2005年9月号(通巻198号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
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RoHS(ロース)指令の動向

 欧州委員会では、2001年〜2010年の10ヵ年計画の一部に包括的製品政策と呼ばれる環境行動計画が策定されている。その一部として、2003年2月に欧州連合(EU)で制定した特定有害物質使用制限指令、RoHS(ロース)指令(Directive 2002/95/EC of the European Parliament and of the council of 27 January 2003 on the Restriction of the use of certain Hazardous Substances in electrical and electric equipment)により、電気電子機器製品に、鉛(Pb)、水銀(Hg)、カドミウム(Cd)、六価クロム、ポリ臭化ビフェニール(PBB)/ポリ臭化ジフェニルエーテル(PBDE)の6種類の化学物質の使用規制が行われることになる。現在、このロース指令を受けて、EU加盟国の国内法を整備中で、2006年7月に規則として施行される見通しである。エレクトロニクス業界のサプライ・チェーンを構成する各企業、特に携帯電話をはじめとする情報通信機器は、電子部品点数も多いため規則による製品の出荷停止などのリスクが高いと考えられる。指令実施まで1年を切った現段階での業界の動向を見てみる。

■ロース指令の目的と企業への影響

 ロース指令の目的は、生産から廃棄・処分にいたる製品のライフサイクルにおいて、人の健康や地球環境負荷を最小限に抑えることを目的としている。このことから化学物質を扱う企業は、これまでの有害物質をできうる限り使用しないことに加えて、有害物質の特性を理解し、健康や環境に影響が現れないように制御管理する義務を負うことになる。仮にロース指令に違反した場合は、健康・環境に対する意識が増している昨今、企業ブランド・イメージが著しく傷つくことはもちろんのこと、各国内法に基づいた罰則を受けることになり、最悪、出荷停止回収といった形になることも考えられる。これは、2001年にオランダで、ソニー・コンピュータ・エンタテインメント(SCE)の家庭用ゲーム機に基準値以上のカドミウムが含まれていたとして税関で輸入を禁止され、部品交換を含めて、数十億円もの多額の損害を被った事例からも容易に想定される。

図表 対象分野と品目リスト

〈出所〉欧州委員会「Commission Decision Draft」などから情総研で作成

対象分野 品目リスト
1 大型家庭用電気製品 冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、エアコンなど
2 小型家庭用電気製品 掃除機、アイロン、ドライヤー、時計など
3 情報技術・電気通信機器 パソコン、コピー機、携帯電話など
4 民生用機器 ラジオ、テレビ、ビデオカメラ、楽器など
5 照明器具 家庭用照明器具を除く蛍光灯照明装置など
6 電気・電子工具
(大型の据付型製造業工具を除く)
電気ドリル、ミシン、芝刈り機など
7 玩具、レジャー・スポーツ器具 ビデオゲーム、スポーツ器具など
8 医療関連機器
(すべての移植機器および汚染機器を除く)
放射線療法機器、心電図測定器など
9 監視・制御装置 煙探知機、計量機器など
10 自動販売機 飲料自販機、現金引き出し機など

 機器メーカーでは、こういったリスクを回避するために、最終製品を構成するサプライ・チェーン(機器メーカー、部品メーカー、材料メーカーなど)全体で、ロース指令の対象となる化学物質などの管理体制の整備を進めている。

 当初ロース指令では、対象物質や実施の時期に関して明言していたが、含有基準値(しきい値)など具体的な細部が公表していなかった。このため、多くの企業でおのおのが考える最も厳しいしきい値での対応を進めて来ている。これは、しきい値が発表されなくても、新規開発、現行商品の部材変更など、物作りに要する時間的な制約から物質を管理する体制を早めに整える必要があったからであろう。

■部品メーカーの悲鳴

 2004年9月に欧州委員会から具体的な「しきい値」が文章で通達されたことで、EU各国の国内法の案にも「しきい値」が明記され、先行して走っている企業の混乱も一応終息には向かっているが、既におのおの企業で運用し始めている「しきい値」は、企業毎にばらばらのままである。

