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InfoCom World Trend Report
2014年11月25日掲載

2014年10月号(No.307)

モバイル通信市場の歴史の中で世界ほとんどの国で共通に見られる現象のひとつに“事業者数の減少”という事実があります。モバイル通信サービスの開始・普及を通じて、世界各国の通信監督当局や競争当局は市場の企業数が多いほど競争が盛んであり、従って価格が低下するし、ライバルとの差別化から積極的な投資を行うので、モバイル通信市場では事業者数は多いほど経済全体としては好ましいと考えてきた傾向があります。

そのため、周波数の割当てと通信事業者の買収・合併の2面に強い規制を設けて事業者数の増加と維持が図られていて、各国それぞれ事情を異にしているものの、EU各国では2000〜2001年の3Gオークション当時に新規参入枠が設定されたため5〜6社が存在していましたし、日本でも1990年代には通信方式の地域割による免許が行われて最大6社(グループ)が存在していました。また、米国では電波免許が細かく地域別に実施されているために、多数の事業者によってモバイルサービスが行われてきました。ところが最近はEU各国では標準的なモバイル通信事業者数は3〜4社であり、米国でも全米でサービスを行っている事業者は4社に集約されています。日本でも昨今のソフトバンクによるイー・アクセス(イー・モバイル)買収によって3社(グループ)体制となっています。こうしたなか、EU、米国、日本それぞれで周波数割当てと企業買収・合併に関し盛んな議論があり、政策当局により異なった対応が見られますので、ここで紹介して評価してみたいと思います。

EUでは、通信の域内単一市場形成に向けて欧州委員会とモバイル業界の掛け引きがあり、周波数割当ての各国での共通化と承認プロセスへの価格高騰防止メカニズムの組み込み、合併規制の緩和が議論されています。その一方で、現実の市場ではオーストリアとアイルランドで、既に事業者間の合併が進行して事業者数が4社から3社に減少しています。合併条件として、MVNO支援やネットワーク共用、周波数譲渡が課されて承認されています。さらに、ドイツでは、テレフォニカによるEプルスの買収・合併について昨年から審査が行われていて、その際の合併承認の条件に関心が集まっていました。結局、自社ネットワーク容量の30%を最大3社のMVNOに売却することや保有する周波数の一部売払いなどの条件が付けられましたが、欧州委員会から承認されました。これによりEU内の大国ドイツのモバイル事業者が4社から3社に減少することになり、注目されています。また、周波数オークションの高騰に悩まされてきた通信事業者は大手事業者に対する周波数上限枠(スペクトラムキャップ)と新規参入者枠設定への見直しを求めていて、周波数割当ての効率化が話題となっています。EUではモバイル通信業界の疲弊が設備投資の停滞を招いたとの指摘が業界団体から展開されていて、欧州委員会に向けて、“競争の削減”の主張が見られます。

米国では600MHz帯オークションを巡って、欧州と違って改めて周波数獲得に上限枠を設けるべきかどうか、この上限枠設定が市場競争にとってプラスかマイナスかという点に厳しい意見対立が見られます。加えて、事業者数に関しては、先般、ソフトバンク傘下のスプリントによる、ドイツテレコム子会社のT-モバイルへの買収・合併が米国連邦通信委員会(FCC)の異論提起をうけて中断されたことは記憶に新しいところです。つまり、現在の4社体制が2強2弱と言われているなか、この2弱の合併により3強体制を生み出そうとするソフトバンクの構想でしたが、FCCは4社から3社への減少は競争の低下を招いて消費者利益にそぐわないとの考えであることが判明し、ソフトバンクとドイツテレコムの買収交渉が中断されたとの報道となりました。交渉当事者であるソフトバンクは交渉事実に関し何も明らかにしてきませんでしたので今回の動きについて特にコメントは発表していません。今回のFCCの姿勢により、以前のAT&TによるT-モバイルの買収を承認しなかったことを併せ鑑みて、市場競争には4社体制が必要であるとしていることがFCC当局から示された訳です。EUでは、4社から3社への移行が進むなか、米欧の規制当局の姿勢の違いが目につきます。

