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2003年1月掲載

米国の市内通信での競争進展状況
競争一辺倒政策の教訓

 米国では1996年電気通信法の施行以来、FCCが中心となって市内通信分野での競争の促進に努めてきたが、最近発表されたFCCの報告では、6年間経過した2002年6月末現在で、交換機に接続された市内電話回線総数1億8,900万回線のうち2,160万回線が競争事業者によりサービスされており、そのシェアは11.5%に達したという。

 しかし競争事業者の回線数のうち自前の市内回線や交換機に立脚するサービスを提供しているのはそのうち僅か29%どまりで、残りは既存地域事業者の設備/サービスを借りる「リセール方式」か「UNE方式」かのいずれかによっている。つまり競争事業者回線の大半は既存地域事業者のネットワーク設備に大幅に依存した「形ばかりの競争サービス」といえよう。

 今回は、この報告書を土台に、米国での市内サービスでの競争進展状況と、その問題点、さらには米国の競争政策の功罪を検討してみよう。

■1996年電気通信法の狙いとその枠組

 1996年電気通信法は「競争の促進」、とりわけそれまで競争が進まなかった市内通信市場での競争の促進を主眼にいろいろな施策を促した。

 長距離通信市場では1969年のカーターフォン事件以来、AT&Tの独占にMCIが挑戦し、その後Sprintも参入するなど、激しい競争がまきおこり、料金も年を追って大幅に低落した。一方、市内/地域通信は、加入者回線の敷設に多額の設備投資が必要で、しかも加入者のウエイトが事業所から住宅へ移るとともに利用度数も薄まり、なかなか採算に乗りにくい事情もあって、新規参入が進まなかった。

市内市場での競争立ち上げのための便法

 1996年電気通信法制定に携わった議会は、自己の設備に立脚した市内での競争の進展には、多くの時間が必要であるとの認識から、新たに前述の「リセール」と「UNE」という二つの方式を導入した。早期に市内市場で競争を進展させるための安易な便法として考えられたものである。

 「リセール方式」とは、市内サービスを丸ごと卸売価格で既存地域事業者から買い取り、それを自己の商標で再販売する方式である。また、「UNE方式とは、」市内サービスを「加入者回線」、「交換機能」、「ダクト」、「請求書事務」、「番号簿」等にこまかく細分した要素(Unbundled Network Elements)の必要な部分だけを既存地域事業者から買取り、それに自己の提供する要素と組合わせて顧客に販売する方式である。

 競争事業者はこのいずれかの方式を利用することで、巨額の設備投資なしで容易に市内サービスを開始できるわけである。

既存事業者には長距離事業への進出のニンジン

 1996年電気通信法は、このように新規参入事業者に便法を設ける一方で、既存地域事業者の太宗をなすベル系地域電話会社側にもその市内ネットワークをライバルに開放するようインセンティブを設けた。

 1984年の「AT&T分割」で、AT&Tから切離されたベル系地域電話会社は長距離通信事業を禁止され、LATA内の短距離市外通信か市内通信事業だけに制限された。しかし既に電話の普及がサチュレートした米国では加入者数の増加はあまり期待できず、ベル系地域電話会社は成長のため売上高増進の新天地を求めていた。

 1996年電気通信法はこの点に着目して、ベル系地域電話会社の長距離通信禁止の原則を緩和し、「その市内/地域通信市場をライバルに十分に開放したと認定されたベル系地域電話会社には、長距離通信事業への進出を例外的に認める」というメカニズムをこしらえた。
 このメカニズムは、まず各州単位に各州の公益事業委員会が1996年電気通信法の例示する14項目のチェックリストに基づき、ベル系地域電話会社の市場開放状況をつぶさに審査し、十分と認定した場合に、FCCに長距離通信進出認可申請を出すことを認め、FCCは司法省独禁局の意見をも十分に斟酌した上で、認可を付与する仕組みである。

