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2001年10月掲載

元・子会社に吸収されるか、AT&Tの惨めな末路
−致命的な三度の経営判断ミスがAT&Tに弔鐘をもたらす−
−元気な地域会社の背景−

 9月末に、AT&Tが元・子会社だったベル系地域電話会社のベル・サウスに、「対等合併」をもちかけたとの報道が流れた。アナリストのなかには、厳しい競争に伴う料金値下げやCATV戦略の大失敗等で株価が大幅に下がり、経営危機が囁かれているAT&Tの時価総額が急減している今日、一方で守りの経営に徹し堅実な経営で業績の安定しているベル・サウスと「対等合併だ」などというのは、「AT&Tはとてつもなく楽観的すぎ、身のほど知らずだ」という批判さえ出ている。

 まさに子供に「自分を引き取ってくれ。しかも親として大切に扱え。」と頼むような、信じられない事態である。かっての光輝ある通信王国「ベル・システム」の中核AT&Tがどうしてここまで落ちぶれてしまったのか。

■元・子会社のベル・サウスに合併を懇請

 まず関連報道を見てみよう。9月27日のAPは、大要次のように報じている。

  • AT&Tは、ベル・サウスと合併の可能性について話合いを行っていることがこの交渉
     に近い筋から明らかになった。実現すれば1984年にベル・システムの分割で政府に強 制されAT&Tから分離されたベル系地域電話会社の一つと再び一体化することとなる。
  • この取引は、AT&TがそのCATV事業である「AT&T Broadband(広帯域)部門」を他社に売却したのちに残る「消費者部門」と「企業部門」だけを対象としている。ベル・サウス以外の他のベル系地域電話会社(複数)にも同様な交渉の働きかけをしているという。
  • AT&TのArmstrong会長は「AT&Tのオファーは『対等の合併』であり、来月にも実 現する可能性がある」としているという。
  • この合併は両者にとって大変有益である。すなわち、ベル・サウスは一躍全国レベル での長距離通信事業者になれるし、AT&Tも当面は(ベル・サウスの営業区域の)米国東南部に限られるにせよ念願の地域電話サービスに参画できるからである。
  • 広帯域部門を売却したのちのAT&Tの時価総額は、780億ドルのベル・サウスの半分程 度に過ぎない。一部のアナリストは、「『対等の合併』とは笑わせる。AT&Tはとてつもなく楽観的すぎる」としている。

 また、同日付のCNETの報道は次のとおりである。

  • こうした合併は光輝あるAT&Tの弔鐘ともいえるものである。ケーブル事業に多額の資金をつぎ込み、その負債の重圧からAT&Tはバラバラに分解に向かっている。
  • 合併が実現すれば、ベル・サウスが存続会社となり、AT&TのArmstrong会長は引退し、Dorman AT&T社長が存続会社で重要な使命を帯びよう。
  • もちろん現在までのところAT&Tもベル・サウスもともに正式にはコメントを拒否している。

■実現までには紆余曲折

 今回の合併話が実際に実現するまでには、今後さらに長い時間がかかろう。

 その理由のひとつは、規制や法の枠組の問題である。
すなわち、1984年のAT&T分割以来、ベル系地域電話会社は長距離通信(LATA間通信)事業への進出を厳しく禁止され、1996年電気通信法によりやっと、その市内事業をライバル事業者にも門戸開放したと州当局とFCCが認定した場合に限り、長距離通信事業への進出が認められる枠組ができた。

 市内網のライバルへの開放については14項目にもわたる厳しいチェック項目が法で定められており、これまでにベル系地域電話会社が提出した認可申請でもその大半は「開放条件の未達成」として却下され、Verizonがニューヨーク、コネチカット、マサチューセッツ、ペンシルバニアの各州、SBCがイリノイ、テキサス州等でわずかに認可されたにとどまっている。

