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InfoCom World Trend Report
2015年1月19日掲載

2014年11月号(No.308)

米国の規制当局FCCは2014年10月、2015年中頃に予定されていた600MHz帯インセンティブオークションの開催を2016年に延期することを決定した。延期の直接的な原因は、放送事業者が同オークションの内容を不服としてFCCを提訴したためだ。同オークションにおいては、放送事業者が周波数の売り手となるため、彼らが参加しない限りオークション自体が成立しなくなる。一方、買い手となる通信事業者にとって、同オークションの延期は大きな機会損失となる。本稿では、同オークションを巡って通信事業者と放送事業者が繰り広げている激しいせめぎ合いについて、筆者が参加したSuper Mobility Weekの模様を交えて報告する。

インセンティブオークションの概要

FCCが実施を目指しているインセンティブオークションとは、地上デジタルTV放送で放送事業者に割り当てられた600MHz帯をモバイルブロードバンドサービス向けに転用することを目的としたものだ。

周波数は通常、オークション形式かどうかはともかく、免許期間が切れる際に新たな割り当て先が決定される。しかし、今回のインセンティブオークションは空前の異例だ。というのも、同オークションは、放送事業者に経済的利益(インセンティブ)を与える代わりに「免許期間中」の周波数を通信事業者に譲渡するというもので、過去に類を見ない。

同オークションでは、まず放送事業者がリバースオークション(売値入札)を通じて周波数を返還した後、周波数の売却を見送った(売却できなかった)放送事業者が放送サービスを継続的に提供できるよう(同時に、売却された周波数がモバイルブロードバンドサービス向けに利用できるよう)、それぞれの周波数ブロックが再配置される。FCCはその後、モバイルブロードバンドサービス向けに再配置された周波数について、通信事業者を対象とした通常のフォワードオークション(買値入札)を実施する(図1参照)。

【図1】600MHz帯インセンティブオークションの基本的な仕組み

【図1】600MHz帯インセンティブオークションの基本的な仕組み

当のFCCは、公式ウェブサイト上で同オークションについて次のように説明している。

「米国は無線インフラやイノベーションといった重要な分野において世界を牽引している。具体的には、世界最大のLTEネットワークを有している他、ホワイトスペースが免許不要で利用可能になっている。また、免許帯域と免許不要帯域の双方に対する需要は劇的に増加してきている」。

「無線ネットワークが経済、公安、ヘルスケアといった周波数をますます必要とする諸活動を支えるのに十分な周波数需要を満たすことは、米国の大きな課題となっている。これを解決することは、技術的イノベーション、経済成長、国際競争力において米国がリーダーシップを維持していくのに不可欠だ」。
「FCCは積極的にこの目標に向かっている。FCCは無線ブロードバンド向けに周波数を開放すべく活動している。規制を緩和するなど周波数利用にあたっての障壁をなくし、周波数をイノベーティブに利用できる施策を展開している」。

「インセンティブオークションはその種のオークションとしては世界初の試みとなる。放送事業者や通信事業者、その他のセクターにとっても初めての一大イベントとなる。インセンティブオークションは放送事業者にとって大きな利益を上げられる機会である上、事業を継続する放送事業者も地域に応じた多様かつ無料のTV放送サービスの質を向上できると思われる。同時に、インセンティブオークションを通じて再配分される周波数により、LTEやWi-Fiなどのモバイルブロードバンドネットワークの通信速度やキャパシティ、ユビキタス性が向上し、経済成長の促進と米国の国際競争力の強化を実現できる」。

インセンティブオークションは、2010年のNational Broadband Plan策定時に端を発している。具体的には、FCCは同年、放送事業者に対してモバイルブロードバンドサービス向けに周波数資源を明け渡すよう強制することはしないとし、「自発的な市場メカニズム」を通じて、売却を含めた周波数の扱いについて放送事業者に裁量を与えるとしていた。その後の2012年2月、議会がFCCにインセンティブオークションを実施する権限を付与している。

