2003年7月号(通巻172号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

混迷深まる欧州の3G

 欧州で実質的に唯一の第3世代携帯電話(3G)導入会社である「ハチソン3G UK」は、去る3月にサービスを開始して以来今日まで加入者が25,000と伸び悩み、音声通話料金を大幅に値下げして、加入者獲得に改めて取り組むことを余儀なくされた。一方、第2世代携帯電話(2G)サービスを提供する既存携帯電話会社は、3G導入を先送りしつつ既存システムの改良版であるGPRSの高度化やEDGEの導入によってデータ通信需要に対処しようとしている。さらに、ITUは2003年6月6日に第4世代携帯電話(4G)を2010年ごろに実用化することを促す勧告を承認した。先進諸国で携帯電話の新規需要の頭打ち傾向が次第に明瞭になる一方で、2.5Gへのバージョン・アップと3Gの後継機種である4Gの早期導入期待が高まるなかで、欧州の3Gの動向はいよいよ混迷の度を深めようとしている。

■音声通話の値下げに踏み切ったハチソン3G UK

 3Gで去る3月に携帯電話市場に新規参入した「ハチソン3G UK」は、6月5日に音声通話を大幅に値下げする新料金プランを発表した。新プランの料金は英国における1分間平均通話料の約70%の水準である。同社は、2003年末までに100万加入達成を目標としていたが、現時点で25,000加入しか獲得していない。この実質値下げは、携帯電話機上でビデオを視ることをアッピールした「3」の当初の戦略を劇的に転換(同社のBob Fuller新共同CEOの最初の決断)させ、音声通話でも他社の2Gより安くして(注)、加入者数の増加を狙ったものだと見られている。6月9日から適用されるVideoTalk 500(国内すべての有無線加入者に対し、いつでも利用できる音声通話500分をバンドル)は25ポンド、VideoTalk 750(同様の音声通話750分をバンドル)を35ポンドで提供する。1分間4.7〜5ペンス(9.4〜10円)である。同時に対応する携帯電話機もそれぞれ150ポンド(30,000円)と100ポンド(20,000円)に値下げして提供する。

(注)Hutchison’s U.K. cellphone start-up in price assault:Totaltele.com/Reuters / 05 June 2003
なお、両料金プランにはそれぞれ10、20ポンド分のテレビ電話、ビデオ・メール、ビデオ・クリップ(通常料金は0.5ポンド/分)のダウンロードおよびそれぞれ25、50通の電子メールとインターネット接続が最初の3ヵ月間(8月末まで)無料で提供される。同社のFuller共同CEOによると、この新料金プランは他社の同様のプランに比べ50%安いという。なお同社は、3Gはより効率的な技術であり、音声通話でもより規模の大きい競争相手よりも低廉な料金で提供できる、と主張している。

 フィナンシャル・タイムズ紙(注)によれば、消費者は上記の料金の優位性と、「3」の電池のもち時間が短い携帯電話機およびカバレッジと接続が不十分なサービスとを比較考量する必要があるという。競争相手のmmO2は、「昨今では、料金がすべてではない。ネットワークの品質および提供するサービスについての経験が重要である」と語り、オレンジも「サービスが重要だ。我々は困惑していない」と静観する構えだ。しかし、英国最大の携帯電話販売代理店カーフォーン・ウエアハウスの幹部は、「加入者の増加に的を絞った「3」の戦略は正しい。それほどハイテク志向でない利用者でも、今回の料金値下げには大きな価値を見出すだろう。多少問題のある携帯電話機でも、利用者は大目に見るのではないか」と語っている。なかでもEBITDA(利子、税金および減価償却前利益)の85%を英国市場であげているmmO2は、かなりの影響を受けるのではないかと見られている。

(注)Hutchison 3G mobile price cuts represent a tough call for rivals:The Financial Times online /June 6, 2003

 しかし、「3イタリア」は上記の英国の姉妹会社の方針転換に追随する考え方がないことを6月9日に表明した(注)。「3イタリア」も3月に3Gの商用化をスタートさせ、加入数は現在10万である。英伊両会社の2003年末合計販売目標200万の達成は厳しい状況だ。「3イタリア」は料金の値下げを行なわず、従来からやっている携帯端末の割引提供(他社の2Gを利用している顧客が解約して「3」と契約する場合は250ユーロを割引く)に注力する意向だ。イタリアの消費者は、新モデルが市場に出回ると、彼らの携帯電話機をアップグレードするために、すぐにお金を使う習性があるからだという。「3 UK」による3Gの値下げは、英国における局地戦となるのか、欧州全域の価格競争に発展するのか、2Gの値下げ競争に波及するのか、その推移に注目が集まっている。

(注) Hutchison 3 Italia plans no U.K.-style price war :Totaltele.com/Reuters 10 June 2003 

 英伊以外のハチソン3の姉妹会社は、オーストリア、デンマーク、アイルランド、スウェーデン、オーストラリア、香港およびイスラエルで、3Gのネットワークを構築中だ。英伊以外は3Gのサービスを開始していない。

