2010年7月22日掲載

2010年6月号(通巻255号)

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世界の論調:アップルがタブレット端末iPadの発売を開始〜各メディアが伝えた最新動向

 アップルは2010年1月28日、米国サンフランシスコで開催した新製品発表会において、タブレット端末iPad(写真1)を披露した。同社は米国で、4月3日にWi−Fiモデル、そして同月30日には3G対応モデルの発売を開始し、さらに5月28日からは米国以外の9カ国へも販売国を拡大している。iPadは、ウェブ閲覧、電子メール、写真鑑賞、ビデオ・音楽視聴、ゲーム、電子書籍など多種多様なマルチメディア機能を搭載しており、また「スマートフォン以上、ラップトップ未満」とも言われ、新たなカテゴリーの製品として発売開始前から多くのメディアの注目を集めていた。本稿ではiPadを巡る各メディアの論調そして各種統計などを基に、発売から数カ月が経過した同端末の最新動向を解説する。

【写真1】iPad(Wi−Fiモデル)
【写真1】iPad(Wi−Fiモデル) 出典:アップル・ホームページ
出典:アップル・ホームページ

予想を上回る売れ行き、初代iPhoneの半分以下の日数で100万台を突破

 アップルは2010年5月3日付のプレスリリースで、iPadの販売台数が28日間という短期間で100万を突破したことを発表、初代iPhoneが要した74日間の半分以下であったことを伝えた。iPad、初代iPhoneともに米国販売のみでカウントされているため、いかにiPadの売れ行きが好調であったかが見て取れる。ただし、iPadのWi−Fiモデルにはキャリアの縛りがなく、AT&Tと紐付きのiPhoneよりも購入層の幅が圧倒的に広かったという点では、iPadの方が有利な販売環境にあったと言える(注1) 。また、iPadはiPhoneの拡大版とも称され、既存のiPhoneユーザーにとってはiPhoneの延長線上にある製品として映り、既にiPhoneに満足していたアップル・ファン層の多くが何のためらいもなく衝動買いに走ったことで販売台数増に拍車がかかったとも推測できる。

(注1)100万台を達成した4月30日より、米国でWi−Fi+3G(AT&Tの3Gネットワークのみに対応)モデルの発  売も開始された。

 なお、アップルは同プレスリリースの中で、アプリケーションのダウンロード数についても具体的数値を示している。これによれば、iPad経由でのApp Storeからのアプリケーションのダウンロード
数は1,200万本を超え、新しく開設した電子書籍ストアのiBookstoreからも150万本以上の電子書籍がダウンロードされた。

 発売開始から僅か12日目の4月14日にはアップル自らが「予想をはるかに超える需要があった」とコメントしており、4月後半に予定していた米国外での販売を延期することを発表している。結局、当初の約1カ月遅れとなる5月28日から米国外の9カ国(日本、オーストラリア、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、スイス、英国)で発売が開始されるに至った。今後の販売国の具体的な拡大規模は明らかにされていないが、現在、約100カ国で発売しているiPhone同様、アップルはiPadについてもグローバル市場での販売を積極推進していくものと見られ、今年7月にはさらに新たな9カ国(オーストリア、ベルギー、香港、アイルランド、ルクセンブルク、メキシコ、オランダ、ニュージーランド、シンガポール)での発売を予定している。

iPadの推測原価は259.60米ドル、ユーザー・インターフェース中心の端末

米調査会社アイサプライは2010年4月7日、iPad Wi−Fiモデル(16GB)の推測原価(注2)を公表した(表1)。同社の推測によれば同端末の原価は259.60米ドルで、499米ドルの小売希望価格に対し原価率は52%であった。昨年6月に登場したiPhone 3GSの推測原価を同社は178.96米ドルと見積もっており、iPadはこれと比較して約80米ドル増しとなった。この原価の上昇は、サイズの拡大に伴うディスプレイなどの部材費コスト増の影響が大きい。3.5インチのiPhone 3GSのディスプレイ・モジュールは19.25米ドルであったのに対し、9.7インチ仕様のiPadではその3倍以上の65米ドルに跳ね上がった。またタッチスクリーン・アセンブリも前者が16米ドルであった一方、後者は約倍額の30米ドルに値上がりしている。