インセンティブオークションの延期

600MHz帯が対象となるインセンティブオークションは米国の通信事業者にとって極めて重要なイベントだ。電波の伝搬特性上、600MHz帯はインドアやルーラル地域におけるネットワークカバレッジ確保に適する希少な周波数帯域だ。今後の成長が見込まれるコネクテッドカーにとっても(モビリティを持っているため)、600MHz帯は不可欠だ。同オークションは免許期間中の周波数が対象となっているという点で通常の周波数オークションとは一線を画すため、これに反発する動きが出てくるのは必至だ。売り手となる放送事業者が自らの利益を最大化すべく手を尽くすことは自然な動きであり、彼らは同オークションの内容を徹底的に厳しく精査するだろう。

つまり、同オークションに参加するよう放送事業者を説得するのは一筋縄にはいかず、時間がかかる。同オークションの成否は参加者の多寡にかかっており、特に周波数の売り手となる放送事業者の参加者数を十分に確保できるかが最も重要なポイントになる。放送事業者の業界団体であるNAB (National Association of Broadcasters) は、同オークションが放送事業者にとって不利な内容になっているとしてFCCを提訴している(図2参照)。審理が行われるのは2015年1月以降の予定となったため、FCCは同オークションの開催延期を余儀なくされた。

Incentive Auction Task ForceのGary Epstein氏はブログに「裁判所が示したスケジュールによれば、審理が行われるのは2015年1月下旬以降になる。具体的な時期は決まっていないが、口頭弁論が行われるのはその後になるため、2015年中盤以降にならないと判決は出ないだろう。訴訟に関しては十分な勝算はあるが、インセンティブオークションのスケジュールや内容の複雑さに加え、事前に不明点を解消しておきたいというニーズが全ての参加予定者にあることを考えると、現実的には2015年秋頃に同オークションへの参加申請受付を開始し、2016年初頭に同オークションを実施することになるだろう。しかし、延期はするものの、同オークションの成功に向けて引き続き注力していく」と記している。

一方、NABのDennis Wharton EVPは「何度も言っている通り、重要なのはインセンティブオークションを早急に実施するのではなく適切に実施することだ。今回の訴訟が同オークションの延期の原因となったという風説は否定する。当協会は本件が早期に解決され、同オークションが成功した結果、全国民に無料のTV放送サービスを提供するための手段が確保されることを望んでいる」と述べている。また、NABは「このような仕組みの下で周波数の再配置と再割り当てが行われることにより、当協会に加盟する放送事業者を含め、放送事業者の多くがカバレッジと視聴者を失うことになる。さもなければ、放送事業者は同オークションに参加する(周波数を手放す)しか道はない」と主張している。つまり、放送事業者としては、インセンティブオークションの阻止や遅延を企図してFCCを提訴したのではないというわけだ。

しかし、放送事業者に自衛の意識が働いていることは火を見るより明らかだ。実質上、放送事業者が訴訟を起こしたのは、それを通じて放送事業者陣営に有利な条件を付つけるようFCCに譲歩を迫ることが狙いだろう。結局、これが直接的な原因となり、FCCは同オークションの開催を2016年に延期せざるを得なくなった。

ちなみに、FCCが同オークションを延期したのは今回で2度目。FCCはTom Wheeler委員長の就任後まもない2013年12月、同オークションの開催を2014年から2015年中頃に延期している。

なお、通信事業者の業界団体であるCTIA (Cellular Telecommunications Industry Association) のScott Bergmann氏は「インセンティブオークションが延期されることは残念だが、全国民の利益のためにこれほど複雑な同オークションを適切に実施しようとしているFCCの賢明な判断に感謝している。現在、同オークションを巡る訴訟を迅速に解決しなければならないということが軽視されている。通信事業者は金銭勘定を十分にした上で、ワイヤレスの未来のカギを握る同オークションへの入札に臨むことになる」と述べている。

【図2】NABがFCCを提訴した旨のプレスリリース

【図2】NABがFCCを提訴した旨のプレスリリース(出典:NAB)

(出典:NAB)

インセンティブオークション延期の影響

インセンティブオークションが延期されたことによる影響は、通信事業者によって区々だと思われる。低い周波数の保有量が比較的少ないSprintにとっては相対的に大きな打撃になるだろう。一方、T-Mobile USもあまり低い周波数は持っていないものの、二次市場で各地における700MHz帯の確保を進めているため、Sprintほどの影響は受けないだろう。また、AT&TとVerizonの上位2社に及ぼす影響は比較的軽微だろう。同2社にとっても600MHz帯が貴重な周波数であることに変わりはないが、短期的にはそこまで切迫した周波数需要があるわけではない。