さて日本ではどうでしょうか。2005年10月のツーカー3社のKDDIへの合併以降、PHSを除いて3社(グループ)で運営されてきたモバイル市場で、2007年3月にイー・モバイルがモバイル通信事業を開始したので4社(グループ)体制に移行していましたが、昨年、イー・アクセス(イー・モバイル)がソフトバンクに買収されて、再度3社(グループ)体制に戻っています。規制当局による新規参入導入策が結果を残さずに終了しただけでなく、この買収を巡ってさまざまな課題が浮かび上り、今日の競争政策、産業政策に問題を提起しています。第1にイー・モバイルの買収が電波免許制度に与えた疑問があります。日本では従来から一貫して比較審査方式により周波数免許が出されてきましたが、審査過程で新規参入が志向されて実現したイー・モバイルへの免許だったにも拘らず、その周波数免許ごと企業買収が行われ、本来別々に与えられていた免許が同一グループに帰属するという比較審査時に想定していない事態で終焉を迎えました。企業経営(資本の論理)的には企業合併とほとんど同様の状況をもたらす企業買収でも周波数免許を受けた法人格が存続するだけで免許が新しいグループの下に継続するという変則的な事態となり、その上、免許周波数保有量が事業者中最大で不均衡となる異例の事態が生じてしまいました。日本では独禁法をクリアすれば企業買収に問題がなく、通信規制当局にはその是非を問う根拠を欠き、唯一、形式的に出資比率を3分の1未満にすることを条件にしたのが、その姿勢の現われでした。

さらに、3社(グループ)体制に移行した結果、市場競争が少なくなり、料金の多様性が失われてしまっているとの指摘がみられ、これを補うようにMVNOの振興が盛んに言われるようになっています。今年2月から始まった情報通信審議会の特別部会基本政策委員会での基本認識・論点においても、多様なプレーヤーの確保のための規律の導入が取り上げられており、8月の中間整理(及び10月の報告書案)では、@事業者のグループ化(株式取得、合併等)について総務省により一定のチェック可能とする規律等の導入の検討、A「グループ」に関する規律の扱いなど、競争政策と電波政策について十分な連携を図ることが取り上げられています。これは新規参入事業者の買収(子会社化)によって4社から実質3社(グループ)体制へと政策の変更を余儀なくされた総務省がようやく重い腰を上げたものと言うことができます。市場競争の活発化だけでなく、積極的な投資促進のために必要なことです。特に、私は以前から競争政策と電波政策の整合を訴えてきましたので、ようやく欧米先進国並みの規制方法となることには異議はありません。当然だと思います。

ただ、事態が進んだ後であること、新規参入方策の限界がみられた後なので、これから競争政策がどうあるべきか、とりわけモバイル通信の産業政策をどう構築していくのか、識者の知見と政策当局の冷静かつ公正妥当な評価が今こそ求められていると思います。これまでの競争導入・NTT民営化以来継続してきた、いわゆるNTTグループへの非対称規制という比較的単純な競争促進政策を越えて、イノベーションをもたらす投資が促進されるモバイル通信分野の産業政策が必要です。

米国でスプリントによるT-モバイル買収が壁に当たったのはFCCの競争政策(広義には市場参加者数のあり方を含めた産業政策)のためであり、EU各国ではこれまでの1国4社体制からブロードバンドネットワーク構築にむけての投資促進のために3社体制を是認する動きとなっています。こうした世界の潮流に伍して、日本でもようやくモバイル通信の産業政策構築のスタートラインに立つことになりますので、一国内の視点に止まらず、広くグローバルな視野を持って議論が進むことを期待しています。くり返しになりますが、日本国内では問題が顕在化せずに第3位事業者による第4位事業者の買収と免許周波数の取り込みが行われましたが、米国ではそもそも4社が3社に減少することが市場競争の流れに反するとの規制当局の意向が表明されていますし、EU各国では4社から3社への移行に対しては、モバイル特有の市場構造と企業の行動パターンを踏まえ複数事業者による共同的な支配力行使に引き続き懸念を抱いていて、注意信号(条件付の承認等)を伴って臨んでいます。

こうした状況下、日本での産業政策のあり方もグローバルな視点が欠かせないし、消費者利便の向上と国際競争力強化の方向性が必要と考えます。総務省は企業買収によって周波数免許の事実上の譲渡が行われたことを踏えて、今回の4G電波割当てに際しては同一グループ内から複数の申請を認めないとの指針を公表して国際的な取り扱いに合わせています。また、これまでの審査基準と同じく人口カバー率達成とMVNOの利用促進を定めるとともに、今回は新しく「利用者の通信量需要に応じ、多様な料金設定を行う計画」の策定を求めています。ただ、こうした料金を巡る競争こそ市場に委ねるべきものであり、従来からの取り組みの流れからはMVNOにこそその役割を求めるべきではないかと思います。一方で事業者数の減少を受け入れながら、残った事業者に利用通信量に応じた低価格プランを事実上義務付けるのは規制当局の権限を強めることになり、統制経済と見られかねません。ここは4G電波免許を受ける事業者だけでなく、MVNOを含めて種々のブランドの活用など広く新しい市場参加者を加えて、これまでと違う形の市場競争を生み出す政策努力が必要です。通信事業者だけに止まらず、広い分野からの参加者との提携などイノベーションにつながる方策が市場を厚くすることになると考えます。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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