(注2)部材費+製造費コストのみで算出。その他費用(ソフトウェア費用、特許料、ライセンス費用など)は含まない。

 アイサプライは、コスト内訳から見たiPadの特徴を「ユーザー・インターフェース中心」と表しており、同端末のコスト構造がマザーボードを中心とする一般的なPCとは逆になっていることを指摘している。同社はこの点に関し「一般的な電子機器に比べ、アップルiPadの部材費の40%以上は、ディスプレイ、タッチスクリーンやその他のユーザー・インターフェースの目的に使われているという根本的な違いが見られる」としており、「一般のPCはマザーボードが中心、つまりマイクロプロセッサーとプリント基板がコアになっており、ディスプレイやキーボードやオーディオは周辺装置(脇役)になっている」と解説している。

【表1】iPad Wi−Fiモデル(16GB)の部材費および製造費コスト内訳(単位:米ドル)
【表1】iPad Wi−Fiモデル(16GB)の部材費および製造費コスト内訳(単位:米ドル)
出典:アイサプライ“User-Interface-Focused iPad Changes the Game in Electronic Design, iSuppli Teardown Revelas”

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米国の電子書籍端末市場で早くも16%のシェアを獲得したとの調査結果も

 iPadは発売開始早々、米国の電子書籍端末市場で頭角を現し始めており、最大のライバルであるキンドルの牙城を崩しつつあるようだ。Electronista(5月20日付)が引用した米調査会社ChangeWaveの調査結果によれば、245人の米国の電子書籍端末所有者の内、キンドル所有者が62%と圧倒的なシェアを持つ中、iPadは16%のシェアを獲得し健闘している模様だ。また、Electronista(4月5日付)が販売開始直後に報じた、米調査会社Piper JaffrayによるニューヨークとミネアポリスのApp Storeで448名を対象に実施したインタビュー調査では、iPad購入者の約13%が既存のキンドル所有者であり、さらにその半数がキンドルから鞍替えするつもりで購入したと回答している。なお、10%はキンドルの購入を検討していたが、最終的にiPadを購入することに決めたとしている。

 また、米調査会社ストラテジー・アナリティックスは2010年3月3日、発売開始に先立って実施した電子書籍端末の好みのブランドに関する調査において、アップルは米国そして英国でアマゾンに次ぐ2番手の人気を誇っており、今後、iPadがアマゾンのキンドルを追い抜く可能性があるとの見解を示した。

キンドル・ユーザーは、iPad購入後もキンドルを手放すことができない?

 iPadがキンドルを追い上げる中、既存のキンドル・ユーザーはiPad購入後もキンドルを使い続けるであろうと主張する論調も出ている。COMPUTERWORLD(5月15日付)は、キンドルを手放すことができない13の理由を記しており、例えば、「日光直下でiPadは読みづらい」、「キンドルのバッテリーは2週間持続する」、「キンドルには自動音声読み上げ機能が搭載されている」、「キンドルの電子書籍はラインナップが豊富」などを挙げている。また、コスト面でのiPadのデメリットにも言及している。キンドルは無料で3G網へ接続可能(コンテンツのダウンロード料金に接続料が含まれる)であるのに対し、iPadで3G網へ接続するためには別途、通信キャリアのデータ通信プランに加入する必要があり、とりわけ既存のキンドル・ユーザーにとってはコスト負担増になるとの印象が強い。そのためiPad購入後も3G網への接続はキンドルで行い、iPadはWi−Fi接続オンリーの利用とすることで節約が可能と説明している。勿論、iPadは単なる電子書籍端末ではなく様々なマルチメディア機能を兼ね備えているため、キンドルよりも活用シーンの幅が圧倒的に広いことは確かだ。しかしながら、キンドルが持つ独自機能の中にはiPadに勝るものも多く、キンドル所有者はiPad購入後も、使用用途をうまく使い分けて両端末を併用する可能性が高いかもしれない。