 今回の合併を認めれば、ベル・サウスは一夜にして一躍全国レベルでの長距離通信事業者になってしまうので、1996年電気通信法の建前が骨抜きとなってしまう。現に、これまでにも、ベル・サウスは長距離通信事業に関心をもち、1999年に長距離通信事業者のスプリントの買収に動いたが、FCCがこうした合併組合せは認めないことが明らかになり、断念した経緯がある。

 ただ、「しかし1996年電気通信法制定当時とは時代が変わった。現在のFCCは共和党主導で、クリントン政権当時よりも企業統合に理解がある。現在のように電気通信産業が低迷し、経営危機に瀕している事業者が多発している時機にはなおさらである。」とする見方も出ている。

 この合併が難しいのではというもうひとつの根拠は、ベル・サウスは堅実経営を旨とし、地域通信事業を基盤として安定した業績を誇っているのに対し、長距離通信事業を主軸とするAT&Tは最近売上高を急激に減らし、昨年10月に大幅なリストラ案を提示するなど、その将来に不安が表面化しつつあるからである。

■AT&Tの三度にわたる経営戦略の失敗

 今日のAT&Tの苦境を招いた遠因として、大事な節目での三度にわたる経営戦略策定上の誤りが指摘できよう。

第一の誤り: 1984年のAT&T分割での対処;

 研究開発・機器製造/長距離通信の垂直一貫体制の維持と情報処理への進出にこだわり、代わりに地域電話会社を手放したこと

 かっての「ベル・システム」は都市部主体に米国の電話の8割を支配し、長距離通信はほぼ独占していた。AT&Tが親会社で、100%子会社として通信機器メーカーのWestern Electric社をもち、両社がそれぞれ50%ずつ所有する天下のベル研究所を抱えていた。AT&Tは、長距離通信は自身のLong Lines Departmentが運営する一方、地域通信は24の市内運営電話会社(Operating Companies。うち2社を除き、すべて100%子会社)に任せていた。研究開発、機器製造、電話事業運営といわゆる一貫した垂直統合で、グループ外には機器の販売を制限する等の独禁法問題が浮上し、連邦政府司法省が独禁法訴訟を提起し、長い期間争われた。

 1984年に司法省とAT&Tの間に和解(同意審決)が成立し、AT&Tは地域電話会社と絶縁し、長距離通信事業に専念することとなった。司法省はむしろ機器製造のWestern Electric社を分離し、その製造する機器をライバル事業者が自由に購入できるようにすることを狙ったが、AT&Tは研究開発、機器製造部門の継続保有を最後まで譲らなかった。AT&Tはまた、IBM等の情報機器の進展に目をつけ、それまで禁じられていた情報処理の権能を和解の代償として認められ、NCRを買収して、IBMの向こうをはってこの分野にも華々しく登場した。このAT&Tの二つの判断がそもそもの遠因となっているのではないか。

第二の誤り: 1995年の自主的三分割

 1984のこの「AT&T分割」で、傘下の地域電話会社はAT&Tとは資本関係、人的交流を禁じられた、7つの地域持株会社(ベル系地域電話会社Bell Atlantic, Nynex, Ameritech, Bell South, Southwestern Bell, US West,Pactel。今日では、Bell Atlantic, NynexがVerizon、Ameritech, Southwestern Bell ,PactelがSBC、US WestがQwest、およびBell Southの4社に統合、再編されている。)として再編成された。AT&TはLATA(全米を約500に分割した区域)をまたがる長距離通信事業と国際事業、ベル系地域電話会社はLATA内の近距離市外通信および市内通信事業との厳格な区分けが行われた。

 この区分がその後の米国の通信事業全体の発展に大きな足かせとなったことは、1996年電気通信法制定までの長期間の醜い争いを見ても理解できよう。グローバル時代を迎え、ワンストップ・ショッピングに象徴されるように、各事業者が市内、長距離、国際の一貫サービスを目指すにつれ、毎年のように地域事業者と長距離通信事業者の利益が衝突してきた。旧ベル・システムでも、元・親会社のAT&Tと元・子会社のベル系地域電話会社が血を血で争う醜い争いを展開してきた。このため米国事業者の国際競争力の強化を目指すいくつもの前向きな法案が葬られた。妥協の産物である1996年電気通信法が制定されるまでには数年を要した。

