2005年10月号(通巻199号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

相次ぐネット企業の通信市場進出は何を狙っているか

 最近、インターネット検索エンジンの最大手グーグルが、インスタント・メッセージング(IM)とVoIP(インターネット電話)を無料で提供することを明らかにし、通信業界に衝撃を与えた。これに対し、ポータル・サイトの大手であるヤフーやMSN(マイクロソフト)、インターネット・サービス・プロバイダー(ISP)の大手AOLが、VoIPなどの通信サービスを拡充しグーグルに対抗すると表明している。さらに、ネット・オークション最大手のeベイが、VoIPプロバイダーの最大手スカイプを買収することで合意したことが明らかになった。このような相次ぐネット企業の通信市場進出が、何を意図し、通信会社にどのような影響を与えるのか、について考えてみたい。

■3方面から攻勢を受ける既存の通信会社

 英国の経済誌「エコノミスト」は、既存の電話会社は現在3方面からの攻撃を受けていると指摘している(注)。第1のライバルは、米国のコムキャストのようなケーブルテレビの巨人である。コムキャストは、TV、ブロードバンド及び電話サービスを一括して提供する魅力的な「トリプル・プレー・バンドル」で顧客を集めている。第2のライバルは携帯電話会社である。既存の電話会社の傘下にないボーダフォンなどの携帯電話会社は、電話サービスやブロードバンドで、電話会社の市場を侵蝕している。特に、若い顧客のなかには固定電話を契約解除する例もみられる。しかし、既存の電話会社にとってほぼ間違いなく最も危険な存在は、第3のライバルであるVoIPプロバイダーであると指摘している。伝統的な電話ネットワーク経由で音声通話提供している既存の電話会社は、音声サービスを伝送するのにインターネットを利用し、無料もしくは超低料金で提供するVoIPプロバイダーの攻撃を支えきれないだろうという。

(注)Telecoms,Television and Internet−The war of wires(The Economist / July 30 2005)

「トリプル・プレー・バンドル」はブロードバンド時代のサービス・コンセプトである。有線テレビ放送は本来ブロードバンドの共用サービスであり、このコンセプトの実現に最も近いところにいるのが第1のライバルであるケーブルテレビ会社である。米国のケーブルテレビ事業は、地上放送や衛星放送との競争はあるものの、これまでフランチャイズ免許で実質的な独占権益が維持されたこともあって、コムキャストのように買収や合併で規模を拡大し、経営も安定している事業者が少なくない。また、ケーブルテレビ会社の提供するブロードバンドに規制がなかったこともあって、ケーブル・モデムによるブロードバンド・サービスが過半のシェアを確保している。そのブロードバンド上で音声サービス(電話)を提供する動きがすでに始まっており、現時点での利用者は約150万である。

 これに対して、地域電話会社最大手のベライゾンが、最近テキサス州で光ファイバーを敷設して放送事業を開始し、ようやく電話会社による「トリプル・プレー・バンドル」の反撃が開始された。しかし、欧州や日本などにおけるケーブルテレビ事業では小規模事業者が多く、「トリプル・プレー・バンドル」を実現するための投資はリスクが大き過ぎると考えているようだ。北米以外の地域でケーブルテレビ会社がブロードバンドとそのアプリケーションの競争で主導権を握る可能性は小さい(注)

(注)日本における2005年6月末のブロードバンド利用数は2,058万で、内訳はADSL 68.4%、FTTH 16.6%、ケーブル・モデム 14.9%。

 第2のライバルである携帯電話会社は、確実に既存通信会社の音声通信の顧客を奪っており、固定電話の通信時間は目立って減少している。しかし、固定電話を解約し携帯電話だけを利用するという人達は僅かに留まっている。携帯電話会社の提供するブロードバンドは、料金も高く周波数の制約もあり、現時点では大きな影響力を持っていない。携帯電話会社の多くは固定電話会社の傘下にあるという事情もあって、既存電話会社に対する強力なライバルになれるかは分からない。固定/移動の融合など両者のコラボレーションが強まる可能性もある。しかし、独立系の第3世代携帯電話(3G)プロバイダーが増加し、モバイル・ブロードバンドの高速化と料金の定額制が実現すれば、ブロードバンドでも既存電話会社のライバルになりうるのではない

