2007年6月号(通巻219号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<世界のニュース:政策・規制>

EUの国際ローミング規制で議会と理事会が妥結、2007年夏には開始の見通し

 2007年5月23日、欧州議会は国際ローミングの規制に関する「規則」を採択した。ローミング規制は欧州委員会による2006年7月の提案から10ヵ月という比較的短期間で成立する見通しとなった。規制案は欧州議会の産業・交通・R&D・エネルギー委員会と閣僚理事会との間で調整が続けられてきたが、5月15日に両者の妥協案が固まり、23日の欧州議会で圧倒的多数で採択された(最近の経緯については、2007年5月号を参照)。閣僚理事会も6月7日にはこれを採択する見通しである。規則の正式発効は官報掲載日であり、加盟27ヵ国で直ちに適用されるが、早ければレディング委員が悲願とした夏期休暇シーズン前の、2007年7月初めにも値下げが可能になる。同規則はレディング委員の提案から1年で成立することになるが、これは記録的なスピード立法となる。

■料金水準

 ローミング料金の上限については、欧州議会の提案、閣僚理事会の提案の間で綱引きが続いていた。2007年4月12日時点では、卸売料金の欧州議会案は23ユーロセント/分(国内着信料EU平均×2)、理事会案は32ユーロセント/分であった。また、小売料金の欧州議会案は渡航先からの国際通話料金を44ユーロセント/分、 渡航先の着信料金を15ユーロセント/分であったのに対し、理事会議長国(ドイツ)案はそれぞれ60ユーロセント/分、および30ユーロセント/分としていた。今回欧州議会を通過した法案では以下のように概ね両案の間に収まる値に妥結している。ちなみに理事会では、フランス、スペイン、英国のほかベルギーやチェコなどの小国が議会案に強く抵抗したと言われている。

ローミング料金値下げスケジュール (ユーロセント/分、付加価値税抜き)

■値下げ周知方法

 小売料金上限(「ユーロタリフ」)はEU全域で一律に適用されるもので、その消費者への通知において、プッシュ・システムとプル・システムのいずれの方法を取るべきかが問題となっていたが、結局2つの方法を折衷することになった。まず、事業者は規則発効1ヵ月以内に顧客にローミング料金の基本情報を無料で通知しなければならず、これがプッシュ・システムで行なわれる。例えば発効を7月1日と仮定すると、ユーロタリフについては2007年7月1日〜8月1日に通知されなければならない。顧客は通知を受取後、ユーロタリフを利用するかどうかを事業者に連絡する。その他のローミングに関する基本情報およびローミングに関する無料問合せ番号などは3ヵ月以内、すなわち7月1日〜10月1日に顧客に通知されなければならない。

 すでに何らかのローミング・パッケージを利用している顧客は、ユーロタリフの通知から2ヵ月以内に現行パッケージを引き続き利用するかユーロタリフを利用するかの選択を事業者へ伝える。もし何も通知しなければ、現在利用しているパッケージが継続される。一方、ローミング・パッケージに加入していない顧客が何も通知しないときは、ユーロタリフがデフォルトで適用される。

 したがって、ユーロタリフの開始は順調に進めば7月初め〜9月初めとなる見通しである。ユーロタリフ以外の料金も利用できる道がつけられている。
それ以上の情報を得るためには顧客はプル・システムを利用する。例えば、通知された問合せ番号を利用して、SMS、MMSなどのデータ通信のローミング料金を入手できる。

■規則の施行と今後

 料金規制は今後3年適用されるが、それ以後は失効する。ただし、欧州委員会は施行から18ヵ月以内に規制の成果について議会と理事会に報告することなっており、報告ではSMS、MMS料金の状況についても触れるとされている。今回、規則適用の対象とされているのは音声通話であるが、将来の動向次第では対象が拡大、期間が延長され、音声サービスだけでなくSMSも新たに規制対象となる可能性も残されている。実際、レディング委員は「これを気付け薬に、事業者はデータローミング料金も値下げしてくれるものと期待したい。そうすれば我々が規制する必要もなくなる。」と述べた。

 小売料金規制を一律デフォルトにするか否かは、調整が最も難航したポイントの1つでもあった。利用者に選択肢を全く与えない硬直的なユーロタリフの適用に対して事業者は強く反対していたため、今回すでに提供されているローミング・パッケージを残す方法が含まれたことには胸をなでおろしている。ボーダフォン、オレンジ、T−モバイルなど多くの事業者が先手を取ってローミング料金を値下げしてきているが、特にボーダフォンは、同社の提供する料金は一部のルートにおいて既にユーロタリフよりも低水準にあり、ユーロタリフを適用するとかえって値上げになると警告していた。

 一般メディアはローミング料金の値下げを大いに歓迎している。スピード立法もこのような世論の支持があって成し得たことであるといえよう。他方、GSM協会はこのような規制は「不要、かつ競争の減退を招き、消費者に長期的悪影響を及ぼすもの」と批判を続けている。さらに、新料金への移行や課金システムの変更を1ヵ月で行なうことは現実的に無理である、などの訴えを繰り返している。

 ローミング料金は結局、強制的にEU域内一律料金が適用されることになり、あたかも一昔前の固定電話の市内通話料金と同様の扱いを受けることになった。域内ローミングサービスは、社会的タリフが適用される一種のユニバーサルサービスとみなされているともいえる。今回の決定は一切の市場支配力テストを通過することなく行なわれ、市場開放と競争を究極目標とするEU枠組みから分断されている。それどころか、これまで実施されてきた各国の市場分析ではローミング市場において、この市場が非競争的という結論は出ていない。とはいえ、最近の大手による主要な値下げは、事業者間の競争によるものなのか、それとも欧州委員会の脅しに負けて行なわれたものなのか、その答えは明らかだろう。規則は、飽くまでローミングという特定の料金を値下げすることを究極目標とした措置である。しかし、この規則が定めるとおりの均一料金が、今後、長期に亘って維持されるとはいかにも考え難いといえないだろうか。

八田 恵子
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