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捜査当局による通信の傍受
〜米国の場合、FBIが通信事業者の
合併にも強い発言権〜
(2000.9)

■外国企業による米国通信事業者の買収にFBIが強く関与
 NTTコミュニケーションズによる米国のインターネット企業Verio社の買収をやっと大統領が承認すると発表された。大統領報道官の声明によれば、「(財務長官をヘッドし、関係省庁/有識者で組織された)『外国からの投資審査委員会』(CFIUS)が支障ないと結論したので大統領が近く承認する」ということになっている。承認が大幅に遅れたため、NTTコミュニケーションズは株式の公開買付の期限を再三にわたり延長せざるをえない事態に追いこまれていた。

 しかし、8月24日付のウォールストリート・ジャーナルにはこの間の裏の事情を活写した興味深い記事がのっている。FBIによる懸念の表明である。そのおかげで本件も承認が数か月遅れたとある。

 通信事業者間の買収は形の上では、主管庁であるFCC(連邦通信委員会)が認可する建前である。すなわち、1934年通信法第214条(「線路の延長」)(a)項は、「通信事業者が線路を新設または延長するか、もしくはこれらの線路を運用するには、それが公益上必要である旨のFCCの認定書(certificate)を取得しなければならない」と規定している。しかし、同条(b)項には、「FCCは事業者から申請をうけたのち、直ちに国防省、国務省および関係州知事にその旨を通知しなければならない」と規定されている。

 「グローバルな電話会社の合併等の取引に新たな詮索人---FBI」と題する前述のウォールストリート・ジャーナルの記事によれば、FBIはCFIUSでも主役を占め、外国企業による米国の通信事業者の買収が、米国の捜査当局による麻薬/テロリスト等の犯罪捜査のための通信傍受への非協力を招き、さらには外国政府や外国企業による米国企業活動への諜報に悪用される恐れを強く懸念しているという。

■米国での通信傍受制度と暗号の制限
 米国では第二次大戦以後も、国家の安全の確保、凶悪犯罪の防止等を理由として、捜査当局等による通信の傍受がひろく行われている風土がある。原則は裁判所の令状が要件とされているが、実態はもっと簡略化された手続で行われている模様である。

 最近、通信のデジタル化、移動通信の目覚しい発展、強力な暗号の普及等の事情に加え、かっては大半の通信が旧AT&Tベル・システム一本で行われていたのに対して数多くの競争事業者が市場に参入してきたため、捜査当局と通信事業者間の連携もギクシャクし、技術的にはなんとか傍受しても解読不可能などの事態が大幅に増えている。こうした事態についてFBIは議会の公聴会等でもことあるごとに窮状を訴えている。

 こうした背景にたって、1994年には「捜査当局による通信傍受の援助法」(Communications Assistance for Law Enforcement Act)が制定された。この法律は、有線、セルラー/PCSの通信事業者に対し、国庫が必要な費用を負担する前提で、捜査当局の要望に応じられるよう通信設備の改造や付加を義務づけるもので、FCCに技術基準等の制定の責務を負わせ、事業者には1998年10月までに改造工事を完了するように命じていた。インターネット関連やeメールの通信については、当面対象外とされているが、今後FCCが規則で対象とする可能性もある。

 CALEA法第103条が事業者に課している義務は次のとおりである。

  1. 裁判所の令状等の法的に正当な手続により要請をうけた場合、速やかに当該通信を他の通信から分離抜き出し(isolate)、当局が有線および電磁波の通信を傍受できるようにすること
  2. 事業者が通常利用する呼の識別情報(訳注;発着信者の識別、場所等)に対する当局のアクセスの提供
  3. 傍受される通信とその呼の識別情報を捜査当局に送付通知すること

 傍受の技術基準については、当局と事業者、製造企業等が数多くの協議を行い、既に電気通信事業者協会(TIA)が有線、セルラー/PCSについての暫定標準(J-STD-025)を制定済みで、FCCの新たな措置は不要であるとしているが、当局側は日進月歩のデジタル/暗号技術の進歩に対応するため、要望を次々にエスカレートさせており、事業者もこれ以上は巨額の国庫補助なしでは難しいとして、対立している。FCCも苦慮し、とりあえず「1998年10月まで」という期限を二年間延伸している。

 FBIは近時、麻薬/テロリスト・グループは強力な暗号を使用し、解読が困難化しているとして暗号の問題についてはことに懸念しており、米国の暗号技術のうち一定限度を超える強力なものの輸出を制限することを強く求めたり、米国内でも強力な暗号の場合には暗号キーを政府認定の第三者機関に預託を義務づけ、当局が裏口からそのキーを利用して本人に感知されずに解読できる方式(management key方式)を強制しようとしている。

■外国企業の米国進出にFBIの厳しいチェック
 前述のウォールストリート・ジャーナル記事によれば、外国企業の米国への進出でFBIが関与した例としては、カナダの衛星電話事業者であるTMIコミュニケーションズ社(BCE系列)が自社のサービスを米国の顧客に販売しようとしたケースがまずあげられている。同社は1998年3月にFCCに認可申請を出したが、当初はFBIが関与してくるとは考えもしなかったという。FBIはすべての通話接続活動が米国外で行われたのでは傍受ができなくなることを懸念し、ほぼ一年後1999年4月に、FBIが申請をブロックするという正式通告を出した。結局、カナダ首相と米国大統領の会談の議題にまであがり、米国トラヒックのすべてを統括する特別の交換局を米国内(ニュー・イングランド)にわざわざ新設して折り合ったという。

 同紙によれば、BTが米国のMCIの買収を企図したとき(結局、ワールドコムがMCIを買収)にも、英国政府が米国政府や米国企業の諜報活動にBTを利用するのではないかとの懸念がFBIから表明されたという。もっともBT自体が、既に数年間にわたり英国の地方都市にある米国安全保証当局の電子通信傍受センターのために大容量ケーブルを敷設してきたし、MCIも米国国防省から20件以上もの契約を保持していた事情もあるようである。FCCからも両社に捜査国防当局の合意なしでは合併のFCCとしての認可は与えられないとの内意を示され、大戦以来米国軍用通信センターとして機能してきたノースカロライナのMCIセンターは海外に持出さないとか、傍受には米国人以外は充てないなどをめぐり、5カ月余にわたり交渉が展開されたという。

 NTTコミュニケーションズのVerio買収は落着しそうであるが、次ぎの案件は独テレコム(DT)による米国のVoiceStream社の買収であろう。DTの政府保有比率はNTTの場合よりも高く、買収される企業の規模も数段大きい。

 米国議会では民主党議員を中心に外資による米国通信事業者の取得をすくなくとも一時的には禁止する法案が提案されている。WTOを通じて他国の通信市場の開放や外資制限を協力に推進してきた米国は、NTTの外資制限の撤廃も強く求めてきた経緯がある。たとえ国防や犯罪捜査を大義名分とするにしても、自国が買収される場合は厳しくNOでは、態度が一貫せず、ジレンマであろう。米国にも一部議員や有識者に上記法案に対する反対意見があるのも理解できよう。

(特別顧問 木村 寛治)
e-mail:編集部宛>nl@icr.co.jp

(入稿:2000.9)

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