■EDGEへの対応を急ぐ欧州の無線産業

 世界最大の携帯電話機メーカーのノキアは、2003年下半期に出荷する新GPRS端末の過半をEDGE(Enhanced Data rates for Global Evolution)対応にすると発表した。その際ノキアは、EDGEの技術はGSM移動通信網の進化に大きな役割を果たすと強調した。さらにノキアは、2004年下半期以降に同社が供給する3G端末も、EDGEに対応すると表明した(注)

(注) Nokia says most new phones to have EDGE from H2:Totaltele.com / 06 June 2003

 ノキアの責任者によれば、EDGEは利用可能な周波数の効率的活用によってGSM/GPRSネットワークの性能を高めるために不可欠な技術であり、試験が行なわれている米国やアジアでは特に重要な役割を果たすだろうという。

 しかし、すでにUMTS免許を持っている欧州の事業者は、W−CDMAを次世代のプラットフォームとして利用する予定だが、東欧諸国ではUMTS免許は付与されておらず、EDGEをサービス改善の実現手段として期待している。しかし、すでに3G導入を決定した国々においても、3Gを展開するにはコスト効果が低過ぎる地方のGPRSの性能を高めるために、EDGEは重要な役割を果たすだろう、とノキアの責任者は期待している。サービスの多様化に対する携帯電話会社の要求が、EGDEおよびW−CDMAの導入によるネットワークの進化を推進してきた。現在使われているGPRS網の能力は、当初想定していたよりも遥かに高いが、より高度なサービスに対する要求は、EDGEおよび3Gによって促進される速度と容量によってドライブをかけ対処することになるだろうという。彼の説によれば、3Gの鍵となる差別化要因はビデオではなく、「マルチ・タスク」(データを受信しながら同時に電話で話すことができるなど)の能力だろうという。

 テレコム・イタリア・モビレ(TIM)は、欧州の主要な携帯電話会社で最初にEDGEを導入する会社になる、と6月10日に表明した。TIMは、ビデオのダウンロードおよびその他のマルチメディア・サービスを提供するにあたって、需要はあるが高価なW−CDMAの導入を正当化できない地域において、EDGEを活用する計画だ。ビデオのダウンロード速度は、GPRSの2倍となる予定である。mmO2はEDGEのテストを実施しているが、この技術を展開するかどうかは決定していない。(注)

(注) Telecom Italia Mobile to use EDGE technology in network:The Wall Street Journal online:June 10,2003

 TIMは、高速のダウンロードが可能なW−CDMAとEDGEの組合せで、イタリア全域にマルチメディア・サービスを経済的に提供することを考えている。同社は、W−CDMAによるマルチメディア・サービスを今年の第3四半期から主要都市で、EDGEによるサービスは2004年から地方で開始する予定である。2010年ごろの実用化が見えてきた4Gを念頭に置くと、欧州における3Gの導入地域は限定的とならざるを得ないのではないか。

■「3Gを飛び越して4Gがやって来る」

「3Gを飛び越して4Gがやって来る。3G携帯電話ネットワークは新たなライバルに直面している。それは4Gだ。そして驚いたことに、この新ネットワークは利益さえも生み出すだろう」というのがエコノミスト誌の書き出しである(注)。当初計画の数年遅れで3G携帯電話ネットワークへの移行が世界中で始まりつつあるが、関心は早くもその次に来るものへ移ろうとしている。ハイテク企業の自信過剰がもたらしたのか?そうではなさそうだ。エコノミスト誌の見方は以下の通りだ。

(注) Move over 3G:here comes 4G:The Economist online / May 29 2003 同誌は「未来は常に早く来過ぎる。そして、順番を間違えて来る。」という未来学者のアルビン・トフラーの言葉を引用している。

 4Gへの関心が高まっているのは、3Gを巡る混乱によるところが大きい。1,000億ユーロを超える3Gのライセンス料を支払った欧州の通信会社は、利用することに同意した技術が、当初の予想よりも実際に展開するのが難しいことに気がついた。それに、たとえ運用を開始しても、3Gネットワークで可能になるビデオやマルチメディア・サービスに対する需要は依然として不確実だ。3Gに対する期待は小さくなっている。通信会社にとって、3Gはマルチメディア・サービスからの新たな収入の金脈であるというよりは、音声通話で2Gネットワークが過負荷になっている部分の容量を増大するための単なるパッチ・ネットワークになってしまうかも知れない(注)

(注) mmO2は2003年3月期決算で96億ポンド(1兆9,200億円)の一時損失を計上した。一時損失のうち59億ポンド(1兆1,800億円)が英国とドイツにおける3G免許の評価損で、事業化の遅れなどで資産価値が約3分の1に目減りしたと判断した。一方、ボーダフォンは「将来利益を生み出す事業を減価する必要はない。」として欧州各国で取得した免許、140億ポンド(2兆8,000億円)の評価損計上を見送り、2003年度中の3Gの事業開始を目指している。

