2003年11月号(通巻176号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<世界のニュース:ネットワーク・スタンダード>

TD−SCDMAの現状と展望

 数年前、中国政府が中国独自3G規格「TD−SCDMA」の開発への取組みを発表したとき、政府の強行な取組みに世界の移動通信業界のプレイヤーは愕然とし、中国という巨大な市場から締め出されるかもしれないという懸念もでていた。それから数年が経過し、TD−SCDMAを取り巻く環境にも暗雲が立ち込めてきている。従来の計画では、本格的に商用化しているはずのこの時期になっても、3G免許付与のスケジュールも明らかになっていない。本レポートでは、このようなTD−SCDMAの現状と展望、課題を報告する。

「TD−SCDMA」とは

 TD−SCDMA(Time Division Synchronous Code Division Multiple Access)は、第3世代移動通信(3G)サービスの仕様策定機関である3GPP(Third Generation Partnership Project)が承認する3G規格の1つである。この規格は、ドイツのシーメンスと中国の大唐電信が中核となって策定した。技術的な側面を見ると、TD−SCDMAはCDMA(符号分割多重)とTDMA(時分割多重)技術を複合した技術であり、1つのチャネル内での上りと下りを時分割で細かに切り替えて通信し、符号と時間による分割多重するというしくみをとる。このため、周波数利用効率が良く、特に人口が密集して周波数が不足するような大都市に適しているとしている。また、W−CDMAと比較した場合、インフラコストが低価格に抑えられるという利点がある。しかしデータ通信面での弱みが指摘されており、データ通信が中核となる3Gの標準として競争力があるとは言い難い。なお、TD−SCDMAはW−CDMAとの相互運用性が確保されている。

中国政府による強力なサポート

図表:TD-SCDMA標準化への道のり しかしながら、TD−SCDMAは元来、中国市場をターゲットとして開発された規格である。技術面でいかに凌ぐかよりも、いかに中国の国益を増大させるか、というのが本来の課題である。実際に、3G市場において規格策定にまで政府が関わるケースは他に例を見ない。 この中国独自の規格を国内に普及させることができれば、移動る。通信業界に政府の影響力を増大さ告すせ、国内企業に有利な環境を築きを報、市場シェアという観点から国際課題的にも競争力のある企業を育てる望、ことができる。その上、TD−Sと展CDMAが一旦国内で普及すれば現状、ユーザー数にものを言わせ他国Aのもこれに追随せざるを得ず中国企DM業にさらに好機をもたらすというSCシナリオを描くことも、巨大な市D−場を背景とした中国ならば可 能となる。中国に拠点を置くコンサルティング会社ノーソン(Norson)によれば、第2世代移動通信では移動通信機器市場の95%を欧米のベンダーが占有していた。しかし3G市場でTD−SCDMAが広範に普及すれば、3分の1は中国のベンダーがこのシェアを取得できるだろうとしている。まさに利用次第では、TD−SCDMAは中国経済成長の強力な武器となる可能性を秘めている。

TD−SCDMAへ参画する企業

 TD−SCDMA陣営で中核となっているのは、仕様策定当初から参画するシーメンスと大唐電信である。この規格を促進する業界団体「TD−SCDMAフォーラム」は2000年に設立され、現在では200社を超える企業や団体の参画を得ている。

 シーメンスはTD−SCDMA規格開発の当初から積極的に活動に参加している。同社はドイツに本拠地を置くが、TD−SCDMA開発の部門は中国に本拠を移転させ、現地で直接開発に従事している。最近の動きでは、華為技術有限公司(Huawei Technologies)と2003年8月に1億米ドルを超える資金を投資しベンチャーを設立する覚書を締結している。しかしこのようなシーメンスの活動は、中国国外の他の主要ベンダーとは一線を画している。大多数はフォーラムなどの活動には参画するものの、TD−SCDMAへ参入する大きな動きは見せておらず、当面は不透明な市場の行方を見据えているのが現状である。このような中でシーメンスの動きは、「大きな賭け」などとも囁かれているのも事実だ。TD−SCDMAが中国3Gの標準規格として広範に普及することになれば、早期参入のメリットも手伝い巨大な中国市場で大きなシェアを獲得できる。このような戦略は、ノキア、モトローラといったトップベンダーでは考え難いが、シェア拡大のためにニッチ市場の開拓に積極的にならざるを得ないシーメンスのお家事情もあるようだ。

図表:中国の3G市場の企画別ベンダーの位置づけ

 一方、どの事業者がTD−SCDMAを選択するかは依然として不透明な状況である。いづれの事業者も正式にこれを採用するという表明は今のところ出していない。中国最大の移動通信事業者、中国 移動通信は、これまで採用しているGSMをW−CDMAへアップグレードしたいというGSM事業者にとって典型的な道をたどる意向を持つ。中国聯合通信(チャイナ・ユニコム)は2002年1月からCDMAによるサービスを、2003年3月にはcdma2000 1xをそれぞれ開始しており、今後のアップグレードもCDMA路線をたどることが想定され、この他にもまたGSM1xを採用するという筋書きも有力になっている。固定事業者である中国電信(チャイナ・テレコム)、中国網通(チャイナ・ネットコム)も3G市場への参入を目論んでおり、当初はTD−SCDMAのみ提供するとの見方もあった。しかし中国電信は、一旦はTD−SCDMAのトライアルへも参画したものの、これを中止し現在ではW−CDMAに傾いており、両社ともTD−SCDMAを手掛けるか否かは明らかでない。

商用化へのスケジュール

 TD−SCDMAは当初、2003年には商用化が見込まれていた。しかし現状ではサービス開始までの明確な道程も定まっていない。このように計画が遅れる理由は、W−CDMAなど他の3Gサービス開始が延滞しているのと同様に3G業界全体の動きが鈍くなっていること、SARS(重症急性呼吸器症候群)の流行により少なくとも半年は計画が遅れていること、TD−SCDMAの技術自体が完全でなく改良を強いられていることが挙げられる。

 一方、TD−SCDMAのトライアルは2002年から開始し中国国内数ヶ所で行われており、その模様も公開されている。シーメンスと華為技術有限公司によるネットワーク・インフラは、2004年第1四半期に発売開始の予定である。大唐移動通信は、2004年には対応端末を発売できるようになるとしている。

 中国政府の動きを見てみると、中国の規制機関、情報産業部(MII)は2003年9月、3G向けの周波数の配分を実施した。この結果、cdma2000並びにW−CDMA向けには90MHzの帯域を、TD-SCDMA向けには155MHzの帯域をそれぞれ設定している。免許公布の正式日程は公表されていないが、2004年後半というのが業界の一般的な見方のようである。この状況から推測する限り、TD−SCDMAが普及するとしても、商用化は少なくとも2年先、さらに本格的な普及には5年ほど掛かるものと思われる。

図表:情報産業部による3G周波数の割当(2003年9月実施)

TD−SCDMAの展望

 これまでレポートしてきた通り、TD−SCDMAを取り巻く環境には不透明な点が多く、商用化に漕ぎ付けることができるか否かの見通しも立っていないのが現状である。規格自体技術的な改善も強いられており、進捗もかなり遅れている。TD−SCDMAの技術的側面から判断して中国以外の国でこれが採用されることは当面はないだろう。
しかしながら、否定的要素を全て考慮しても、巨大な市場を背景とした国益を増大するための中国政府の目論見が全くなくなるということは類推し難い。最悪のシナリオを踏んだ場合でも、まずは細々と一部の地域など限定的にでも商用化に漕ぎ付けるのではないだろうか。

移動パーソナル通信研究グループ
リサーチャー 宮下 洋子

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