2012年8月24日掲載

2012年7月号(通巻280号)

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サービス関連(通信・オペレーション)

世界に影響をもたらす中国移動と中国銀聯のモバイル・ペイメント提携

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上海で開催されたMobile Asia Expoの2日目にあたる2012年6月21日、中国移動と中国銀聯はSIMベースのNFCを用いたモバイル・ペイメントに関する提携を結んだと発表した。モバイル・ペイメントの取り組み自体は世界中で多数の例が見られるように珍しいことではない。しかし、それぞれの分野でトップの座に君臨する両者が提携したことにより、中国のみならず世界でもSIMベースのNFCを用いたモバイル・ペイメントの普及に弾みが付くと考えられる。

中国銀聯の概要と中国における第三者決済市場の概況

中国銀聯(英名:China UnionPay)は、2002年国務院(中国の最高国家行政機関)令により、中国の銀行カード産業発展を目的として設立された中国大手銀行による一種のコンソーシアムである。主要業務としては、銀行間決済の他、クレジットカード、デビットカードなど各種の「銀聯カード」を発行している。近年、海外に渡航する中国人の数が急速に増えてきたことから、日本をはじめ海外の主要金融機関との間で提携が多数結ばれている。

また、中国銀聯は第三者決済事業者でもあり、2011年5月の第一次ライセンス発給で「非金融機関決済サービス許可証」を取得している。第三者決済事業者としての中国銀聯の市場における位置付けは支付宝(英名:AliPay、Alibaba系列)、財付通(英名:TenPay、Tencent系列)に次ぐ第3位である。2011年の取引額シェア上位5位は49.0%の支付宝、20.4%の財付通、8.4%の中国銀聯、7.5%の快銭、7.4%の匯付天下という順になっている。

中国移動と中国銀聯は今回、SIMベースのNFCを用いたモバイル・ペイメントに関する提携を発表したが、両者が提携したのは初めてではない。両者は聯動優勢電子商務有限公司(英名:UMPay)という合弁会社を設立しており、2011年8月の第二次ライセンス発給で通信事業者系としては唯一「非金融機関決済サービス許可証」の取得を果たしている。

なお、証券日報によると、中国インターネット市場の中でも、第三者決済サービスがオンライン動画とモバイル・インターネットと共に今後、高成長が期待される上位3分野となっている。2011年の中国における第三者決済の取引総額は2兆2,038億元(約26兆4,500億円)と初の2兆元の大台を突破、市場成長率は100%を超えた。中国の大手市場調査会社である易観国際(Analysys International)によると、2012年以降も市場成長率こそ鈍化するものの、市場規模はさらに拡大していく見通しとなっている(図1参照)。

【図1】2011〜2014年の中国における第三者決済市場規模予測
	【図1】2011〜2014年の中国における第三者決済市場規模予測
出典:易観国際

中国移動によるこれまでのモバイル・ペイメントへの取り組み

中国移動は数年来、独自の「RF−SIM」という非接触技術を用いたモバイル・ペイメント・システムに取り組んできた。さらに2010年には上海浦東開発銀行に20%を出資し、モバイル・ペイメントへの取り組みを強化した。その後、Mobile Asia Expo開幕直前の2012年6月18日、中国移動は上海浦東開発銀行とのダブル・ブランドのカードとモバイル端末に貼るタイプのNFCパッシブタグを発行すると発表している。

また、中国移動は単独で中移電子商務有限公司という会社を立ち上げており、2011年12月の第三次ライセンス発給で「非金融機関決済サービス許可証」を取得している。なお、第三次ライセンス発給では、中国聯通と中国電信もそれぞれの関連会社(聯通沃易付網絡技術有限公司と天翼電子商務有限公司)を通じて許可証を取得した。

