2010年10月13日掲載

2010年8月号(通巻257号)

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InfoComモバイル通信T&S

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[tweet] 巻頭”論”

オーバーレイ化・多様化時代の通信料金のあり方
〜定額制と従量制の複合化

 通信サービスがレイヤ構造に展開されるようになってかなりの年数が経過していますが、なかでもネットワーク・レイヤでは最近大きな市場変化が見られます。即ち、ネットワークのオーバーレイ化が図られユーザーによる使い分けが進んでいること、スマートフォンなど高機能端末が普及して音声からデータへトラフィック構造が変化していること、大容量のアプリケーションやコンテンツが増加していること、ソーシャルメディアの浸透が進んでトラフィックが即時化・集中化する傾向にあること、などが挙げられます。また、サービス構造面でも、ブロードバンドやユビキタス・サービスの大衆化に伴い、オープンモジュール型から統合型へと移行しています。こうした流れからモバイル通信サービス上で予想される現象として、データARPUが音声ARPUを超える、総合ARPUが上昇に転ずることに現在注目が集まっています。

 ARPUの議論では多くはサービスの変化、動向に関心が集中しがちですが、今回はサービスのベースになっている料金体系について考えてみたいと思います。

  そもそも現在の通信料金のベースは音声サービスによって形成されて来たのは歴史的に当然のことです。通信料金は電話料金として定額制から始まりましたが、電話の自動化と並行して度数による従量制料金に移行して行きました。即ち、音声トラフィック量を距離別・時間別に計測(距離別時間差法)して料金を計算する方法です。音声サービス料金は現在でも原則この方法で算定されています。これはユーザーにとっては利用実感に合致した分かり易い優れた方法と言えるでしょう。時間の長さがサービスの満足度に比例しています。ただ、この仕組みの導入当初は長距離通話料金が高価なため高額な料金請求となり多くの苦情申告が寄せられました。ユーザーの料金体系への理解と慣れが必要だったのも事実です。

 一方、データ通信は音声から遅れて始まったサービスなので、当初は音声料金の方式を踏襲して同じ従量制で開始されましたが、音声の場合と異なり時間の長さが満足度に比例する訳ではなく、むしろ情報の質・量の方がポイントでした。音声と違い情報量の把握が容易だったこと、パソコン通信やインターネットの普及が急速に見られたこと、などから定額制が開始されましたが、やはり契機になったのはデータ通信(パケット)利用による高額請求、いわゆる“パケ死”問題でした。これもユーザー側から見ると料金体系への認識(慣れ)不足と利用満足度と料金とのアンバランスが原因だったと考えられます。もちろん、データ通信サービス料金の定額化の基盤にはパケット通信網の整備が行われたこと、それまでの回線交換網では見られなかったベストエフォート型のサービス=インターネットが一般化したこと、がありました。

 以上が今日までの通信料金体系の変遷なのですが、冒頭に上げた市場変化が通信料金のあり方にも影響を与えています。言い換えると、通信料金、特にデータ通信の定額制への移行とその競争激化が新しい市場変化を引き起こしているとも言えます。携帯では既に半分の人達が定額プランを契約しており、また、光回線サービスやADSL回線の普及状況から見てデータ通信サービスの定額契約は既にイノベーター層はもちろん、アーリーアドプター層を過ぎてレイトマジョリティー層に達していると思われます。既に大衆化レベルに到達していると言ってよいでしょう。従って通信事業者、特に定額化が進んでいるモバイルオペレーターでは、当初の完全定額から二段階定額化、接続サービスによる料金差、外部接続機器による格差など種々の取り組みが行われて定額料金の多様化が進展しています。

