2012年3月27日掲載

2012年2月号(通巻275号)

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サービス関連(通信・オペレーション)

仏で第4の事業者が誕生〜フリー・モバイルは台風の目となるか

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 フリー・モバイルが2012年1月、フランスの携帯市場に第4の携帯事業者として参入した。フランスの携帯市場は欧州の他国に比べ競争状況が比較的緩やかであり、既存3社は安定した市場環境に甘んじてきた。既存事業者の半分以下という低価格の料金プランを武器とするフリー・モバイルは、サービス開始早々から既存各社にとって大きな脅威となっており、業界に波乱を招いている。調査会社Gfkがフランス国民を対象に行った調査によれば、フリー・モバイルへの加入を検討すると回答したものは約8割、同社の認知度に至っては97%に達しており、参入して間もないにもかかわらず同社のインパクトの強さがうかがえる。本稿では、フリー・モバイルの概要および経営戦略、そして同社の参入がフランスの携帯市場にもたらす影響について考察する。

シンプルかつ価格破壊的な料金プラン

 フリー・モバイルは2012年1月10日、長らく既存3社(オレンジ、SFR、ブイグ・テレコム)体制が継続してきたフランスの携帯市場に第4の携帯事業者として参入し、3G(W−CDMA/HSPA)サービスの提供を開始した。フリー・モバイルは、フリー(ブロードバンド事業者)など複数の通信事業者を傘下に持つ仏イリアッドの完全子会社である。

 最後発事業者としての同社の最大の売りは、「シンプル」かつ「価格破壊的」な料金プランだ。既存各社の料金プランは、多数のラインナップから成り複雑化しているため、顧客にとっても分かりにくい。これに対し、同社の料金プランはポストペイド型の2種類のみ。さらに契約期間の縛りはなくSIMのみを提供する形態であり、単純明快さを極め尽くしている。料金に関しては、同社が参入計画当初から掲げていた「携帯通信料金を半分に下げる」という公約通り、既存3社の半分以下の水準となっている。

 一つ目のプランは月額19.99ユーロで、国内の固定・携帯宛通話、SMS、インターネット(3GB/月を超えた場合、減速対応となる)、Wi−Fiが全て使い放題の無制限プランである。さらに40カ国・地域宛の国際固定通話(米、カナダ宛ては携帯通話も対象)も追加料金なしで使い放題となる。同社は競合他社の同類の最安プランと比べても2.5倍も安い(2012年1月9日時点)、と豪語している。

 もう一方のプランは、月額2ユーロで通話60分、SMS60通が利用できる従量制(無料通話付)プランだ。規制当局のARCEPは、日本の生活保護制度に当たる積極的連帯手当(RSA)の受給者に対し、通話40分、SMS40通を月額10ユーロ以下で提供することを事業者に義務付けているが、同プランはこの1/5と画期的な安さとなっている。無料分消化後に適用される1分当たり通話料金は、業界平均が15.6ユーロセント(2011年6月時点)であるのに対し、同社は5ユーロセント。1通当たりSMS料金は既存3社の約1/10(2012年1月1日時点)の1ユーロセントとなっている。同社は自社の料金プランが、見せかけの月額料金のみを安くしているのではなく、通話・通信単金も他社に比べ圧倒的に低く、全面的な優位性を持っていることをアピールしている。

フリーの顧客には特別料金を用意。顧客獲得のスタートダッシュを図る

 フリー・モバイルは、フリーのブロードバンド・サービスであるFreeBox顧客に対しては格安の料金プランをさらに引き下げた特別料金を用意しており、グループ会社保有の顧客基盤を大いに生かしていく戦略を打ち出している。

 フリーは2011年9月末時点で約480万人のブロードバンド顧客を有しており、ブロードバンド市場での加入数シェアは21%。2位のSFRに僅か1%差で業界3位の座にある。フリー・モバイルは、FreeBox顧客には19.99ユーロの料金プランを15.99ユーロ、2ユーロのプランはなんと無料で提供し、顧客獲得にスタートダッシュをかける方針だ。仏モニタリングサイトToosurtooが独自集計した統計(2012年2月7日時点)によれば、フリー・モバイル総加入数の74%がFreeBox顧客であり、同社の取り組みは功を奏していると言えるだろう。