中国移動は結局、今回の中国銀聯との提携を機に独自のRF−SIMの開発を中止し、新たなSIMベースのNFCを用いたモバイル・ペイメントに舵を切ることとなった。

中国移動と中国銀聯の提携内容

中国移動と中国銀聯は提携の発表と同時に、具体的な都市名には言及がなかったものの、複数都市でSIMベースのNFCを用いたモバイル・ペイメントのトライアルを実施する計画を明らかにした。この他、両者はプロダクト開発、技術の標準化、TSM(注)の互換性確保、プロモーションなどを共同で行っていくとしている。

(注)TSM:Trusted Service Management、Trusted Service Managerの略。通信事業者とサービス・プロバイダの間を仲介することで、両者がセキュアかつ利便性の高いNFCサービスを提供できるように支援することを指す。日本では、フェリカネットワークスがTrusted Service Managerに該当する。

今回キーとなるSIMベースのNFCはGSMAで標準化される技術である。GSMAは2011年11月16日、中国移動と中国聯通がSIMベースのNFCのサポートにコミットしたことを発表している。この際、中国移動の沙躍家(Sha Yuejia)副総裁は「中国移動は大規模なSIMベースNFCサービスを提供できる。当社には十分な経験、技術インフラ、ユーザー・サポート体制が整っている」と述べている。現在、中国移動と中国聯通を含め、合計45社の通信事業者とISIS(AT&Tモビリティ、T−モバイルUSA、ベライゾン・ワイヤレスが共同で設立)がSIMベースのNFCをサポートしている(日本勢としては、ソフトバンクが参加している)。

具体的には、SIMカードにNFCアプリケーションを内蔵し、SIMカードとNFCチップとはSWP(Single Wire Protocol)という規格でインタフェースする。これにより、モバイル端末でSIMカードを使ったセキュアな非接触型決済システムが実現できる。この仕組みを採用すれば、通信事業者はSIMカードという自身の資産を活用しつつ、金融機関などパートナーとの提携を通じた事業領域の拡大が可能になる。

中国銀聯は「Quick Pass」という独自の非接触型決済システムを有している(図2参照)。Quick Passに対応したPOS端末は上海だけで約6,000台、中国全土では62万台以上が配備されているという。そのため、既にスーパーマーケット、コンビニエンスストア、デパート、薬局、ファストフード、駐車場、ガソリンスタンド、タクシーなど多数の場所で利用できる環境が整備されている。

【図2】Quick Passのロゴ
【図2】Quick Passのロゴ
出典:中国銀聯

今回の提携では、このQuick PassアプリケーションをSIMカードに内蔵し、中国移動が持つユーザー情報と中国銀聯の持つユーザー情報とを紐付ける。これにより、スマートフォンなどのモバイル端末をQuick Pass対応POS端末にかざすことで電子マネーでの支払いが可能になる。トライアルでは、Quick Passのロゴや中国移動の「手機銭包」(モバイル・ウォレット)のロゴがある店舗や自動販売機での決済が可能になるという(写真1参照)。この他、オンライン・ショッピングの際のリモート・ペイメントにも対応するという。

【写真1】中国移動のショップ内に設置された「手機銭包」対応自動販売機
【写真1】中国移動のショップ内に設置された「手機銭包」対応自動販売機

Mobile Asia Expoで語られたモバイル・ペイメント

Mobile Asia Expoでは、アジアの通信事業者を代表する中国移動とインドの最大手であるバーティ・エアテルの2社が初日のキーノート・プレゼンテーションを行った。

バーティ・エアテルのSanjay Kapoor CEOはその席上、インドでは人口全体の59%もの人が銀行口座を持っていない事実に触れた上で「モバイル・ペイメントはゲーム・チェンジャーである」と語った(写真2参照)。また、「取引1件あたりの決済手数料は1セント以下とかなり低水準になっており、利用障壁は非常に低い」とした。バーティ・エアテルは「Airtel Money」というモバイル・ペイメント・サービスを展開しており、これが人気を博しているという。このAirtel Moneyはアフリカ諸国でも現地出資先を通じて普及が進んでおり、Airtelブランドの大きな差別化要因の1つにまで成長している。