 米国第2位の携帯電話会社ベライゾン・ワイヤレスは、去る8月末に、ラップトップ・パソコンに挿入して利用するCDMA2000 EV−DO(最高2.4Mbps)のデータ・カード(注)の月額定額料金を80ドルから60ドル(6,800円)に値下げすると発表した。サービス品質と利用可能範囲に不満が残るものの、固定/移動のいずれのロケーションでも利用可能なサービスとして評価されるかもしれない。同社は年末までに、米国の人口の半分が利用できるようサービス提供地域の拡大を急いでいる。

(注)このデータ・カードの利用条件は、同社の携帯電話に加入し音声プランを利用していること、契約期間2年以上であることなどで、主としてビジネス向け利用を想定している。また、同社は米国パソコンNo,1のデルがデータ・カードの機能を内蔵したLatitudeシリーズのラップトップ・パソコンを発売することで合意した。

 最近、合併して移動通信専業となった米国第3位のスプリント・ネクステルも、同様のサービスを60ドルに値下げする。アナリストは3年後には40ドル(4,500円)まで値下りすると予測している。欧州でもドイツのE-プルスが、同様のデータ・カード(利用無制限)をこの10月から40ユーロ(5,400円)で提供するほか、モバイル・スカイプ(Wi-FiからのVoIP)の試行にも取り組むという。

 第3のライバルであるVoIPプロバイダーを、前掲のエコノミスト誌は既存の通信会社に対する最も危険な存在と指摘している。調査会社のIDCは、米国だけでも1,100社のVoIPプロバイダーが存在し、2005年末に300万と見込まれるVoIP住宅用加入者が2009年末には2,700万に増加すると予測している。しかし、VoIPは世界的なトレンドであり、日本には800万超のVoIP加入者が存在している。市場調査会社のiSuppliによると、全世界での住宅用VoIP加入者は2010年には約2億に達するという。ただし、この数値には加入契約をせず、無料ソフトをダウンロードして利用している(スカイプなどの)件数は含まれていない(注)

(注)The meaning of free speech(The Economist / Sep 17 2005)現時点におけるスカイプのVoIPソフトの累計ダウンロード数1.62億回、利用登録者数は5,400万(現在1日15万件の登録申し込み)、有料利用者数(固定電話や携帯電話の発着信)は200万。

 挑戦を受ける既存の通信会社は、自らがインターネット技術(VoIP)を取り入れることによってこれらの脅威に対処すべく努力している。すべての大規模な通信会社は、旧式の回線交換方式のネットワークから、新しいインターネット・ベースのネットワーク移行するために投資を続けている。なかでも最も素早く動いているのがBT(英国)である。VoIPプロバイダーからの脅威は、既存の電話会社が自らVoIPを提供することで中和させることができるかもしれない。例えそうだとしても、VoIPの導入は既存の通信会社の厳しい収入予測を、将来さらに一層引き下げることになるだろう。多方面からの挑戦を受けている既存の電話会社は、結局リスクの高いIP(インターネット・プロトコル)TVに進出し、「トリプル・プレー・バンドル」に活路を見出さざるを得なくなる、というのが前掲のエコノミスト誌(7月30日)の見方である。

■グーグル・トークの衝撃

 前掲のエコノミスト誌(7月30日)は、既存の電話会社に対する最も危険な存在はVoIPプロバイダーであるとし、具体的にはVonageとスカイプを上げている。両社は斬新な経営モデルでVoIP市場に参入して成果を上げているが、両社とも非上場の企業であり、現状では経営基盤が安定しているとはいえない。新聞等で両社の株式の公開や他社との合併や提携が報じられていたが、後で述べるようにスカイプはeベイとの合併に合意した。

 これに対して、去る8月下旬に、米国の検索エンジン会社トップのグーグルが、従来から提供していたGメールと称するeメールに加え、インスタント・メッセージング(IM)とVoIPなどの通信サービスを無料で利用者に提供するグーグル・トークと銘打ったサービスを開始すると発表した。グーグルやそのライバルのヤフーやマイクロソフトのMSNなどは、本業の検索やポータル・サービスの利用者確保や利便性向上のために通信に進出しようとしており、現時点で通信を本業にしようという考えはなさそうだ。

(注)グーグルは去る8月中旬に、増資によって40億ドルの資金を調達する意向を明らかにしていたが、その使途について種々憶測を呼んでいた。同社は昨年8月にナスダックに上場以来株価が3倍強に値上りし、10月3日現在の株価総額は890億ドル(因みにNTTグループ株価総額750億ドルを上回る)、2005年上半期の売上高(99%はネット広告収入)は26.4億ドル、純利益は7.1億ドルである。現在グーグルで検索可能なページ数は82億で、米ヤフーの半分以下だが、検索数のシェアが47%、検索精度が55.6%と夫々業界トップで、顧客満足度が高いことで知られている。

