2011年8月22日掲載

2011年7月号(通巻268号)

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コラム〜ICT雑感〜

東日本大震災とダメージコントロール論 〜 続「「はやぶさの帰還」あるいは「ダメージコントロール」」

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 東日本大震災は地震・津波の直接の被害のほか、日本の経済・社会の在り方に再考をせまっている。ここでは前回((本誌2011年1月号コラム「「はやぶさの帰還」あるいは「ダメージコントロール」」)において見た「ダメージコントロール」の考え方をもう一度整理したうえで、「ダメージコントロール」論の観点から今回の震災について考えてみたい。

「ダメージコントロール」の概念と原理

 東日本大震災は、リーマンショックと同様、何百年、千年に一度の、それゆえ「想定外」の災害と言われる。それに対し戦争の中から生まれてきた「ダメージコントロール」は、被害発生は避けられないと想定している(「想定外の想定」)の考え方である。想定外の想定する理由のひとつは、天災は過去の経験や歴史による確率計算により発生が予測されるのに対し、悪意を尽くして引き起される人災である戦争では、危機(相手の攻撃)は演繹的に予想するからである。

 「ダメージコントロール」という言葉は,今では軍事に止まらず医療分野や企業の不祥事発生の際の対応等において「ダメージを最小限に留める事後の応急処置」の意味で使われる。それゆえ「ダメージのコントロール」と呼ばれるのであるが、しかし前回、日米の空母設計にみたごとく、その概念形成過程を見るならばそれは「被災の事後対策(ソフトウェア)だけではなくシステム設計における事前対策(ハードウェア)を含む、一連のシステム防護体系」と解すべきである(ゆえに本論では、専ら「システム設計における事前対策」に焦点を当てている)。

 「システム」とは、システムインテグレーションの世界では「定義された目的を成し遂げるための、相互に作用する要素(element)を組み合わせたものである。これにはハードウェア、ソフトウェア、ファームウェア、人、情報、技術、設備、サービスおよび他の支援要素を含む 」(NCOSE:The National Council on Systems Engineeringによる)と定義されるが、装置のみならず組織、制度、社会、経済などを含めた広義の意味で「システム」は、サブシステムの集合体であり、サブシステムはサブサブシステムや部品の集合体である。システムのこうした入れ子構造は、効率化原理がアダム・スミスの「分業(機能特化)」であることを考えれば当然であり、あらゆるシステムはネットワークやチェーンなどの「点」とそれらを結ぶ「線」からなる構造をとるといってもいいだろう。その場合単一構造に近いメッシュ構造は、信頼性・安全性は高いものの効率性・経済性は低い。従って「線」を間引いたハブアンドスポーク構造や単線構造を図るのが一般である。すると冗長性・安全性が失われるため、今度は多重隔壁や多重化やバックアップ(代替)や分散配置などの信頼性確保策がとられるが、効率性・経済性は低下する。

 こう考えるとダメージコントロールの目的とするところは、システムの防護というより「技術的予算的制約下で、システムの「効率性」と「安全性」のバランスの最適化」と解される。

 そして「バランス最適化」の実現の具体的原理は、「ひとつのシステムの中を事前に完全防御を主とする「安全性」優先部分(コスト高・効率性低)と、事後の応急復旧体制を主とする「効率性」優先部分(コスト低・安全性低)に分け、その組み合わせによりシステムの全体パフォーマンス(費用対効果)の最大化を図る」というもので、システム生き残りのための中枢部分限定完全防護=非中枢部分被害容認を前提としている。全体をどちらか一方に優先させる完全防御論や効率優先論の折衷案とも言える(図参照)。