 すなわち、長距離通信への進出を餌として、ベル系地域電話会社の市内市場を開放させるインセンティブとしたわけである。

 ただ、ベル系地域電話会社がその市内市場を競争事業者に十分に解放したかどうかに関する州当局やFCCの審査はこれまで相当に厳しく、FCCはこれまで5件の申請を「市内開放不充分」として却下してきた。最初の認可はVerizonがニューヨーク州でやっと1999年12月に与えられた。「FCCの審査が厳しすぎ、折角1996年電気通信法が認めたベル系地域電話会社の長距離通信への進出が一向に進まない」との批判が高まったこともある。

 また、都市部以外では採算性の観点から競争事業者がなかなか進出せず、インターネット等の高度/高速通信のためのインフラ整備でベル系地域電話会社に依存せざるをえず、議会が音声以外のデータ通信では即刻1996年電気通信法の制限を撤廃すべきだとの意見が強く、そのための法案も審議されている。

 もっともこの1-2年、FCCの認可も次第に進み、最近のQwestに対する9州での認可により、35州で認可が下りたこととなる。

■2002年6月末現在の市内通信での競争進展状況

 12月にFCCが発表した報告書(Local Telephone Competition Report)の概要は次のとおりである。[2002年6月末現在][有線/携帯電話の両事業者とも10,000回線以上の顧客をもつ事業者だけの集計]

報告の要点

  • 市内電話サービスの回線数の内訳
    1. 既存地域事業者(固定交換網)  1億6,700万回線
    2. 競争事業者(固定交換網)  2,160万回線
    3. 携帯電話  1億2,900万回線
  • 競争事業者(固定交換網) 2,160万回線は、2002年上半期に10%の増加(2001年下半期の増加率は14%だった)
  • 固定交換網の総回線数 1億8,900万回線のうち競争事業者のシェアは11.4%(1年前には9.0%だった)
  • 競争事業者回線の約1/2は住宅および小規模事業所 (既存地域事業者の場合は3/4が住宅および小規模事業所)(競争事業者の住宅および小規模事業所でのシェアは7.8%に上昇)
  • ケーブル利用の電話(cable telephony)回線数は、2002年上半期中に220万から260万へ16%の増加
  • 競争事業者の回線の21%は他社のサービスのリセール方式(1999年12月末の43%から減少)、50%はUNE方式であり他社の市内回線を利用(1999年12月末の24%から増加)残余は自己の市内回線に立脚。
  • 既存地域事業者による競争事業者への「交換機能付市内回線のUNE方式での提供」は2002年上半期に580万回線から750万回線に29%の増加
    「交換機能の付かない市内回線のUNE方式での提供」も2002年上半期に370万回線か410万回線に10%の増加
  • 郵便番号の総数の67%の地域では、既存地域事業者のほかに少なくも1社の競争事業者が存在(1年前は60%だった)
    これら競争事業者のある地域は全米の総世帯の93%をカバー
    競争事業者は50州全部とワシントンDCで顧客をもつ

■報告書の統計資料

統計資料から判ること

統計資料から読み取れるのは次の諸点であろう。

  • 固定網の市内回線は2000年12月の1億9,300万をピークに以後は携帯電話の伸びに押されて低減しつつあること
  • その中で既存地域事業者の回線数は、着実に減少しつつあること
  • 競争事業者の回線は逆に着実に増加しつつあること
  • 競争事業者の回線は、リセール方式のものが急速に減少しつつあり、UNE方式のものがこれに取って代わりつつあること
  • 競争事業者の自前の回線によるものの構成比は最近低減しつつあること

