2003年8月号(通巻173号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

世界の大企業1000社に見る通信産業の現状

 ビジネスウィーク誌(2003年7月14日号 以下BW)は、恒例によって株式時価総額(ドル換算)によって順位づけした世界の企業1,000社(The Global 1000、2003年5月30日現在 先進23国をカバー)を特集している。1,000社の株式時価総額合計は2001〜2002年に連続して2桁の減少だったが、2003年は1桁の減少(9.6%)にとどまり16.4兆ドルとなった。同誌によれば、イラク戦争、景気後退、SARSにもかかわらず、最悪の事態は過ぎたという幾つかの証拠(その中の一つがテレコム産業)がある。しかし、回復力は未だ弱く最良の状態には程遠い。その中で米国企業の優位だけは一貫して変わっていないという。2000年後半から3年間にわたってバブルの破裂とその後遺症に苦しんできた世界のテレコム産業にも、ようやく曙光が差してきたというのが同誌の評価のようだ。The Global 1000 / 2003を手懸りに、テレコム産業の現状を考えてみたい。

■目立つ欧州勢の復調

 The Global 1000 / 2003の100位以内にランクされた通信会社は、2002年の9社に対し2003年は14社と増加している。(表1)欧州勢、なかでも携帯電話会社が順位を上げて健闘しているのが今年の特徴といえる。もっとも、この1年間にユーロはドルに対して22%高くなっていることを勘案する必要があるが、それでも欧州勢の順位向上は目覚しいものがある。

表1

参考

 なかでも、フランス・テレコムは184位から57位へと向上が著しいが、これは新CEOが大規模なリストラを敢行し、フリー・キャッシュ・フロー(注)を2005年に150億ユーロにまで増やすと公約したことが評価されたものだ。同社の2002年業績は8%の増収、31%の営業利益の増益を達成した。(ただし当期損失は収入の44%に相当する207億ユーロ)傘下の携帯電話会社オレンジも161位から70位へと大幅に順位を上げ、インターネット・プロバイダーのワナドューも642位から349位に順位を上げている。

(注)企業が事業活動から得た自由に使える資金。(当期利益+減価償却費−設備投資−事業運転資金増減)

 ほんの数ヵ月前までは、長距離音声サービスと高速データ回線に対する堅調な需要の増加にもかかわらず、歯止めのかからない料金の低下は通信産業固有の病気ではないかとさえ考えられていた。新無線データ・サービスの需要も停滞している(注)。大量のM&Aと第3世代携帯電話のような新サービスのための周波数ライセンス取得に対する過大な支出は、通信会社のバランス・シートに打撃を与えた。

(注)主要各国のブラウザフォン・サービスの2002年末契約率は、日本 81%、韓国 50%、米国 7%、英国 フランス ドイツ イタリア 6%、中国 2%(日経コミュニケーションズ 2003.7.14)

 信用評価の格下げ、破産およびBTグループ、KPN、ドイツ・テレコム、フランス・テレコムのトップが退任するなどの浄化の時期を経て、欧州の通信産業はようやく落ち着きを取り戻し始めている。現時点ではドイツ・テレコムがより有望のように思える、と前掲のBW誌は書いている。2003年第1四半期には黒字を達成し(2002年は290億ユーロの損失)、2003年末の債務を前年末比11.5%削減する見通しだからだ(注)。「コスト削減だけで将来の展望は拓けない。」と同社のリッケCEOは強調するが、投資家やアナリストは同社の最悪の時期は過ぎたと見ているようだ。

(注)欧州の通信会社大手5社(ドイツ・テレコム、フランス・テレコム、BTグループ、テレフォニカおよびKPN)の 2003年3月末負債は、ピークだった2001年3月末から20%強減少し、売上高に対する負債の比率は1倍未満となった。(欧州通信、財務改善の兆し / 日本経済新聞 2003年6月15日)負債圧縮で最も成果をあげたのはBTグループで、資産の売却、投資の削減、事業運営の効率化、株主割当増資などによって、2003年3月期末の負債を前期末から41億ポンド(30%)減の96億ポンド(収入の51%)とし、復配を実現した。

 同様のことはドイツ・テレコムのライバルにもいえる。これらの企業が危機の時期にあった時は、その企業価値を著しく過小評価された。フランス・テレコムの株式時価総額は、資産(帳簿)価額の数分の一にしか評価されず、子会社である携帯電話事業のオレンジのそれをも下回った。しかし、現在では巨大通信会社の危機を口にする投資家はおらず、年間何十億ドルものフリー・キャッシュ・フローを稼ぎ出すことを認識している。通信会社に対する新しい信頼感は、去る6月24日にロンドンで開催されたオレンジの派手なイベントで、同社の新CEOが欧州第2の携帯電話会社としての野心的な成長目標を打ち上げたことにも示されている、とBW誌は書いている。