iPad向けアプリケーションの動向

 オランダのモバイル・アプリ関連調査会社Distimoは2010年4月30日に公開したレポートで、米国におけるiPadとiPhone両者のアプリケーションを比較した統計を紹介している。この統計によれば、4月26日時点におけるApp Storeのアプリケーション登録総数は189,851件で、内iPad向けアプリケーション(注3)は僅か約2.5%の4,870件に留まった(図1)。但し、iPad向けに作られるアプリケーションは徐々に増加する傾向にあり、発売開始から10日目の4月12日時点の3,670件と比較して32.7%増となっている。

(注3)iPadのみではなく全てのiPhone OSに対応したアプリケーション(以下、【図1】の分類で“Universal”を指す)も含む。アップルによれば、iPadはiPhoneとiPod touch向けの15万ものアプリケーションの殆どに対応している。

【図1】App Storeのアプリケーション登録数
【図1】App Storeのアプリケーション登録数
出典:Distimo“April 2010, Apple App Store-iPad And iPhone”

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 同社はアプリケーションの有料、無料の比率についても調査している。iPad向けアプリケーションに占める無料アプリケーションの割合は20%でiPhoneの27%よりも7ポイント低い。また、iPad向けアプリケーションのカテゴリー別内訳(図2)を見てみると、ゲームが1,577件と最も多く、全体の32.4%を占めている状況だ。その後に、エンターテインメントの9.3%、書籍の8.1%、教育の8.0%が続いている。

【図2】iPad向けアプリケーション・カテゴリー別内訳(2010年4月26日時点)
【図2】iPad向けアプリケーション・カテゴリー別内訳(2010年4月26日時点)
出典:Distimo“April 2010, Apple App Store-iPad And iPhone”

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 なお、アプリケーションの平均単価については、iPhone向けアプリケーションが3.82米ドルであるのに対し、iPad向けは4.67米ドルとiPhoneに比べ約1米ドル高い。とりわけ、iPadのメディカルおよびファイナンス・カテゴリーの平均単価はその他のカテゴリーに比べ格段に高額で、各々42.11米ドル、18.48米ドルとなっている。Distimoは、メディカル・カテゴリーの平均単価が著しく高騰している理由について、Lexi-Compが提供している最大299.99米ドルの6つのアプリケーションが大きく影響しているとコメントしている。

 また、同レポートの中では、有料、無料別のiPad向けアプリケーションの人気ランキングのトップ20も公表されている(表2)。有料アプリケーションのトップはワープロアプリの「Pages」で、2位はインターネット上の様々なものをダウンロードしビューアーで表示可能な「GoodReader for iPad」、3位はiPad用の手書きメモアプリ「Penultimate」となっている。なお、無料アプリケーションにおいては、1位に電子書籍アプリケーションの「iBooks」、2位にゲームの「The Solitaire」、そして3位も2位と同じくゲームの「Break HD Free」がランクインした。

【表2】有料、無料別iPad向けアプリケーションの人気ランキングトップ20
【表2】有料、無料別iPad向けアプリケーションの人気ランキングトップ20)
出典:Distimo“April 2010, Apple App Store-iPad And iPhone”
※上記、出典資料に具体的な集計対象期間についての記載はなし。

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iPad購入者の中心は中年層かつ高収入世帯層

 ITpro(5月14日付)が掲載した米アドモブによるiPadユーザーの利用実態調査によれば、iPad購入者の属性は、意外にも中年層が多かったようだ。同調査によれば、購入者の75%を35歳以上が占めており、大きなディスプレイで文字が読みやすい点が中年層に広く受け入れられたのかもしれない。なお、世帯別収入については、74%が年収7万5,000米ドル以上であり、購入者の大半が高所得者層であった。

