2010年3月31日掲載

2010年2月号(通巻251号)

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グーグルの中国撤退宣言で巻き起こる議論

 2010年1月12日、米グーグルが同社サイト上で、中国における事業からの撤退を検討していることを声明という形で発表した。撤退を検討する背景として、2009年12月に中国から高度に洗練されたサイバー攻撃を受けたとしており、「Google.cn(谷歌中国)」サイトの閉鎖や中国事業からの完全撤退も視野に入れていると示唆している。ここでいうサイバー攻撃は、グーグルの無料電子メールサービスGmailに登録している中国人の人権・民主化活動家のアカウントに対してのものとされている。

 突然噴出したようにも見える今回の話は、実際には従来からの中国のインターネットに関するネット検閲問題に連なるものであり、以前からこの問題は指摘され続けてきた。また、すでにこのグーグルの中国撤退検討問題に絡めて数多くの報道がなされており(本稿執筆は2009年2月4日)、米国の台湾への武器売却問題やチベットのダライラマ訪米問題などとともに米中の対立激化という流れでメディアを賑わしている。これら政治的問題は脇に置き、グーグル問題に絞り、米中双方のここ1カ月あまりの論調をベースに最近の流れを紹介してみたい。

中国のネット検閲問題の経緯

 まずこの問題の過去の経緯や背景などを概観してみる。少し遡るが、2006年2月にグーグルをはじ め、め、ヤフー、マイクロソフト、シスコの米インターネット関連大手4社の幹部が米下院で開かれた中国のネット検閲問題に関する公聴会で、この4社が中国政府のネット検閲や情報統制に協力していると非難されていることに対して弁明、「企業側は進出国の法規制に従う必要がある」と証言したということが当時もニュース等で話題になった。

 中国では政治体制批判などに関わりのあるインターネット上の検索キーワードや特定サイトに対して、世界最高のフィルタリング技術をもって、これを検閲していることはすでによく知られているが、これは中国国内では「金盾工程」というインターネットセキュリティに対する国家プロジェクトの一部である。「Great Wall(万里の長城)」にちなんで俗に「Great Fire Wall」と呼ばれており、一部の識者などからは、「中国の『インターネット』は巨大な『イントラネット』」という指摘もあったりする。一方で、このシステムを納入したのは米国の某大手ICTベンダーであることも知られている。

 正確に把握することは難しいが、例えば、「Google.cn」と中国最大のシェアを持つ検索サイト「百度(Baidu)」で1989年に起きた天安門事件や人権・民主化等に関わるキーワードで検索してみると、中国政府側に問題のないサイトを除き、検索結果に明らかに制限があったり、全く検索結果が出てこなかったり、といったケースもある。ただ、いずれの検索サイトでも、検索結果の一番下に「当地の法律法規、政策に基づき、一部の検索結果は表示されない」などといった注記も表示されているので、ある意味公明正大にそれが行われているといった側面も指摘できるし、中国側も他国と同様に猥褻サイトに対する規制なども含めた対応や、「サイバー警察」設置によるセキュリティ対策も進めているのは事実なので、一方に偏らない見方も必要であろう。

米中双方における論調

 このような予備知識をもとに、グーグルの中国撤退検討報道が出てから約1カ月の間の動きについて、米国側、中国側双方から出た各種報道における論調を紹介しつつ、この問題の方向性について考えてみたい。

 まず、グーグル中国撤退検討報道があった12日から2月初めまでの動きについて、さまざまな報道から本件に関連する動きを拾って整理してみた。網掛けをしているものは、中国側の報道である。