■躍進したネクステルとヤフー!ジャパン

 The Global 1000 / 2003の中で最高に順位を上げたのは、米国第5位の携帯電話会社のネクステルだと前掲のBW誌は書いている。2002年の988位から244位に急上昇した。同社は2002年に黒字に転じて以来、急成長を遂げている。建設や不動産業に従事する人たちに愛用されているプッシュ・ツー・トーク(PTT:ボタンを押すだけで複数の相手と同時に通話が出来る)の機能が躍進の主因である。これらのブルーカラーの顧客はこのサービスを頼りにし、他社に契約変更することなく、しかもプレミアム料金を喜んで支払ってくれる。現在ではこのサービスは一般顧客(特に若者)にも広く普及しそうな勢いであり、同社も従来は一定地域内に限られていたPTTの通話先を全米に拡大する予定だ。ネクステルのARPUは他社より多い月額71ドルであり、解約率は最低である。しかし、近く米国第1位のべライゾン・ワイヤレスがこのサービスに参入する予定であり、試験運用中のネットワークにネクステルが不正にアクセスしたとして訴訟になっている。

 ネクステルの躍進に次いで BW誌が注目するのはThe Global 1000 / 2002で順位を797位から341位へ上げた ヤフー・ジャパン である。同社の株価の上昇は、主要業務であるオンライン・オークション・サービス(顧客数1,100万)だけではなく、最近需要が急増しているブロードバンド・サービスが大きく寄与している(注1)。米国のヤフーと日本の投資グループであるソフトバンクのジョイント・ベンチャーである同社は、2001年8月に、音楽、ビデオおよび高速通信ネットワークを経由して提供されるサービスを配信する「ラスト・マイル」市場に参入した。ヤフー!ジャパンのブロードバンド・ビジネスの年間売上は1.9億ドルで同社の年間総売上高の40%を占めている(注2)

(注1)ヤフー・ジャパンの2003年第2四半期のADSL部門売上高は、前期比−5%で連続2四半期の減収となった。これは新規契約数が減少したことによる。同社は、今後は新規契約数の獲得よりも,コンテンツの提供など既存会員のサービス 充実に重点を置く予定。(トップに聞く企業戦略 日本経済新聞 / 2003年7月26日)

(注2)英国の調査会社 Ovumは次の趣旨の報告書を最近発表した。「韓国および日本ADSLプロバイダーは、欧州の約3分の1の料金でサービスを提供しているが、これは「狂気の競争(manic competition)」の結果で、事業を維持することが困難な料金レベルである。韓国および日本のADSLプロバイダーが事業の継続を望むのであれば、早晩そのビジネス戦略を変更せざるを得ないだろう。欧州のプロバイダーはこのようなバーゲン・プライシングに倣うべきではなく、規模と市場シェアを追求する一方でDSLブロードバンドからの潜在的収入の確保に努めるべきである。」(DSL operators must avoid South Korean price model:totaltele.com / 08 July 2003)

■NTTドコモも復調

 日本のテレコム産業におけるもう一つの強力なプレーヤーはNTTドコモである、とBW誌は指摘している。同社はThe Global 1000 / 2003の上位23位にランクされ、日本企業のトップである。2001年度は海外投資にともなう特別損失で赤字を出したが、2002年度では売上高408億ドルに対し利益18億ドルを計上した。2003年度の利益は42億ドル(売上高は420億ドル)に回復する見込みである。リストラ、高速データ通信が出来る新携帯電話機、そしてグローバル市場で着実に拡大する iモード・インターネット接続が効果を挙げつつある。3Gの利用はまだ少ないが、「携帯電話機の改善とサービス提供地域の拡大によって、顧客は3Gに移行し始めており」(ドコモの幹部の発言)、ドコモは苦難に耐えているとBW誌は評している。

 The Global 1000 / 2003の順位ではNTTドコモは23位であるが、親会社であるNTTは60位にラン クされている。同社はドコモとNTTデータの株式を夫々63%、54.2%保有しており、ドコモとNTTデータの株式時価総額(2003年7月25日終値)夫々13兆6,500億円、1兆1,900億円からNTTの持分を算定すると9兆1,400億円となる。しかしNTTの株式時価総額は7兆9,500億円で、差し引き1兆1,900億円のマイナスとなる。これを文字通り解釈すれば、ドコモおよびNTTデータ以外のNTTグループ(NTT東西やNTTコムなど)の価値をマイナスと市場は見ているということになる。前掲のBW誌も、かつてはフランス・テレコムの株式時価総額は子会社のオレンジのそれを下回っていたが、新CEOの打ち出した戦略によって市場の信頼が回復し、順位の逆転も解消したことを指摘している。企業価値を高め、市場に正当に評価されるようにすることをNTTに期待したい。