 これまでインターネット・ビジネスの主役はヤフーやMNSなどのポータル・サイトだった。ところが、最近主役の交替がいわれるようになった。インターネット上の様々なサービスを利用する場合、従来はまずポータル・サイトにアクセスし、そこからニュース、ショッピング、旅行などのホームページに移っていくのが一般的だった。しかし、2〜3年前からこの状況が徐々に変ってきて、検索エンジンで直接自分が必要としているサービスを探してアクセスする方法を、多くの利用者がとるようになったからだ。この背景には検索精度の高さを誇る新興の検索エンジン会社グーグルの台頭がある。

 さらに、ネット企業の収入源である広告が、「バナー広告」から「キーワード広告」にシフトした(注)ことも影響している。検索結果の表示に加え、検索キーワードでセグメントした広告を適時掲載することで、費用対効果の高い広告展開ができる。ここにきてグーグルは競争相手のポータル・サイトなどが従来から無料で提供していた通信サービス分野でも、同等以上の魅力あるサービスを提供し、利用者の囲い込みを図ろうとしている。

(注)米国のインターネット広告の急拡大が続いている。2005年上半期の市場規模が前年同期比26%増の58億ドルとなり、通年では雑誌広告(2004年124億ドル)と肩を並べる見通しだ(広告市場全体の伸び率は同4.5%)。内訳では検索結果に連動する広告が同27%増の23億ドルで全体の40%を占め、バナー広告が同22%増の12億ドルだった。(日本経済新聞 (夕刊)2005年9月28日)

 グーグルは、2004年4月からウェブ・ベースの無料eメール・サービスであるGメールを開始していた。Gメールはメールを保存するための無制限の容量を利用者に提供することで知られているが、新規の利用には既にユーザーとなっている人の紹介が必要だった。現時点での利用者は200万超である。今後は、Gメールの新規の利用に他の利用者の紹介は不要になる。ただし、正当な利用者であることを証明するために、テキスト・メッセージを受信できる携帯電話を持っていることが必要だ。利用者が、Gメールにサインした際、グーグルは利用者の携帯電話にテキスト・メッセージを送信して本人を確認する。これは完全な安全装置ではないが、スパム・メールの濫用を最小限にするための努力の一つであると、とグーグルの幹部は語っている。

 パソコンのユーザー間でメッセージの交換や通話ができるグーグル・トークの利用は、Gメール・ユーザーに限られる。グーグルは音質の良さが利用者を惹きつけると期待している。グーグルのVoIPは、他社と同様大部分の通話は公衆インターネット経由で接続される。しかし、計画した接続水準を確保するため、同社の検索サービス用に構築された広範囲のデータ・ネットワークを、ラスト・リゾートとして活用する

 グーグルがアピールしているもう一つのポイントは、オープンなネットワークを構築して、競争相手に挑戦することである。米国ではIMをAOL、MSN、ヤフーなどが提供しているが、いずれも利用はグループ内に限られている。グーグル・トークのIMは、先行するこれらのIMネットワークのすべてと互換性を持たせようというものだ。グーグルによると、既にAOLとヤフーにグーグル・ネットワークとのインターオペラビリティを無料で提供し、オープン・コミュニケーションを実現することで合意している。MSNとも近く話し合うという。グーグルはIMだけでなく、インターネット・ベースの音声サービスであるVoIPの成長市場も重視する計画である。米国のインターネット・サービスプロバイダー(ISP)第2位のアースリンクと提携して、両社のソフトに互換性を持たせることで合意した。米国のVoIPプロバイダー第2位のSIPPhoneとも「深い話し合い」が進行中だという。

 検索サイトの巨人であるグーグルが通信市場に進出することは、極めて重要な意味がある、と調査会社ガートナーのアナリストは見ている。ウェブ・ポータルか新メディア企業となるためには、このレイヤーの通信の提供は不可欠である。人々はコンテントにアクセスしシェアするために通信を利用する。しかし、グーグルはそのブランド力にもかかわらず、同社が他のIMに対抗するネットワークを早急に構築するのは困難だと見られていた。ヤフー、AOL及びMSNは夫々何千万ものIMユーザーを抱えており、それに加えて音声や場合によっては無料のビデオ会議などのアプリケーションを提供している。グーグルは、この出遅れをオープンな技術標準をベースとするネットワークによって追いつき追い越したいと考えている。同社はオンライン・ゲームのオペレーター、ISP及び大規模ウェブ・サイトのオペレーターにまで、グーグル・トークのプラットフォーム上で彼ら自身のサービスを提供できるようにしてインセンティブを与え、仲間にすることを狙っているという。

