2012年9月26日掲載

2012年8月号(通巻281号)

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InfoComモバイル通信T&S

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巻頭”論”

Wi-Fi/無線LANは第3のブロードバンド・インフラ

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最近、Wi-Fi/無線LANを巡り盛んに論議が行われています。政府レベルでは、今年3月から総務省において「無線LANビジネス研究会」(座長:森川 博之 東京大学先端科学技術研究センター教授)が開催され、7月20日に報告書が公表されています。また、現在、焦眉の急となっているスマートフォンやタブレット端末によるトラフィック輻輳に対応して、モバイル通信各社はオフロード方策として、それぞれ独自に10万〜20万のWi-Fi基地局(AP:アクセスポイント)の設置を競争的に進めています。さらに、地域や商店街、観光地の活性化や店舗の利便性向上による集客などを狙って各地で自治体のほか、さまざまな団体や機関・企業がWi-Fi基地局を展開して公衆無線LANサービスを導入するケースが増えています。もちろんこれらの商用のWi-Fi/無線LANサービスの他に、家庭やオフィス内で私的なアクセス手段として利用されているものはさらに多く、家庭内等で複数の情報端末をブロードバンド回線に接続する際の必需品となっています。

商用の公衆無線LANサービスの契約者は2011年度末で約400万、3年後の2014年度末には約800万に達すると予測されていますし、加えてWi-Fi対応モバイル情報端末の出荷台数もスマートフォンとタブレット端末が急増して、2011年度に2,600万台に達しているとみられています。光ファイバー回線の普及が進んでいる中、家庭の固定ブロードバンド回線契約者のうち、約6割の人(世帯)がWi-Fi/無線LANを設置し利用しているとの調査結果もあります。そうなると、推定1,000万規模の利用者が存在することになりますので、産業面やサービス面での市場規模に加えて、既に新たなブロードバンド・インフラとしての役割を発揮しているのではないかと考えられます。

すなわち、(1)現在話題を集めているモバイル通信のオフロード対策、(2)地域や商店街・店舗、観光地などで活用される情報基盤構築、(3)固定の光回線利用の有力なアプリケーションとしての効用、の3パターンで今後ますますWi-Fiの利用、基地局の設置が進められていくと想定できます。ただ、電波法上、技術基準適合証明を有する等の一定の条件を満足することでWi-Fi利用には免許は不要なので、Wi-Fi/無線LANの設置や利用方法などでサービスを統合する取り組みは現在のところ見られず、基地局の分布や数、運用の体系化や共通(共同)化はほとんどなく、汎用的な通信サービスの構築に至っていないのが実情です。そもそも、Wi-Fi基地局という通信設備の設置と運用、保守でありながら、通信ネットワークそれ自体には規制がなく(届出不要)、公衆無線LANを用いてインターネット接続を事業としてサービス提供する場合にだけ届出などが必要となるという通信事業形態としては変則的な存在となっています。一部にWi-Fiの設置、貸出、運用保守、監視などを事業として行う会社が存在しているものの、多くは自分で個々独自に行っていて単独の事業として成立している状況とは言えません。通信事業として営む場合には、サービス提供条件の説明等の利用者保護の規定や通信の秘密保護の規定を遵守する必要が最低生じますし、サービスの拡大のためには、顧客(ID)管理、エリアカバー展開、他者とのローミング、他サービスとの協調などさまざまなハードルをクリアする必要があります。

