよう。場所は会社と自宅の両方で作業を行っている。完全な中央管理モデルの場合、どこから作業を行っても、完全に1つのファイル上で章を書き下ろしたり修正を加えたりすることになる。最もピュアな中央管理モデルの場合、このファイルはASPのような中央サーバで管理されていて、この人はそのファイルにアクセスして作業をすることになるので、ファイルは常に最新の更新状況になっている。しかしこのモデルの場合、回線が接続されていないと作業が一切できなくなってしまう点にも留意する必要があり、また、通常のデスクトップでの作業環境と同様の操作性能を確保するには「ブロードバンド」環境を利用する必要がある。これはネットワーク事業者が好むシナリオだ。

 一方、完全な分散管理モデルの場合、中央サーバがないために、会社のPCと自宅のPCそれぞれに別個のファイルが置かれることになる。この場合、別々の場所で作業をするとファイル内容が分岐していってしまうため、変更を加えるたびにそのファイルを別の場所に送付するか、メディア等で常時持参する必要が出てくる。ファイルのバージョン管理という面倒な作業が出てくるので、複数メンバーで作業を行う場合は、今回想定している場面以上に複雑な状況を招くことになる。しかしファイルが分散しているため、個人の作業は回線がオフラインでも完結できるので、一時的な回線障害の際でもそれほどの支障はない。

 他にも、ノートPCをいつも持ち歩いて、会社へ行けば会社のLANに接続し、自宅へ帰れば回線に接続し、外出中には携帯で接続するという利用方法もあろう。この場合はノートPCのみにファイルが入っているので、端末機器が故障した時や紛失した場合の損失が甚大だろう。オンライン・ストレージ等へのデータ・バックアップが欠かせない。

ユビキタス・ネットワーク利用シーン

 ユビキタス利用の主なメリット・デメリットを整理すると、中央管理モデルでは、最新データが一元管理され編集・更新等の作業を重複して行う必要がないというメリットがあるものの、サーバや回線環境が常時確保されていることが必須の要件とされるため、インフラ利用のコストが相対的に見て高くなる可能性がある(ネットワーク事業者にとっては、データセンターやSLA(サービス・レベル契約)の提供など、通信サービスの高付加価値化が期待できるが)。一方の分散管理モデルでは、このメリット・デメリットが正反対となる。

 また、一時よく言われた「所有から利用へ」というコンセプトは、パッケージ・ソフトウェアを購入して個々のデスクトップにインストールする売切りモデルから、ASP形式で提供されるソフトウェアのレンタル・サービスを利用するモデルへの移行を示すものであったが、このようなASPの導入は現時点では余り進んでいないのも事実である。重要な業務上のデータをアウトソーサーに完全に委ねることに対する不安は、そう簡単に拭い去ることができないということだろうか。このことは企業のIT担当者であっても1社員であっても、心理的な障壁として存在しているのかもしれない。これが事実であれば、分散管理モデルは、個々のユーザがデータを所有している点で、ユーザ側の「安心感」を担保できる可能性がある。さらには、従来の社内グループウェアではグループ設定やアクセス管理のポリシーはIT管理者が一元管理してきたが、「ユーザ主導型」の分散管理モデルではこのポリシー設定権が個人に移行することも想定される。1社員が簡単にグループを作ったりそれを運用できるようになるため、従来よりも積極的なIT活用が進む可能性がある。

■ハイブリッド型の次世代ASP機能とは

 このように見てくると、中央管理型と分散管理型のメリットだけを実装したハイブリッド型のアーキテクチャーは実現できないものだろうか、と考えるのは自然であろう。これは単純化すれば、通常の作業は個々のPCで完結するが、複数のPCで連携する必要のある部分だけは中央管理される、というものである。そして実際に現在展開されている有力事業者の取組みは、こうしたシナリオに沿ったものであると思われる。マイクロソフトの「.NET戦略」およびそのコンポーネントとしての「HailStorm」構想などは、この典型的な事例といえるだろう。前回取り上げたGrooveもまさにこれに該当する(Grooveはマイクロソフトと.NET戦略で提携している)。また、マイクロソフトのライバル、AOLもNetscapeの買収、Sunとの提携により「AOL Anywhere」を展開している。

 まずはここでもう一度、中央管理型モデルと分散管理型モデルのそれぞれの類型を整理してみよう(図表2)。ピュアモデルとある2つの類型が、上述してきた極端な事例に該当する。例えば完全分散のピュアモデルとしてネットミーティングを挙げているが、これを使って相手と通信する場合には相手先のIPアドレスを特定する必要がある(つまり、あらゆる端末に固定IPアドレスが設定されて、それによって通信が行われるPtoP利用の場合には、中央で提供される番号変換やディレクトリは不要となる)。

中央管理モデルと管理分散モデルの累計

 これに対し、ここで注目したいのは、分散管理モデルの中で「ユーザ中心型」と「データ中心型」、「ウェブ融合型」と類型化されている3つのモデルである。これらに共通するのは、基本的には分散管理型であるものの、一部の重要な機能を中央管理サーバに委ねていることである。表にある通り、ディレクトリやインデックス、データ処理等をサーバが担い、他のユーザやデータの検索やデータベースとの連動、インタフェースのパーソナル化やデータの同期サービスなどが提供される。そして、これらの機能に特化したサービスを提供するのが「次世代ASP」である。

