2006年3月号(通巻204号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

米国の携帯電話向け音楽配信サービス競争激化と、今後のシナリオ

 米国でフルトラックの楽曲(音楽)配信サービス競争が活発化している。2006年1月、ベライゾン・ワイヤレスが携帯電話向け音楽ダウンロード・サービス「VCast Music」を開始した。その数日後、既にiTunes対応携帯電話端末で音楽配信ビジネスを展開中のシンギュラー・ワイヤレスが、iTunes対応携帯電話のラインナップ追加を発表している。本稿では米国の音楽配信サービスの動向を紹介する。

 米国では携帯電話向け音楽配信サービスには二つのサービス・モデルが存在する。一つは携帯電話から直接音楽コンテンツをダウンロードするサービス、もう一つは、一旦PCを活用して音楽コンテンツをダウンロードし、その後PCと携帯電話を直接接続することで携帯電話に音楽コンテンツを送るタイプのサービスである。最初に米国で登場したモデルは、後者の一旦PCを経由するモデルであった。

 2005年9月、シンギュラー・ワイヤレスが、携帯電話端末開発大手のモトローラとアップルが共同開発したiPod対応携帯電話「ROKR」(ロッカー)の発売を開始した(端末1台約250ドル)。同端末は、移動通信ネットワーク経由で音楽コンテンツをダウンロードすることはできない。従来のiPod同様、アップルのPC用音楽ファイル管理ソフト「iTunes」を用い、PCに保存されている音楽ファイルを、USB経由で携帯電話に伝送する形を取っている(100曲保存可能)。したがって、携帯電話がiPod代わりになった程度の変化という見方もできる。しかしiTunesでは音楽コンテンツの価格が1曲0.99ドルで提供されているため、これが携帯電話で扱えるようになるということは、携帯電話向け音楽コンテンツの価格が1曲0.99ドルに設定されている状況になったと捉えることもできるため、これは重要な変化といえよう。なぜなら従来米国では着メロが1〜2ドル程度で販売されている状況にあり、これまでの移動通信事業者の価格戦略に影響を与えるからである。そして2006年1月、同社は新たにモトローラ製の端末「Slvr(シルバー)」を投入した。実は初代端末「ROKR」はユーザーには不評な部分も多かったという。特に潜在ターゲットの一つでもある既存iPodユーザーにとっては、この携帯電話の厚さやデザインなどに不満が高かった。そこで今回はモトローラー製の携帯電話でデザインなどで人気が高い機種「Razr(レイザー)」をベースにした端末とした。厚さも1センチあまりと、現在のiPod端末と同等の薄さを実現している。また端末価格も大胆に設定、契約条件次第では(最低契約期間2年間とした場合)、199ドル99セントで購入することが可能となる。

 シンギュラーに次いで米国で登場したモデルは、携帯電話への直接音楽配信モデルである。現在、米ベライゾン・ワイヤレスと米スプリント・ネクステルが提供している。スプリント・ネクステルは2005年10月に、米国初の携帯電話への直接音楽配信サービス「Sprint Music store」を開始した。料金は1曲当たり2.50ドルと、シンギュラーよりも1ドル以上高いが、携帯電話単体に直接ダウンロードが可能な点で異なる。シンギュラーへの競争優位を強化するため、携帯での直接ダウンロードだけでなく、シンギュラー同様PC経由でも楽曲の購入を可能としている。つまり携帯電話向けのダウンロード・サイトだけでなく、PC向けのサイト「Sprint Music Store」も設置し、PCでダウンロードさせ、その後携帯電話へ転送が可能としている。すなわち、二つのサービス・モデル両方を取り入れたハイブリット型を採用したと言える。

 現在最後発の米ベライゾン・ワイヤレスも、この二つのモデル両方を取り入れたハイブリット型で参入した。2006年1月より同社が開始した「VCast Music」では、携帯電話単体で音楽をダウンロードできるだけでなく、PC向けのサイト「VCast Music Store」も設置し、PCでダウンロードした音楽を携帯電話へ転送して楽しむことが可能となっている。同社は音楽再生機能自体の魅力も高めるため、マイクロソフトと提携している。マイクロソフトが展開する汎用音楽再生ソフト「Windows Media」はPC版、携帯版両方が用意されているだけでなく、同社の著作権管理技術を採用した音楽コンテンツも現状普及している。ベライゾンはこのWindows Mediaを携帯電話に実装することで、 Windows Mediaの利便性を携帯電話にも適用することで、音楽ファイルの利便性の高さをアピールしている。具体的には、ヤフーやリアル・ネットワークスなど他のPC系の音楽配信サービスで購入した楽曲も同社の携帯電話上で楽しめる点をアピールしている。また同社は後発でもあるため、価格設定でも工夫している。携帯電話での直接ダウンロードでは、1ドル99セント(シンギュラーよりも50セント安)で提供し、さらにPC経由の楽曲は、PC市場にあわせて99セントと割引価格で提供するという。

