2012年2月23日掲載

2012年1月号(通巻274号)

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コラム〜ICT雑感〜

震災と海底ケーブルとスマートフォン
〜非常時の無線、トラヒックオフロードとしての有線

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「無線技術は戦争の行方を左右する。絶えざる進歩は驚異的である。空気は切れない。電信線は切断される。」(J.A.フィッシャー英国第一海軍卿)

 昨年起きた事件の筆頭はどの業界においても、もちろん東日本大震災であろうが、通信業界における次点はスマートフォン普及の本格化であろう。この二つの事件は期せずして有線・無線通信方式の相互補完関係を浮き彫りにした。

 スマートフォンのようなキーデバイスがまだ登場しない固定光アクセス網に対し活況を呈する移動通信は、イコール無線通信というイメージがあるが、無線が使われているのはいわゆる足回り、ラスト1マイルにおけるアクセス網(収容エリア:電話局半径2〜10km+無線LAN半径10〜100m、 移動基地局半径5km前後)の話であり、固定・移動を問わず国内長距離中継網においては、大容量(経済性)とスピードの観点から、以前のマイクロ波中継網は廃止され、光ファイバー網等固定通信が支配的となっている。それは国際通信も同様である。容量と伝送遅延(静止衛星の軌道は赤道上上空約3万6千km)の問題から国際通信はそのほとんどが海底ケーブル経由となっている。

 そうした中でおこった東日本大震災では、東北地方の陸上通信ケーブルに加え、米国と日本を結ぶ海底ケーブル5本のうち4本が被害をうけ、一時海外とのインターネットがつながりにくくなった。一方、衛星通信は携帯電話網などの代替復旧に大いに活躍し、非常時の無線通信の有用性を改めて浮き彫りにした。

 自然災害であれ戦争であれ非常時の通信は無線が重要ということは、インターネット時代の現代も電信時代の100年前も変わらない。

 19世紀末大英帝国は地球上の陸地と人口の1/4を支配していた。これらの海をまたぎ広範囲に分散した領土支配を可能にしたものは、本国と海外植民地を結ぶ「連絡路」(交通網と通信網)の技術革新(蒸気機関と電信)であった。連絡路の役割を担ったものは植民地内陸では鉄道と電信網であり、本国と植民地の間のそれは汽船と海底ケーブルであった。連絡路は国防上、英領をのみを通ってロンドンと帝国各地を結ぶのが目標であった(アフリカ縦断政策とアフリカ縦断鉄道構想など)。そのため航路上には中継補給基地としての「港」が領土として多数獲得保持され、強力な海軍が配置されていた。しかしながら通信路においては、最大の植民地インドと英国とを結ぶロンドン−カルカッタ海底通信ケーブルは3ルートに分散されていたものの、どれも陸上部で一部他国を経由するため国防上大きな懸念があった。こうした事態を背景に、日本海海戦の翌年(1906年)一夜にして世界中の戦艦(日本の三笠を含む)を旧式化せしめた戦艦「ドレッドノート」の生みの親、フィッシャー提督が 東日本大震災のちょうど100年前(1911年)に帝国議会で上記の演説をしたのも、戦争という非常時に備えて国家無線局の創設を訴えるものであった(注)。

(注)参考文献「パックス・ブリタニカ」(ジャン・モリス著 椋田直子訳)

 日本でも「内地植民地間および対船舶間通話および放送無線電話の中継等の為に」多数の無線送信所    が開設された。1923年の関東大震災では船橋や銚子の無線送信所は、東京の被害状況を国内外に発信して災害救助に貢献したが、船橋送信所は海軍の施設で太平洋開戦時ハワイに向かう日本の空母機動部隊に「ニイタカヤマノボレ」の暗号を発信したことでも知られる。戦後日本の無線送信所は連合国から返還された後次々と廃止された。NTT名崎無線送信所も1996年、あるNTT職員の機転で電波でおびき寄せた巨大な羽虫状の宇宙生物レギオンの大群ごと、自衛隊ヘリ部隊の攻撃で破壊された。というのは映画「ガメラ2」での話であるが、しかし実際の名崎無線送信所も近年その機能を縮小され、今は一部にドコモの送信施設があるのみで敷地の大半は工業団地に転用されるという。今では幾つかの無線通信所跡地は「近代化産業遺産」に指定されている。

 戦後地上無線送信にとって代わったのが1964年に打ち上げられたテレスター(AT&T所有)に始まる衛星通信であり、90年代半ばには国際通信量の半分までを担うまでになった。衛星通信の構想は映画「2001年宇宙への旅」(1968年)の原作者で有名なアーサー.C.クラークにより1945年に提唱されたとされ、それを記念して国際天文学連合は赤道上の静止衛星軌道を「クラーク軌道」と名付けたが、本人も衛星通信がこんなに早く普及するとは思っていなかったと言う。

 ちなみにこの映画の中では宇宙ステーションのカード公衆TV電話で地上の家庭とで通話するシーンがあった。通話時間1分30秒で料金は1ドル70セント。日本円にして184円(2001年の現実の平均為替レート1ドル108円による)。そして通話終了後には画面にかつてのAT&Tのベルマークが表示される。ベルマークは1984年のAT&T分割時に地球マークに変わり、AT&T自体も2005年にSBCに買収されてしまった。また映画の中のスペースシャトルは当時のナショナルフラッグ航空会社であるパン・アメリカンのマークをつけていたが、そのパンナムも1990年に倒産した。人類の月面着陸(1969年)の一年前の映画の中に国際宇宙ステーション(2011年完成)やスペースシャトル(1982年実用化)、更にはタブレット端末(2010年iPad発売)まで登場させたさすがのクラークも、企業の寿命の点については予想を外したようだ)

 しかし1995年のインターネット革命をきっかけに国際通信量需要が爆発的に増大すると、光大容量海底ケーブルの建設が進み、衛星通信のシェアは2010年には2〜3%に激減している。

 かくして今や無線通信はアクセス通信では優勢だが、逆に長距離通信においては有線通信の補助的位置づけとなっている。しかし最近のスマートフォンの普及によるトラヒックの飛躍的増大は通信設備の逼迫をもたらし、移動通信業者はLTEや従量制料金の導入に加え、アクセス有線網へのオフロード化を図からざるを得なくなっている。長距離通信における非常時の無線、アクセス網におけるオフロードとしての有線。2011年の東日本大震災とスマートフォンは、期せずして無線方式、有線方式の相互の再評価という点で結びつく。有線と無線この相互補完的関係をみる時、通信方式の区別による産業政策がいかにおかしなものであるかは一目瞭然ではないだろうか。政策の対象となる「市場」は、方式や技術によって区分されるのではなく、最終消費者への「サービスのあり様」を基に決定されるべきであろう。

「通信技術は競争の行方を左右する。絶えざる進歩は驚異的である。通信サービスは分かれない。通信技術は分かれる」

経営研究グループ部長 市丸 博之

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