 AT&T自身にとっても、まず情報事業の核として高値で買収し社名まで変えていたNCRの業績がIBM等ライバルとの競争で思うにまかせず、重荷となってきた。せっかく温存した製造部門も、今やライバルと化した旧ベル系地域電話会社がAT&T傘下のLucent Technologies(旧Western Electric)社からの買付を拒否し、カナダのNortelなど海外メーカーの顧客となってしまった。Lucentの業績も一段と悪化した。

 こうしたジレンマの打開策として、AT&T分割の際企画担当として中心的な役割を果たし、その後に会長となったアレン氏の率いるAT&Tは1995年9月、今度は自発的な三分割案を発表した。AT&Tは長距離通信事業に専心し、業績不振のNCRを元の社名に戻し分離放出するほか、製造部門のLucent Technologiesとも資本関係を絶つこととなった。1984年の分割時に死守した製造部門を手放なさざるをえなくなったことは、なんとも皮肉である。インターネットなどの新興分野への手当てがないままに、競争激化で業績が下降に向った長距離通信事業だけにAT&Tの役割を絞り込んだことが、今日の苦境の直接の引きがねとなったといえよう。

第三の誤り: CATVを核とした地域通信市場への進出の戦略

 長距離通信事業だけに絞り込まれた新AT&Tには、アレン会長に代わり、初めて外部から立直しのため現アームストロング会長が乗り込んだ。同会長は直ちに、CATVインフラをTele-Communications社等から10兆円ちかくを投じて買収し、これを利用して市内加入者回線の機能をもたせ、ベル系地域電話会社にアクセス・チャージを支払わずに自前の市内インフラに育て、さらには折から急に増大してきたインターネット通信のインフラとしても活用するというビジョンを実行に移した。しかし、買収したCATV設備が老朽のものが多いうえ、双方向通信むけに改良する技術の開発とその巨大なコストで行き詰まった。

 CATV買収の巨額負債の利払いに加え、本業の長距離通信もライバルとの激しい料金値下げ競争で目に見えて業績が下降し、株価も急下落した。残された唯一の成長部門である携帯電話部門の設備投資資金の確保にも困難をきたすような事態になった。2000年10月、会長はリストラ策としてまたも四分割案を提示した。すなわち、事業を、(1)携帯電話、(2)CATV/広帯域、(3)消費者むけサービス、(4)ビジネス事業、の四グループに分け、それぞれが独自の会社として運営し、株式等を上場するというのである。まず、それまでの経営改革の目玉だったCATV部門を売りに出す事態となった。「ビジネス事業グループが親会社的な機能をもち、4グループがシーナジー効果をはかっていく」という建前がうたわれているが、形だけで苦しい言訳と見られている。

 アームストロング会長は就任以来、「市内/長距離/国際を一貫したall distance company」を標榜し、CATVインフラをその中核とするビジョンに固執していたが、このリストラ案はビジョンの失敗を認めるものであり、まさに苦し紛れの苦肉の策といわざるをえない。

■堅実経営/地味な保守主義ベル・サウスの教訓
 「動かないのも戦略のひとつ」

 他のベル系地域電話会社やAT&Tは合併/買収等の後遺症や痛手に悩むなか、ベル系地域電話会社のうち唯一合併等に手を出さなかったベル・サウスが堅実に業績を伸ばしている。ニューヨーク・タイムズによれば、Ackerman会長兼CEOは、「わが社は、先行きが不透明な時代には堅実で強固なバランスシートを維持することを優先してきた」とし、その伝統的な9州の営業区域で地域電話事業の分野を守ることこそ、電気通信産業に吹き荒れているすさまじい嵐の中での安全な天国であるとしている。同紙は、「ベル・サウスの目立たない控えめな保守主義は報われようとしている。」と評価している。

