2012年9月26日掲載

2012年8月号(通巻281号)

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InfoComモバイル通信T&S

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サービス関連(通信・オペレーション)

通信事業者はAPI提供で何を狙うべきか?

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海外の通信事業者が、API提供に積極的な動きを見せている。海外の大手通信事業者にはスマートフォン(以下、スマホ)の普及以前から、開発者を支援する動きは見られたが、大きな成果が挙がったという印象はない。そうこうしているうちに、アプリを中心としたエコシステムの存在感は、スマホの普及とともに大きくなり、開発者の取り組む先はAppleやGoogleが提供するスマホOS向け、facebook向けなど通信事業者以外のプラットフォームばかりであり、通信事業者向けのアプリ開発といった動きはほとんど目にしない。

しかし通信事業者にとっては、アプリのエコシステムに関与できない状況が今後も続けば、ダムパイプ化の進行を止められないかもしれない。こうした背景をもとに、通信事業者にとってのAPI提供について考察してみたい。

海外の通信事業者はAPI提供に積極的

AT&Tは開発者向けにインキュベーション施設「AT&T Foundry」を米国内に2カ所、イスラエルに1カ所設立し、また開発者向けのイベントも開催している。スペインのテレフォニカは、「テレフォニカ・デジタル」なる組織を設置し、開発者向けにはAPI群「BlueVia」を提供している。ドイツテレコムも、開発者向けAPIポータル「ディベロッパー・ガーデン」を開設している。


(出所:http://www.att.com/gen/press-room?pid=2949)


(出所:http://www.developergarden.com/en/apis/)

通信事業者はAPIによるマネタイズの絵を描けていない

通信事業者にとって、当面のAPI提供の狙いは、アプリのエコシステムへの参画となっているようだ。しかし、そのさきのマネタイズモデルについては、描き切れていない。

「・・・ You asked the question about monetization. There will be opportunities for us to monetize it, but it’s really about creating a great experience for the customer.」
(参考:AT&Tインタビュー記事)

通信事業者らしい発想をすれば、マネタイズが見えてからAPI提供に踏み切るはずだ。しかし、少なくともAT&Tはそのような発想で動いていない。見方によっては、仕方なくAPIの提供に踏み切っているようでもある。

しかし、将来のマネタイズの姿が見えないものの見切り発車、という動きをヨシとして、従来からの通信事業者らしい発想を変えるべきだ、という考え方もあるだろう。ただ、正直説得力にやや欠ける。見切り発車の発想はベンチャー的であり、スピードで勝負するには有利であるが、そのスピード感から得られるものの多くが、通信事業者の既存事業と比較すると規模の差が大きすぎることから、通信事業者はなかなかこうした発想に転換できないのかもしれない。また、通信事業者がOTTプレイヤーとスピード感での勝負にどこまでこだわるべきかについても、冷静に考えるべきポイントであるに違いない。

APIで稼ぐのは、手数料?サービス収入?

通信事業者はAPIでどうやって稼ぐのか。ひとつの整理として、直接的な収入(たとえば手数料等)を狙うか、間接的な収入(たとえば顧客獲得、新サービス市場の開拓など)を狙うのか、という分類ができよう。

まず直接的なマネタイズ手段として考えると、API収入は、通信事業者の収益規模からすれば力不足だ。

世界的な大成功とされるプラットフォームビジネスであるiモードですら、そうだ。iモードは、課金・配信プラットフォームとして、そこに乗ったコンテンツが挙げる収益の9%が、プラットフォーマーであるNTTドコモの収益になった。収益構造としては手数料収入に近い。国内モバイルコンテンツ市場の規模は最盛期で2兆円規模だとすれば、その場合市場シェアが約50%であるドコモの収入は、おおかた1,000億円規模である。NTTドコモの収益は4兆円以上であり、収益への寄与度は2%にすぎなかった。iモードがもたらしたすばらしい成功の本質はこうした直接的な収入ではなく、モバイルデータ通信市場の開拓とそれによるデータ定額プラン加入の促進、またiモードというプラットフォームなりそこにあるコンテンツを活かした顧客の新規獲得とつなぎとめの効果にある。

そもそも手数料収入を数百億円も獲得できるほど、API利用自体ではお金が動かないだろう。OTTが提供するAPIはほとんど無償提供であり、これと競合するAPIで手数料収入を得るのは難しい。期待は、自社通信網にいかに魅力的な機能を付加し、それが顧客獲得やつなぎとめに効果を発揮する姿だ。これはおそらく、スマートパイプのコンセプトと近い。

では、間接的な収入を考えてみる。API提供が、その通信事業者の通信サービスの魅力となり、顧客獲得やつなぎとめに効果がある、という姿はありえそうだ。特定の利用シーンに特化した通信ネットワークの機能をAPIを切って提供するケースだ。ただ、特定層の利用者規模が大きくないと、まとまった収入にはならないかもしれない。

さらに、API提供が新しいサービス市場、コンテンツ市場を開拓するかというと、新市場の創造はもくろみ通りに進むほど簡単ではない。新市場開拓の可能性はあるし、規模を求めるならその方法が魅力的ではあるが、規模も確率も未知数である。

こう考えると、API提供によるマネタイズの将来像を描くのは、難しい。では、すでにAPIの提供を積極的に進めているOTTプレイヤーは果たしてどうなのだろうか。

OTTプレイヤーも、APIから直接マネタイズできていない

Google Mapsは、最もアプリに採用されているAPIの一つだ。同APIを活用するアプリの数は2,000を超えるとされる。


(出所:programmableweb(2012年7月)http://www.programmableweb.com/apis/directory/1?sort=mashups)