ここで、改めて通信事業、特にネットワーク・インフラの歴史を振り返ってみると、電話サービス以来、欧米各国での発明や事業開始直後の乱立・混乱期を経て、次第に独占化・寡占化が進み、その一方で、設備、技術、サービス、料金などさまざまな規制が政府当局によって課されてきた歴史があります。そのことにより、ユニバーサルサービスとして、国民・利用者に“あまねく、公平な”サービスがもたらされました。しかし、技術の発展とサービスの多様化、料金低廉化への要望が高まって、1980・90年代に、先進各国から通信事業の自由化・競争化が始まり、インカンバント事業者の株式会社化と民営化が政策的に進められ、今日の通信市場が形成されてきた訳です。その中でも既設の固定通信事業は、歴史的に広く普及していてユニバーサルサービスの意識が強く働いていたので、今日に至るまでネットワークのオープン化など支配的事業者への規制が進められているものの、ネットワーク設備自体の競争は後に起こったモバイル通信事業と比較して、限定的なものに止まっています。モバイル通信事業は、本来的に電波免許を必要としているため、電波の獲得(免許)時に規制当局の競争政策が強く反映されやすく、新たに複数社の参入が認められて電波免許を受けた数社(4〜5社のケースが多い)間で激しい市場競争が行われています。固定通信と比較して程度の問題ですが、電波免許の制約の下で競争市場が早期に成立しているので、規制当局からの事業への制約は歴史的に緩和されていると言えます。

Wi-Fi/無線LANでは、モバイル通信における最大の規制・制約となっていた電波免許が不要となっていますので、真の意味で自由な競争市場が成立し得る条件が整っています。この無線LANサービス市場の参加者は固定とモバイル系のキャリア、無線LAN事業者、基地局の販売・レンタル事業者、店舗、商店街、自治体等さまざまです。前述したように、それぞれの主体毎にその思惑も異なっていますが、今後は、主にWi-Fi/無線LANを通信方式として提供する事業者が力をつけて、光ファイバーや3G・LTEに続くブロードバンド・サービスを提供していくものと予想しています。第3のブロードバンド・インフラとして成長・拡大していくことでしょう。Wi-Fi/無線LANサービスは、生まれも育ちも規制当局の手を離れた自由な存在なので、新たなブロードバンド・インフラとしての役割を果たす際にも、資本規制や取引規制を含めて事業運営面に規制を加えることなく自由な競争市場として育成するよう了め要望しておきたいと思います。

先進各国においては、映像系トラフィックの急増とスマートフォンやタブレット端末などWi-Fi対応機器の拡大が見られるので、単一のブロードバンド・インフラで対応することは過大の設備となり非効率なので、複数のブロードバンド・インフラを整えて対応することが必要です。複数のブロードバンド・インフラが地域的・機能的にオーバーレイ(混在)し、いわゆるHetNet(ヘテロジニアス・ネットワーク)の効果を発揮していくことになります。こうした状況下近い将来、Wi-Fi/無線LAN専業で、固定とモバイル回線をサブとして提供する事業者が多数出現して自由で多彩なサービスを生み出すことでしょう。現に、米国では400社以上の事業者が活発に事業展開を行っています。この世界こそ、1980年代以来追求してきた通信の自由化がたどり着いた地平であり、歴史の流れであると感じています。決して、規制する意向・姿勢とならぬよう注目しておきたいと思っています。

最後に、Wi-Fi/無線LAN事業の追求においても、通信事業者である以上、利用者の保護、特に、情報セキュリティの確保は必須要件であり、事業各社および業界内でセキュリティについての利用者への周知・告知事項を定めるなどの行動が求められます。加えて、技術変化の激しい分野であるだけに各種規格の応用性や柔軟で機動的な輻輳対策、また、オーバーレイ(混在)環境下でのシームレスなローミングの実現=Passpoint技術など技術面の課題解決も併せて求められます。通信の自由化政策の取り組み以来、約30年、ようやく本格的に自由な使い勝手のよいブロードバンド・インフラに近づいています。ここでは、OTTプレーヤーといった上位レイヤーサービス提供者もネットワークインフラ事業者も同じ活動領域が確保されていることに注目しています。Wi-Fi/無線LANは第3のブロードバンド・インフラとなるのか、目が離せません。

株式会社情報通信総合研究所
代表取締役社長 平田 正之

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