2010年1月31日掲載

2009年12月号(通巻249号)

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EU加盟国規制当局の団体が着信料のビル&キープを検討

 欧州でのネットワークへの着信料規制問題は、欧州委員会による勧告の採択でひとまず着信料低下の見通しが立った。しかし、インフラが次世代ネットワークに置き換わる今後、接続料金の制度は長期的にどのように変化するのだろう。EU加盟国の規制当局によるフォーラム、ERG(European Regulators Group)は、この問題について検討を重ねてきた。ERGは2009年10月4日、次世代ネットワークにおける着信料問題に関する合意案(ERG Draft Common Position on the Next Generation Networks Future Charging Mechanisms / Long Term Termination Issues(ERG (09) 34 ))を発表、12月10日までコンサルテーションを行った。ERGはネットワーク着信の清算において、ビル&キープという事業者間で清算を行わない方式を、将来の究極モデルとして取り上げている。最終的な共同声明の採択は2010年第2四半期を目指している。

背景

 ERGが最初にビル&キープについて議論を開始したのは、2006〜2007年にかけてのIP接続問題の検討においてであった。ビル&キープの利点は当初から認識されており、この成果をまとめた2007年3月の報告書は、接続料を請求しないという同制度の下では着信独占の問題を回避することが可能であり、その結果規制を大幅に削減することが可能であると指摘していた。その後、IP相互接続問題は2008年3月に欧州委員会によるワークショップを経た後、NGNコアネットワークの接続規制問題として6月にコンサルテーションにかけられ、11月、ERG共同声明でその検討結果がまとめられた。今回のコンサルテーションは、2008年11月ERG共同声明のフォローアップであり、ビル&キープへの制度移行を行った場合にどのような具体的な問題が生じるかについて、関係者意見を収集している。ビル&キープは4年の歳月をかけた息の長い検討が続いている。

コンサルテーション文書の概要

 ERGは、ビル&キープは現行の発信者課金制度に替わる最も有望な清算制度であると位置づけている。次世代ネットワークへの移行が本格化する今後、固定・移動の融合、音声・データの平均コストの急速な低下はほぼ確実に起きると期待される。NGNの下では、運営コスト、資本支出ともに大きく低下するためである。
着信料規制勧告が先に採択されたこともあり、欧州における通信網への着信料はその低下環境が整ってきていると言えよう。着信料が十分に低下すれば、事業者間で清算のためやり取りされる額は縮小し、清算を行わない(着信料=ゼロ)ビル&キープ方式と、実質的に大差がなくなるだろう。このため、ビル&キープへの移行は大きな抵抗なしに実現が可能と考えられる。新たな清算制度を導入するとすれば、単位コストの急低下が期待される今が絶好のタイミングといえる。
なお、ERGは文書中、ビル&キープは、各ネットワークが他ネットワークからの自己への着信トラヒックのコストを負担する卸売課金制度と定義している。この制度の下では卸売レベルの着信トラヒックのやり取りでは事業者は卸売価格を支払わないことになる。

ビル&キープのメリット

 ビル&キープには、先に指摘したように着信独占の問題が消失することからくる、さまざまなメリットが期待される。事業者間で支払われる着信料を廃止すると、コスト回収は小売市場に移さなければならなくなるが、この市場は競争的なのでここで回収すれば着信サービスのコスト最小化インセンティブが働くのである。確かに着信料は従来から当局の規制を受けてきた。しかし規制料金が正確にコストを反映してきたかどうかは恐らく永遠に知ることはできないという点に注意すべきである。それに替わり、着信料の規制が不要になれば、規制の実施に伴うコスト、および規制措置の誤謬のリスク、規制の不確実性といった問題は生じない。

 発信者課金を採用する欧州と、ビル&キープを採用する米国をはじめとする他の国で、モバイル市場の状況はどのように異なるのだろうか。ERGは自身の調査により、(1)ビル&キープを採用する国では、発信者課金の国よりも、遥かに利用量が多く料金が低い、(2)発信者課金を採用する国とビル&キープを採用する国の間で普及率の違いは見られない、とする結果を紹介している(下図参照)。

図:発信者課金制度とビル&キープ制度の比較(2008年Q3)
図:発信者課金制度とビル&キープ制度の比較(2008年Q3)

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 ビル&キープの下での料金がこのように低下する理由について、ERGは、着信料支払がないため定額プラン提供のリスクが軽減し、その普及が進み一層の需要を刺激する、これが規模の経済を加速させ、単位当たりコストが更に低下する、という好循環が働くためだと説明している。

 一方、定額プランには人々の通話量を増大させる効果はありそうだが、基本料が上昇するので低利用ユーザーには不利かもしれないという懸念がある。これに対し、ERGはビル&キープ採用国との間における普及率の違いをデータで示し、大きな影響はないと述べるのである。