一方、中国移動の奚国華(Xi Guohua)会長は「モバイル・ペイメント・サービスは重要であると考えている。実際、金融機関とも話はしている」と述べた(写真3参照)。これを発言したのは中国銀聯との提携発表の前日にあたる2012年6月20日。つまり、提携発表の伏線になっていたということになる。

【写真2】バーティ・エアテルのSanjay Kapoor CEO
	【写真2】バーティ・エアテルのSanjay Kapoor CEO

【写真3】中国移動の奚国華会長
【写真3】中国移動の奚国華会長

その他、展示会場ではGSMA主催のイベントとしては、目新しい出展企業が目に付いた。その企業とは、VISAとMasterCardの2社である(写真4、5参照)。いずれもモバイル・ペイメント・ソリューションをメインの展示に据えていた。ただし、中国国内では、VISAとMasterCardを含めた外資ブランドは海外で発行されたクレジットカードの取り扱いはできるものの、それ以外の業務は基本的に規制されている(VISAはpayWave、MasterCardはPayPassといったQuick Passと同様の非接触型決済システムを持っており、特別行政区の香港でもOctopusという独自の非接触型決済システムがある)。そのため、中国銀聯は外資ブランドとの競争を経ずして中国国内の銀行カード業務をほぼ独占的に取り扱っている。

【写真4】VISAの展示ブース
【写真4】VISAの展示ブース

【写真5】MasterCardの展示ブース

中国移動と中国銀聯が提携したインパクト

周知の通り、中国移動は6億以上のユーザー数を有する世界最大の通信事業者である。その中国移動と中国大手銀行のコンソーシアムである中国銀聯が提携したことによる影響は非常に大きいと考えられる。まず、SIMベースのNFCを用いたモバイル・ペイメントは中国国内で確実に普及していくだろう。これに伴い、NFC対応端末(モバイル端末、POS端末の両方)の流通量も劇的に増えるだろう。中国国内でSIMベースのNFCを用いたモバイル・ペイメントが普及したからといって、必ずしも諸外国でもそれが普及するとは限らないという指摘もあるかもしれないが、NFC対応端末には数億台(場合によっては十数億台)規模のスケールメリットが効くため、世界のモバイル端末にNFCを搭載させるためのコストも劇的に下がっていくことが推察される。

実際、SIMベースのNFCの潜在的市場規模は非常に大きいとの示唆がある。Strategy Analyticsによると、2010〜2016年にかけて世界で約15億台のNFC対応モバイル端末が販売される見通しである。また、同期間のモバイル・ペイメント取扱高は500億ドル以上に上るという。さらにABI Researchは、2016年に出荷されるPOS端末の85%がNFC対応になると予測している。 これらによって、特にGSMAのフレームワークの中でSIMベースのNFCをサポートしている通信事業者各社に恩恵がもたらされる可能性は高いだろう。こうした観点では、端末ベンダーやチップベンダーをいかに巻き込んでエコシステムを拡大させていくかがポイントになると言える。 日本でも観光地や東京都内の小売店などを中心に中国銀聯カードが利用できる場所が増加しているが、中国人旅行者がQuick Passを使って決済している光景を目にするのもそう遠くないのかもしれない。


中国移動は中国銀聯と提携する一方、奚会長はMobile Asia Expoのキーノート・プレゼンテーションで「(モバイル・ペイメントは)金融機関とのコラボレーションでしかない。今後、様々な分野のプレイヤーと協調していくことが重要である」と指摘していた。この指摘通り、モバイル・ペイメントはモバイルがユーザーの生活に変化をもたらしている一側面に過ぎない。

Sanjay Kapoor CEOによると、インドには教師が1人しかいない学校が10万校以上あるという。ここにもモバイル・エデュケーションという新たなビジネスチャンスがある。だからこそ、Mobile Asia Expoでプレゼンテーションを行ったほぼ全てのプレイヤーが多様な分野で協調していくこと(「モバイル×既存分野」)の重要性に言及していた。様々な分野とICTを繋ぐカタリストとしてのモバイルのアジアにおける役割は今後、一層高まっていく。

小川 敦

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