出典:Wall Street Journal、ロイター、ニューズウィーク(日本版)、産経新聞、毎日新聞、時事通信、サーチナ、Record China
1月12日 米グーグルが12月に中国から組織的なサイバー攻撃を受けたとして、中国からの事業撤退を検討していることを声明として発表。同日米国政府も中国のインターネット検閲問題とサイバー攻撃について対策を講じると示唆。
1月13日 米ヤフーがグーグルの声明に賛同する旨表明。
1月14日 中国・アリババの馬雲CEOがグーグル撤退検討について「放棄は最大の失敗」とコメント。
国務院新聞弁公室・王晨主任がネットセキュリティについて国際的協力体制強化に言明(グーグルには言及していない)。
一部検閲対象サイトがGoogle.cnで閲覧可能になったとの報道。中国でのグーグルの競争相手であり検索シェア6割以上を占める百度(Baidu)の株価が上昇。
米マイクロソフトのバルマーCEOが「中国から撤退する計画はない」と言及。
ホワイトハウス報道官が「グーグルの立場支持」と表明。
1月15日 中国外交部の報道官が「中国のインターネットは開放されており、その発展を奨励。インターネット管理は国際社会で一般的」と答える。
「グーグルが撤退すると中国で5万人が失業」と中国識者が語ったとの報道。
中国メディアがグーグル中国撤退に関するアンケート実施、中国政府の検閲を容認する回答は約78%。
米シアー国務次官補が在米中国大使館に問題に対する説明を求める。
1月17日 韓国・東亜日報が「中国はG2の資格がない」と批判。
グーグルのシュミットCEOが米誌ニューズウィークに対し「我々は中国と中国人民を愛している」とする一方、「利益優先の選択でなく、地球規模で考え、何が最も良い選択なのか追求したい」と語る。一方、グーグルの中国での経営不振が背景にあるとの報道も。
1月19日 グーグルが中国スタッフのサイバー攻撃への関与について調査中との報道。グーグルの態度が当初よりも軟化してきたとも。
中国外交部報道官が「外国企業は中国の法規を尊重すべき」「中国はサイバー攻撃の被害者」と言及。
グーグルが中国で発売予定のアンドロイド携帯(中国聯通向けのモトローラ、サムスン製スマートフォン)の販売開始を延期と報道。
米キャンベル国務次官補が中国当局とインターネットの自由利用について協議をしたことを明らかに。
1月21日 中国外交部・何副部長が「グーグル問題を米中関係に結びつけるべきでない」と述べる。
米クリントン国務長官が「インターネットの自由」について演説、グーグル問題について中国政府に調査徹底を求める。
グーグルのシュミットCEOが中国政府との協議に着手した旨明らかにし、「現在と違う形でビジネスをてがけたい」と発言。
1月22日 クリントン長官の発言に対し、中国外交部が「中国は憲法で国民の言論の自由を守り、ネットの発展促進は一貫した政策」「米国にインターネットの自由の問題を利用した理不尽な対中批判をやめるよう求める」との談話を発表。
米国政府はグーグル問題とは逆に対中情報収集監視レベルを下げる。
米ゲーツ国防長官が訪印、米印間で「中国はサイバー攻撃をしかける共通の敵」との認識で一致と報道。
米大統領副報道官がグーグル問題の徹底調査を中国側に改めて要請する旨発言。
1月24日 中国・工業情報化部広報官が「ハッキングの最大の被害者は中国」と米側発言に反論。
1月26日 米国が台湾に最新兵器を売却することを決定したとの報道。グーグル問題への牽制との見方も。
中国外交部等が「中国の国民は言論の自由の権利を有する。この問題について、最も発言する権利があるのは中国国民」「中国への内政干渉に対して、断固反対する」などと表明。
1月27日 グーグルに新たなサイバー攻撃があったとの報道。
1月28日
米クリントン長官が中国・楊外交部長(外相)と会談、本問題について今後協議継続することで一致。クリントン長官が「インターネットの自由を侵害するようないかなる行動も望まない」とグーグルの問題を提起した一方、楊部長は「海外で考えられているよりも数段開放的」と反論した模様。
中国・工業情報化部報道官が「アンドロイドの中国での使用は制限しない」と言明。
1月29日 グーグル撤退問題の影響でグーグル中国の広告収入が4割激減したとの報道。
全世界の猥褻サイトの9割近くが米国のサーバーから発信されたものであり、米国側も規制強化に協力せよとの中国側報道。
1月30日 米国の台湾への武器売却正式発表に対し、中国側は「強烈な憤慨」と反発。軍事交流の停止を発表。さらにチベットのダライラマ14世の訪米予定も明らかになったことに対して反発。

米国側の論調とグーグルの動き

 最初の1週間の経過をみてみると、グーグルが最初の声明を出した12日同日に米政府からもその動きを支持するとのコメントが出ており、あらかじめ両者間で調整されていることが窺える。また、同業のヤフーからもグーグルの動きに賛同するとの話も伝わった。一方で、マイクロソフトは「中国から撤退する計画はない」とパルマーCEOが即座に発言するなど、各社間で中国に対する立場の違いが認められる。金融危機からいち早く脱し、2009年10〜12月期の対前年同期成長率が10.7%と、再び成長軌道に戻ったといえる中国は、米国企業としても今後も重要な市場であることは間違いなく、そのジレンマが感じられる部分である。グーグル自身も、同社の共同創業者であり幼年期を情報統制の厳しい旧ソ連で過ごしたセルゲイ・ブリン氏が中国の情報統制体質に批判的である一方、シュミットCEOは中国市場の重要性を重視しているともいわれ、必ずしも一枚岩でないとの報道もある。