 携帯電話にビル&キープを採用する米国では、着信コストを着信側ユーザーの小売料金として回収している。携帯普及初期の頃は、利用者が着信料の課金を嫌って端末の電源を落とすなどするため、通じないことも多く、このため普及が進まないという欠点が指摘されていた。しかし、現在では、発信者課金の国との間で普及率に相違がないばかりか、対する利用量の多さから見て、消費者便益は欧州よりも遥かに高い水準にあると考えられる。料金が十分低下すれば、通話を受ける便益が着信料金を上回るので、着信に課金されても応答しないなどのユーザーのネガティブな反応は消えたと考えられるのである。また、現在の米国消費者の大半は、定額プランの一定枠内で自由に通話しており、個別の着信に料金を取られているという実感はないと思われる。欧州でのビル&キープの採用は、着信料を小売料金で回収するという意図はなく、このように定額プランの提供を拡大するという狙いがある。
さらに、ERGはビル&キープの採用は事業者投資インセンティブに影響を与えない、すなわちプラスにもマイナスにも働かないと見ている。ERGはこの主な理由を、清算制度を変更したとしても、事業者間のマネー・フローが変わるだけで、小売市場という収益源は不変に留まるためであると述べている。ただし、詳細な分析は行っていない。

ビル&キープ導入の問題点

 ERGはビル&キープの採用にあたって生じる問題として、以下を指摘している。

 第1に、ビル&キープを採用する国もしくはネットワークと、採用しない国もしくはネットワークが隣接する場合、前者から後者へ着信料の純支払が発生、すなわち補助が行われることになる。第2に、事業者は受け取った着信トラヒックを一刻も早く他社のネットワークへ渡し、自己のネットワークへの負荷を最小限に抑えようとする傾向が生じる。また、ネットワーク投資へのインセンティブに悪影響がおよぶ。この問題はホットポテト・ルーティングという、ビル&キープの古典的な欠点と理解されている。ERGは、特定の接続点を境界としてビル&キープの対象を決め、中継網は適用対象としないとすることで、解決可能としている。第3は、移動通信事業者は固定事業者からの着信料収入を失うことである。移動網の着信料を予め十分低下させておくことで、傷を最小限に留めることはできるものの、収入の喪失を避けて通ることはできない。第4は、事前選択でサービスを提供していた中継事業者との競争の歪みである。固定分野にこれら事業者数は多いが、彼らは新制度で着信料支払を一方的に免れることになる。しかし実際には発着両端でネットワークを利用している以上、彼らからの何らかのコスト回収措置は必要である。ERGは発信接続料金(コストベース規制料金)に一定額を加算することで、他事業者も妥当なコストの負担を可能とすべきであろうとしている。例えば発信接続料金を従来の倍にするという方法も可能だ。

ワークショップで示された事業者の意見

 以上は、ERGが想起できるビル&キープ導入に当たっての考慮点を列挙したものだが、2009年11月4日、ERGは関係者を招き公開ワークショップを開催し、事業者代表を中心にプレゼンテーションが行われた。新しい制度の導入にあたり、各関係者の不安や要望が伝えられた。

 固定既存事業者40社からなる団体のETNOは、着信料を無料とすることにより、ネットワークの利用はすべて無料であるべきというような印象を一般に与えることになり、この見方が今後のネット中立性問題の議論において悪影響を与えるのではないかという懸念を表した。また、より詳細な制度導入効果分析の必要性を訴えた。

 競争事業者の団体(ECTA)は、ビル&キープへの移行は固定発移動着トラヒックのコストを低下させるとして概ね歓迎しており、着信料を事業者間で対称(均一)に保ち、これを継続的に引き下げていけば、最後はビル&キープを事業者間で商的に合意することは容易であろうと予想している。移行時期は2014年以後を想定している。

 移動通信事業者の団体GSMAはビル&キープの導入により、消費者の選択幅が狭まるのではないかとの懸念を見せた。この制度は、定額プランの提供に適しているが、同時に消費者の1人当たり支出が高いプランしか提供されなくなる恐れもある。さらに、ビル&キープ移行のタイミングの決め方や、事業者間の状況の違いの扱いについては、より詳細な分析が必要と指摘した。

今後の見通し

 ビル&キープの導入プロセスに関してERGは、(1)十分に広範囲にわたって一斉に行うこと(少なくとも1国全体の固定、移動の音声通信)、(2)移行には十分な期間をかけ(グライドパス)、小売市場のビジネス・モデルの適応を図ること、が必要であるとしている。各国における次期の規制決定において、ビル&キープを到達点とした着信料引き下げスケジュールを提案することも可能と見ているようだ。

 現在、2011年4月からの移動体着信料についてコンサルテーションを行っている英国では、ビル&キープがオプションとして挙げられていた(本誌2009年7月号「英国が新しい着信料規制を提案」参照)。ビル&キープは事実上の規制撤廃にもなるため、当局、業界いずれにとっても魅力は大きいかもしれない。

 本格的な導入には、現時点におけるトラヒックの不均衡および着信料水準の相違などのように、事業者側の移行インセンティブを妨げている問題点を解消する必要があるだろう。今後は欧州委員会が本格的な導入効果分析を行うという情報もあり、より詳細な分析が待たれる。

八田 恵子

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