カンファレンスにおける通信事業者の牽制

筆者が参加したCTIA主催のカンファレンスSuper Mobility Week(2014年9月ラスベガス)のハイライトは、主役の大手通信事業者各社がいかに周波数を必要としているかをまくし立てる場面だ。また、同カンファレンスにはWheeler委員長を含むFCCの5名の委員全員も参加しており、官民双方での盛況感を演出していた。

同カンファレンスの会期は3日間。各日の午前中に参加企業の首脳が登壇するキーノートセッションが設定されており、テーマは初日から順に動画コンテンツ(Verizonがオーガナイザー)、コネクテッドカー(AT&Tがオーガナイザー)、Internet of Thingsだった。いずれも今後に大きな伸びが期待される分野であり、それはすなわち旺盛な周波数需要が存在していることを意味する。

中でも、Verizonのメッセージは放送事業者に対する痛烈な牽制となっている。具体的には、Verizon WirelessのDan Mead CEOは「モバイルサービスのうち最も周波数を使っているのは動画コンテンツだ。ある調査によれば、2014年上期における世界の総データトラフィックのうち約53%を動画コンテンツが占めていたという。また、動画コンテンツが総データトラフィックに占める割合が2017年には約70%に増加するとの見通しも出ている。当社はLTE Multicastでこのニーズに応える。これにより、一般的な放送サービスよりも効率よく動画コンテンツを配信することができる。ユーザーエクスペリエンス向上のために、また米国がテクノロジー分野を牽引し続けられるよう、引き続きネットワークに投資していく」と述べている。発言の前半部分に特に驚くべき点はないが、同社はLTE Multicastを引き合いに出すことで、放送事業者に対して周波数を手放すよう暗に唆しているわけだ。

【写真1・2】初日のキーノートセッションに登壇し、
ESPNやHuluの幹部と議論を交わすMead CEO

【写真1】初日のキーノートセッションに登壇し、ESPNやHuluの幹部と議論を交わすMead CEO 【写真2】初日のキーノートセッションに登壇し、ESPNやHuluの幹部と議論を交わすMead CEO

実際、インセンティブオークションだけが目的ではないだろうが、同社はLTE Multicastを2015年に導入する計画だ。LTE Multicastは一般にLTE BroadcastあるいはeMBMS (evolved Multimedia Broadcast Multicast Service) と呼ばれる技術で、LTEネットワークを利用して基地局単位で多数のユーザーに動画コンテンツを一斉配信するというものだ。これにより、データトラフィックの大半を占める動画コンテンツの配信効率を飛躍的に高めることで、ネットワークリソースを他のデータトラフィック処理に振り向けることができるようになる。また、Verizon CommunicationsのFran Shammo CFOは「LTE Multicastは極めて重要なポイント。これを起点として、モバイルデバイスへのコンテンツ配信方法に変化がもたらされることになるだろう。様々なコンテンツがワイヤレスの世界に開放されることになる」と自信を見せている。基地局単位での効率的なコンテンツ配信を実現する仕組みはモバイルエッジコンピューティングなどと呼ばれ、通信事業者によるネットワークソリューション(例えば、Nokia Networksが提唱する“Liquid Applications”などがある)のトレンドを形成する可能性がある。

放送事業者からすれば、これらは大きな脅威と映るはずだ。現行の地上デジタルTV放送サービスよりも高いユーザーエクスペリエンスが通信事業者によって提供されるとなれば、「放送事業」者としてのアイデンティティや責任は大いに揺らぐ。

FCCはカンファレンスで何を語ったのか

一方、同カンファレンスにおいてWheeler委員長は何を語ったのだろうか。彼の発言を引用する。

「FCCは周波数帯域を追加的に(通信事業者に)開放する必要性を理解している。インセンティブオークションはまさに周波数を求める通信事業者の叫びに応えるものだ。しかし、放送事業者はそれに反対している。放送事業者は通信事業者が今以上の周波数を必要としていないと結論付けている。さらに、通信事業者がインセンティブオークションに参加しないのではないかとの懸念を示している」。
 「通信事業者が実際にインセンティブオークションに参加しなければ、今後の通信事業者に対する周波数政策は大きく変わってしまう(放送事業者が正しいということになってしまう)。逆にインセンティブオークションが成功すれば、それが先行事例となり、他の周波数も通信事業者に開放することができるようになる」。