 このため、特にサプライ・チェーン内の中流にある部品メーカーでの負担が増している。これら部品メーカーは、上流の材料メーカーから化学物質のデーターを収集・整理し、部品製造と共に下流の機器メーカーへ情報提供するが、物質の含有量の評価基準、解析費用など多岐に渡る時間とコストがかかることになり、最下流部からの過激な要求に対して、取引停止に怯えながらコストと時間に対する負担が増加したままになっている。

 そもそも、ロース指令対応が始まる以前から「環境マネジメント」と称してIS014001などの標準規格の認定を取得するなど、環境経営戦略の一環として環境負荷の低減に取り組んでいる企業は多く、1990年代終わり頃から一般的に「グリーン調達」という環境への負荷が低い部材を調達する体制づくりが行われてきている。これは、サプライ・チェーンのサプライヤ(部品メーカーやOEM企業)に対し、禁止または使用を削減する化学物質の指定、サプライヤにおける化学物質管理基準の準拠すべき要件を提示し、これらの要件を満たしているサプライヤとだけ取引するといった認定制度である。

図表 特定有害物質と最大許容値

〈出所〉欧州委員会「Commission Decision Draft」
特定有害物質 主な用途 最大許容値(%)
鉛(Pb) はんだ、塗料、ゴム硬化剤 0.1(1000 ppm)
水銀(Hg) 水銀灯、防腐剤、顔料、乾電池 0.1(1000 ppm)
カドミウム(Cd) 接点材料、インキ、着色料 0.01(100ppm)
六価クロム(Cr6+) 顔料、腐食防止、防錆 0.1(1000 ppm)
ポリ臭化ビフェニール(PBB) 難燃剤 0.1(1000 ppm)
ポリ臭化ジフェニルエーテル(PBDE) 難燃剤 0.1(1000 ppm)

 これに加えて、今回のロース指令の対応では、含有化学物質の制御・管理の要求が部品メーカーを悩ましている。部品メーカーが機器メーカー各社から依頼される内容は、電子部品に含有される化学物質の成分表、分析データ、禁止物質の含有量証明書、製品製造環境の監査などがある。そして、その要求されるしきい値などの内容は、最も厳しい値で想定していたため、ロース指令の値よりも格段に厳しくなっていることが多い。また、規定する分析方法も干差万別で要求条件によっては、上流の材料メーカーが社外秘で開示出来ず、部品メーカーが独自で分析を行わなければならないものや、そもそも検査不能な物質など、必要な範囲をはるかに上回る過度なデータの要求例も少なくない。

 このように、部品メーカーはロース指令の施行というタイム・リミットが迫る中、機器メーカー各社ごとに多種多様に乱立した要求に応じなければならない状況で、機器メーカーが、最終製品に含まれる化学物質の情報を確実に取得する仕組みを構築する中で苦悩する部品メーカーの構図が見える。

■国際標準化の取組み

 以上のようにサプライ・チェーンの上流から下流へと化学物質の情報を流すためのインフラは企業努力の独自仕様で運営されいるため、中流の部品メーカーへの負担が大きくなっている。日本では、これらの負荷を軽減し化学物質管理の高効率な手法をサプライ・チェーン全体で共有するために、2001年頃から、管理項目やグリーン調達の対象物質、化学物質の分析方法などを標準化する動きがある。

 大手機器メーカーとそのサプライヤーなどを含む87社6団体(2005年6月現在)が参画するグリーン調達調査共通化協議会、JGPSSI(Japan Green Procurement Survey Standardization Initiative)では、調査管理対象となる化学物質や調査フォーマットを検討し、2003年に共通ガイドラインとして29物質郡を対象として、調査用フォーマットを統一し、データのやり取りに利用できる無償の推奨ツールを作成した。その後、この活動は、米国電子連合会、EIA(Elec-tronic lndustries Alliance)や欧州情報通信技術製造者協会、EICTA(European Informationand Communications Technology Industry Association)などの海外業界団体と共同で標準化を推進し、2005年5月26日に、JGPSSIとEIA そして半導体業界の標準化団体JEDECとの合意により、「ジョイント・インダストリ・ガイドライン、JIG(Joint Industry Guideline)」を発表した。