ネット販売中心かつ分離プランの採用で低価格を実現

 フリー・モバイルが格安料金を実現できた背景には、主に以下の2つの理由があると考えられる。一つ目は、通信料金と携帯電話端末価格を切り離した分離ブランを採用したことだ。同社はSIMのみのプランに加えiPhone4Sなど最新機種を含む端末付プランも用意しているが、端末販売奨励金を導入していないため、料金プランはSIMのみの場合と同一である。

 二つ目は、フリーによるFreeBoxの販売手法と同じくオンライン販売を主としている点である。フリー・モバイルはサービスを開始するにあたり、数件の実店舗を開設しているが、メインはオンライン販売であり、多くの実店舗を持つ他社に比べ各種オペレーション・コストを大幅に削減することができる。また、フリーのブロードバンド資産を有効活用できれば、これも効果的なコスト削減に繋がる。こうした経営手法を取り入れることで、同社は料金プランの低廉化を実現することができたと言えるだろう。

格安プランは300万加入限定か?

 格安プランを最大の売りとするフリー・モバイルであるが、同プランの継続的な提供については不確定な要素もある。同社のウェブサイト上に、「exclusive offers reserved for 3 million subscribers(最初の300万加入限定のオファー)」であると、明記されているからだ。

 フリー・モバイルは、現時点(2012年2月1日現在)でこれまでの獲得加入数を正式発表していない。但し1日当たりの加入数が10万人を超えているとの報道が出ており、またARCEPも同社参入後の携帯番号ポータビリティ―の1日当たりの処理件数が、2011年平均の1万2,000件から現行の最大処理可能件数の4万件に膨れ上がったことを明らかにしており、近々300万件に達するのは確実であろう。前述の謳い文句は、短期間の内に多数の顧客を獲得するための意図的な広告宣伝戦略である可能性もあるが、現行の料金プランに何らかの変更が加えられる可能性も否めない。もっとも、格安を売りとする同社の料金が、一気に値上げされる可能性は低いであろう。いずれにしても、加入数  が300万件を超えた後の同社対応は、今後の同社の方針を示すものであり注視する必要があるだろう。

フリー・モバイルの強み。ブロードバンド市場での成功の再現となるか

 フリー・モバイルは、無名のMVNOや異業種事業者とは異なり、市場参入当初から大きな強みを有している。イリヤッドの格安料金での挑戦は、今回の携帯市場が初めてではない。フリーは過去、ブロードバンド市場に格安料金で参入し、業界全体の料金水準を引き下げブロードバンドの普及拡大に大きく貢献したという輝かしい実績を持っている。ブロードバンド市場参入時には無名であった同社は、今や業界の革新的事業者として不動の地位を確立している。フリーが10年以上もの歳月をかけてブロードバンド市場で浸透させてきたブランド力そして格安のイメージを、同じく格安を武器に参入するフリー・モバイルは大きなメリットとして自社の販売戦略に生かすことができる。現地の大手メディアも同社の参入を大々的に取り上げ、携帯業界は同社の話題で持ちきりの状態だ。また、顧客側からも、フリーのブロードバンド市場における成功の再現を期待する声が多く聞かれる。こうした好条件が重なって、フリー・モバイルはサービス開始早々から非常に有利な環境下で販売を展開できている模様だ。

 フリーは2002年、競合他社の平均的料金が月額40ユーロ超という中、月額29.99ユーロという低価格でADSLインターネット・サービスの提供を開始した。同社は自ら開発したFreeBoxと呼ばれるセットトップボックスにより、電話もTVもIP化したトリプルプレイ・サービスの普及を推進してきた。同社は、無料の固定宛VoIP通話、国際固定宛VoIP通話、IPTVなど毎年のように付加サービスを追加し続けているが、今現在も月額料金は29.99ユーロのまま据え置いている。2011年には携帯宛通話の無料化も加わった。OECDは2006年に、同社のFreeBoxによるトリプルプレイ・サービスをOECD内で最も競争的なオファーであると評している。

 さらにフリーはVoIP分野でも大きな役割を果たしている。同社は、フランスでVoIPにより固定通話を無料化した初の事業者である。固定通話は事業者にとって当時重要な収入源であり競合他社はVoIP展開に消極的であったが、フリーのサービス開始により追随せざるを得ない状況に追い込まれた。その結果、フランスでのVoIP普及率は現在、世界最高水準にまで成長した。英調査会社Point Topicは、2010年までにフランスの固定通話トラフィックの50%超がVoIP経由となっており、また2010年第4四半期時点でブロードバンド加入者の約93%がVoIP加入者であるとしている。

