2013年9月26日掲載

2013年8月号(通巻293号)

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コラム〜ICT雑感〜

進化するクルマ〜近づく自動運転の実用化

今年の夏休み、みなさんはどのように過ごされただろうか。

大手旅行会社の予測によると、今年の夏休みは、昨夏より円安になって海外旅行はやや減少するものの、国内旅行は過去最高を記録するのではないかとのことであったが、実際、多くの方が全国各地の観光地に出掛けたり、故郷に帰省されたりしたことと思う。

そして、クルマで移動した方の中には、高速道路や観光地周辺で渋滞に巻き込まれ、長時間の運転による肩こりや眠気と戦いながら、ようやく目的地に辿りついたり、自宅に戻ってきたという方が大勢いたのではないだろうか。渋滞の中での運転は、もはやクルマで出掛ける際には付き物で、ドライバーにとっては心身ともにとてもツラいものとなっているが、近年、ICTの活用などによってクルマが大きく進化しようとしており、この渋滞のツラさからドライバーが解放される日が近づいてきている。

そのクルマの大きな進化としてあげられるのが自動運転の実用化である。これまで、クルマの自動運転といえばSFの世界での話のように思われてきたが、位置や周囲の状況を認識するカメラ・レーダーなどのセンサーやGPSと、認識したデータを基に瞬時に判断して走行を制御する情報処理技術の発達によって、既に一部の機能は実用化が図られているなど、その研究開発は大きく進展している。現在、その取り組みが最も進んでいるのはアメリカであり、2010年にグーグルが、スタンフォード大学とカーネギーメロン大学での研究成果をもとに自動運転車を発表した。その後、運転席に必ず人を搭乗させるという条件は付くものの、ネバダ、フロリダ、カリフォルニアの3州で公道での自動運転車の走行許可を取得して10台以上の実験車両を走らせており、その走行距離は延べ50万kmにも達しているという。更に、その走行状況は進路変更時の方向指示器の使用も全く違和感がないなど、とても自然でスムーズであり、自動運転中の事故はこれまで一度もないため、現地では人間の運転よりもよほどキチンとしていると評判だそうだ。また、自動運転に使用されるセンサーや情報を処理するソフトウェア等は、その性能・機能が今後も向上していくことが見込まれており、咄嗟の危険回避などの運転技能や運転中の各種選択における効率性・合理性など、自動運転が人による運転を上回ることになるのは時間の問題と言われている。

このグーグルの取り組みに追いつき追い越せとばかりに、世界各国の自動車メーカーなども自動運転の研究開発にしのぎを削っており、アメリカのゼネラル・モーターズは、高速道路の本線走行における自動運転車を2017年までに商品化すると発表している。アメリカ以外ではドイツのフォルクスワーゲンとBMW、スウェーデンのボルボなどが開発に力を入れており、日本でもトヨタがスタンフォード大学との共同研究によりアメリカの公道で走行実験を始めているほか、日産も本格的な参戦を表明している。このほか日本では、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトとして、日本自動車研究所が日野、いすゞ、三菱ふそうなどと「隊列走行」(先頭車が有人で後続車は無人)の実験を進めており、毎秒50回、クルマの速度と加速度をクルマ同士で無線通信することによって、4台のトラックが車間距離を4mに保ちながら時速80kmで縦列走行する実験に成功してい  る。このように、世界各国におけるクルマの自動運転に関する研究開発は、今後ますます活発になっていくことが想定されており、こうした状況を踏まえ、米国電気電子学会(IEEE)は、2040年までに一般道を走行する自動車のうち実に75%が自動運転車になるであろうとの予想を発表している。

私は、渋滞時のドライバーの負担を解消するものとして自動運転をあげたが、クルマの自動運転に関する研究開発が世界各国で活発に行われている最大の理由は、多発している交通事故の未然防止につながるということであろう。世界保健機関(WHO)の調査結果によると、 2010年には世界全体で124万人もの人々が交通事故で死亡し、負傷者は2,000〜5,000万人にものぼっているという。日本でも平成24年の全国における発生件数は67万件近くあり、4,411人もの方が亡くなっている。交通事故の9割以上は、発見の遅れ、判断や操作の誤りといった運転者のヒューマンエラーが関連して発生していることを踏まえると、自動運転が実用化されて普及が進めば、死傷者の劇的な減少が期待できることになる。

このほか自動運転によって、渋滞の抑制、環境負荷の低減、少子高齢化への対応などの効果が見込まれている。高速道路での渋滞のうち約6割は走行速度の低下が原因であり、自動運転によって走行速度と車間距離の維持が図られれば、渋滞の発生をかなり抑制・緩和できる。また、自動運転により地球にやさしく経済的な走行を行なえば、日本のCO2排出量の2割近くが自動車からの排出であるため、CO2削減に大きく貢献でき、また省エネルギー化も図られることになる。少子高齢化への対応としては、自動運転車が高齢者が外出する際の新たな福祉機器となったり、前述の「隊列走行」(先頭車のみ有人)が運輸業の運転手不足への対策の1つになり得ることなどが考えられている。

こうした数多くの利点を有するクルマの自動運転であるが、実用化に向けては、新たな技術の研究開発よりも、むしろ法的枠組の整備や制度の見直しに時間を要するのではないかと言われている。現在「クルマは人が運転するもの」という前提の下に各種の法律や制度が制定・整備されているため、「そもそも自動運転とはどういう状態をいうのか」「自動運転の際、ドライバーはどういう立場になるのか」「運転免許を必要とするのか、交付するならその条件をどうするのか」「自動運転中に事故が発生した場合その責任は誰が取るのか」など、様々な点について国民のコンセンサスを得たうえで整理を図らなければならない。したがって、技術的には自動運転が可能になったとしても、当初はドライバーを支援するものとして段階的に導入され、全てのクルマが自動運転になるにはしばし時間がかかるのではないかと思われる。

最後に、私はクルマを運転してもう三十余年になるが、私の世代の中には、アクセルの踏み込みやハンドル操作など自分のコントロールによって多様な走りを実現してくれるところにクルマの魅力を感じている方が多いのではないかと思う。私も若い時分は「早く自分のクルマを持ちたい」「速くてカッコいいクルマに乗りたい」と思いながら、様々なクルマの加速や馬力などを雑誌やカタログで調べ、お金もないのに購入するならどのクルマにしようかと、あれこれ想いを巡らしていたものだ。こうした者からすると、自動運転によって、乗車して目的地さえ言えば、クルマが音声認識して目的地まで送り届けてくれるという世界は、自分が運転する機会がなくなるという点で、寂しさや抵抗を感じることになるかもしれない。しかしながら、自動運転の安全性や利便性など多くの利点を考慮すれば、自動運転の普及・拡大は推進していくべきものであることから、今後は、クルマの新たな魅力を創造していくことが必要となってくるのではないか。そして、その新たな魅力となり得るのは、自動運転と同様に急速な進化を見せているクルマの情報端末化であり、スマートフォンと車載機器の連携などによって、クルマからのネット接続を充実させ、多彩なサービスを利用できるようにするなど、クルマへのICTの活用を一層促進していくことが望まれる。

企画総務グループ/情報サービスビジネスグループ部長 山内 功

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