2006年9月号(通巻210号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

米スプリント・ネクステル、WiMAX採用を発表
〜モバイルWiMAX実用化を睨み業界の動きが加速

 通信業界においてモバイルWiMAX商用化を睨んだ動きが加速してきた。2006年6月には韓国政府の強力な後押しを受け、韓国版モバイルWiMAXとも呼ばれるWiBroの商用サービスが開始、同8月には米スプリント・ネクステルがモバイルWiMAXの採用を発表した。同社はこれまで様々なブロードバンド技術のトライアルを実施しており、採用する技術が業界を大きく左右するとして注目が集まっていた。一方、インテル、モトローラといったWiMAXを後押しするベンダーのM&Aなどの動きも活発化している。本稿では、ここ数ヵ月間特に加速するWiMAX採用の動きと業界の動向についてレポートする。

■米スプリント・ネクステル、モバイルWiMAXの商用化計画を発表

 米移動通信事業者、スプリント・ネクステルは2006年8月9日、次世代の通信方式として「IEEE 802.16e-2005」に準拠するモバイルWiMAXを採用することを発表した。同社の計画によれば、北米全域で基地局とネットワーク構築を進め、2007年までにトライアルを開始、2008年には本格的な商用化を開始する。このネットワークへの投資額は、2007年に10億米ドル(約1,150億円:1ドル=115円で計算)、さらに2008年には15〜20億米ドルを投資し全米1億人が利用できる規模のネットワークを構築する計画である。

 このモバイルWiMAXの商用化計画では、インテル、モトローラ、サムスンと提携することを発表している。インテルは主に半導体やマーケティングのノウハウを、モトローラとサムスンはシングルモードや携帯電話とのデュアルモードの端末やインフラを提供する。本計画において、インテル等からスプリント・ネクステルに対しての資金提供については明らかになっていない。

 スプリント・ネクステルは、モバイルWiMAXにより当初は2〜4Mbpsの下りデータ通信速度を実現する計画である。これに先立ち、同社ではデータ通信網の高速化構想「スプリント・パワー・ビジョン(Sprint Power VisionTM)」を発表している。この構想では、携帯電話ばかりでなくミュージック・プレイヤー、ビデオレコーダ、ポータブル・デバイス、低価格コンピューターといったあらゆるデバイスがワイヤレスで接続され、即座にインターネットなどのコンテンツにアクセスできるといった新たな未来像を描いている。構想の基盤となるのは、固定電話、インターネット、放送を同時に提供するトリプルプレイに携帯電話を加えた「クワドルプレイ」である。同社は2005年11月にCATV事業者のコムキャストなど4社と共同でクワドルプレイ・サービスを展開する会社設立を発表している。なお、モバイルWiMAXの本格的商用化計画は、米国ではこれが初となる。



基礎情報(1) WiMAXとは?

Worldwide Interoperability for Microwave Accessの略語。無線LAN通信方式を改良したブロードバンド・データ通信方式米インテルなどが開発を主導し、IEEE(米国電気電子学会)が規格を承認している。
「Wi−Fi」の通信可能エリアが百メートル程度なのに対しWiMAXは10kmと広範になり、最大データ通信速度も75Mbpsと高速化する。



基礎情報(2) 各無線通信技術比較

基礎情報(2) 各無線通信技術比較



基礎情報(3) IEEE802.16のスペック比較

基礎情報(3) IEEE802.16のスペック比較

■WiMAXの普及状況

 WiMAXは既に世界各地で開始している。しかし現在提供されているのは、そのほとんどが「Pre−WiMAX」とも呼称されるプロバイダーや関連メーカーがIEEE(米国電気電子学会)の仕様完成を待たずに見切り発車の状態でインフラ構築を進めサービス提供に踏み切っているものであるため、他社製品との互換性が確保できていないケースが多い。

 一例を挙げると、英国のワイヤレス・ブロードバンド・アクセス(WBA)プロバイダーのテラブリア(Telabria)は、英国初として2005年9月からPre−WiMAXによるサービス「スカイリンク(Skylink)」を提供している。同社はロンドン郊外のケントを中心にADSL設備の普及が進んでいない地域において、住宅用とSOHOの双方をターゲットとしたブロードバンドのデータ通信サービスに加え、定額制のVoIPサービスを提供している。

 現在提供されているWiMAXは、その多くが過疎地域やADSL等のブロードバンド・サービスの普及が進んでいない地域、もしくは固定通信インフラ設備の構築が進んでいない発展途上国でのケースがほとんどとなっている。

 中国の調査会社MIC(Market Intelligence Center)の推計によれば、現在WiMAXを商用化しているプロバイダーの内訳を見てみると、プロバイダー数では、西欧が最も多く38%、ついで北米が22%、アジアが20%、その他が20%となっている。北米のプロバイダ数が比較的少ないのは、周波数割り当ての議論が長期化したことが最大の原因である。また、WiMAXフォーラムの発表によれば、WiMAXの商用サービスは2005年には20カ所以上で開始、2007年までに約175のトライアルが計画されている。