等であろう。つまり、リセールという応急的な方式での競争から、ある程度は自前の設備を利用するUNE方式の比重が着実に増加しているということである。

米国の市内競争政策の問題点

 以上のことから、米国での市内競争促進政策は一応は成功しつつあるとも見られるが、以下のような問題点もあると考えられる。すなわち、

  1. 1996年電気通信法施行以降、6年あまりを経過して、競争事業者のシェアが11.4%どまりである事実を、「早い」と見るか、それとも「遅い」とみるか。
  2. 通信不況のインパクトが、長距離通信事業者のみならず最近では、これまで比較的堅実な業績を維持してきたベル系地域電話会社にまで及びはじめ、要員削減などのドラスティックなリストラ策をとり始めた。CATV電話、携帯電話、IP電話等、既存事業者の将来を脅かす要因には事欠かない最近の環境で、さらに市内市場で競争が進展した場合、既存地域事業者の財務基盤を損なう事態を招かないか。
  3. 長距離通信事業者は、既にAT&T、WorldCom/MCI、Sprintの大手までが軒並み破綻に近い惨状である。一部は1990年代後半の企業買収ブ―ムや過大容量投資での過大負債や粉飾決算等の古傷のせえもあるが、過当競争の結果としての行きすぎた料金値下げ戦争で収益力が落ち財務基盤が蝕まれたことがその背景にある。その反動で長距離通信料金はこのところ軒並み値上げが相次いでいる。
  4. 「競争一辺倒」の政策は、たしかに短期的には競争による料金値下げという目に見える利点があるものの、不用意で性急な競争導入は、先頃のカリフォルニア州での大停電騒ぎのような事態を招くこともある。米国では航空業界でも過当競争の結果、ほとんどのUnited Airlinesをはじめ大手企業が破産ないしそれに近い惨状を呈しているが、通信業界もその二の舞を踏むおそれはないか。
  5. 6月のWorldComの破綻で、その巨大な顧客数や国防通信等でも大きなウエイトを占めていた同社の事業停止だけは絶対に避けたいというコンセンサスから、FCC委員長がさっそくニューヨークに飛び、金融機関等と救援措置を協議した。同委員長はさらに一歩踏み込んで、過去のFCCの政策である競争一辺倒、競争至上主義に反省を表明し、今後のFCCの職責として事業者の破綻防止にも配意すると表明している。

■米国通信政策の功罪とその教訓

 米国では長距離通信事業者が軒並み青息吐息の状態であるなか、ベル系地域電話会社の長距離通信事業への進出がようやく35州と過半数の州で認可され、本格化している。ベル系地域電話会社等の市内地域事業者が長距離通信事業に進出した場合、ニューヨーク州でのVerizonの場合には、一年足らずの短期間に10%をこえるシェアを長距離通信事業者から奪っている。市内地域電話会社は、その地域での抜群の知名度に加え、市内サービスと長距離通信サービスをパッケージ化して、一本の請求書で提供できる「位置のエネルギー」を持っている強みがある。

 市内市場へ競争事業者が参入し売上高を蚕食されれば、ただでさえ売上高伸び悩みで新たな収入源を渇望している既存地域事業者の長距離通信への進出意欲を掻き立てることとなる。それは長距離通信事業者の苦境に輪をかけ、WorldCom等の立ち直り努力の土台を崩す事態となる。米国のこれまでの政策は整合性がなく、目先だけの競争にとらわれ、大所高所から見た望ましい通信産業を作る視点に欠けていたといえるのではないか。

 通信事業では膨大なインフラ設備投資が必要で、それは一朝一夕にしてできるものではない。一旦既存のインフラが破綻すれば、その修復には大変な代償が必要である。それだけに、長距離市場、地域市場をバラバラにそれぞれの市場だけを見て競争促進をはかればよいというものであってはならない。すべての通信市場を高所から見て、さらに国際競争力の観点も織り込み、真に国益にかなう大きな絵をまず描き、その実現のための最良なバランスのとれた施策を打ち出していく必要があるのではないか。

 もとより米国とわが国では、リセールがないなど事情、環境が違う。しかし米国の実験を他山の石としてわが国での教訓とできる側面は少なくはなかろう。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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