 また、同調査では、iPad購入者の半数以上がiPhoneユーザーであった一方で、アンドロイド端末ユーザーは僅か7%であったと報告している。さらに、Electronista(4月5日付)が伝えた、米調査会社Piper Jaffrayによる調査結果においても、iPad購入者の66%がiPhoneユーザーであり、74%がMacユーザーであったとしている。なお、iPad購入後、iPhoneの利用を止めると答えたユーザーは僅か1%に過ぎなかったという。こうした調査結果から少なくとも当初の発売段階においては、iPad購入者の中に多くのアップル・ファンが含まれていたことをうかがい知ることができる。

SIMロックを巡る迷走

 アップルはiPadを発表した2010年1月当初、同端末をSIMロックフリーで販売する方針であるとしていた。のため、キャリア紐付きを基本とするiPhoneとは異なり、各国で複数の事業者がiPad向けにマイクロSIMを提供し、キャリアフリーの形態で発売されることが予想されていた。しかし、発売が近づくにつれ一部の国ではその状況が変化し、また国毎に対応が異なるなど、iPadのSIMロックを巡っては様々な混乱が発生した。

 米国ではSIMロックフリーで販売されているものの、3GネットワークはAT&Tが独占的にサポートしており、実質的にはこれまでのiPhone独占販売の状況と何ら変わりがない。日本でも、当初SIMロックフリーで販売される方針であったため、NTTドコモは2010年4月28日の2010年3月期決算発表時に、iPad向けマイクロSIMカードの販売を行う計画を表明していた。しかし、結局、ソフトバンクモバイルがiPhone同様、iPadを独占販売することが決定し、その上、米国とは違いSIMロックをかけた状態で売り出されることとなった。さらに混乱を招いたのが、ユーザーにとっては結果的に朗報となったが、日本国内で施されるiPadのSIMロックはiPhoneとは異なる国内限定仕様となっており、海外に持ち出した場合には海外現地キャリアのSIMが利用可能であることをアップルが明らかにしたからだ。

 しかし、国内限定というイレギュラーなSIMロックによって、ソフトバンクモバイル以外の国内携帯事業者はiPad普及で期待されるデータ・トラフィック増の恩恵を享受する道を完全に断たれたわけではない。競合各社は、同端末のWi−Fi機能に着目、Wi−Fiルーター経由でのiPadデータ通信市場参入を狙っている。例えば日本通信はWi−Fi経由で3G網に接続可能なSIMロックフリーのB-mobileWi-fiを5月24日から発売、またNTT東日本は6月下旬よりフレッツ光の利用者向けに月額500円(税込525円)という格安料金で宅内外での無線LANインターネット・サービスを提供(携帯事業者との契約で3G網への接続も可)することを発表している。さらにエヌ・ティ・ティ・ブロードバンドプラットフォームは6月24日から3G網(NTTドコモのみに対応)、Wi−Fi網への自動選択接続機能を搭載したポータブルコグニティブ無線ルータの発売を開始する。こうしたWi−Fiルーターを通じて、ソフトバンクモバイル以外の各社にも水面下で間接的にiPadデータ通信トラフィックを獲得し、データ通信の収入増を図るチャンスが残されている。

米国と日本以外では完全なSIMロックフリーかつキャリアフリーで販売か

 ドイツでは5月28日の発売開始に先立ち、5月中旬頃には既にT−モバイル、ボーダフォン、O2の3社のiPad向けデータ通信プランが出揃った。アップルのホームページ記載の情報によれば、5月28日から発売が開始された9カ国の内、日本を除く8カ国ではキャリアの直販は行われていない模様で、さらに各国で既に複数キャリアがiPad向けデータ通信プランを用意している。それ故、これらの国々では、米国のようにSIMロックフリーと言えどもキャリアの縛りがあったり、また日本のように国内限定のSIMロックがかけられたりといった変則的な販売方法ではなく、完全なSIMロックフリーかつキャリアフリーの形態で販売されている様子だ。各社はiPadデータ通信収入を奪い合うべく積極参入の動きを見せており、既に競合各社間の熾烈な販売競争が始まっている。

AT&TはiPadを利用してiPhone独占販売契約期間の延長を実現?