■拡大が続く新興国市場

 The Global 1000とは別に、株価時価総額で順位づけされた新興国市場の200社が掲載されている。(表2)このなかのトップ100社のうち、通信会社は20社を占めており、新興国市場において通信産業のウエイトが高いことが分かる。固定電話だけでなく携帯電話やインターネットなどの新しい通信需要が急増しているからだ。なかでもアジア勢の躍進が目覚しい。トップのチャイナモバイル(香港)は、2002年末に1億1,800万の加入数を持ち、加入数規模では世界第2位(第1位はボーダフォンの1億1,970万)の携帯電話会社になった。25.5%の売上高利益率をあげるなど財務の健全性も維持している。中国の携帯電話加入数は2億を超えたが、それでも人口普及率は16%程度で成長余力は大きく、端末や機器ベンダーの期待と関心を集めている。中国勢はこの他にもチャイナテレコムとチャイナユニコムが10位以内にランクされた。

 韓国は、ブロードバンドの世帯普及率が60%強と高く、携帯電話でも世界の最先端を行く。SKテレコムとKTの子会社KTフリーテルは、2002年にcdma2000 1xEV−DOを導入し、2003年5月末には契約数が100万を超えた。携帯電話の急成長によって、SKテレコムはサムスン電子(携帯電話機の生産で世界第3位)に次ぐ韓国第2位の企業となったが、携帯電話の成長の鈍化と親会社の不祥事によって、株価は前年同期比で30%値下りした。ブロードバンド市場で約半分のシェアを持つKTも、先行きの収益力に対する不安から株価が14%下げ、新興国市場200社の順位を2002年の14位から2003年は23位に下げている。

■通信機器市場の本格回復は2004年以降か

 The Global 1000 / 2003から通信機器メーカーを抜き出したのが(表3)である。これを見ると、勝ち組と負け組が分かる。IP通信の中核機器で圧倒的な競争力を持つシスコ・システムズは、売上高はピーク時だった2000年下半期の70%程度に過ぎないのに、利益はバブル期を上回る水準を確保している。(注)IT不況を乗り越え、今後は従来弱かった通信会社向けのIP機器の受注に注力する構えだ。ノキア、サムスン、クアルコムは携帯電話機市場でシェアを拡大して順位を上げている。これらの勝ち組以外は業績の回復はさらに先になりそうだ。とくに、モトローラ、アルカテル、ルーセントは順位を大きく落とした。通信会社がデジタル交換機やSONET伝送機器の発注を極端に絞ったことが影響している。モトローラは主力の携帯電話機部門が、シェア1位の中国でSARSの影響を受けて不振だっただけでなく、トップの座をノキアに奪われた。ノーテル・ネットワークスは順位を大きく上げたものの赤字から脱却できないでいる。日本のNECや富士通も同様の状況にあるが、米国市場での不振が事態を一層深刻にしている。

(注)シスコは製品の設計から部品調達、組み立て、配送までEMS(電子機器の受託製造)にすべて外注している。しかも製品の競争力の源泉は、機器内部の半導体の独自設計部分と「IOS」と呼ぶ独自開発の基本ソフトにある。機器の衣をま とったソフトを売っているというのがこの会社の実像だ。(海外会社研究 日本経済新聞 / 2003年7月8日)

 過大設備を抱え、破産企業の市場復活に怯える通信会社は通信機器の発注拡大に消極的で、市場の回復は2004年以降となるとの見方が強い。 エリクソンは過去11四半期赤字を続けているが、営業費用と従業員を半分にするリストラ策が功を奏し、2003年第2四半期には赤字が前年同期比15分の1(2億ドル)に減少し、年内の黒字化も視野に入ってきた。過去2年半で従業員を3分の1の36,500人に削減し、営業費用を75%カットしてリストラを加速させているルーセントは、2003年第2四半期までの13四半期連続赤字を続けているが、2004年9月期には黒字になるとの見通しを明らかにした。IT需要の回復が伝えられるなかで、回復が遅れていた通信機器市場でもようやく底入れの兆しが出てきたようだ。リストラによって財務的危機は回避できても、問題は需要の回復であり、その成否はブロードバンドと3Gの本格展開にかかっているのではないか。

特別研究員 本間 雅雄
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