 これに対しヤフーやマイクロソフトは、検索エンジンの機能向上に取り組むとともに通信サービスの拡充を推進している。去る8月末にマイクロソフトは、VoIPサービスのTeleo社を買収し、MSNの利用者にパソコン相互に加えて、固定電話や携帯電話との間のVoIPサービスを提供することを明らかにした。これは、現在スカイプが提供しているサービスに類似している。背景には、利用者の関心がパソコンに搭載するソフトウェアから、ネットワーク上のサービスに移っていくという危機意識がある。AOLもVoIPの提供を発表した。いずれ、ヤフーも追随するだろう。さらに、ヤフーは戦争映像のカメラマンや金融関連のコラムニストなどと契約して、コンテントの独自制作にも踏切った。ネット企業は通信会社だけでなくメディアにも競争を挑む構えのようだ(注)

(注)Web giant takes on telecom rivals(The Financial Times online / August 24 2005)
Now,Google is tackling talk(BusinessWeek online / August 24 2005)などを参考にしました。

■eベイがスカイプを買収、効果に疑問も

 去る9月12日には米ネット競売の最大手eベイが、VoIPプロバイダー最大手のスカイプ・テクノロジーズの買収を発表した。急成長が見込めるとはいえ、現時点におけるスカイプの全世界における有料加入数は200万で、2005年の売上見込みは6,000万ドルに過ぎない。これに対しeベイは26億ドル(現金と株式夫々13億ドル)を支払い、業績によってはさらに15億ドルのインセンティブを追加するという条件で買収する。

 eベイのホイットマンCEOの説明によると、同社のスカイプ買収の目的は3つだ。まず、本業であるネット競売ビジネスの強化で、サイトにクリック一つで買い手と売り手が通話できる機能を備える。自動車や宝石などの高額商品では、会話が商品の信頼性を高めるという利点がある。次に新たな収益源の確保である。eベイは競売以外にもイベント案内や不用品交換サイトなど、個人や企業が様々な広告を掲載できるサイトを運営している。こうしたサイトに通話機能を組み込み、売主や広告主から通話料を貰う。第3は、スカイプを利用する人達をeベイの顧客(現在1.57億人)にすることを期待できることである。スカイプの利用者は欧州やアジアに多く、米国中心のeベイとは重複が少ない。

 しかし、こうした説明に市場は納得していない。「通話機能の重要性は理解できるが、どう見ても買収額に値しない」というのが市場の評価のようだ。eベイの売上高の伸び率は、特に主要市場である米国で鈍化が激しく、成長への新たな戦略が必要と見られていた。買収の本来の狙いは、まだ公表されていないとの見方も浮上しているという。日経産業新聞(注)によると、一つの可能性は、ネット上の店舗を小売業者に提供する新ビジネスの強化ではないかという。顧客とテレビ電話で会話ができれば(スカイプはテレビ電話も提供している)、通常の小売店に近い売買が可能になるからだ。

(注)米イーベイ、スカイプを買収‐「高い買い物」に憶測続々(日経産業新聞 05.9.14)

 もう一つの可能性は、成長鈍化に悩むeベイが、ネット競売に続く第2のコア・ビジネスとしてスカイプを買収したというものだ。同社のホイットマンCEOは、スカイプ買収の理由をeベイのウェブ・ベース・ビジネスへの寄与であると説明したが、スカイプについて「素晴らしいスタンド・アロンのビジネス」だとも語っている。フィナンシャル・タイムズ紙(注)によれば、市場はワイヤレス時代に入っており、両社の合併の成功は如何にモビィリティを取り組むことが出来るかに懸かっているという。スカイプはWiFiホットスポット・サービス・プロバイダーのBoingo及びCloudと提携して、全世界1.8万ヵ所のホットスポットで利用無制限のVoIPサービスを提供する計画を進めており、2006年にサービスを開始する予定である。

(注)Mobility the key for Skype and eBay (The Financial Times online / September 21 2005)

