2009年1月号(通巻238号)
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世界の移動・パーソナル通信T&S
<トレンドレポート>

携帯電話産業のトレンドを読む

■携帯電話産業における2つの重大な変化

 2008年11月14日に、世界最大の携帯電話端末メーカーであるノキアは、同年第4四半期に販売される携帯電話端末は3億3,000万台を超えないという予測を発表した。これは、前年同期に対し600万台の減、ほんの数カ月前に行った同社の予測に対して2,000万台の減である。さらに、ノキアは2009年には2008年のレベルを下回ると予測している。

 しかし、携帯電話産業のすべてが暗い見通しではない。反対に、将来高い成長と利益を生み出すことを約束する2つの重要な変化が進行中である、とエコノミスト誌(注1)が指摘している。第1は、携帯電話端末全体の販売が2009年よりも減少しても、スマートフォン(音声通話およびテキスト・メッセージの送信ができるほか、インターネットのサーフィング、音楽のダウンロードおよびその他のデータ・サービスが利用できる)がブームになりつつある。市場調査会社のInformaは、スマートフォン市場は2007年の390億ドルから2013年には950億ドルに成長すると予測している。2013年の時点では、全携帯電話端末に占めるスマートフォンの割合は34%であるが、売上高ではおよそ半分を占めるとみている。

(注1)The battle for the smart-phone’s soul (The Economist / November 20, 2008)

 第2はより重要な変化である。端末がスマート(かしこく)になるにつれて、携帯電話産業の性質が変わることである。相対的にハードウエアのウエイトが小さくなり、ソフトウェア、サービスおよびコンテンツのウエイトが大きくなる。事実、2008年は携帯電話端末以外の売り上げ(ソフトウェア、サービスおよびコンテンツ)が、携帯電話端末の売り上げを上回った最初の年になった。そして、このことが携帯電話端末のオペレーティング・システム(OS)間の熾烈な戦いが始まった理由である。

■iフォン以前 / 以後

 ビジネスウィーク誌にハイテクのコラムを寄稿しているWildstrom氏は、iフォンの登場によって、携帯電話産業における端末メーカー、ソフトウェア制作者、モバイル・キャリアおよび利用者間の関係が大きく変わったことを指摘している。これまでモバイル・キャリアが握っていたアプリケーションに対する支配権が崩れ、誰でも携帯電話のappストア(アプリケーション・ストア)に参入できるようになったからだ。限りなくインターネットの世界に近づきつつある。この点について、彼はビジネスウィーク電子版(注2)で大要次のように述べている。

(注2)How Apple’s iPhone reshaped the industry (BusinessWeek online / December 11, 2008)

 数年前、どんな携帯電話を使っているかと尋ねられると、恐らくスプリントもしくはシンギュラーなどとネットワークの名前を答えただろう。モバイル・キャリアは完全に携帯電話事業をコントロールしていて、特に米国ではその傾向が強かった。そのため、多くの携帯電話端末メーカーは、端末上に自社のブランド名を書き込むことすら認められなかった。このキャリアとメーカーの関係が、キャリアの力が減少し、幸いなことに消費者の選択が拡大する方向に、今や変わろうとしている。

 この新たな関係は、携帯電話の利用者が音声通話とテキスト・メッセージ以外の利用にシフトした時に始まった。ブラウザーとEメール・システムが重視されるにつれて、利用しているネットワークがベライゾン・ワイヤレスかAT&Tかよりも、持っている端末がPalm TreoかBlackBerryかが問題にされるようになった。そして、iフォンの登場によってこれまでのルールは完全に書き替えられた。

 従来の考え方では、米国においてiフォンを独占的に提供する契約を締結した時点で、AT&Tは大成功を収めたということになる。この考え方は一面では正しい。AT&Tの報告によれば、同社は2008年第3四半期に240万の新iフォン3Gをアクチベートし、それらの顧客のうちの40%は競争相手のモバイル・キャリアからの移行で、平均月額利用料金は他の顧客に比べ1.6倍だった。しかし、AT&Tの最終的な損益に与える影響は別の話である。主としてiフォン入手の代償としてアップルに支払う手厚い端末補助金のために、AT&Tの第3四半期の税引き前利益を9億ドル(iフォン1台あたり375ドル)減少させた。

