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Global Perspective 2010
2010年12月21日掲載

モスクワ 空港−市内を結ぶ電車AeroexpressでのNFC実験と日本での事例比較

グローバル研究グループ 佐藤 仁
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 2018年にワールドカップ開催が決定したロシアでは、ロシアAeroexpressは、2010年11月にNFCを活用した電車チケット販売のパイロットプロジェクト(トライアル)を開始すると発表。
 今回のテストは、45人を対象にして3ヶ月間実施する。NokiaのNFC対応端末を用いて、予めAeroexpressのアプリケーションをインストールしておく。
 AeroexpressのBelorussky Railway駅から、Sheremetyevo空港までの区間で実施する。
 Aeroexpressは30分に1本の間隔で運行しており、300ルーブル(約850円)(ビジネスクラスは500ルーブル)。空港から市内まで約35分。
2007年に開通され、非常にきれいで快適な電車で空港へのアクセスも便利になったようだ(下記動画参照)。

 今回のNFCトライアルは、チケットを購入するための販売機でのトライアルであり、ユーザはまずチケット販売機でNFC対応携帯電話をかざしてから、そこから数秒で携帯電話にチケットがダウンロードされる仕組みだ。チケット代は利用者の電話料金と一緒に徴収する予定としている。

 「今回のNFCトライアルは、キャッシュレスとスピードにより、ユーザの利便性を向上させるAeroexpressにとっては、とても重要でイノベーティブな施策だと考えている」、と同社Commercial Director, Rustam Akiniyazov氏は語っている。

 さてここで今後のAeroexpressのNFC商用化に向けた展開について考えてみたい。

1.キャリアとの関係性
 電車チケット代を利用者の電話代から徴収するという非常に便利な仕組みを検討しているようだが、キャリアとの連携が見られていない。ロシアには、MTS(シェア33%)、Vimpelcom(シェア25%)、MegaFon(シェア24%)という大手3キャリアが存在する。今回のAeroexpressのNFCトライアルに関して、各社とも現時点では何も表明していない。
 商用化するためには、キャリアとのビジネスモデルの確立、システム統合が必要であり、非常にハードルが高いと考える。

2.端末・利用者側の問題
 ロシアはBRICs の1カ国として位置付けられ、経済成長の余地は多く残っている。2009年末の携帯電話契約数で約1億9000万。まもなく2億計約を超え、人口普及率は150%に迫っている。つまり1人が複数のSIMカードを保有し使い分けているのだ。また携帯電話はNFCを搭載したハイエンド端末よりもミドルからローエンド端末かつ中古品が主流でプリペイドでの利用が一般的である。このような市場の中で果たしてNFC携帯電話を用いてまでの利便性をユーザに訴求できるかがキーポイントになるだろう。
 たとえNFC対応端末を保有していても、プリペイド残高が足りなくて乗れなかったということがおきた場合の対応はどうするのか。もしくはポストぺイドユーザのみに限定するのか、等の検討が必要になるだろう。

 ロシアでの商用化に向けた課題はまだまだ山積みであろう。

日本での経験を参考にすべき

 日本で、当たり前のようになっているNFC技術を活用した電車の乗降。
SuicaPasmoを定期券、日常の電子マネーにしている方も多いことだろう。
これは以下のような点で今後のAeroexpress社のNFC展開活動の参考になるのではないだろうか。是非Aeroexpressにも商用化に向けて日本での事例を検討してもらいたい。

(1)相互乗り入れとシステム面での課題
 筆者は東京在住なのだが、Suicaにチャージしておけば地下鉄や私鉄も利用できる。
 また、Pasmoでも同様にチャージしておけば、JRで利用できる。これは非常に便利だ。
 今回のロシアAeroexpress の場合、Aeroexpressだけのみで利用となるとユーザにとっての利便性は低い。
 Aeroexpressだけを毎日頻繁に利用する人は空港、航空関係者と限定される可能性が多く、一般人でそんなに毎日この路線を利用する人が多いとは考えられない。たとえばモスクワの地下鉄も同じアプリケーションで乗降可能にする等ユーザへのメリットを訴求させることが必要ではないか。
 東京で言うと、空港から都心を結ぶ成田エクスプレスまたは京成スカイライナーのみで利用可能というイメージ。それだけのためにNFC搭載携帯を保有して利用するメリットがあるとは考えられない。
日本のJR改札での活用イメージ(筆者撮影)相互乗り入れのためには、各社のシステム面での統合やらハードルが高いこともあるだろうし、決済システムとなるとさらに面倒になるだろう。日本では朝の通勤ラッシュのために改札通過は、瞬時に読み取り判断し通過させなくてはならないという非常に高度なシステムになっている。お気付きの方も多いと思うが、JRの改札には「タッチ1秒」と書かれている(右写真)。
 このように電車乗降のためのNFCはただ搭載して乗降できればよい、という訳ではない。日本ではモタモタ感が許されないのだ。ロシアではそこまでのスピード感は要求されないかもしれないが。

(2)リアル店舗での利用
リアル店舗での活用イメージ(筆者撮影) 日経流通新聞2010年11月26日の記事によると、Suica は発行枚数3,155万枚、月間利用件数3,888万件、利用可能店舗数118,910店。Pasmoは、発行枚数1,648万枚、月間利用件数1,556万件、92,000店となっている。
 このように各電車会社は、駅ナカ、駅チカと言われる沿線、駅ビルでの電子マネーとしてのリアル店舗での利用を可能にして発行枚数と利用件数を後押ししている(右写真)。
 Aeroexpressも同電車以外でのリアル店舗(例えば空港および沿線の全店舗で利用を可能にする等)での利用を検討すべきだ。そのためには、店舗開拓と、NFC読み取り機器の設置と店員の教育等が必要でハードルは高いかもしれないが、日本ではそのようなことを実施して急速に利用者を増やした。実際に同社では空港でのカフェやショップ、ホテル等も経営しているようなので、その余地はあるのではないだろうか。

(3)モバイル以外(カード利用)の利用促進
 日本では多くの人が携帯電話での利用でなく、カード型NFCを利用している。
SuicaにせよPasmoにせよ、キャリアはそのビジネスに大きく関わっていない。せいぜいNFC対応端末を提供し、アプリケーションダウンロード時のパケット収入くらいで、ユーザがモバイルSuicaを利用してもキャリアには儲けにならない。電子マネーもプリペイド式なので、携帯電話料金から徴収されるということもない。
今回、AeroexpressはNFC対応端末でのトライアルとのことだが、上述のようにキャリアとの関係も見えていないのであれば、カード型での対応も検討の視野に入れておくべきではないか。

 日本でもJR東日本はSuica導入まで1994年から度重なる試験を実施して、2001年に商用化導入した。
 ロシアAeroexpressもワールドカップが開催される2018年までには商用化されていることを期待している。

 究極の理想形としては、世界中の電子マネーが共通化され、SuicaユーザがモスクワでAeroexpressに乗車することができて、Aeroexpressユーザが日本でJRに乗車することができるようになることだろう。為替、システム統合、決済等ハードルが非常に高いから実現は厳しいだろうが、空港からの市内への電車であれば利用者の多くは外国人でSuica、Pasmo所有の日本人がそのままAeroexpress乗車時に利用できたら、日本人にとっては非常に便利なことだと夢想する。

【Aeroexpress(ロシア語)非常にきれいで快適な電車のようだ】
【Aeroexpress 導入に伴い空港へのアクセスが非常に便利になったことを伝えるニュースクリップ(英語)】
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