全体をどちらか一方に優先させる完全防御論や効率優先論の折衷案とも言える

 この広義の「ダメージコントロール」の考え方は、社会・経済・企業の分野の効率と安全の問題を考える上での基本となるものであり、すでに個々の社会インフラシステムの災害対策、金融システムのシステミックリスク対策、あるいは、企業のBCP(事業継続計画)でその根底に見られる考え方でもある。しかしながら実際の適用の場では、完全防御論(例:金融工学によるリスクコントロール可能論や原発安全神話)に流されたり、企業経営における効率化偏重(例:利益重視からのサプライチェーンの冗長性欠如、インフラ企業における防災対策など公共的責任不履行)に流されたり、あるいは利害関係や価値観の違いによる被害容認の対象や程度(例:市場における競争と規制の問題)が定まらない場合も多い(注1)。

(注1)米国では、2005年のハリケーン・カトリーヌの災害後、FCCが携帯電話基地局に一律8時間のバックアップ電力を義務付けようとしたが、携帯事業者の費用負担が大きいことなどを理由に、政府は拒否した。すなわち今の電池技術ではFCC案では効率性と安全性のバランスは取れないという判断である。

 結局ダメージコントロールが有効に働くか否か、その要は両者のバランスのとり方「効率性優先部分と安全性優先部分の区分判断」いかんにあると言えるだろう。この判断は、個人や企業から、経済・社会へと、判断主体が広がればなるほど、利害や価値観の相違から合意が、むずかしくなる。

津波対策とダメージコントロール

 今回の東日本大震災では死者・行方不明の方々の95%が津波によると言われる。東北地方の津波対策は、街全体を防潮堤で守るという「全体完全防御」の考え方で行われてきた。しかし過去の経験に基づいた想定による高さの防潮堤を建設すると想定以上の高さの津波が発生し、防潮堤の高さを上げるとまた想定以上の津波が発生するという繰り返しの歴史であった。どこまで防潮堤の高さを上げていけばいいのか(30年の歳月と1,200億円の巨費かけて建設された釜石の総延長1.6kmの防波堤も今回破壊された)。そのため現在検討されている復興案は、海岸に住むことをあきらめ町全体の高台への集団移住が基本になっているようである。一方長年住みなれた土地での生活への愛着(避難者の4割が復帰を望んでいるという。「日経新聞」6/15朝刊)や利便性から、過去の歴史からみても再び海岸沿いに人々は住むようになるのが自然との意見も聞かれる(区分判断問題)。また政府の復興構想会議の提言(6/27)においても被災地の地形により、平地活用がさけられない地域があるとされている。

 ここでは今までの土地に人々が再び住み続けること(海岸に住む利便性の維持=「効率性」)、そのこと(「区分判断問題」)の社会的合意を前提に、「ダメージコントロール」論の観点から今後の復興策を考えてみたい。その参考になるのが第二次大戦時におけるドイツの民間用対爆シェルター「ブンカー(Bunker)」である。

「ブンカー(Bunker)」=爆撃に対する民間シェルター塔の例

 大戦末期ドイツの各都市は連合軍の熾烈な戦略爆撃にさらされたが、一回に何百機もの大編隊で押し寄せる敵機から都市全域を防御するには極めて多数の戦闘機や高射砲が必要であった。しかしそれは兵力や予算的制約から現実上困難であった(全体防御不可)。また民間の小規模防空壕や地下室では対爆上不十分であった。そのため考案されたのが1,000キロ爆弾の直撃にも耐える厚さ数メートルの分厚いコンクリートで作られた民間人用の避難塔「ブンカー」である。「ブンカー」は市民が10分以内に避難できるよう配置され、内部には耐ガス換気装置、自家発電機や貯水槽に加え、場所によっては分娩室を含む医療施設まで完備していた。建設された「ブンカー」の数は、全土で大小2千ともいわれるが、ベルリンなどの大都市に建設された最大級ものは、屋上に高射砲も備えた高さ30m以上、縦横70mの巨大な建築物(「高射砲塔」とも呼ばれる)であり3万人を収容できた。数千箇所の「ブンカー」のうち爆弾が貫通したものは45カ所で、最大の被害の場合も死者は400人に止まり、シェルターとして極めて有効であった(頑丈すぎて多額の解体費用を要するため、今でもハンブルグやウィーンには幾つか残っている)。「ブンカー」は全市民を収容できたわけではなかったが、それでも各都市の建物等は5割から9割が破壊されたのに対し、ブンカー建設後は人口の平均損失率は0.7%に抑えられたという。戦後、連合国側も「民間防衛の中で最もすばらしい建築」と評している(なお「ブンカー」は当初地下施設であったが、地上設備の方が安上がりのため「塔」となったという)。