 AT&Tはこの端末補助金を、最終的には顧客の毎月の料金から回収しなければならない。2年間の利用契約が終了した時点で顧客が新しいiフォンの利用契約をしない場合は、それまでに回収を終えている必要がある。しかし、モバイル・キャリアが恐らく永久に失うのは「顧客のオーナシップ」である。それはエコノミストたちが「中抜き(disintermediation)」と呼んでいるプロセスである。

 iフォン以前は、アプリケーションをダウンロードする携帯端末の所有者は比較的少なかったので、モバイル・キャリアはリングトーンやゲームを販売するビジネスをほぼ独占的に享受していた。しかし、「iチューン」と「Appストア」で、音楽やビデオと同様に、アップルが(携帯端末に対する)アプリケーションの独占的供給者となり、キャリアは市場から締め出されてしまった。

 「アップルは注目すべきインパクトを与えた。彼らは携帯電話産業に多くの『中抜き』リスクがあることを明らかにした」とBlackBerryのメーカーであるResearch In Motion社のJim Balsillie Co−CEOは語っている。彼は、数年前同社がアプリケーション・ストアを提案したとき、モバイル・キャリアは敵対的だったと語っている。しかし、アップルの成功によって、キャリアもアプリケーション・ストアを容認せざるを得なくなった。「今や誰もがappストアを欲しがっている」とBalsillie氏は語っており、RIMも来年(2009年)にはBlackBerry版のAppストアを開設する予定で、キャリアに対し条件提示を行っている。グーグルはAndroid Marketを持っており、マイクロソフトもWindows Mobile向けのappストア設置を検討している。

 端末メーカーとスマートフォンのソフトウェア制作者、モバイル・キャリアおよび顧客の間の新しい関係の試金石は、iフォンにリアル・タイムで運転指示を与える時に到来するだろうという。アップルはナビゲーションを想定してiフォンを構想したと思われるが、同社の「Appストア」はリアル・タイムの運転指示を提供することを禁じている。このようなサービスは他のスマートフォンでは、月額10ドル程度で利用可能である。収入はキャリアとTeleNavもしくはNetworks in Motionなどのサービス・プロバイダー間で分割している。アップルはその意図について何も語らないが、キャリアを無視したままナビゲーション・サービスを提供するのではないか、という噂が飛び交っている。

 前掲(注2)のビジネスウイーク電子版でWildstorm氏は「私は『App ストア』で売られる製品について、アップルがより統制色を薄め、より透明にすることを望んでいる。しかし、全体としては、サード・パーティによるスマートフォン・アプリケーションのための活力ある市場の発展は、消費者にとって極めて重要である。古臭くイノベーションを嫌うモバイル・キャリアが取り仕切っていた時からは大きな改善である。このパワー・シフトは、モバイル・キャリアにとっては悪いことである。そして、帯域のコモディティ販売者になってしまうという彼らの悪夢は、現実になりつつある。しかし、このことはキャリア以外のすべてにとって勝利である」と書いている。

■「オープン・ソース」プラットフォームの登場

 アップルに次ぐ挑戦者はAndroidプラットフォームのグーグルである。AndroidのユーザーはAndroid Marketと呼ぶグーグルのオンライン・ストアからアプリケーションをダウンロードできる。しかし、iフォンと異なるのは、Androidはソフトウェアであることだ。そのソフトウェアをグーグルは携帯電話端末メーカーとモバイル・キャリアが利用できるようにした。Androidを最初に採用したキャリアはT−モバイルUSAで、2008年9月にG1フォンを導入した。さらに、Androidは「オープン・ソース」であり、そのことはAndroidの基本的なレシピを自由に利用でき、また容易に変更ができることを意味している。このことは、グーグルが期待しているように、アップルが厳しくコントロールしているiフォンのプラットフォームよりも、Androidの採用をスピード・アップし、またより多くの技術革新を生み出すだろうという(注3)