■ネット企業の通信進出による通信会社への影響

スカイプの買収を検討したのはeベイだけではなかったという。マイクロソフト、ヤフー、ニューズ・コーポレーション及びグーグルなども関心を示していた。ネット企業による本格的な通信市場進出は今後も続くだろう。このような情況のもとで、既存の通信会社はどのような影響を受けるのか。eベイがスカイプのベスト・オーナーなのかに疑問があり、買収価格も高過ぎたかもしれない。しかし、買収のメリットがどうであろうと、最近のスカイプを巡る騒動は、VoIPの重要性とそれが既存の通信オペレーターに重大な脅威をもたらすことを浮き彫りにした、とエコノミスト誌は指摘している(注)

(注)How the internet killed the phone business(The Economist / September 17 2005)

 スカイプやその他のVoIPプロバイダーの台頭は、1世紀以上の昔に始まった伝統的な電話ビジネスの終焉を意味しているという。音声通話がブロードバンド接続を経由して配信されるデータ・サービスの一つとなるにつれて、スカイプは通信産業における劇的なシフトの最も分かりやすい例示となって注目を集めたに過ぎない。ブロードバンド接続は音声通話をタダもしくはタダ同然にする能力を持っており、既存の料金設定モデルを致命的に破壊する。スカイプの創設者の一人は、(インターネットに接続されていれば)eメールがタダで利用できるのと同様に、(ブロードバンドに接続されていれば)電話も将来タダになるべきだと確信していると主張している。このことは、距離と時間をベースにした料金の終りを意味するだけでなく、音声通話の限界コストが限りなく下がるにつれて、何兆ドルもの音声電話市場が「ゆっくりした死」を迎えることを意味する、と前掲のエコノミスト誌は指摘している。

 VoIPは料金が安いだけではない。ブロードバンドに接続されていれば、多くのVoIPプロバイダーの中から電話や関連する付加サービスである音声メール、会議電話及びビデオなども選択できる。多くの場合、従来の電話番号が使え、複数の電話番号を利用することもできる。例えば、ニューヨークとロンドンの電話番号を持てば、ニューヨークにいてもロンドンのからの通話は市内通話になる。さらに、世界中どこにいても、VoIP電話機(パソコン)をインターネットにプラグインすれば、VoIPの発着信が可能になる。サンフランシスコの番号のVoIP電話機は上海でも使えるようになる。スカイプなどのVoIPはより安い料金、より多くの選択肢及びより大きな柔軟性をもたらしつつある。このことは、消費者にとっては朗報だが、通信会社にとっては「悪夢のシナリオ」になる可能性がある。顧客は電話会社のブロードバンドを利用するだけで、音声通話を始めとする各種のサービスやコンテントを独立系もしくはウェブ・ベース企業から入手するかもしれないからだ。

出所:エコノミスト誌(9月17日) この場合、最も脆弱なのは音声通信の収入に多くを頼っている通信会社だ、と前掲のエコノミスト誌(9月17日)は指摘している。特に、携帯電話が問題だという。携帯電話会社は、顧客にデータ・サービスの利用をして貰うべく長年苦労してきたが、現時点では収入の大部分を音声に頼っている。(図表)さらに悪いことには、携帯電話会社に将来の成長をもたらすと期待された3Gネットワークが、企業の存続を危うくするかもしれない。いずれ3Gネットワークの高速化が進めば、モバイルVoIPも可能になるからだ(注)

(注)日立製作所はKDDIのインターネット・システムを使って、VoIPを可能にする技術を開発した。VoIPで最大の課題だった音声の遅れが出ないようにした。2006年をメドに実用化を目指す。(携帯ネットでIP電話 / 日本経済経済新聞 2005.10.3)

 これと対照的に、インターネット・ベースの新しいネットワークを構築している固定電話会社は伝統的な電話サービスに比べ高効率・低コストのVoIPで、有利な事業運営ができるだろうという。電話会社の音声収入は徐々にゼロに近づくだろうが、ブロードバンド回線の提供とその新しいネットワーク上で提供する手数料ベースの付加サービスの提供では、他社よりも有利な状況にあるからだ。

 VoIPが伝統的な電話サービスを消滅させるかどうかは最早問題ではない。どれだけ早い時期にそうなるかが問題なのだ、と前掲のエコノミスト誌は指摘している。通信業界では「その時期」について話し合いが行なわれているという。電話が、ブロードバンド・アクセスやペイ・テレビのような他のサービスを購入する際のインセンティブとして、バンドル・サービスに含めて無料で提供されるまで、多分あと5年しかないという。VoIPは通信産業の景観を完全に変えてしまうだろう。このことが、スカイプのような小さな企業を巡って、多くの人々が大騒ぎしている理由だ、とエコノミスト誌は書いている。

特別研究員 本間 雅雄
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