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2003年4月掲載

「平成の市町村大合併」
システム特需は、最大6000億円規模

■合併ラッシュ

「平成の大合併」が注目されている。2000年12月1日に閣議決定された行政改革大綱では、地方分権、少子高齢化などを背景に、「与党行財政改革推進協議会における『市町村合併後の自治体数は1,000を目標とする』という方針を踏まえて、自主的な市町村合併を積極的に推進し、行財政基盤を強化する」としている。

 市町村合併を制度的にバックアップする「合併特例法」は、05年3月末が期限。これから2年間、全国で「合併ラッシュ」が続く。

 市町村合併の舞台では、新しい市(区町村)の名前がどうなるか、新しい本庁舎はどこに置かれるのか、などというようなことが注目されやすい。また、市町村議員にとって、合併の「方式(新設/編入)」「期日」、あるいは次の選挙のスケジュールなどは、身の振りを左右する最大の関心事である。

 当の自治体職員が最も気にすべきこと、それは「住民サービスを維持すること」である。合併後の住民サービスの質が低下したり、旧市町村間でサービスに格差があってはならない。合併の前後で、行政サービスは「一体的に」提供されなければならない。

 行政の情報化が進む今日、その住民サービスを裏で支えているバックボーンが「情報システム」である。「合併」と「情報システム」と聞くと、ちょうど一年前のみずほ銀行のことが頭をよぎるが、合併を契機にサービスが停止してしまうようなことは、是が非でも回避しなければならない。合併が「画餅」に帰すことになってしまうかどうかは、システム統合いかんにかかっているのである。

■システム統合が合併期日を左右

 03年4月1日、静岡市(旧静岡市、清水市)、香川県東かがわ市(引田町・白鳥町・大内町)、福岡県宗像市(旧宗像市・玄海町)など、合計11もの自治体が誕生した。全国に3,212あった市町村の数は、3,190となり、3,200の大台を切った。4月1日の合併は、新しい年度の節目であり、なにかと説明もつきやすい。しかし、この時期は、住民の移動が最も多い。臨時で土日に開庁する自治体もある。また年度末決算処理や人事異動など、自治体のカレンダーの中でも最も忙しい時期のひとつである。

 そこに合併が重なると、執務室の大移動、新組織発足のセレモニー、さらには最大の懸案事項であるシステム統合が加わる。実は、4月1日は自治体の事務方にとって、「最も避けたい日」なのだ。

 03年4月21日、山口県徳山市、新南陽市、熊毛町、鹿野町の2市2町が合併して、新たに「周南市」が誕生する。4月21日(今年は月曜日)という期日は事務方が中心となって決定された。土日を挟んだ月曜日にしたのは、何よりシステム統合を考慮してのことである。今後、システム統合のスケジュールを視野に入れて、合併の期日を決定する自治体も多く出てこよう。

 市町村のシステム統合には、例えば次のような課題がある。

 各市町村で使われているシステムの違いにより、「外字」の取り扱いが異なってくる。また、住居データの、「1丁目2番地3号」と「1−2−3」という表現の違いをどちらかに統一するなど、各自治体のデータを併せる作業が伴う。

 加えて、税の賦課期日とシステム統合の期日を調整する必要がある。固定資産税や市町村民税は、1月1日が賦課期日となっているが、旧市町村単位で納税者へ通知を出すことになるため、システム統合のタイミングを調整する必要が出てくる。

 住民記録や税などの基幹系システムだけでなく、ネットワーク全般の検討も必要である。新組織のフロアプランは、通常合併直前になるまで決定しないため、短期間で庁内LANの再設置を行わねばならない。

 さらには、条例等で個人情報保護がうたわれているような場合には、システム開発やテストの際、個人情報データの利用について、自治体の持つ審議会に打診するなど、決められた手続きを踏む必要が出てくる。

 自治体の業務は、法令などで決められており、基本的な業務目的や種類は同じであるが、業務のやり方については、それぞれ長い歴史を経て、それぞれの組織独自の方法が編み出されてきた。いまやほとんどの団体でシステム化が進められており、業務とシステムの相関はとても高い。情報システムの存在を無視したまま、市町村間の合併協議を行うことは不可能である。

■調達規模は最大5,862億円

 03年1月現在、全国で設置されている法定協議会は192団体、任意協議会は195団体にのぼる。法定協議会とは、地方自治法第252条の2第1項の規定により設置される協議会であり、合併時に必要な「市町村建設計画」を策定する。また、任意協議会とは、法定協議会を設置する前段として、文字通り「任意」に設置される協議会である。

 さらに、合併協議に移る前提や、合併の意義を調査するために、周辺市町村と共同で、勉強会や研究会を立ち上げる場合もある。それらまで含めると、全国のおおよそ8割強の自治体が、合併に向けた検討を行っていることになる。

 システム統合作業にかかる調達額は、システムの統合形態によって異なる。まれに、情報処理業務を既に共同でアウトソースしている自治体同士が合併するような場合には、合併時のシステム統合コストはほとんどかからないこともあるが、通常は、おおむね人口規模に比例して統合コストがかかる。政令指定都市級の大規模なものでおおよそ30億〜50億円、小規模な合併でも2〜5億円程度の予算を見積る必要がある。