 その上、直近ではスマートフォンなどの高機能端末の普及によるトラフィック急増問題が顕在化し、一部のヘビーユーザー(10%程度)が大部分のネットワーク容量を消費(90%程度)していると指摘される事態が生じています。現実に米国においてアップルのiPhoneを扱っているAT&Tのモバイルネットワークはニューヨーク、サンフランシスコの都市部ではサービスレベルが大幅に低下していると言われていますし、日本のモバイルオペレーターの中でも同様に回線速度や接続性の低下についての評判が出されるようになって来ています。これに対し、通信各社では基地局の増設、フェムトセルの設置やWi−Fiの利用などの対応策を講じてトラフィック急増に応じていますが、さらに、一部の事業者には料金を従量制に戻す動きが見られるようになりました。これは、定額料金で定める上限情報量を超過した場合に従量化しようとするもので、米国のAT&Tや英国のO2がこうした新料金プランを発表しています。AT&Tに対してはユーザーから種々の反対の声が寄せられているようですが、一部のヘビーユーザー対策としてトラフィック制御だけではなく、料金契約上からも取らざるを得ない事態となっている実情にあると思われます。我が国の場合は、これまでに諸外国と比べて多額の基地局建設投資を続けて来た実績から直ちにネットワーク制御に限界が来るとは考えにくいところですが、その一方で周波数不足は各国共通の悩みなので政府の電波管理当局の早急な行動が必須の情勢です。モバイルオペレーターだけでなく、固定通信事業者も例外ではないので、トラフィック急増に備えての設備面の取り組みに加えて一部のヘビーユーザー対策を念頭に定額料金制のあり方を検討しておく時期に到っているように思います。

 もちろん、同時にレイトマジョリティーを取り込み、より一層の成長を目指す料金政策、即ち、定額料金の多様化・複合化による工夫が併せて求められます。その条件としては、(1)入り易さ―多段階定額が魅力、(2)分かり易さ―サービス内容別・速度別・接続機器別の違いは納得、(3)追加の説明が必要―NW方式、例えばLTE、WiMAXなどオーバーレイ型には接続状況を明示して利用実感を訴求、などさまざまな工夫が求められます。要は、大衆化するユーザーには複数の選択肢に加えてサービス利用の満足度と料金との納得性の比例関係がより一層求められます。通信事業者は音声サービス中心時代の長距離通話の遠近格差苦情対応にも似た注意を払う必要があります。

   最後に、定額制料金に踏み出す背景にインターネットの普及とそれによるベストエフォート型サービスの拡大があったと前述しましたが、これは当初のユーザーであるイノベータ層やアーリーアドプター層には容易に理解され、通信事業者側にはこの点への懸念が具体化することは少なかったと思います。ベストエフォート型に移行することによって、大幅なコストダウンが可能となり、定額制料金の収支見通し判断に大きな影響を与えたと言ってよいでしょう。初期のユーザーはベストエフォートの本質をよく理解していたので、PCインターネット接続にあたってのプロバイダーの選択は回線速度・サービスレベルによる事業者選択が通常でした。しかし、モバイルによるインターネット接続は事態を大きく変えたのです。モバイルの普及は大衆化の進展であり、PCインターネット時代と異なり、オープンモジュール型ではなく統合型サービスが求められるように変化しました。その結果、インターネット接続サービスもiモードやEZweb、Yahoo!ケータイに見られるような統合型サービスが主流となり、単純にベストエフェートサービスだから、という説明では納得されず、サービスレベルへの要求は厳しさを増している状況です。

   通信サービスがレイヤ構造となり、上位レイヤ、ネットワークレイヤ、端末レイヤそれぞれにベストエフォート型の限界、ネットワーク中立性のあり方、電波周波数の不足の課題に直面している現状から、新しい料金体系のあり方、即ち、定額制と従量制の複合化に取り組む時期だと思います。ネットワークのオーバーレイ化や接続機器の多様化が進んでいく大衆化の流れに沿った多段階の付加選択型の定額制の方向と少数の大量のトラフィック利用者への対策として受益者負担の原則に戻り超過トラフィックの従量化の方向を組み合わせて解決を図るべきです。いずれにせよ、データ通信が中心となりトラフィックが急増する現状では電波周波数の不足は避けられないので大衆化するユーザーの立場から見て利用実感に見合った定額料金制と一部利用者への受益者負担原則の理解と浸透を図る努力が必要です。

株式会社情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

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