 AT&Tは3G対応のiPad発売開始に伴い、iPad向けデータ通信プランを発表した。プランは2種類でいずれもプリペイド式となっており、利用上限250MBプランは月額14.99米ドル、利用無制限プランは月額29.99米ドル(注4)だ。両プランとも追加料金なしでAT&Tの2万カ所以上のWi−Fiホットスポットへのアクセスも可能となる。なお、類似するAT&Tの一般的なPC向けデータ通信プラン「DataConnect」の料金は、利用上限200MBプランが40米ドル、利用上限最大の5GBプランが60米ドルとなっており、iPad向けデータ通信プランは通常プランの半額以下の格安料金で提供されている。

(注4)AT&Tは、2010年6月7日より利用無制限プランの新規受付を停止。代替プランとして利用上限2GBプラン(25米  ドル)の提供を開始した。

 AT&TがiPad向けにこうした格安のデータ通信プランを導入したことに関し、その裏にはAT&Tとアップルとの間で何らかのビジネス上の取り引きがあったのではないか、と推測する論調が複数のメディアから出ている。例えば、COMPUTERWORLD(5月5日付)は、「AT&Tとアップルの両社は恐らくお互いの見返りに関する交渉を行い、AT&Tは格安料金でiPad向けデータ通信プランを提供する代わりに、iPhone独占販売期間の延長を手中にした」という推測を掲載している。これが事実だとすれば、AT&Tは今後の成長分野であるデータ通信市場において収入増の牽引役となることが期待されるiPad向けデータ通信プランの料金を敢えて通常の半額レベルに引き下げるという犠牲を払い、アップルのiPad販売増に貢献することで、その見返りとしてiPhoneの独占販売期間延長を手に入れた、ということになるであろう。今夏にも切れると噂されていたAT&Tとアップル間のiPhone独占販売期間が、これによって6カ月延長されたことになれば、今夏にもCDMA対応のiPhone販売を開始する計画があると報じられていたベライゾン・ワイヤレスのiPhone市場への参入時期は、少なくとも2011年第1四半期以降へ後ろ倒しとなる。熾烈な競争環境にある米国の携帯電話市場において、

iPhoneはAT&Tの業績向上にこれまで多大な貢献をしてきており、例え6カ月という短期間であったとしても同社にはなんとしても延長を実現させたいという強い意向があったものと推測される。2009年7月〜9月期におけるAT&Tの全新規携帯電話顧客の内、実に64%をiPhone顧客が席捲しており、また直近の2010年1月〜3月期における270万台のiPhoneのアクティベーション顧客のうち、1/3以上が新規顧客であった。こうした数値からも、AT&TがiPhoneの独占販売権を手放したくない理由は明白だ。また、前出の COMPUTERWORLD(5月5日付)はさらにウォール・ストリートのアナリストの見解として、「AT&TがiPadを獲得するために何かドラスティックな行動に出る必要があった」とのコメントも掲載しており、iPhoneに引き続きiPadの独占販売権を得るための条件として、今回のような格安料金を提示する必要があったものとみている。事実、各メディアは、ベライゾン・ワイヤレスもiPadの販売についてアップルと交渉していたと報じており、水面下ではiPadの販売を巡り両社間の激しい戦いが繰り広げられていた模様だ。

iPadユーザーの利用動向

 InvestorPlace Mediaは2010年5月20日、傘下の米調査会社ChangeWaveが153人のiPad所有者を対象として5月に実施したiPadに関わる調査結果を公表した。iPadの満足度に関する調査においては、「満足(非常に満足+やや満足)」と回答した人が実に9割を超えており、ユーザーの大半が期待通りの製品であったとして高評価を下したようだ(図3)。

