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研究の眼
2012年9月11日掲載

O2Oをどう理解するか?
〜スマートフォンをきっかけにした新たな購買体験の始まりという視点から

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スマートフォンの登場と急速な普及によって、実店舗でのモノやサービスの消費に変化が生じ始めている。ネット(オンライン)利用のツールであるスマートフォンが実店舗(オフライン)での消費に影響を与えていることから、この動きは最近O2O(Online to Offline)という言葉で表現されている。このO2Oについて、IT感度の高い店舗経営者の方々は、スマートフォン利用者をターゲットとした新たな集客のチャンスとして捉えられていることだろう。その捉え方について、決して間違いとは言わないが、それはあくまでも今後スマートフォンが人々の購買行動に与える影響の一側面にすぎないと私は考える。私はむしろ、情報入手を「いつでも、どこでも、誰でも」可能にしたスマートフォンというツールによって、オンラインとオフラインの垣根を越えた新たな購買体験が登場しつつあると感じている。

オンラインからオフラインへ

確かにスマートフォンはその機能特性から実店舗への送客という観点で消費者に新たな利便性を提供している。典型的な例としてはスマートフォンでのクーポン利用があげられる。これまではクーポンを利用する際には事前にパソコンで場所等を調べた上、プリントアウトし持参する必要があった。これがスマートフォンであれば、クーポン事業者が提供する無料アプリを利用することで、外出先からでもGPS等の位置情報を活用し、近隣のクーポン発行店舗がリストアップされ、プリントアウトする必要もなく、すぐにクーポンのメリットが享受可能となった。さらに、店舗までの道順もスマートフォンが提供する位置情報と地図機能により、全く初めての場所においても迷うことなくお目当ての店までたどり着くことができる。

他にもスマートフォン特有の機能を利用した実店舗への誘引事例も見られ始めている。アメリカではShopkickというスマートフォンを利用して共通ポイントを提供するサービスが注目を集めている。これはスマートフォンにアプリをインストールしておくことで、入店するだけで店舗に設置された特殊な装置が発信する不可聴音をスマートフォンが感知し、Kickbuckという共通ポイントが付与される仕組みとなっている。このアプリは利用の手軽さから全米7000店舗で300万人が利用しているという。

【参考動画】Shopkickサービス紹介

オフラインからオンラインへ

スマートフォンは人々にいつでもどこでもクーポン情報入手やポイントプログラムの利用を可能にしたことで、店舗誘引のきっかけを与えていると同時に、その各種情報へのアクセスのしやすさから実店舗に非常に厳しい現実を突きつけることになった。Nielsen社の調査※によるとスマートフォン利用者が実店舗において、スマートフォンを使い他店との価格比較を行った経験がある人の割合は89%に上ると発表した。つまり、消費者がスマートフォンで価格情報を店舗内からも簡単に入手できるようになったことで、実店舗はオンラインとオフラインをまたがったこれまで以上に厳しい価格競争にさらされることになった。現実問題として、これまで品揃えの豊富さを強みとした大型量販店などでは、消費者が品定めのため実物を見て触って、さらに店員のアドバイスを受け、ようやく購入の意思決定をした後に、スマートフォンで同製品の価格情報を価格比較サイトで調べ、そのまま価格の安い他のオンライン店舗に結果的に逃げられてしまうという事象が発生している。これらの実店舗は、目の前にいる購入を決心した消費者でさえ、ただのひやかしとなる「ショールーム化」と呼ばれる問題に直面している。

さらに、スマートフォンは実店舗にさらなる価格競争をもたらしただけでなく、消費者がこれまで実店舗での購入を当然としていたモノでさえ、ネットでの購入に移行させるきっかけを与えている。有名な例では韓国でTESCOが行ったバーチャルストアのキャンペーンがあげられる。TESCOはソウル市内の地下鉄の構内壁面をスーパーマーケットに模して、食料品等の写真を掲示した。それら各商品の横にはバーコードが掲示されており、それをスマートフォンで読み取ることで、TESCOが提供するオンラインスーパー部門での購入を可能にし、消費者が帰宅後に商品を受け取れる仕組みを提供した。TESCOはスマートフォンによる隙間時間の有効活用という付加価値を提供することで、同社のオンライン部門の新規利用者数を76%、オンラインセールスは130%それぞれ増加させることに成功した。同社は、実店舗以外のオフラインの場所での存在感とスマートフォンのバーコード読取り機能を効果的に組み合わせ、消費者をオンラインに誘導したことで、これまでのスーパーマーケット業界において競争優位性を保つ絶対条件であった店舗数とフロア面積という指標を超越し、業界のゲームのルールを変えることに成功した。

※Nielsen Smartphone Analytics and Mobile Connected Device Report

【参考動画】TESCO地下鉄内バーチャルストア

これはオンライン?それともオフライン?

上記にてオンライン情報を基点にした実店舗への消費者の動き、そして現実世界をきっかけとしたオンライン店舗へ向かう購買動線を述べた。さらに、一部のスマートフォンを利用した購買プロセスでは、その活動がそもそもオンラインなのか、それともオフラインなのか区別することさえできない事例が発生している。

Appleが提供するiPhone用アプリにApple Storeというアプリがある。このアプリは単にiPhone上でApple製品の商品説明を見たり、オンライン購入をしたりすることを可能にするだけでなく、オフラインである直営店での利用が想定されている。具体的にはユーザがオフライン店舗である直営店にいる状況で、商品について店員からサポートを受けたいと思えば、自分が所有するiPhoneでこのアプリから店員を呼び出し、説明を受けることができる。そして、直営店で気に入った商品の購入を決心した場合、店に商品代金を支払う代わりに、アプリが持つバーコード読み取り機能を利用し、既にオンライン上に持っているiTunesアカウントで支払いをすることができる。こうして結果的にオンライン上で決済したにも関わらず、商品そのものは今まさに居るオフラインである直営店で手渡しされ、持ち帰ることができる。つまり消費者はiPhoneとこのアプリによって、商品認知から購入までの過程において、オンラインとオフラインを意識することなく行き来していることになる。

【図】iPhoneアプリApple Store スクリーンキャプチャ画像
iPhoneアプリApple Store スクリーンキャプチャ画像
出展:http://itunes.apple.com/jp/app/apple-store/id375380948?mt=8

新たな市場環境ともうひとつの「P」

今後、さらなるスマートフォンの普及と使いやすいアプリの登場で、消費者が商品購入までに至る過程で無意識のうちにオンラインとオフラインを縦横無尽に行き来することがさらに活発になることは容易に推測される。さらに、スマートフォンを利用した決済が普及し、お金を払うという購買行動そのものが、オンラインでなされたものなのか、オフラインでなされたものなのかという線引きさえ不可能かつ無意味になるのではと予測する。これらのスマートフォンがもたらす市場環境の変化は店舗側からすれば、事業継続において新たな課題を提起し続けることになるだろう。しかし、片や消費者側の立場として見れば、スマートフォンという掌におさまるツール一つのお蔭で、新たな購買体験とより合理的な消費生活の恩恵を受ける可能性が確実に広がっている。

マーケティングの定石ではProduct(製品)、Price(価格)、Promotion(プロモーション)、Place(流通)の4つのPについて戦略を組み合わせる必要がある。私はスマートフォンがもたらすオンラインとオフラインが融合する新たな市場環境においては、これら4つのPに加え、消費者が商品・サービスを購入に至るまでに経験する購買プロセス(Process)を、もう一つの「P」として、マーケティングミックスの構成要素として考慮することが必然になるのではと考える。

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