 ベル・サウスも2年前に長距離通信事業者のスプリントを1,000億ドルで買収することを試みたが、今にしては幸いというべきか、失敗に終わっている。ワールドコムやAT&T、スプリント等の長距離通信事業者は、厳しい競争で収益が悪化し、株価が低落し、時価総額も急落した。スプリントなど前年に31%も株価がさがった。

 これに対してベル・サウスの株価はこの12か月、堅実に推移し、現在37.30ドルである。ベル・サウスより良い業績を挙げているのは、株価が同期に13%値上がりした31州で地域電話事業を展開している最大のベル系地域電話会社であるVerizon Communicationsだけである。規模第2位のベル系地域電話会社SBCの時価総額は昨年5%ちかく低落したし、第4位のベル系地域電話会社であるQwest Communications Internationalに至っては59%も低落した。 ベル・サウスの業績は、もし中南米での携帯電話事業(「本拠地を守る」という原則の唯一の例外)関連での外為に起因する打撃さえなかったとすれば、もっと伸びていたはずとされている。

 1996年電気通信法により市内電話市場の開放が行われたものの、ベル・サウスについては今日までそのインパクトは比較的軽微にとどまっている。市内市場への進出には難しい課題があり、コストもかかる。FCCによれば、ベル・サウスの営業区域では、300程度の既存市内交換事業者(ILECs)が競争参入しているという。しかし、その大半は資金的に行き詰まっており、市場シェア拡大に困難が伴っている。

■元気なベル系地域電話会社

 わが国ではNTT東西会社の業績が厳しく、大規模なリストラを計画しているところであるが、米国ではベル系地域電話会社をはじめとして、地域会社の業績が安定している。この差異の原因としては、

  1. 米国では、加入者が毎月払う定額のアクセス・チャージ等アクセス・チャージのシステムが早くから完備していたこと
  2. ユニバーサル・サービス維持のための基金制度が完備し、不採算地域(過疎地、都市部の低所得地域等)での市内通信の赤字に対する補償が適切に行われていること
  3. ADSLでもベル系地域電話会社がすばやく手を打って、圧倒的なシェアを確保したこと

等が考えられよう。この他にも次のようにベル系地域電話会社をバックアップする事情がある。

 米国ではこのところ、1996年電気通信法施行以降に雨後の竹の子のように芽を出した新興通信事業者の資金的行詰り、挫折、破産等のニュースが跡を絶たない。衛星携帯電話事業者(イリジウム、グローバルスター、ICO等)、ADSL事業者(Rhythms、Covad)、光ケーブル事業者(360Networks,PSINet,Williams Communications)、携帯電話事業者(NextWave)等がそれである。地域事業に進出を目論む大手の長距離通信事業者もAT&T、WorldCom、Sprint等すべて資金難、業績不振で元気がない。これらはすべてがとりもなおさず、ベル系地域電話会社等の地域事業者の地位が安泰だということに通じる。

 さらに、1996年電気通信法により厳格な条件つきではあるが認められたベル系地域電話会社の長距離通信事業への進出も、前述のようにまだ少数で地域が限られているにせよ、ようやく軌道に乗ってきた感がある。ひとつの州で「市内市場をライバルに開放した」と認定されれば、そのベル系地域電話会社は他の州でも長距離通信進出の審査が簡素化され、通りやすくなり、今後堰を切ったように各州で認可が与えられるようになろう。地元の加入者をしっかり抱え込んだベル系地域電話会社がワンストップ・ショッピングとして長距離通信まで手掛けるようになれば長距離通信専業の事業者よりも有利で強力になることは明らかである。また、議会でも、ITの迅速な普及のために、音声通信については1996年電気通信法の厳格な条件に服するが、データ通信やインターネット通信についてはベル系地域電話会社に直ちに長距離通信を自由に取扱わせるべきだとする意見が広がり、立法措置も取られ始まっている。

 わが国では、NTT東西会社は「県内通信」という枠をはじめ、その業務範囲がきびしく制限され、インターネット事業についても制約を課され、なかなか思うようには進出できない現状にあるのとは対照的である。このあたりの抜本的な見直しが必要なのではあるまいか。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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