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研究の眼
2013年1月16日掲載

市場の変化に直面する通信キャリアのアプリストア

マーケティング・ソリューション研究グループ 深澤 香代子
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2012年は世界の通信キャリアがアプリストア戦略を大きく変更した年である。テレフォニカ、ボーダフォン、ベライゾンは欧米における自社アプリストアの撤退を表明した。撤退の理由はそれぞれであるが、いずれにしてもHTML5技術の普及に伴うアプリ開発環境の変化、アマゾンなど異業種からのアプリストアへの新規参入が容易になってきているといった背景からアプリストア市場を取り巻く構造が大きく変化しているようである。

撤退が進む通信キャリアのアプリストア

2012年10月に米国トップの通信キャリアであるベライゾンが2010年3月に立ち上げたアプリストを2013年春までに完全に撤退することを表明した。撤退の理由については、「利用者と開発者の双方がかつてないほどに連携しあうことができるという全く新しい技術的状況にあり、今までの経験を活かし、将来のニーズに応えるために戦略を進化させつつある。」と開発者向けサイトで公表している。ベライゾン以外に主要な通信キャリアがアプリストアの撤退を表明している。2012年4月にテレフォニカがアプリストア撤退を表明、英国を拠点にグローバルに通信サービスを展開する提供するボーダフォンも2012年9月にアンドロイド向けの「AppSelect」 というアプリストアを終了することを表明した。ボーダフォンのAppSelectは2011年10月にリニューアルされたばかりで、たった一年足らずで終了となった。ボーダフォンは撤退にあたり、「利用者にはボーダフォンが提供するもの以上の選択できる状況である」と語っており、アマゾンが欧州でアンドロイド向けアプリストアを提供するなど多様なアプリストアの登場も撤退の動機となっているようだ。テレフォニカのスポークスマンも、「通信キャリアのアプリストアはアプリ市場が進みたい方向性に合わないと思う」と語っており、通信キャリア専従のアプリストア市場が変わりつつある。主要通信キャリアのアプリストア戦略転換の背景を分析する。

端末市場の約1/3を占めるiOSの存在

iPhoneの普及により、通信キャリアは端末やOS毎にアプリストアの提供方法を変えなければいけない状況となっている。iPhoneやiPadで通信キャリアのアプリストアの提供が困難であることが、通信キャリアのアプリストアの撤退の理由のひとつでもある。日本をはじめとする先進国では、アップルの端末はスマートフォン市場で約20%〜30%(約三分の一)を占めている。 日本におけるアプリ市場動向からでも、 iPhoneやiPad人気の影響で、通信キャリアのアプリストアへの取り組みは大きく変化をしている。 

2011年秋にiPhoneを販売したauは、2012年の春にauスマートパス構想を打ち出ている。au スマートパスは、月額399円でアプリを取り放題というサービスで、2012年の冬までにうたパス、ビデオパス、ブックパスという音楽、動画、書籍といったデジタルコンテンツもau IDでまとめて利用できるサービスを提供している。ソフトバンクも2012年10月にYahoo!プレミアムいうインターネットポータルサービスを有料化しつつ、ソフトバンクモバイルと連携を図ることを打ち出してきている。 auもソフトバンクも iPhoneやiPadを提供しているため、 iPhone上で自社のアプリストアを立ち上げることができない事情がある。auスマートパスも、iPhone利用者にはアプリストアというよりウェブサービスで利用できる形態でサービスを提供する。アンドロイド端末の利用者と比較すると、利用できるアプリも限定されている。iPhoneが主力商品であるソフトバンクも当初から自社のアプリストアを持っていない。膨大なアプリから利用者に最適なアプリをお薦めするといったアプリのナビゲーションをするという位置づけでのサービス提供となっている。auのスマートパス構想は、au IDを利用することで、iPhoneにおけるアプリストアの制約をある程度と回避しているといえる。ソフトバンクも同様にYahoo!プレミアムとID連携することで、ソフトバンクモバイルの利用者がYahoo!が持つ多種のアプリやデジタルコンテンツをウェブサービスとして利用できるようになる。auがアプリを含めたデジタルコンテンツとマルチデバイスを結び付ける密なID連携で、ソフトバンクがポータル同士の緩やかなID連携という仕組みの違いはあるようだが、アプリストアに固執するのではなく、むしろアプリストアを超えるデバイスとデジタルコンテンツとの連携に向けて戦略をシフトしつつある。