 3Gがもたもたしている間に、もう一つの無線技術であるWi−Fiが注目を集めた。Wi−Fiは基地局から約50メートル以内の適切な設備を持つコンピューターに高速インターネット接続を提供する。家庭、オフィスおよび大学などで広く利用されている。いくつかの企業はホット・スポット呼ばれる場所で、Wi−Fiアクセスを有料で提供している。多くの新興企業がWi−Fiの利用できる範囲を拡げる研究をしているが、現時点では携帯電話の1基地局が受け持つエリアをWi−Fiでカバーするためには、数百のホット・スポットの設置が必要で、全地域をくまなくカバーすることは難しい。

 しかし、Wi−Fiスタイルのインターネット接続と、全地域のカバレッジや少ない基地局を特徴とする携帯電話のネットワークが一体になったとしたらどうだろうか。4Gに関する明確な定義はないが(注)、音声もしくは音声とデータの混合ではなく、データ伝送に特化した広域をカバーする高速無線ネットワーク技術である、ということでは共通の認識がある。このような4G無線ブロードバンド・システムには二つの方向がある。一つは、より広いカバレッジを有するWi−Fiの競争者とし てである。もう一つは、ケーブルやDSLなどの固定系ブロードバンドに対抗する無線の代替サービスとしてである。しかし、高速インターネット接続が何処にでも人について回るという点で、無線とブロードバンドの融合はまったく新しい技術である。

(注)6月6日にITU無線通信総会で承認した勧告は、4Gを光ファイバー並の伝送速度を持ち、高速で移動しても音声や画像に乱れが生じないなどと定義し、各国はこれを開発の指針とし2010年の実用化を目指す。

 4Gの提唱者は、3GやWi−Fiと異なり、4Gのビジネス・モデルは健全だと強調する。3Gは実現しそうもないマルチメディア需要に根拠を置いている。また、現在の利用状況からみて商用Wi−Fiのホット・スポットが確実に利益を生むとは誰も思っていない。しかし4Gでは、現在月額約50ドルの支払を厭わない何百万もの利用者がいる固定通信のブロードバンドと同様の料金設定が行なわれるだろう。モビリティを控え目に、まずは高速アクセスを強調することで、当初はケーブルやDSLが利用できない地域におけるブロードバンド需要に対応し、その後モバイル・ユーザーの広範なカバレッジを提供するためにサービスを拡大していくことになるだろう。固定通信会社やケーブル会社は、ブロードバンド市場で新たな競争相手に直面することになる。

 ネクステル(米)は、Flarionの4Gシステムに興味を持っており、3Gをスキップすることを検討中だと言われている。欧州では、通信会社のうち何社かは、3Gの計画を縮小しIP Wirelessの技術を導入するだろう。すでに取得した3Gの周波数や既設の基地局の活用も可能であり、4Gの競争では携帯電話会社は固定通信会社に対し有利な立場に立つことが出来る。現在、音声通話で固定通信会社に攻勢をかけているが、4Gでブロードバンド市場にも攻勢に出られるし、Wi−Fiの脅威を和らげることも出来る。テレフォニカ(スペイン)が、昨年いくつかの3G投資の放棄を表明した時、同社の株価が値上がりした例もある。通信会社にとって、ワイヤレスの世代をスキップすることは、そんなに悪いアイデアではないのではないか(注)

(注)前掲エコノミスト誌が4Gの開発で具体的に名前をあげている新興企業は、IPWireless,Frarion,Navini,ArrayComm,Broadstormである。

 以上がエコノミスト誌の記事の紹介である。最大手のボーダフォンが2003年度中の3Gの導入を表明するなど、欧州の主要携帯電話会社が3Gを完全にスキップすることは考え難いが、新規需要の頭打ち傾向が明らかになる一方でマルチメディア需要への期待が薄れてきていることも事実だ。2.5Gの技術も予想外に高い能力を発揮することも分かった。不確実な需要に依存するよりは、すでに市場が確立しているブロードバンドに4Gの戦略を絞り込むというのも悪いアイデアではない。3Gをどう展開していくかは、見えてきた4Gをどう戦略的に位置づけるかと密接に関わっているのではないか。

(追記)

 英国最大の携帯電話販売会社カーフォーン・ウエアハウスによると、ハチソン3G UK(「3」)の劇的な料金値下げによって、最近の2週間の販売数がそれまでの5倍となり、1日1,000台となったという。「VideoTalk 750」(他事業者への通話を含む月750分の音声通話の利用を35ポンドで提供)を契約した顧客には、携帯電話機を実質無料で提供していることもあって、ハチソン3G UKの1週間の販売数は15,000台に達していると見られている。値下げは所期の効果をあげたというのが大方の見方のようだ(注)

(注) 3G mobile phone sales take off in Britain:The Financial Times online / June 20, 2003

 また、3G免許の付与を行っていない中国が、3Gを飛び越えて一気に4Gの展開に踏み切る可能性があるとする、ピラミッド・リサーチの見方が最近紹介されている(注)

(注)China "could leapfrog 3G" to 4G:Totaltele.com / 17 June, 2003

特別研究員 本間 雅雄
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