 携帯電話向けフルトラック音楽配信サービスはまだ始まったばかりであり、今後を推察するのは難しいが、少なくとも二つのシナリオが考えられる。

 一つは、今回紹介した二つのサービス・モデル(PC経由型、携帯直接配信型)の区分は、早晩意味がなくなるという点である。すなわち、各社がすべてハイブリッド型に対応することで、この区分にはあまり重要な意味がなくなり、その結果ハイブリッド型がスタンダードになっていくと考えられる。実際現在PC経由型のみを採用しているシンギュラー・ワイヤレス(iTunes対応携帯)も、2006年中には携帯への直接配信モデルを採用する予定となっており、もし実際そうなればその時点で各社のサービス・モデルに差がなくなる。したがって、今後同様に追随する事業者も、基本的にはハイブリッド型を採用する可能性が高まっていると考えられる。

 もう一点は、音楽配信ビジネス・モデルが大きく変化する可能性である。具体的には、アップルと提携しiTunesプラットフォームを活用したビジネスモデル(以下iTunes活用モデルと呼ぶ)が、移動通信業界でも採用され始める可能性が高まっているという点である。

 従来の携帯電話向け音楽コンテンツ・サービスは、「移動通信インフラ」という場(ハード)を経由したコンテンツ流通である。コンテンツを提供するコンテンツ・プロバイダーは、その場を通じて販売されたコンテンツ(曲ごと)収入を獲得する。米国ではコンテンツ料金は「着メロ」で1曲1〜2ドル程度、「着うた」(フルトラックの楽曲)で1曲3ドル程度と、固定インターネット市場における音楽コンテンツよりも割高な料金設定となっており、ダウンロード数の増加、利用者数の増加とともに、コンテンツ収入が急増しており、コンテンツ・プロバイダーにとっては魅力的な場となっている。一方移動通信事業者は、サービス利用料金(月額料金)を収入源としている。すなわちサービス利用のためのプラットフォーム運営に対する対価を得ている。加えてコンテンツの伝送に対する課金、すなわちパケット通信料金(ただし従量課金制の場合)や、コンテンツ収入の一部を徴収するモデルを採用する事業者もある。このように、移動通信事業者を中心とした音楽コンテンツビジネス・モデルは、コンテンツ自身による収入、およびダウンロードのための通信インフラ、プラットフォーム運営に対する収入をベースに成り立っている。

  一方、アップルのiTunes活用モデル(すなわちiTunesプラットフォームを活用したiPod向け音楽コンテンツ・ビジネス)は、これとは大きく異なる収益モデルを採用している。アップルの収益モデルは、iPodという端末自体からの対価がその中心となっている。一方コンテンツ収入は、1曲あたりの小売価格をわずか0.99ドル(着メロという断片的な音楽と同一料金)に設定している。すなわちアップルはコンテンツから得られる収入をごくわずかに抑えている(1曲あたりわずか4セント)。また、音楽ダウンロードなどを実行するためのプラットフォームに対しては、その対価は得ていない(月額基本料金無料)。

 従来移動通信事業者は、コンテンツ・プロバイダーに新たなコンテンツ収入獲得の場を与え、その場の代金として、コンテンツ収入の一部を受け取ってきた。すなわち移動通信事業者は高いコンテンツ収入をベースに、コンテンツ・プロバイダーとWin−Winのビジネスモデルを構築してきたのである。しかしアップルのiPodはコンテンツ自体の収入を大きく引き下げるモデルであり、Win−Winの関係を悪化させることになるため、既存移動通信事業者にとっては選択しづらいビジネスモデルとなっていた。したがってこれまで移動通信業界では、この二つの音楽コンテンツ・ビジネスは独立した市場であり、iPodと携帯電話のビジネス的な融合はないものと考えられてきた。

 しかしこの前提は既に崩れつつある。シンギュラー・ワイヤレスがiTunes対応携帯電話を活用して、移動通信事業者でありながら、iTunes活用モデルの採用を予定しているからである。米国最大の移動通信事業者であるシンギュラー・ワイヤレスがiTunes活用モデルを採用することにより、他の移動通信事業者の音楽コンテンツ・ビジネス戦略にさまざまな影響を与えることになるであろう。シンギュラー・ワイヤレスは2006年に開始する移動通信ネットワークを活用した音楽ダウンロードサービスにおいて、そのコンテンツ料金を、現状のiTunes(0.99ドル)よりやや高めに設定するという。一方既存移動通信事業者は音楽コンテンツ1曲あたり2ドル近い料金設定となっていることから、大幅な見直しが求められることになる。しかし事はそう簡単ではない。現在楽曲1曲あたり1ドル近い著作権料をコンテンツ・プロバイダーに支払うことが必要な状況にあるためである。既存移動通信事業者の収益モデルはコンテンツ収入にも期待したモデルであるため、iTunes並みの料金設定を行うことは難しい。また既存モデルでは、音楽配信用のプラットフォームの運用費用も回収する必要があるため、さらにエンドユーザーへのコスト高につながる。

 アップルが保有する卓越した音楽配信プラットフォーム資産と、ユーザー・オリエンテッドな収益モデルは、移動通信事業者自身が直接音楽ビジネスを展開して対抗するのが難しいのが現状である。従って本格的な音楽コンテンツ・ビジネスを検討している移動通信事業者にとっては、実は提携するほうが容易かつ適切な判断となる場合もありえるのだ。このような観点に立てば、今後も他の移動通信事業者もアップルと提携して、iTunes活用モデルを採用するケースが登場するものと予想される。

マーケティング・ソリューション研究部
竹上 慶
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