Googleは、Google Mapsの課金体系を最近値下げした。これは、競合となる地図APIが無償提供されているからだ。機能で差別化できない競合サービスが増えた結果、価格競争に陥るというのはよくあることだ。通信事業にあてはめると、ダムパイプ化が進んだ通信サービス市場で価格競争に陥る、などは類似のケースだろう。

それでもAPI課金体系の値下げに踏み切るのは、収益よりも利用されることを重視しているからだ。OTTプレイヤーは、APIそれ自体では直接的にマネタイズできていないケースがほとんどだろう。しかし、APIを提供することでアプリ中心のエコシステムに関与している。この関与している、ということが、彼らの事業のどこに効いているのかを考えるべきだろう。

OTTプレイヤーは、APIをビッグデータに活かしている

OTTプレイヤーがAPIを提供することの直接的な狙いなり効果は、その機能を多くの利用者の、多くの利用シーンにおいて使ってもらえるようになることだ。そのOTTプレイヤーがどの領域で主に競争しているかといえば、ビッグデータの収集である。こうした点から類推すると、API提供の理由は、それがビッグデータの質(精度など)、量(それが生み出す情報量)に結び付くからだ、と考えることができる。APIはきっかけであり、ツールである。マネタイズのために効果的な、しかし直接的ではない手段である。

Googleはもとより、Facebookにしろtwitterにしろ、APIの公開には積極的だ。それは、API公開で利用者の行動を把握できること、その結果ビッグデータの収集にプラスの効果があることが、その先にあるからだろう(とはいえ、OTTプレイヤーはAPI提供に進むばかりでもなく、API提供も慎重な姿勢を見せることもあるし、アプリ開発者とのトラブルも発生したりしている)。(参考記事

通信事業者もAPIをビッグデータに活かす、という発想

通信事業者はAPIの提供を、アプリのエコシステムへ関与するためと位置付けることは、自然な発想である。なぜなら、現状それができていないからだ。とはいえ、関与することが目指す目的かというと、決してそうは考えていないはずだ。目的は、まだ描けていないマネタイズであるに違いない。

しかし、OTTプレイヤーがそうであるように、通信事業者もビッグデータの収集競争に何らかに形で参画するのであれば、それを軸にAPI提供を考えてみてはどうだろうか。

APIの公開で、新たなサービス市場が開拓できれば、それはすばらしい。ただ、その新市場の果実を、API提供者が必ず独占できるかといえば、必ずしもそうはならないだろう。いくつかの有力なプラットフォーマー(Google、facebook等)はグローバル市場での存在感を確立しており、彼らと真っ向勝負できる通信事業者は世界でも少数だろう。通信事業者は事業がローカルなものであり、プラットフォームの価値が利用者数やそこに載るアプリ/コンテンツ数などの数的規模に大きく依存するため、通信事業者はそもそも不利である。

ただし、API提供者はビッグデータの収集に有利だ。API提供者とアプリ提供者は、アプリの利用状況を把握することが可能であり、そのデータを収集することができる。API提供が、自社のビッグデータ事業にプラスになるとすれば、これはわかりやすい。ビッグデータ事業は今後成長が確実視されているし、またデータがカバーする範囲、それを分析して適用する範囲が極めて広い。OTTプレイヤーとの競争において通信事業者が勝負できる領域は存在するはずだ。

そのためには、クラウドとアカウントの扱いがカギになる

では、通信事業者がAPI提供という手段をどのように活用すべきなのだろうか。

参考に、アプリのエコシステムにおいてGoogleが何を持っているかを考えてみる。OS、アカウント(ID)、アプリストア、クラウドサービス。この中でビッグデータの収集にとっての重要さで優先順位をつけてみると、おそらくアカウントとクラウドサービスが上位にくるだろう。アカウントで行動主体を特定する。クラウドサービスで、APIを含めその使い方のデータを収集する。

こうした事業モデルを考えると、通信事業者は「アカウント」を持ってはいるものの、アプリのエコシステムではほとんど活かせていないと言える。この「アカウント」をアプリのエコシステムに活かす、または連動させる動きを見せているのが、KDDIである。KDDIはスマートパスポート構想において、アカウントベースの競争に踏みこんだと理解できる。KDDIの戦略が正しいかはまだ見えないが、同社は世界の通信事業者がまだ踏み込んでいない領域にいち早く入った。
(参考:日経BP ITpro 2012年1月16日記事「スマートパスポート構想は、オープンで制約のない世界に漕ぎ出すサービスイノベーション。単なる値下げではなく新たなビジネスモデルで、通信市場のビジネスチェンジャーになる」(KDDI田中社長))

APIといってもいくつか分類ができる。たとえば、アプリ/コンテンツが端末内のデータにアクセス可能な「デバイスAPI」、通信網の機能にアクセス可能な「ネットワークAPI」、クラウド含め提供される機能にアクセス可能な「コンテンツAPI」などだ。

このうち、ネットワークAPIは通信事業者の専売だろう。もっとも、ネットワークAPIとクラウドAPIでの機能面での競合は、今後増えていく可能性があるようにも感じるが。

通信事業者はネットワークAPIの提供で、ビッグデータ事業での競争力、存在感の強化を図るべきである。ビッグデータ事業に本腰を入れるつもりの通信事業者であれば、なおさらだ。通信事業者が提供するAPIがアプリ開発者に受け入れられれば、ビッグデータ事業への効果的なツールとして位置付けられる「キャリアAPI」の存在感は大きくなるだろう。APIを通じてアプリのエコシステムに参画することは通過点である。その先で狙うべきもののひとつがビッグデータではないだろうか。

岸田 重行

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