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研究の眼
2014年9月17日掲載

期待が高まる農業分野でのICT利用

(株)情報通信総合研究所
情報サービスビジネスグループ
研究員 古川恵美

成長が期待される農業とそれを支えるICT

2013年6月の安倍政権の成長戦略では、2020年に農林水産物の輸出額を1兆円規模にするという方針が打ち出され、農業は新たな成長戦略の一分野として注目されることになった。ICTの利用はその成長を可能にするものとして期待が高まっている。期待の大きさは、農業ICT市場の予測にも表れており、シードプランニングによると2020年には同市場は580億円〜600億円と2013年に比べて約9倍になるとされている。

農業でのICT利用とは?

農業分野でのICT利用は、これまでは経営面、特に税務申告などの初歩的利用にとどまっていた。それが、生産工程、流通・販売行程を支援するソリューションとして広がりつつある。その中でも最近は、生産工程を支援するものに注目が集まっている。本稿では、この生産工程を支援するソリューションの取組みから農業ICT化の現状と課題を整理することにする。

生産工程を支援するソリューションとはどのようなものだろうか。現在提供されているものはいくつかあり、例えば(1)センサーで圃場の環境情報をモニタリングするもの、(2)栽培実績等の数値を適切に利用しながら生産管理をするもの、あるいは(3)計画や実績を共有するもの、(4)蓄積された各種栽培データからコスト等を導き出してくれるものがある。これらの情報はクラウド上に蓄積されることによって次回の生産に向けて利用することができ、生産性を改善する一助になる。また蓄積された情報を栽培指導に応用する機能を提供するソリューションもある。単なる生産工程の支援からそこで蓄えられた情報で栽培指導もできるようになる。これらのソリューションはクラウドサービスで提供され、農業クラウドと総称されている。

(表)主な農業クラウドサービスとその機能

(表)主な農業クラウドサービスとその機能""

(出所:各社HPから情報通信総合研究所作成)

農業クラウドが注目される背景には、現代の日本農業に山積みされた課題とその一方で成長戦略に取り上げられるほどの可能性があるためである。その課題を解決し、可能性を実現するための手段を提供するのが農業クラウドである。それではその課題とは具体的にどのようなものであろうか。ポイントは農業従事者の高齢化にある。高齢化が進んでいる≒若い世代の農業従事者が減少しているということであり、そのため次の世代への農業技術の継承等が課題になっている。また農業を成長産業にするためには収益性や生産性を上げることも課題である。これらの解決を図っていくことが農業クラウドを提供する背景にあると考えられる。

(写真)農業向けモニタリングサービス「MS4A版」(株式会社構造計画研究所)

(写真)農業向けモニタリングサービス「MS4A版」(株式会社構造計画研究所)

(「農業ビジネスソリューション展」にて撮影(2014/6/18〜20開催))

農業クラウドとしてのソリューションは、富士通やNEC、日立といった大手ソリューションベンダーを中心に2012年ごろから本格的に提供されてきている。(表1参照)加えて、クボタなどの農機・農業機器メーカ、NTTファシリティーズ等の異業種からも参入している。各社の特徴は様々である。例えば、富士通は生産管理だけでなく、経営管理、販売管理等と一体で行なうことのできる食・農クラウド「Akisai」を提供している。販売対象も営農者だけでなく、食品加工会社・卸・小売り・外食産業と幅広い。ソリューションを提供するだけでなく、Akisaiの検証・実践の場として露地栽培と施設栽培の農場を自らも運営している。クボタは稲作を対象にしたクラウドサービス「KSAS」を提供しており、自社の農機と組み合わせたサービスを展開していることが特徴だ。コンバイン等の農機にセンサーを搭載し、農機に関する情報や収穫したコメに関する情報(収穫量、たんぱく質と水分の含有率)を収集できる。また、NTTファシリティーズは農業施設用のモニタリングサービス「agRemoni(アグリモニ)」を提供している。建物管理やエネルギーの見える化で培ったモニタリング技術を農業に応用している。

このほか、国は低コストの生産技術を確立することやICTを活用した効率的な生産体制を構築することを目的にした実証事業等に対して、支援を行なっている。農業クラウドに関しては、トヨタ、IHI、コンピュータシステム等の事業が採択されている(情報を公開している7主体のうち3主体が農業クラウドへの取組みである)。例えば、トヨタは米生産農業法人向けに「豊作計画」を開発し、作業の効率化、品質向上に向けた実証実験を行なっている。「豊作計画」は自動車事業で培った生産管理手法や工程改善ノウハウを農業に応用して、農作業の計画を自動作成したり、進捗管理ができるほか、作業データとそこから得られた収量や品質のデータを蓄積・分析して、低コストでおいしい米づくりに活用できる仕組みである。

農業クラウド導入のメリットは、農業経営に関する技術ノウハウ・経験の蓄積が少ない新規就農者にあると考えられる。経験の少ない若い就農者でも農業クラウドを利用することで従来よりも短期間で技術を習得して生産性を上げられることが期待できる。2009年に農地法が改正されてから農業経営に参入する企業が増えているのもこのような農業クラウドを代表とするICT利用による参入障壁の克服が可能だという見込みがあることが影響していると考えらえる。

また、農業クラウドは初期費用が低く抑えられることも特徴だ。従来のシステムではサーバやソフトウェアへの初期投資が必要であったが、クラウドサービスであればそれらの初期投資は必要なく、小さく始めることができる。必要に応じて拡大縮小の自由度が従来よりも大きくなったと言え、導入のハードルは下がっている。

成功事例を積み上げることで普及につながる

農業クラウドの導入によって営農者はすべての面ですぐに効果を享受できるわけではない。導入初期にはデータの蓄積に時間がかかる。データ蓄積という息の長い取り組みが必要であるが、データの蓄積により生産工程の改善点が明確になりそれを改良することにより次の生産に生かしていく。このようなPDCAサイクルを繰り返すことで導入効果を得ることができる。またこのようなデータの蓄積がクラウド上で共有されれば、新しく農業に従事しようとする人もその情報を活用し、容易に農業に参入できる道を開くことになる。NEC(※1)や富士通(※2)のサイトには、「(栽培原価が見える化されたことで)肥料コストを約30%削減した」、「単位面積あたりの売上が1.3倍になった」、「蓄積されたデータの分析によって良い結果を生む傾向を把握して、営農指導に役立てることができる」というように生産性向上や人材育成に効果があった成功事例が紹介されている。今後、農業クラウド等ICT利用の成功事例が増えてくれば、その普及は着実に進んでいくと考えられる。

※1 http://jpn.nec.com/solution/agri/casestudies.html

※2 http://jp.fujitsu.com/solutions/cloud/agri/akisai-fest/

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