【図3】iPad満足度割合(2010年5月)
【図3】iPad満足度割合(2010年5月)
出典:InvestorPlace Mediaホームページ

 また、同社は16項目のiPadの利用機能を掲げ、その中から最も一般的に利用する機能を最大5つまで選択してもらうといった調査も実施している(図4)。その結果、最も一般的な利用として挙げられた項目は「インターネット・サーフィン(83%)」、2位は「Eメール・チェック(71%)」で、上位2項目はPCの一般的な利用機能なるものであった。但し、3位には「App Storeのアプリケーション(56%)」がランクインしており、アップルが意図したとおりiPadがマルチメディア融合端末として実際に活用されている実態が、こうした統計からも見て取れる。一方で、電子書籍端末としてのスペックも強調されたiPadであったが、コンテンツ不足も影響したのか「電子書籍の閲覧」は5位の33%に留まった。

【図4】iPadの最も一般的な利用(2010年5月)
【図4】iPadの最も一般的な利用(2010年5月)
出典:InvestorPlace Mediaホームページ

 さらに同社はiPadの最も好きな点・嫌いな点についても調査を実施した。最も好きな点のトップは、「画面サイズ・品質(21%)」で、その次が「使い易さ(15%)」であった(図5)。前述のアイサプライのコメントにもある通り、ユーザー・インターフェースに重点が置かれたiPadの特性が、まさに実際のユーザーからも忠実に評価されている。

【図5】iPadの最も好きな点(2010年5月)
【図5】iPadの最も好きな点(2010年5月)
出典:InvestorPlace Mediaホームページ

 また、逆に最も嫌いな点としては、「Flashに非対応(11%)」を挙げたユーザーが最も多かった(図6)。多数のサイトでFlashの採用が日常茶飯事化している状況の中、やはりこれに対応していない点がユーザーにとって最大の不満となったようだ。しかし、アップルは、アドビのFlashを今後も導入する計画はないと宣言しており、iPadの普及において、Flash非対応というデメリットが同端末の購入を阻害する最大の障壁となりそうだ。しかし別の見方をすれば、敢えてFlash非対応を貫くことで、 Flashを取り入れた他社のゲーム等のアプリケーションのダウンロードを意図的、戦略的に回避させているとも言える。これによって必要なアプリケーションは全て自社のApp Storeのみで購入してもらうようにユーザーを誘導し、見事なまでに完璧な垂直統合型のビジネスモデルを築き上げ、効果的な収入増に繋げているのかもしれない。事実、iPhoneもFlash非対応ながら好販売が未だ継続しており、ユーザーにとってアップル製品は非Flashの欠点を十分補うほどの魅力的な機能を兼ね備えている。不満の点で次に多かったのが、「ネット接続性(9%)」と「画面をクリーンに保つことと見にくさ(9%)」であった。先に、キンドル・ユーザーがiPad購入後もキンドルを利用し続ける理由の一つに挙げていることを述べたが、電子ペーパー採用のキンドルと異なり日光直下での可視性に難がある点が露呈された格好となった。なお、ネット接続性の不満は今後、3G対応モデルが普及することによって改善されていくものと思われる。