 JIGではロース指令で規制される6物質を含め、1.情報開示の対象となる材料と物質のリスト、2.特定の材料と物質の開示すべき含有量または「しきい値レベル」、3.該当する場合は、しきい値レベルを定める法規制の規制内容、4.情報交換に必要なデータフィールド郡、を規定している。

 更に、ロース指令では、製品の部位単位で含有濃度を報告する義務があるため、JIGの製品単位で化学物質含有量を記載するフォーマットでは対応できないので、2005年秋までにはJIGベースにロース指令にも対応した化学物質調査フォーマットの改訂版が発表される予定である。この改訂版を国際電気標準会議、IEC(Intemational Electrotechnical Commission)にJGPSSIから提案し、国際的な推奨ガイドラインとして活用されることを目指している。また、IECの技術委員会「TC-111」でも、含有化学物質の開示方法の標準化、および化学物質の分析測定方法の標準化のワーキング・グループを設置し、材料に含まれる化学物質の情報開示に関する標準化を検討している。

■今後の課題と動向

 機器メーカーと部品メーカー、部品メーカーと材料メーカーといった、サプライヤの間で情報伝達や化学物質管理を標準化することは、情報の信頼性が増し、サプライ・チェ一ン全体で共有かつ運用可能なマネジメントの仕組みを構築できることになるので、ロース以外にも様々な環境規制にも対応できる。よって、現在、独自運用体制でグリーン調達や化学物質調査管理を実施している機器メーカーも標準化の方向性には賛同するだろう。

 しかし、標準化といっても法的な強制力がないガイドラインという枠組みでは各社の思惑や企業文化による解釈の乖離などが生じる恐れもありフォーマットや管理システムを一本化するのは困難と見る向きもある。また、何よりロース指令施行1年を切った現在、開発期間などから考えると、サプライ・チェーン全体が満足する体制が整うのを待っている時間は無い。よって、欧州が市場の機器メーカーは、過激と取られても、独自の運用体制でリスクを回避することに必死だ。

 また、グリーン調達やエコ商品といったものと同様に、ロース指令を契機に、化学物質管理体制の優劣が、機器メーカー、サプライヤを問わず、企業の強みを計る要件として浮上しつつあるのも事実である。しかし、ここでもう一度企業として、法規制への対応で十分とするか、ユーザーニーズや将来規制などまで配慮するか、それとも競争優位性を主張する一つの材料とするのか、環境経営戦略に立ちもどって考えてみてほしい。私は少なくともロース指令の部類のものは、全企業が対応して当たり前のルールやモラルの領域であり、コンスタントに間違いなく続けるのが筋で、一時的に力をいれて声高に宣伝文句に使ったりするのはいかがなものかと思う。

 よって、これらの規制が変更されたり、同様な新規制が施行されるたびに、個々の企業で対応してしまうと、コストも時間もかかりすぎて疲弊してしまうので、時間がかかってもサプライ・チェーン全体に無駄や無理のない効率的で実質的な化学物質管理や情報伝達の仕組を作り上げることが必要だと考える。これら、標準化による効果は、サプライヤの負担を軽減することもあるが、それにより機器メーカーも的確で確実なデータを得られることになるので、対応して当たり前の分野での無駄な競争が軽減され、結果的に各社の真の意味での製品競争力を高める早道になる。

 将来的に標準化が実現し、情報伝達の公平性が確保された場合、情報をいかに生かすかということが課題になるだろう。更に当該物質を削減する手段を見出すのか、代替物質検討の材料にするのか、それとも商品の機能そのものを見直す材料にするのか、単に法令遵守だけのデータとして扱うのではなく、真の意味で人の健康や地球環境負荷を最小限に抑えることを考慮した製品作りに生かす長期的な視点を持った戦略を見出してほしい。

グローバル研究グループ
チーフリサーチャー 有川 順進
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