【写真3・4】通信事業者の支持を強調するWheeler委員長と
オーディエンスで埋まるホール

【写真3】通信事業者の支持を強調するWheeler委員長とオーディエンスで埋まるホール 【写真4】通信事業者の支持を強調するWheeler委員長とオーディエンスで埋まるホール

「通信事業者は常にFCCに対し、モバイル市場において競争が成り立っていると主張してきた。FCCは競争を維持すべく、AT&TによるT-Mobile USの買収計画を却下し、最近ではSprintによるT-Mobile USの買収計画にも反対の立場を採った。これにより、通信事業者各社から新たな料金プランやサービスが発表された。FCCが規制することで、モバイル市場の競争が保たれ、最終的に国民に利益をもたらすことができたと言える」。

「米国がLTE先進国になったのは、競争があったからに他ならない。かつて、統一した無線通信規格がないとして米国が蔑まされたのをよく覚えている。当時、私は無線通信規格同士の競争によって欧州よりも良い結果が出ると予言した。実際、それは的中した」。

つまり、Wheeler委員長は、通信事業者の置かれている状況を理解し、FCC自身が「世界初の試み」と称するインセンティブオークションを開催するところまで漕ぎ着けたのだから、同オークションでの落札に必ずコミットするよう通信事業者に訴えたわけだ。

放送事業者の説得に奔走するFCC

このように、FCCは600MHz帯をはじめとした周波数資源を通信事業者に集中させることで米国全体の成長を促す方針を打ち出している。しかし、先述の通り、インセンティブオークションの成否は参加する放送事業者の多寡に左右される。そこで、FCCは2014年10月、放送事業者に積極的に働きかけ、正式に同オークションへ参加するよう説得することに乗り出した。その際の主な誘い文句として、同オークションが1回限りであることや周波数が非常に高い値で売れることなどが謳われている(図3参照)。

なお、同オークションでは、放送事業者から最大126MHzを回収し、このうち約100MHzを通信事業者に割り当てることが期待されている(約26MHzの差分はガードバンドなどでフォワードオークション対象外)。しかし、放送事業者の意向によっては、FCCが回収できる周波数はこれよりも大きく落ち込む恐れもある。

【図3】放送事業者を対象とした説明会でFCCが用いた資料

【図3】放送事業者を対象とした説明会でFCCが用いた資料(出典:FCC)

(出典:FCC)

また、FCCは同オークションを通じて最大450億ドルの国庫収入を得られると試算した上で、このうち約380億ドルを放送事業者に対する補償金に充当するとしている。残りの約70億ドルは警察および消防用の“FirstNet”と呼ばれる公安ネットワークの構築費用の財源となる見通し。ただし、この最大450億ドルという歳入見通しは過剰に楽観的だとして、批判の的となっている(実際に落札総額が450億ドルに達するとなると、通信事業者は巨額の負担を求められることになる)。しかし、このような点にも、何とかして同オークションを成功に導こうとするFCCの努力の跡を見ることができるだろう。

まとめ

Internet of Thingsの本格到来を目前にして、米国ではFCCと通信事業者の歯車がうまく噛み合い始めた。これは決して、同国の通信市場という1つのセクターに閉じた話ではない。FCCの主目的はあくまでも米国の経済成長と国際競争力の強化だ。しかし、インセンティブオークションを巡っては、FCCと放送事業者、通信事業者と放送事業者の攻防戦はまだ続く。ただし、オバマ大統領の任期は2017年1月までであるため、現政権下でインセンティブオークションを完結するには、これ以上の延期は実質的に不可能だ。最新スケジュール通り、インセンティブオークションが成功裏に実施できるかどうかが米国の大きな変曲点となる。

※この記事は会員サービス「InfoCom T&S」より一部無料で公開しているものです。

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