図表1

アマゾン社やベストバイ社など小売り事業者のアプリストアの参入

書籍やさまざまな商品をネット販売するアマゾンは、デジタルコンテンツを販売するためのアプリストアを2011年3月に米国で提供を始めた。その後、2012年8月から英国、ドイツ、フランス、イタリア、スペインでサービスを展開、日本では2012年10月にサービスが提供された。 

アマゾンをライバル視する米国大手小売事業者ベストバイも、2011年11月にアプリ・ディスカバリーサービスを提供した。ベストバイの「App Discovery Center」(※1)はアプリの販売は行っておらず、モバイルアプリの情報提供を行うサイトである。アプリストアではないが、このようにアプリと利用者との接点(アップディスカバリー)を支援する機能やサービスも増えてきている。ベストバイはサイトの立ち上げ際して、アプリのキュレーション機能やパーソナライズ機能をサービスとして提供するAppolicious社と提携している。ベストバイの狙いは、本業はスマートフォンやタブレットなどデジタル機器を販売であるが、ベストバイで購入したスマートフォンやタブレット端末の購入後の使用感や満足感を得るための顧客とのリレーションシップ強化である。ローカルなリアル店舗を全米に有するベストバイは、アプリでもローカル店舗に人気のあるアプリを紹介したりするなど、ベストバイならではの地域密着や顧客密着型のアプリストアのフロントエンドサービスを提供している。

*1 2013年1月現在、サイトはアクセス不可となっている。

今後の通信キャリアのアプリストアはどうなるのか?

携帯端末のおよそ三分の一を占めるiPhoneやiPadにおいて、通信キャリアがアプリストアを提供することは困難である。また、アンドロイドOS向けのアプリストアは通信キャリアだけでなく、アマゾンやベストバイなど小売り事業者など異業種からの参入も増えている。このことが主要な通信キャリアのアプリストアの撤退という動きに結びついていると考える。アプリストア市場も膨大なアプリを集約してアプリストアに供給するアプリの卸売業者となるマーケットプレイスというプレーヤーが急成長している。また、ベストバイと協業したAppoliciousのように、膨大なアプリから必要なアプリを効率よく見つけ出すようなキュレーションやパーソナライズ機能を提供する事業者も登場してきており、このような機能はストアフロントとして重要になりつつある。アプリの卸業やキュレーションなどストアフロントのサービス事業者などアプリ流通における機能の専業化という市場構造の変化も、多様な利用者ニーズに応えることができるアプリストアを多く登場させる要因となっている。従来型の通信キャリアのアプリストアでは利用者のニーズに応えることが難しくなっているのだ。

最後に、このような市場の変化に対応した通信キャリアとして、テレフォニカの取り組みを紹介する。テレフォニカはBlueViaという開発者支援のポータルを運営する子会社通じて、テレフォニカネットワークの機能、たとえばキャリア決済APIなどを利用できる環境を提供している。BlueViaを利用して開発されたアプリは、Google Playなどのさまざまなアプリストアで提供され、利用者は自由に利用できるようになる。テレフォニカにとっては幅広い端末に対応でき、さらにアプリを介して顧客と接点を持つことができる。このような通信キャリアによる「ストア・イン・ストア」となるアプリは、今後も主流となっていくと思われる。一方で、テレフォニカはHTML5を活用したウェブOSベース(Firefox OS)の通信キャリア主導のスマートフォン端末の開発にも取り組んでいる。iOSやアンドロイド、ウィンドウズといったモバイル端末のOSがシェアを争う中で、通信キャリアが主導するOS(端末も含めて)が利用者と端末ベンダーとアプリ開発者の支持を獲得してどのくらいの市場シェアを占めるのかは興味深い。アプリストアからの撤退を表明した通信キャリアの今後の動向については注視していきたい。

「ストア・イン・ストア」アプリと通信キャリア主導のスマートフォン端末の2つの取り組み

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