(注3)The battle for the smart-phone’s soul (The Economist / November 20, 2008)

 これらの2つの新規参入者の出現は、携帯電話産業の既存企業が彼ら自身のプラットフォームに関する努力を、倍加させざるを得なくした。LiMo(Linux Mobileの略)と呼ばれるスキームは、知的財産権の相互利用を認める50以上の携帯電話端末メーカー、キャリアおよび他の産業団体を含むメンバーシップで構成された財団によって運用されている。Android同様、LiMoのソフトウェアはリナックスを基礎にした「オープン・ソース」のOSである。しかし、グーグルとは対照的に、LiMo財団はプラットフォームの基本要素だけを提供することを意図しており、例えば自らのユーザー・インターフェースを開発することによって、メンバー企業に差別化の余地を残している。

 ノキアのSymbianには10年もの実績がある。ノキアは2008年6月に、2億4,600万ユーロを支払って他の株主からSynbianの残りの株を購入したうえで、そのソフトウェアを新たに設立する非営利団体「Symbian Foundation」に移し、「オープン・ソース」ベースで開発および配布を続けることにした(実際の活動開始は2009年上半期から)。しかし、そのことによって、ノキアは「一石で二鳥」を得た。これからはSymbianを利用するのにライセンス・フィーを支払う必要がなくなり、また「オープン・ソース」化は、プログラマーや携帯電話端末メーカーにとってノキアのプラットフォームをより魅力的にするだろう。

 ノキアは2008年11月27日に、需要の不足を理由に日本市場から撤退することを表明した。その5日後に、同社は携帯電話上の地図およびEメールの2市場を強化することを発表した。この2つの動きに直接的な関連はないが、ノキアは携帯電話端末の成長だけを追い求めるのではなく、携帯電話端末に配信するサービスも追い求める、という今後同社の向かうべき進路を示したものとして注目された。

 同社は数年前から、リングトーンその他の付加サービスを提供する「Club Nokia」と呼ぶモバイル・ストアを立ち上げたが、キャリアが自分たちと顧客との関係をノキアに乗っ取られてしまうと反発したこともあって、成功と言える状況ではなかった。それ以来、ノキアは端末を直接エンド・ユーザーに販売することを控え、主としてモバイル・キャリアに売るようになり、「Club Nokia」も規模を縮小した。

 2007年8月にノキアは新しいサービス計画「Ovi(フィンランド語でドアの意味)」を立ち上げた。その基本コンセプトは「モバイル・サービスのためのグローバル・ワンストップ・ショップ」であり、Yahoo! やグーグルがインターネットで提供してきたサービスによく似ている。当面は「デジタル・マップとフォト・シェアリング」に注力するが、最近発売が開始された同社のタッチ・スクリーンのスマートフォンN97では、自動的にOviウェブ・サイトに接続され、アップロード、ダウンロードが可能である。

■Windows Mobileが解決すべき課題

調査会社のCanalysによれば、2008年第3四半期にアップルが出荷したiフォンは、56の端末メーカーが製造したマイクロソフトのWindows Mobile端末の合計を上回ったという。この結果、前年同期には世界のモバイルOS市場で2位だったWindows Mobileは、1位のSymbian、2位のAppleのOS X、3位のResearch In MotionのBlackBerryに次いで4位になった。Windows Mobileのシェアは2007年の12%から、2008年は11%に下がるとみられている(注4)

(注4)Windows Mobile:What Microsoft needs to fix (BusinessWeek online / December 11, 2008)

 前記(注4)のビジネスウィーク電子版によると、Windows Mobileの開発者は、徐々にWindows MobileからAndroidなどの他のモバイルOSに軸足を移しつつあるという。その理由の第1は使い勝手(usability)の問題である。グラフィック・インセンティブなアプリケーションを走らせた場合Windows Mobileの優位が急速に失われる傾向にあること、および、スタイラスを使うWindows Mobileに対しタッチ・インタフェースが圧倒的に利用者に好まれていることがある。しかし、2010年まではWindows Mobileにタッチ・インタフェースが追加されることはないだろうという。