クワッドプレイ・サービス市場でも料金競争激化の様相

 固定・携帯を1社体制で提供している既存3社はイリヤッドに先駆け、クワッドプレイ・サービスを投入済みであった。携帯事業を持っていなかったイリヤッドはこれまでトリプルプレイまでのサービスに留まっていたが、フリー・モバイルの参入により、双方のサービスをバンドル化することで既存3社と同等のクワッドプレイ・サービスの提供が可能となった。そのため、フリー・モバイルのサービス開始による影響は、携帯市場のみならずクワッドプレイ市場にも飛び火し、同市場でも激しい料金競争が繰り広げられることは避けられないだろう。

市場参入に当たっては紆余曲折が。2度目の挑戦で免許を獲得

 フリー・モバイルは2010年1月、当局ARCEPより正式に2.1GHz帯の5MHz帯域幅の割り当てを受け、今回のサービス開始に漕ぎつけたが、実は当初計画においてはこれよりも数年前にサービスが始まる予定であった。それは2007年に行われた同周波数帯の15MHz帯域幅の免許付与手続きで、同社は唯一の申込者となり同免許を獲得できる見込みであったからだ。しかしながら高額な免許料(6億1,900万ユーロ)の分割払いを求めた同社の申し入れに当局が応じず、同社は最終的に免許獲得に至らなかったという苦い経験をしている。ARCEPは前回の失敗を受け、帯域幅を1/3の5MHz帯域幅に縮小、免許料も前回の1/3程度(2億4,000万ユーロ)に抑え、2009年に再度免許付与手続きを開始、申込者は今回もフリー・モバイル1社のみで、同社は2度目の挑戦で無事免許獲得に成功した。

ローミング契約により開始当初から全国規模のサービスを提供

 格安の料金プランに加え、開始当初から実現された全国規模のカバレッジも同社の加入増に貢献している。フリー・モバイルの自網によるカバレッジはサービス開始時点では僅か27%に過ぎない。しかしながら、サービス未提供地域ではオレンジの2G・3G網へローミングさせることで、既存3社と比べても遜色がないフランス全土を網羅するカバレッジを既に確保している。

 今回の免許条件には、免許交付から2年以内(2012年1月12日まで)に25%のカバレッジ義務を達成後、既存事業者1社との6年間のローミング契約締結を許可する旨が盛り込まれている(表1)。期限まで残すところ約1カ月の2011年12月に、ARCEPはフリー・モバイルがカバレッジ条件をクリアしたことを確認したと発表した。

 フリー・モバイルは、ARCEPが課す条件を上回る高いカバレッジ確保を自ら確約しており、初回のカバレッジ義務でもARCEPが掲げる25%に対し27%をコミットして、これを達成した。2018年までの達成が義務付けられている最終のカバレッジについても、ARCEPの80%を10ポイント上回る90%という高いハードルを設定している。計画通りにネットワーク構築が進めば、2018年に晴れて同社は一人立ちした事業者となれる見込みである。

【表1】フリー・モバイルに課せられたカバレッジ義務

MVNOへの深刻な影響。他社からの乗り換え総数の約4割を占める

 フリー・モバイルのサービス開始直後、まず大きな打撃を受けたのは30社以上にも及ぶMVNOだ。MVNOの顧客層は、プリペイド志向が強くポストペイドでも契約期間の縛りがないSIMのみの顧客が多く、自由に他社へ移行できる可能性が高い。さらにMVNO顧客は料金に非常に敏感であることから、フリー・モバイルの料金が現契約の料金よりも安いことが分かれば容易く同社に移行してしまうことが想定される。事実、前出のToosurtooの統計(2012年2月7日時点)によれば、他社からフリー・モバイルへ切り替えた総数のうち36%をMVNO顧客が占めた。同国の携帯電話総加入数に占めるMVNO比率が約10%であることを踏まえると、MVNOからの流出は相対的に見て非常に多い状況にあると言える。