※参考:「ドイツを焼いた戦略爆撃 1940−1945」イェルク・フリードリヒ

「海岸に住む利便性」(効率性)と人命(安全性)のバランス最適化(パフォーマンス最大化)」としての津波防災塔

 さて、津波対策の場合、完全防御すべき部分は「人命」であり、物理的財産は復旧できるとして想定以上の津波の場合はあきらめる部分と考えると、費用対効果の観点からは、街全体を守るのに必要な高さの防波堤を作るよりは、その高さ以上の防災塔(シェルター)を人々が10分以内に避難できるような場所にいくつか配置したほう経済的である。この津波防災塔の下層階は水密構造で、地震や、漁船等が衝突しても大丈夫な頑強な作りとし、屋上ヘリポートや、携帯電話の基地局や非常用無線設備、自家発電機、食糧などを備える。上層階は非常時の利用解放を条件として、普段は公共施設やオフィス、住宅あるいは観光展望台などとして利用し、維持コストの回収に資する。一方防潮堤の高さは防災塔に避難する十分な時間を稼ぎ、かつ発生頻度の高い中規模津波に耐える高さに抑え、建設コストを抑制するのである。

 この津波に備え、高層ビルを被災地に配置するという考えは、すでにいく人もの識者が述べられているし、また「津波避難ビル」指定制度(2005年6月内閣府ガイドライン)が設けられ、全国で1,790ビルが指定されているという。今回の津波でも指定された民間ビルに避難して何百人もの方が助かった。一方、民間ビルはもともとシェルターとしては設計されていないから、津波が指定ビルを超えてしまったところや、流された船が衝突していたらビルはもたなかったろうといった問題も生じたという。また「いつでも逃げ込めるようにしておくため民間業者に指定が敬遠されている」傾向もあり、沿岸部に位置する自治体のうち「津波避難ビル」を指定している自治体はまだ2割に止まるという(「朝日新聞」5/10朝刊)。こうした問題に対しては、戦時の空母への改造を条件に民間の大型客船の建造費を補助した日本海軍の例のごとく、防災塔のスペックを備えたビルを民間が建設し、災害時の利用を条件に国が建設補助金を出す手も考えられる。

バランス最適化問題の解決:前提条件の緩和としての技術開発

 震災は、地震・津波の防災対策のほか、従来は問題意識が薄かった経済・社会の様々な仕組み、例えば原発事故により電力インフラの在り方に、グローバルサプライチェーンの被災により、在庫を圧縮し効率化を追求してきた企業の生産体制の在り方に再考を迫った。それらの課題の本質は、「効率性」と「安全性」のバランスという、まさに「ダメージコントロール」論の課題である。こうした課題に今回の震災の教訓をもとに様々な見直しや改善工夫が取り組まれつつあるが、今までみたようにバランス論としての「ダメージコントロール」の原理が、技術的予算的前提条件のもと、すべてを守るのではなく一部分はあきらめる思想であるならば、そのあきらめざるを得ない部分を出来得る限り小さくする、前提となる制約条件を緩和する低廉な技術の開発(注2)こそが、最終的解答であろう。

(注2)図「ダメージコントロールの考え方」でいえば、一定の技術水準を前提とした防御コスト曲線の、前提の技術水準の上昇による下方移動)

 前回みたゼロ戦の場合における高馬力のエンジン開発によるグラマンの勝利がその例であり、通信インフラでいえば、停電に備えた携帯基地局用あるいは家庭用電話機用の低廉な長時間蓄電池の開発である。

 やはり、資源もなくそして今や巨額の財政赤字を抱える日本の目指すべき道は、災害対策の点においても「技術立国」しかないと言えるのだろう。

経営研究グループ部長 市丸 博之

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