 第2は、モバイル・クラウド・コンピューティング・サービスの分野でリードしているグーグルおよびアップルを、マイクロソフトは追いかけなければならないことだ。この動きは、電力を多く消費するコンピューティング・パワーを、利用者の携帯電話端末からマイクロソフトが維持する強力なサーバーにシフトさせることができる。iフォンのアプリケーションをアップルのAppストアから利用者が購入した場合、支払の処理は端末上ではなくアップルのサーバー上で行われる。Android G1では、利用者が最も近い鮨店を探すよう求めた場合、その店とそこに至る地図を探し出すのは端末ではなく、グーグルのサーバーである。コンピュータ処理の大部分は「クラウドの中」のリモート・サーバー上で行われる。それ故、処理を速くする一方で携帯電話端末をより単純化でき、端末コスト下げることができる。クラウド・コンピューティングが競争相手のソフトウェア・ベースの端末に広がった場合、キャッチアップの努力を加速しなければマイクロソフトは2012年だけで8.5億ドルの収入を失うだろう、とBernstein Researchは予測している。

 2008年2月にマイクロソフトは、モバイル・クラウド・サービスをサポートするソフトウェア会社のDangerを買収した。12月には、携帯端末に映画を配信するためBlockbusterと提携することを発表した。この他2008年には、携帯電話向けに音楽サービスを提供するMusiwave、音声ベースでモバイル・サーチ・サービスを提供するTellmeを買収している。マイクロソフトは、モバイル・クラウド・コンピューティングに必要な要素技術は全部持っており、後はそれらをまとめるだけだ、と語っているという。

 アナリストたちによれば、携帯電話端末に魅力的な新サービスを配信するには、クラウド・コンピューティングの方が低コストだという。端末での処理が軽減され、メモリー容量が少なくて済む。コンサルタント会社のiSuppliは、Android G1のコストを144ドルと推定している。一方、調査会社のNPDグループによると、Windows Mobile搭載の携帯電話端末の平均コストは155ドルで、G1よりも10ドル高い。また、クラウド・サービスは、モバイル・キャリアの貴重な回線容量を節約できる。Dangerの前CEOによると、SNSサイトをアップデートする同社のサービスは、利用者が直接SNSのウェブ・ページにアクセスする場合に必要な回線容量に対し、10分の1で済むという。

 第3は、アプリケーションの開発者たちを取り戻すためには、マイクロソフトは、アップルのAppストアと同様、自前のアプリケーション・ストアを開設する必要があることだ。appストアなしでは、開発者たちはその製品を世界中の端末メーカーやキャリアに売り込むため、大金を費やさねばならない。このことで、Windows Mobileのアプリケーション開発者が、iフォンやAndroid G1の開発者に転向するケースが少なくないという。

 アナリストたちによれば、マイクロソフトは、既にアプリケーションとクラウド・サービスを提供するSkymarketと呼ぶAppストアのようなアプリケーション・ストアの準備を進めているという。過去に同社は、同社自身によるappストアの開設の可能性を否定し、Windows MobileのユーザーはパートナーであるHandangoのようなモバイル・ストアにアクセスするように仕向けていた。マイクロソフトは、現在のソーシャル・サイトTotal Access(270万のWindows Mobileユーザーが無料のゲームなどをダウンロードできる)を拡充することによって、自前のappストアを開始する可能性もあるという。

 アナリストたちは、噂になっているマイクロソフトが自社ブランドによる携帯電話端末の製造に参入することは避けるべきだと語っている。このような端末は、同社と端末メーカーとの現在の関係を損なう可能性があるからだ。同社のモバイル通信事業の責任者は、マイクロソフトが携帯電話端末の製造に参入する計画を持っていないことを強調して「われわれの戦略は少しも変わらない」と主張している。しかし、アナリストたちは、端末以外のモバイル市場分野に対するアプローチを、早急に変更する必要があると語っている。

特別研究員 本間 雅雄
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