 今後2年間で、192の法定協議会が全て合併するだけでも、全国の調達の試算額は最大1,194億円となる。また、任意協議会レベルまで含めると2,628億円、さらに研究会レベルが全て合併した場合、5,862億円程度の調達規模となる。

 政府のIT関連予算のうち、「行政の情報化」の予算額が5,759億円(03年度予算)であるが、この額と比べても、市町村合併に伴うシステム統合は、実は大きな特需だと言える。

表3  市町村合併に伴うシステム統合の全国の最大調達規模(試算値)

(注)情報通信総合研究所が試算。団体数は2003年1月1日現在。
複数の協議会・研究会に属している自治体もある。
協議会・研究会の数 調達規模(億円) 累計(億円)
「法定協議会」がすべて合併する場合 192 1,194
「任意協議会」がすべて合併する場合 195 1,434 2,628
「研究会レベル」がすべて合併する場合 327 3,234 5,862

■「シェア再編」と「SE不足」

 システム統合の形態にはいくつかのパターンがある。(1)新規のシステム構築、(2)既存システムを活用し、1自治体のシステムに統合、(3)旧市町村が利用していたシステムの利点を生かして、業務ごとに旧市町村のシステムを採用、(4)ブリッジ(橋渡し)のシステムを導入し、旧市町村の既存のシステムを連携と――いう4つが、主として考えられる。

 合併に向けて時間と費用が存分にあるならば、業務分析を綿密に行い、新しい自治体の規模に合った、新たなシステムを構築することが理想的である。しかしながら、現実的には、時間や費用面での制約があるなかで、この方式の選択は難しい。

 名目上は新設合併であっても、例えば人口規模で10倍もの格差があるならば、(2)(既存システムを活用し、1自治体のシステムに統合)にするのが合理的だ。人口規模の大きな自治体のシステムに合わせれば、データ移行の手間は、規模の小さいほうの自治体分を移行するだけでよい。また、統合後のシステム利用者、すなわち職員の研修も、最小限で済むだろう。

 合併する自治体の規模が同一程度の場合、(3)の選択肢もある。それぞれの団体のシステムの利点を活かすことが可能であるが、複数ベンダー(メーカー)と対応する必要があるため、1市(1社)のシステムに統合する場合に比べて、やや手間がかかる。(4)(ブリッジ連携)には、それぞれのシステムをすべて無駄なく活用できるというメリットもあるが、前例もなく、あまり現実的な方法ではない。

 また、(1)〜(4)のようなシステムのハード的な統合パターンの検討に加え、システム運用のアウトソーシングや、ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダー)の利用など、将来的な運用形態の検討を行うことも考えられる。

 合併前の各市町村が運用しているシステムは、当然、同一のベンダーのものであるとは限らない。合併を機に、住民記録や税務などのシステムが1社のものに「リストラ」されるなら、ベンダーにとってのビジネスチャンスは純減になる。ベンダーにとっては死活問題になるため、囲い込みに必死となるだろう。逆に、ここをクリアすれば、以後の運用やメンテナンスの受注が約束される。今後の電子自治体ビジネスにおいても、主導権を握ることができる。様々な理由をつけて、自社に有利な方法を提案し、少しでも自らの生き残る道を模索しようとする。

 今後、こうしたシステム統合が、合併特例法の期限である05年3月末に向けて、全国のあちこちで起こることになろう。全国の自治体システムのシェアが再編される。

 一方で、今後この特需を前に、SE(システム・エンジニア)が全国的に不足するという事態が想定される。旧静岡市と清水市の合併では、ピーク時には、200人以上ものベンダーのSEが開発業務にあたった。また、合併の前後で、危機管理体制を立ち上げ、新組織における業務が波に乗る5月の半ば頃までは、ベンダーのSEが、サポートのため張り付くことになる。

 今後2年間のうちに、大小合わせて最大700件もの案件が同時並行的に起こるとすれば、公共系システムの開発に長けたSEが、全国的に不足するような事態が想定されよう。このため自治体にとっても、システム統合方針を早期に決定し、早いうちに優秀なベンダーにあたりをつけることが重要である。

 「シェア再編」現象と「SE不足」現象――。今後は、元請けベンダーのイニシアチブのもと、ベンダー間で人材を融通しあう、あるいは、異なる合併案件業務を互いに再委託するようなことが起きるかもしれない。また、在京の大手ベンダーだけでなく、地場の企業に対する開発業務の再委託なども想定される。地元のSI(システム・インテグレーター)が活躍するいい機会でもある。

■実質あと21ヶ月

 合併特例法のタイムリミットはあと2年であるが、冒頭で触れたように、システムの統合には余裕を持って臨む必要がある。

 システム統合を優先的に考えて、合併は年末年始やゴールデンウィークのような大型連休に合わせたい。反対に、05年3月末のギリギリの合併は、なるべく避けたい。だとすれば、2年後に目標を定めている自治体なら、04年12月〜05年1月の年末年始に照準を合わせることが望ましい。残された期間は、実質あと21ヶ月弱となる。

 単に人が手配できればいい、という問題ではない。まず初期段階では、システム統合作業の方向性や庁内の体制をしっかり定めることが必要だ。統合方針を早めに固め、開発やテストには十分な時間を取るというような、メリハリをつけたプランニングが、当事者の自治体に強く求められる。

週刊エコノミスト 4/15号に掲載
社会公共システム研究グループ 松原 徳和
matubara@icr.co.jp
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