テラブリア「Skylink」プラン概要

テラブリア「Skylink」プラン概要

■活発化するモバイルWiMAX商用化への動き

 このところ、業界ジャイアントとも呼ばれる主要メーカーがモバイルWiMAX商用化に向け活発な動きを見せている。2006年7月、インテル・コーポレーションの投資部門であるインテル・キャピタルは、高速無線アクセスサービス・プロバイダーの米クリアーワイアー(米Clearwire Corp.)に6億米ドルを出資すると発表した。また、クリアーワイアー子会社の無線通信機器メーカー、ネクストネット・ワイヤレス(米NextNet Wireless)を米モトローラに売却すると発表した。クリアーワイアーは米国主要都市や欧州、南米においてワイヤレス・ブロードバンド・インターネット接続を提供しているプロバイダーである。このサービスには、ネクストネット・ワイヤレスが開発した「プレ・モバイルWiMAX」と呼ばれるOFDM技術を採用している。クリアーワイアーに対しては、モトローラ投資部門のモトローラ・ベンチャーズも出資しているが、今回の取引総額は9億米ドル(約1,040億円)にものぼる規模となった。インテルとモトローラの目的は、モバイルWiMAX商用化に向け、基地局や端末開発を含むサービス展開を加速することであると見られている。米国では周波数割り当ての遅れ、技術の発祥地でありながらWiMAXへの動きが鈍かった背景もあり、業界ではこの状況の巻き返しを目指している。インテルではさらに、WiMAXチップセットのパソコン搭載を急ぐ姿勢を見せている。

 一方、韓国では、世界初のモバイルWiMAXとして、韓国版モバイルWiMAXとも言える「WiBro」の商用化にいち早く漕ぎ着けた。KTは2006年6月、ソウルなどの限定的地域においてWiBroによるデータ通信サービスを開始している。韓国では、政府や事業者、メーカーが一丸となりWiBroを世界的に普及させる構えである。

 モバイルWiMAXは日本国内の動きも活発化している。KDDI、ソフトバンク、NTTドコモといった携帯電話事業者や、イーアクセス、YOZAN、アッカ・ネットワークスといったワイヤレス・ブロードバンド・アクセス・プロバイダーなどがトライアルに着手している。中でもKDDIは同社の次世代網構想「ウルトラ3G」においてモバイルWiMAXを主要技術の一つとして掲げ、cdma20001x EV−DOとのシームレスなハンドオーバーを実現、さらに業界団体のWiMAXフォーラムのボードメンバーとなり、国内プレイヤーの中でも活動が目立っている。また、YOZANは2005年12月、国内初としてWiMAX(802.16-2004)サービス「ビットスタンド(BitStand)」を開始した。同社はアステルのPHS事業を買収、このインフラを活用し基地局にWiMAXのアクセス・ポイントを構築し広域で無線高速通信サービスを展開するというユニークな計画を発表している。

 総務省では、2.5GHz帯の周波数帯域をワイヤレス・ブロードバンド向けに開放することを決定しており、2007年には2〜3社にこの免許を交付する計画となっている。トライアルを実施するプロバイダー間では、この免許争奪戦が激化しつつある。このように、日本国内においてもモバイルWiMAX実用化を睨んだ動きが急激に加速してきた。

■スプリント・ネクステルの選択が意味するもの

苦境に立たされたクアルコム等の他陣営

 モバイルWiMAXを巡っては、数多くの通信事業者がトライアルを実施したり、トライアル計画を発表してきた。しかしその大方は、お互いの出方を窺ったり、戦略やロードマップが明らかにはなっていないなど、不透明さが目立っていた。このような状況の中、スプリント・ネクステルの選択には業界から大きな注目が集まっていた。これは、同社がワイヤレス・ブロードバンドの本命とも言われる米国の2.5GHz帯の周波数を8割程度所有していること、さらにその周波数帯域を利用してこれまでにフラリオンのフラッシュOFDM、IPワイヤレス、TD−CDMAなどの技術の試験を実施してきたためである。英国調査会社、リシンク・リサーチによれば、スプリント・ネクステルのWiMAX選択により全世界におけるWiMAXインフラ市場は2009年までに6億5,500万ドルから73億6千万ドルにも跳ね上がった。この選択がWiMAX業界にとって大きな布石となったことは間違いない。一方で、これ以外の技術を後押しするクアルコムやIPワイヤレスなどの企業にとってスプリント・ネクステルを獲得できなかったことは大きな痛手となった。

スプリント・ネクステルの計画に疑問の声

 しかしながら、スプリント・ネクステルのモバイルWiMAX商用化計画に対しては厳しい指摘が目立つ。まず、同社の業績不振はこのところ顕著であり、8月にCOO(最高執行責任者)であるレン・ローアー氏(Len Lauer)はその理由から解任に追い込まれている。 また業務体質を見てみると、他主要オペレータと比較し収入が安定しないプリペイド顧客やMVNOの依存度が高いことから、業績改善が比較的困難であるという側面がある。第2の指摘として、同社の複雑なネットワーク構成に関する指摘が挙げられる。従来から提供しているCDMA系のネットワークに加え、2005年にはネクステルの統合によりiDEN網を取得、またこの8月にはCDMAのRev.Aを提供することを発表しており、複数のネットワークを活用しいかにサービスを提供するかという課題を抱えているものの、解決の目処が立っていない。今回新たにモバイルWiMAXを採用したものの、その前途は多難が予想される。第3に、モバイルWiMAXの商用化自体に関する指摘が挙げられる。特に2008年の大規模な商用化の際には端末の目処が立たないのではないかという指摘である。端末に関しては提携を発表しているモトローラやサムスンが後押しするが、スケジュール的に考えても困難が予想される。以上のような要因から、今回のスプリント・ネクステルの計画に対しては「野心は高いが実現性の低い計画」、「多大な投資を伴うリスキーな賭け」などといった辛辣な分析が目立つのも事実である。

実用化が加速するモバイルWiMAX

 しかしその一方、スプリント・ネクステルの発表が業界に及ぼす影響も大きい。WiMAXを後押しするベンダーは、今後GSMを中心とした携帯電話市場をターゲットとすることが想定される。スプリント・ネクステルは、モバイルWiMAXを「4Gサービス」として発表しており、これまで描いていたネットワークのロードマップを変更してこの事例を踏襲する事業者も登場するだろう。モバイルWiMAXは今後、携帯電話業界にさらに大きな波紋をもたらすことが予想される。

宮下 洋子
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