【図6】iPadの最も嫌いな点(2010年5月)
【図6】iPadの最も嫌いな点(2010年5月)
出典:InvestorPlace Mediaホームページ

未発売の国でも既に高額で販売が開始、模倣版も登場

 iPad販売国は今後さらに増えていく見込みだが、iPadが正式に発売開始となっていない国々でも既に多くのiPadが出回っている。total telecom(5月5日付)によれば、「シンガポールからソウル、バンコクから北京まで、米国の小売価格に相当の金額を上乗せした価格で販売されている」とのことだ。なお具体的な事例として、ある香港のコンピュータモールでは、小売価格499米ドルの16GBモデルが、47%増しの5,700香港ドル(約733米ドル)で売られていたとしている。また、CNN.com(4月8日付)は、販売が開始された4月3日の翌々日5日には早くも香港で数百台ものiPadが店頭に並んでいたこと伝えている。ちなみに日本でも正式販売前の4月にヤフーオークションで16GBモデルだけでも数百台に及ぶ出品があり、小売価格の2倍を超える10万円以上の高値での取引もあったほどだ。このようにiPadは多くの国々で正式に発売が開始される前から絶大な話題性を集めており、iPhone登場時の状況にも劣らない過熱した人気ぶりを見せているようだ。さらに驚くべきことに中国のメディアは、アップルが1月にiPadを発表した後、早々と中国・深センの工場で模倣版の山寨(さんさい)iPadが製造され、4月の販売開始前から既に市場に出回っていたことを報じている。

iPadの販売予測

 米調査会社アイサプライは2010年4月2日、iPadの世界の販売台数予測値を発表した(図7) 。同社は保守的な予測値として、2010年は710万台、2011年には1,440万台、そして2012年は販売開始年の約3倍に当たる2,010万台を掲げた。なお、iPadの発売開始から3年後、つまり2012年の販売台数予測値2,010万は、iPhoneの同時期(発売開始から3年後となる2009年)の販売台数実績約2,500万と比べた場合やや劣っているが、同社はiPadがiPhone並みの大ヒット製品になると見込んでいるようだ。

【図7】世界のiPad販売台数予測
【図7】世界のiPad販売台数予測
出典:アイサプライ“iPad sales to Hit 7 million in 2010 and Triple by 2012”

iPadの登場により、急成長が期待されるネットブック市場の需要が鈍化?

 iPadの登場によりPC分野で急成長が期待されていたネットブック市場の需要に陰りが見えてきたとの見方も出てきた。ビジネスウィーク(4月2日付)は、米調査会社IDCの見解として、2010年第1四半期におけるネットブックの出荷台数は前年同期比33.6%増の480万台に達する見込みだが、昨年の同872%増という飛躍的な伸びと比べ成長は著しく鈍化したことを報じた。こうした状況について、同メディアは、「iPadはネットブックの過熱をクールダウンした」とコメントしている。

 また、Fortune(5月6日付)はモルガン・スタンレーの分析を引用し、「3月に実施した調査では44%の米国消費者がネットブックの代わりにiPadを購入する予定であった」と伝えている。1月のiPad発表後、当初、ネットブックを購入予定であった消費者の多くがiPad発売を待つ決心をするに至ったことも、2010年第1四半期のネットブック出荷台数の成長率の大幅な落ち込みに影響を及ぼした可能性がある。

他社も続々と追随、アップルは再び成功を収めることができるか?

今回、iPadの販売権を手にすることができなかったベライゾン・ワイヤレスは、iPadへの対抗意識をあらわにしている。THE WALL STREET JOURNAL(5月12日付)は、ベライゾン・ワイヤレスがiPadのホスト事業者であるAT&Tに対抗するため、グーグルとタブレット端末の開発を共同で進めていると発言したことを伝えた。製品の詳細、投入時期等については明らかにされていないが、同社は「グーグルが保有するあらゆるものを検討し、タブレット端末に搭載可能なものは採用していく」としている。iPad販売で強固なタッグを組んだAT&Tとアップルに対し、ベライゾン・ワイヤレスはAT&T、グーグルはアップル、といった具合に各々の最大のライバルに照準を定め共同戦線で戦っていく方向性を検討しているようだ。但し、その一方でベライゾン・ワイヤレスは前述の通り、CDMA版iPhoneの発売を計画しているとも報じられており、同社が今後、互いが敵対関係にあるグーグル、アップルの両社と良好な関係を構築していくことは非常に困難であると予想される。ベライゾン・ワイヤレスが本気でグーグルとのタッグで、アップル―AT&T連合に対抗していくのであれば、iPhone販売を断念し全面的にグーグルと提携する、といった選択を迫られることになるかもしれない。 