 例えばインスタント・メッセージング(IM)は、一見完全なPtoP型の通信ツールのようにも思えるが、自分で登録している相手先のオンライン状況などが常時確認でき、それによってオンラインの相手にメッセージが送れるようになっている。この「オンライン・プレゼンス機能」こそがハイブリッド型のASP機能である(他にもディレクトリ機能によって相手を識別しているため、ネットミーティングと違って、固定IPアドレスが不要である)。最近ではIMを使ってIP電話が簡単に出来るようになっているが、このIP電話で付加価値サービスが提供されるとすれば、オンライン・プレゼンス機能を拡張した部分にしか派生し得ないだろう。したがって、現時点において既に、この次世代ASP機能を誰が握っているのか、という点はよく吟味する必要がある。

■ユビキタス・ネットワークに内在する2つのシナリオ

 これまでの中央管理と分散管理に関する説明を「くどい」と指摘されるかもしれない。しかし、このことは今後の情報通信業界において誰が覇権を握るのか、というテーマを考える際に非常に重要なポイントとなるものと思われる。何故なら、中央管理と分散管理という対立軸は、ほぼそのまま「インテリジェント・ネットワーク」か「ストゥピッド(馬鹿な)ネットワークか」という対立軸に置き換えることができるからである。これをネットワーク事業者に限定して考えれば、前者のシナリオでは主導権を維持できる可能性もあるが、後者のシナリオでは単なる「パイプ屋」に転落することを意味する。潜在的な収益を生み出す付加価値サービスを主体となって提供できなくなってしまうわけだ。

 これまでの電話網の時代には、交換機ネットワークがインテリジェンス性を有し(ソフトウェア制御)、料金データベースと連動した課金を行うなど、通話に関連するあらゆる機能を集中的に担ってきた。端末である電話機に求められる機能は相対的に低く、すなわち「インテリジェント・ネットワーク+ストゥピッド端末」というシナリオを展開してきた。電話網の時代には、電話会社が圧倒的な主導権を握ってきたのである。

 しかし今は電話網からインターネット網へのトランスフォーメーションの時代である。インターネット網ではこれまで、エンド側端末で動作するアプリケーションに、インテリジェンス性が実装されてきた。つまり、これまでのインターネットは、「ストゥピッド・ネットワーク+インテリジェント端末」のシナリオで展開されてきたわけだ。2つのシナリオを簡易に識別するポイントは、ネットワークの制御機能を担うのがネットワーク側なのか、端末側(アプリケーション)なのか、である。

 現在、マイクロソフトやAOL/Netscape/Sun陣営などが、「ハイブリッド型ASP」的な地位をめぐって熾烈な競争を展開しているのは、インテリジェント端末に実装されてきたインスタント・メッセンジャー(IM)市場を両者で2分する地位を確立したものの、IMサービス単独では収益化ができない状況にあることも一因であると考えられる。IM市場における支配力をテコに、ハイブリッド型ASPサービスを「有料化」していく、あるいは既存のサービスを「高付加価値化」していくことが狙いである。この2つの陣営をめぐっては、以前からIMのほかにも、ブラウザ、ウェブメール、スケジュール管理等のオフィス・アプリケーションからサーバOS/アプリケーションなど、あらゆる分野で似たような事態に直面しているといえるだろう。本稿の視点でこの事実を見ると、両者ともにこれまでは「インテリジェント端末」シナリオを強化する動きを展開してきたものの、将来の覇権保持および収益性という観点から「インテリジェント・ネットワーク」シナリオの推進へと大きく舵を切りはじめた、ということになる。

 ここへきて、ネットワーク事業者、アプリケーション事業者ともに、「インテリジェント・ネットワーク」シナリオを推進する立場で一致したといえるだろう。今後は、このシナリオの中で、ネットワークで提供されるどの機能が本当の中核機能となるのか、そしてその潜在的な市場を制覇し収益化するためにどのような戦略で手を打っていくのか、が主眼となっていくと想定される。いずれかのプレイヤーが一人勝ちするのではなく、「共有」あるいはレベニュー・シェアリングという発想も重要になると思われる。

■結びに

 繰り返しになるが、ユビキタス・ネットワークを構成するアーキテクチャーが、中央管理か分散管理かという論点は、ネットワーク事業者を含む様々な事業者が入り乱れて、インターネット関連サービスにおける主導権奪取を争う「攻防」と見ることができる。したがって、この構図の存在にさえ気づかない事業者は、知らぬ間に自社にとって本質的に不利なはずのシナリオの実現に加担させられている場合もあり得るだろう。

 日々メディアに溢れる一見ありきたりのニュースを、それぞれがいずれのシナリオの実現可能性を強化しているのか、という視点で眺めてみると、新たな発見があるはずである。誰がどんな立場で何を言っているのか、そしてそれが時を経てどのように変化しているのか。次世代ASPに対して誰がどのような取組みをしているのか、IPv6プロトコルに対してはどのような立場をとっているか。また、我々、サービス利用者にとっては、どのような将来シナリオが望ましいのか、という視点も忘れてはならないだろう。

政策研究グループ リサーチャー 杉本幸太郎

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