 また、中国の検索サイトでは百度(Baidu)が6割以上のシェアを持っているといわれ、一方グーグル中国は3割程度に留まっている。今回の一連の報道では中国側にもコアなグーグルファンがおり、仮に中国からグーグルが撤退すれば数万人単位の雇用に影響するなどの事態が発生する可能性がある一方で、グーグルの中国事業は必ずしも順調でないということも示唆されている。グーグル側にも中国の情報統制問題以外の背景の存在も見え隠れするところがある。1月下旬にはグーグルのアンドロイド携帯(ネクサス・ワンを指していると思われるが、中国では依然としてGPhoneと呼ばれる場合も多い)の中国における販売延期も伝えられており、この販売戦略も撤退問題とどこかで結びついていることもありえるのではないか。

 2010年1月27日号のニューズウィーク(日本版)の特集「グーグル vs 中国」では、シュミットCEOへの直接インタビューのほか、この問題に複数の記者・ジャーナリストがさまざまな観点から論評を行っている。今回の騒動を「文明の衝突」として「グーグル“民主共和国”の断交警告で試される、中国の民主化とグローバル化の本気度」と概観。その後、それぞれの立場の記者が登場、まず一人目は米国側の意見に基づく「自由なき中国に潜む成長の限界」として情報管理が今後の中国の成長を阻害すると指摘、二人目は「中国との戦いに勝ち目はない」として、今後の世界を支配するのは中国流と予測、三人目は「『未来』に勝てる者は誰もいない」とし、中国が力で情報を抑え込もうとしてもインターネットにはかなわないとして「勝つのはインターネット」と論じている。米国・中国・インターネットが三すくみ状態であるような論評の方法は非常に興味深い。

中国側の反応

 グーグル撤退問題については、中国側も政府レベルからネット関係者、一般人レベルまで、さまざまな層からの反応が見られている。政府レベルでは「中国のインターネットは開放されており、その発展を奨励。インターネット管理は国際社会で一般的」との公式見解であり、あまり中国以外では報道されないが、情報統制とは趣を異にするセキュリティ対策として猥褻サイトなどの取締政策やサイバーテロ対策などが実施されていることは事実である。中国のインターネット利用者数はすでに世界最大であり、モバイルインターネットも3Gの開始により急増中であることなど、その意味では開放 度や発展度合については理解できるところもある。また、規模が巨大化したために「中国はハッキングの最大の被害者」ということも、ある角度から見れば事実であるのかもしれない。

 グーグルの「ブック検索」は中国でも問題が噴出しており、中国作家の著作権保護要求に関してグーグル側が謝罪したという例も最近あった。一方で、著作権を含む中国側の知的財産権保護の状況は大きな問題として他の世界から指摘され続けているのは周知の事実である。今回の撤退報道後も、いち早くグーグルの中国からの撤退を嘆きつつもその代わりをしようという名目で開設された、グーグルと見た目そっくりのいわゆる「パクリ」サイト「Goojie(谷姐)」(グーグルの中国語表記「谷歌」の「歌」が「兄さん」の意味の「哥」と発音が同じなので、「姉さん」にあたる「姐」に代えている)が登場したという報道も一部で賑わっているなど、依然として「何でもあり」の状況ではある。

その後の動きと今後

 当初の1週間程度の間の米中双方の応酬のあとは、一時沈静化するような方向にあったが、米クリントン国務長官が1月21日の「インターネットの自由」に関する講演でこの問題に言及して以降、再び激しくなった感がある。ただし、その後はグーグルそのものの問題というよりは、これに絡む形で出てきた台湾への米国の武器売却問題や、ダライラマの米国訪問など、ICTやインターネットとは異なる方向への米中間の論争に変化しつつあり、グーグル撤退問題についてはその本質が曖昧なまま、結果的に現在と何も変わらない可能性もある。

 今回のグーグルの中国撤退宣言は、世界でのプレゼンスを増す中国に対して一石を投じる形のものになり話題性としては非常に興味深い。ただし、今回の問題はどの立場に立つかによって、見方が全く異なってくるといった顕著な一例でもあるとともに、グーグル側、中国側もアカウンタビリティという点においては本質的な説明を避けている部分があるものと考えられる。いずれにしてもインターネット超大国である両国の間でこの問題がどう決着するか、あるいは何も起こらないかは、日本に対してもいろいろな意味で影響を及ぼしたり、示唆を与えるものであるという観点から、今後の動向に注目していくことが必要であろう。

町田 和久

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