 フリー・モバイルへの顧客流出を恐れるMVNOの中には、逸早くフリー・モバイル並みの料金に値下げを行う事業者も出始めている。SFRのネットワークを使用したMVNO2社のCoriolisとZero Forfaitは、国際通話が無制限に含まれずデータ通信の減速前の利用上限もフリー・モバイルの3GBに対し500MBと、一部のスペックは劣るものの、同社を上回る月額18ユーロ台へ無制限プランの料金を大幅に引き下げた(次頁表2)。しかし一方で、同社の料金に追随せず独自の販売戦略を維持しているMVNOも存在する。フランスで約190万の顧客を有する最大手のMVNO、バージン・モバイル(オレンジのネットワークを使用)はフリー・モバイル参入後、新たな料金プランを導入したものの無制限プランは端末付きの2年契約のみで月額料金はフリー・モバイルの2倍を超える44.90ユーロとなっている。Toosurtooの統計(2012年2月7日時点)によれば、他社からの乗り換え総数に占めるバージン・モバイルの割合は7.7%とMVNOの中でトップを占めているのに対し、フリー・モバイルの料金水準を超える値下げに踏み切ったCoriolisは同0.3%と低い比率に留まっている。価格センシティブなユーザーが多いMVNO市場では、やはり高い料金の事業者の方が、よりフリー・モバイルへ流出する件数が多くなる傾向にある。

既存3社はサブブランドで応戦

 既存3社はフリー・モバイルの参入が決定的となる中、事前対策を講じていた。2011年に3社は揃って若者やインターネット世代を対象とする低料金のサブブランドを相次いで導入した。このサブブランドはフリー・モバイルと同様、契約期間を設けない低料金を特徴としている。しかしながら、実際に投入されたフリー・モバイルの料金プランは、各社のサブブランドを大きく上回る安さであったため、3社はさらなる値下げを余儀なくされた。値下げ対応は予想以上に迅速であり、フリー・モバイルのサービス開始から僅か数日間以内に各社の新料金プランが出揃った。特にブイグ・テレコムのサブブランドB&YOUは最も大胆な値下げを断行、月額料金はフリー・モバイルと同額の19.99ユーロで、スペックも全て横並びとし、同社に真っ向勝負を挑む構えだ。オレンジのSOSHおよびSFRのREDは、24.90ユーロと約5ユーロ高い料金設定で、かつ国際通話に非対応であるなど少々インパクトに欠ける(次頁表2)。サブブランドではあるものの3社とも様子見期間を設けずに値下げに踏み切った実態は、フリー・モバイルの脅威が各社にとって想定外のスケールであったことを物語っていると言える。

 サブブランドの値下げと並行してメインブランドの無制限プランでも一部値下げが行われたが、依然として料金はフリー・モバイルの2倍超と高額であることから、各社は当面の間、サブブランドで同社に応戦する構えだ。

 先のToosurtooの統計によると、他社からの乗り換え総数に占めるブイグ・テレコムの割合は14.5%であるが、フリー・モバイルと同料金かつ同スペックのプランを投じたサブブランドB&YOUは僅か同0.2%に留まっている。各社は辛うじてサブブランドにより、顧客流出阻止の成果をあげていると言える。なお、セキュリティやネットワーク品質などで差別化を図り、メインブランドではフリー・モバイルに追随しないと主張する既存事業者も出てきている。しかし、前述のメインブランドとサブブランドの流出状況の差異を見る限り、メインブランドでもサブブランド並みの値下げを強いられる可能性が出てくるかもしれない。なお、フランスでは長期契約を締結した場合でも13カ月経過後は、残り契約期間にかかる残額の25%のみを負担すれば解約することが可能だ。それゆえ、長期契約で囲い込んだ顧客でも、この25%の負担とフリー・モバイル加入後のコスト削減額を天秤にかけた上で、契約期間途中に比較的スムーズに鞍替え出来てしまう状況にある。各社は長期契約で囲い込んだユーザーは当面流出しないなどとして、安穏としていることはできないだろう。

【表2】各社の無制限プラン 料金比較(契約期間無し、ポストペイド型SIMのみのプラン

既存各社はフリー・モバイルの粗探しに躍起?

