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研究の眼
2010年12月3日掲載

クラウドソーシング、CGCの潮流から出てきた「情報統合思念体」?

グローバル研究グループ 小川 敦
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 先日、CBCNETで「情報統合思念体 荒川智則」というトピック記事を読んだ。

 簡単に内容を説明すると、「荒川智則」を名乗るユーザがインターネット上で増殖しているのだが、その正体が特定の個人ではなく実はクリエイティブ・ユニットだったというもの。筆者もこの記事を読んで、奥歯に挟まっていた何かが取れたような思いがした。記事にも同様の記載があるが、プログラマ、ライター、デザイナー、ミュージシャン、DJ、VJといったように活動のあまりのマルチぶりに、「荒川智則さんってなんだかスゴい人なんだな…」と筆者も思っていた。それだけではなく、インターネット上のあちこちで名前を目にする割には他メディアでの露出がないなぁ、と思っていた。

 インターネット上で偽名を使ったり他人になりすましたり、というのはよくある話だが、インターネット上だけに留まらず、参加者が全員「荒川智則」というクラブイベントまで開催してしまったというのだから凄い。というか、「荒川智則」を名乗る人は偽名なんかを名乗っているのではなく(単にアノニマスな「荒川智則」ではなく)、たくさんの「荒川智則」が実在し、彼らは「荒川智則」の一部でもあるということらしい。

 記事中でもwikipediaに言及している箇所があるが、今回は彼ら曰く「情報統合思念体」である「荒川智則」から、クラウドソーシングとCGC(Consumer Generated Contents)の話に思考を飛躍させてみたい。クラウドソーシング(crowdsourcing)とは、不特定多数の人に業務を委託するという新しい雇用形態。P&Gやボーイングはこのクラウドソーシングを取り入れているとのことである。もっと身近な例でいえば、“Folding@HomeTM”(米国スタンフォード大学の分散コンピューティング・ネットワーク・プロジェクト)にPlayStation3経由で参加するというのもクラウドソーシングと言えるかもしれない(http://www.scei.co.jp/folding/jp/)。クラウドソーシングは今後、ICTの助けも借りて拡大していく雇用形態だと思われる。おもしろいのは、クラウドソーシングの場合は最初に製品などの何か目的物を前提にしているのに対し、「荒川智則」の場合は「荒川智則」として表現すること自体が目的の1つとなっていることだ。

 次にCGCについて。YouTubeは元々、自分で撮った動画を共有したいというのを出発点にしているから、CGCの最たる例と言える。最近ではUstreamに代表されるライブストリーミングの成長も著しい。これも、ユーザがスマートフォンなどで動画を生成するのでCGCだ。もちろん、「荒川智則」が主催するUstream放送もある。2010年10月にGoogle TVが発売となったが、通信と放送が融合(というか、放送が通信っぽくなってきている)していく中で、CGCはさらにその流れを強めていくだろう。CGCの場合は外部に対してオープンなのがほとんどだが、クラブイベントのことからも分かるように「荒川智則」の場合は完全にオープンというわけではなく、ある種「内輪ネタ」的な要素を含んでいる点はおもしろい。

 「荒川智則」とクラウドソーシングとCGCには共通する部分がある。それは、色々な人が色々なものを作ることで1つの完成品/コミュニティになっているという点においてである。

 「荒川智則」はクラウドソーシングやCGCといった流れの中で出るべくして出てきた新しい存在なのかもしれない。ただし、それらとも一味違った存在だ。メディア論の大家であるマーシャル・マクルーハン風に言えば、「荒川智則」の出現は、コンテンツではなくメディア自体(ここでは、クラウドソーシングやCGCという仕組みとその潮流)が私たちに作用した結果なのかもしれない。

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