 また、PC市場最大手のヒューレット・パッカードはWindows 7を搭載したHP Slateと呼ばれるタブレット端末を今年後半にも投入する予定と報じられている。さらに、業界3番手の米デルは2010年5月25日に、アンドロイドを搭載しFlashにも対応したタブレット端末「Steak」を発表している。そして、ソニーも一度撤退した日本市場に再び電子書籍端末の形態で参入することを表明している。そもそもタブレット端末市場は、iPad登場以前から存在しており新たな市場ではない。しかしながら2002年にマイクロソフトから初のタブレット端末が誕生して以来、既に数多くのタブレット端末が投入されているものの、普及は進まずこれまで成長市場として大きな注目を浴びることはなかった。今回、iPad発売をトリガーとして、多くの企業がタブレット端末市場への参入意向を明らかにしており、同市場は今までにない大きな賑わいを見せつつある。

 各社がこのようにiPadの対抗商品の投入に意欲的である一方、Digitimes(2月1日付)はPC市場世界第2位の台湾エイサーは、「2010年には、超薄型ネットブックの製造に注力し、アップルのiPadの類似品を投入する計画はない」と発言したことを伝えていた。しかし、その方針は早々に翻り、5月27日、同社も年内にはタブレット端末を投入することを表明している。予想以上のタブレット端末市場の盛り上がりに業界大手も耐えきれず、急遽方針転換を決断する状況に追い込まれたようだ。

 アップルを象徴的なワンフレーズで言い表すならば、「強力なトレンドメーカー」であろう。同社は先に投入したiPhoneで、携帯電話端末市場にタッチパネルという新たなトレンドを生み出し、競合他社もこぞってこのトレンドを追い掛けるといった現象を巻き起こした。その結果、今やタッチパネルは携帯電話端末において、極めて一般的な機能と言われるまでになった。多くの類似する製品が出回った今日においても、iPhoneは発売開始から現在に至るまで常に他社の競合製品より一歩抜きん出た存在であり続けている、これがまさにアップルの凄みだ。iPhoneの累計販売台数は、2010年3月末時点で約5,100万にも達しており、衰えを見せるどころか販売台数は今現在も伸び続けている。事実、アップルが公表した最新の4半期(2010年1月〜3月)決算では、同期に過去最高の販売台数875万を記録したことが伝えられており、こうした数値からも他社の追随を許さず伸び続けるiPhoneの勢いが分かる。

 アップルは、今回、iPadでiPhoneの成功の再現を試みているのであろう。同社はiPadという新たなタイプのタブレット端末で再びトレンドを作りだし、そしてiPhoneの時と同じく投入直後から競合各社の強い注目を一挙に集めた。既に多数の競合他社が、iPadライクな商品を投入する動きを活発化させている。現時点においては、アップルはiPhoneの成功を順調にトレースしつつあると言える。多くのメディアはタブレット端末市場での争いといった側面でiPadに着目しており、2010年中にも有力な競合各社の対抗製品が出揃うことが予想される中、iPadは不動の人気を保ち同市場で先頭に立ち続けることができるかどうかが注目される。一方で、アップルはiPad発表時、同端末を「タブレット端末」とは称さず、「魔法のような革新的デバイス」「まったく新しいデバイスのカテゴリーを創造し、定義するもの」と表現している。アップルとしては、タブレット端末市場に閉じることなくラップトップやネットブックそしてスマートフォンといった幅広いデバイス市場でのiPad勢力の拡大、そしてiPad自体を新たな製品カテゴリーそのものと位置付けこれまで存在しなかった真新しい市場を生み出すことを狙っているのであろう。

松本 祐一

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