 フリー・モバイルの猛攻の食い止めに必死の既存各社には、同社の粗探しに躍起になっているとも思える行動が垣間見れる。各社は、フリー・モバイルはARECPによる調査時のみカバレッジ義務を達成したに過ぎず、商用サービス開始時には一部の基地局の稼働を停止させていたとする主張を複数のメディアを通じて伝えている。しかしながら、稼働停止を示す具体的根拠については1社たりともARCEPに提出しておらず(2012年1月27日時点)、確固たる根拠がないままフリー・モバイルに対する攻撃が先行してしまっている感は否めない。フリー・モバイル側は、稼働停止を完全否定しており、この主張は顧客に対し自社のネットワークにあたかも問題があるかのよう見せかけるための競合他社による陰謀だとして、反論している。こうした状況に業を煮やしたARCEPはついに2012年1月27日、通信業界の労働組合からの要請もあり、再度フリー・モバイルのカバレッジ調査に踏み切ることを表明した。

 また、他方では焦りの矛先が既存事業者に対して向けられる事態も発生している。SFRのCEOは仏紙ル・モンドのインタビューで、「オレンジがローミング契約を締結したことにより、フリー・モバイルは格安料金の提供が可能となった」としてオレンジを批判した。

フリー・モバイルの今後の行方

 日本では、フリー・モバイルと同じような環境下でイー・モバイルが2007年に最後発の第4の事業者として市場参入した。但し、同社の2011年11月末時点のシェアは僅か約3%に留まっており、同社のこうした現実は飽和市場での新規事業者の躍進がいかに困難であるかを示していると言える。出だしが好調とはいえ今後様々な困難に直面することが想定されるフリー・モバイルの今後の行方について、大胆な予測をするとすれば以下二つのシナリオが考えられる。

 一つ目は、他社に買収されるというシナリオだ。フランスの携帯市場は既に100%に達し飽和しているため、現在順調な加入数増のトレンドが長くは続かず、一時の話題性に支えられた一過性のもので終わってしまう可能性も否めない。またフリー・モバイルの顧客獲得の大半は他社からの奪還となる。ということは、フリー・モバイルに移行した顧客の多くが既存3社のサービスに慣れ親しんできた経験を持っていることになる。そのため、他社から移ってきた顧客の同社に対する評価の目はシビアであり、サービス提供において何らかの不具合が発生した場合、すぐに元の事業者に戻ってしまうことも考えられる。こうした要因から、加入者増に早い段階で歯止めがかかるような事態が発生した場合、同社は経営困難に陥り、カバレッジ義務達成のための設備投資コストも準備できなくなるだろう。その場合、既存3社がフリー・モバイルの買収に動くことが想定されるが、買収先の最有力候補は、ローミング契約の締結先で資金力もあるオレンジであろう。また、そもそも同社のこの価格破壊的な料金でのビジネス・モデルが破綻に追い込まれる事態もあるかもしれない。

 二つ目は、低料金が広く浸透し、既存3社と対等に競合できる巨大事業者に成長するというシナリオである。フリー・モバイルは、MVNOへ自社ネットワークを卸売することに関しARCEPと合意しており、将来的にMVNO市場へも参入していく方針だ。それゆえ、低価格路線でフリー・モバイ  ルと親和性が高いMVNOの大半を買収や卸売提供を通じて自社に取り込み、低価格志向の顧客基盤を拡大することができれば、MVNOは既に携帯市場で約10%の加入数シェアを有しているため、予想以上のスピードでシェアを大きく伸ばせる可能性がある。また、比較的獲得が容易だと想定される480万人のFreeBox顧客の確実な囲い込みを早期に完了させることも重要だ。480万人のボリュームは、携帯電話総加入数の1割弱にも相当する。これらの取り組みだけでも、20%近くのシェアを狙うことが可能であり、まずは2桁台のシェアを獲得できれば同社は現実的に既存3社と肩を並べることができる事業者にのし上がることができるだろう。

 フランスでは既存3社のシェアは過去10年にわたって殆ど変化がなく、フィンランドの規制当局Ficoraが2009年3月に公表した欧州19カ国の低利用者向け携帯電話料金比較においてフランスは2番目に高い国となっている。いずれのシナリオに近い形で今後の展開が進むにせよ、フリー・モバイルの誕生が、既に事業者間競争の硬直化を是正し、携帯市場を活性化に導き始めているという点で、同社は当局が意図した役割を果たしつつあると言える。但し、各社がこぞって過度の値下げ競争に陥ってしまった場合、LTEなど次世代ネットワークの導入に向けた投資活動が低下するなどして、携帯市場全体の将来的な成長を弱めてしまうという逆効果もあらわれかねない。今後のフランスの携帯市場の行方を握っているとも言えるフリー・モバイルが、これからどのような形で顧客に受け止められ、また業界全体に対してどのような影響を及ぼしていくのか、今後の動向が注目される。

松本 祐一

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