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2003年3月掲載

米国での「競争増進」と「高度通信普及」のジレンマ

 米国では「市内通信市場での競争増進」と「高度通信サービスの普及促進」という二つの重要な政策目標間での二律背反に悩まされている。2月12日にFCCは、いわゆる「アンバンドリング規則」の改訂版を採択したが、この過程でこの重大なジレンマがはかなくも露呈した。

 1996年電気通信法は、その重要な政策目標一つとする「市内通信市場での競争の増進」のための具体的措置として、「アンバンドリング」と「リセール」という便宜的な参入手段を設け、新規則競争事業者の参入をバックアップすることとした。「リセール」とは、競争事業者が既存地域事業者の市内サービスをまるごと割引料金で買い入れ、それを自己のサービスとして顧客に再販売する方法であり、「アンバンドリング」というのは、市内サービスをいくつかの機能要素(UNEs:unbundled network elements)に細分し、競争事業者が自身ではまかなえない要素だけを既存地域事業者から割引料金で買い入れ、それと自身でまかなう要素とを組合わせて顧客に市内サービスを提供する方法である。競争事業者による「リセール」と「UNE」の要請を既存地域事業者は拒否できないとし、相互接続と同様に既存地域事業者の責務とし、義務づけたのである。

 一方で1996年電気通信法は、高速大容量通信などの高度通信サービスの早期全国普及もその政策目標の重要な柱として掲げているが、財務力があり高度通信普及の要となるべき既存地域事業者は、光ファイバ等の広帯域設備にもライバル参入事業者による「リセール」や「アンバンドリング」要請に応ずる義務を課されたのでは、設備投資の意欲がそがれると反対していた。その後とくに近時、インターネットの急速な普及やxDSL等の新テクノロジーの進展で、高度通信は重要な時期にさしかかっており、この問題の早期解決が迫られていた。

■FCCの市内競争規則は裁判所により二回も無効の判定

 市内電話での競争について、FCCはUNEの実行のため二度にわたり施行規則を制定したが、その都度裁判所により差し戻されている。

  • 一度目は、1996年電気通信法制定直後に、「市内電話サービスのすべての要素」について、競争事業者が欲する要素を大幅割引の事業者間料金で提供する既存地域事業者の義務を内容とした規則を制定した。この最初の規則は、FCC委員長が最近の議会での証言で、「たしかにこの規則は参入事業者側に大幅に加担しすぎていたといえる」と率直に述べているように、既存地域事業者がわに大きな犠牲を強いるものであった。最高裁は、「法は『すべての要素』とはいっておらず、『それなしでは競争事業者の参入が妨げられる(impair)(重要な)要素だけを提供すれば足りる』としているはずで、FCCはそのように限定した規則を制定すべきであった」としてこのFCC規則は無効とされ見直しを命じられた。
  • FCCはこの判決を帯して、二度目は、微修正した規則を定めたが、依然として「市内電話サービスのすべての要素」をその対象とし、競争事業者のアクセスを認め、地域ごとの差異も織り込まなかった。これもワシントンDC控訴裁判所により、「(たとえば、ある地域では携帯電話や衛星電話等の別の代替サービスが普及しているなど)別の代替サービスの提供状況をも考慮すべきであったし、コストの地域による差異も配慮されていない」として再度無効とされ差戻された。

 1996年電気通信法制定から既に7年も経過して、いまだにUNEの実行のための規則がない状態であり、FCCはこれを早急に定めねばならない立場に追い込まれていた。

■二大政策目標の間の矛盾/二兎を追うFCC

 1996年電気通信法施行後7年が経過し、「市内サービスでの競争増進」と「高度サービスの普及促進」という法の二大目標の間での矛盾が表面化している。

 FCCの調査によれば2002年6月末現在で、米国の交換機に接続された市内電話回線総数1億8,900万回線のうち競争事業者によりサービスされているのは2,164万回線であり、そのシェアはまだ11.5%に留まっている。しかもその大半が「リセール」(20.7%)と「UNE」(50.5%)で占められており、「競争事業者の自前の設備」による本格的な競争はわずか28.8%どまりである。

 高度サービスの普及についてもFCCは2002年6月末現在の数値を発表している。FCCの定義では、「少なくとも片方向が200kbpsを超えるもの」を「高速回線」(high-speed lines)とし、「双方向ともに200kbpsを超えるもの」は「高度回線」(advanced lines)とされている。

 高速回線は、2002年上半期中に1,280万回線から1,620万回線へ27%増加し、そのうち1,040万回線は「高度回線」、すなわち、双方向が200kbpsを超えるものである。「高度回線」は2002年上半期に740万回線から1,040万回線へと41%増加した、としている。CATVの普及が進んでいる米国では、このほかに同軸ケーブル方式の高速サービス(ケーブル・モデム・サービス)があり、2002年上半期中に710万から920万回線へ30%増加した。

 しかし、米国では、韓国等に比し米国での高度サービスの普及は遅れているとし、高度サービスの普及促進が今後の米国経済の成長にとって不可欠だとのコンセンサスがある。

 設備投資等の財務力のある既存地域事業者は、せっかく設備投資して光ファイバ等の設備を作っても、それをライバル参入者にも割引料金で貸与しなければならないという条件つきであれば、意味がないとして手控える事態が生じた。財務基盤の脆弱な新規参入事業者にこうした投資を期待するのは難しく、都市部はともかく地方ではもともと採算面から新手の競争事業者が現れにくい。さらに最近の厳しい通信不況で、新規事業者は大半が経営に行詰り、破産法による再建手続に移行した。高度通信の新たな担い手がこうした状況であり、一方財務で余力のある既存地域事業者の経営も苦しくなり、ベル系地域電話会社のような大手名門でも要員削減等の大規模なリストラが相次いでいる。今日では、なおさら既存地域事業者の投資インセンティブを助長しなければならない事情がある。

 市内競争で競争事業者を助成しながら、一方では既存地域事業者の投資意欲を助長するという、いわばある意味では矛盾する二兎を追う政策調整をFCCは迫られていたのである。

■新規則の骨子

 新規則の骨子は次のとおりである。
  1. 光ファイバ回線やパケット 回線のような広帯域高度回線については、既存地域事業者のアンバンドリングの要請があっても既存地域事業者は応じないでよい(アンバンドリングの対象から明確に削除)
  2. 銅回線については、引き続きアンバンドリングの義務を既存地域事業者に課す
  3. 途中までは光ファイバで顧客近くは銅線となる、いわゆるhybrid回線もパケット 機能はアンバンドリングの対象から外す
  4. ただし、現在既に競争事業者が高度回線を用いたアンバンドリングを利用している場合は、広帯域高度回線であっても、引き続き既存地域事業者にアンバンドリングの義務を継続させる
  5. 以上の連邦としてのルールは、州当局がそれぞれの地域や市場の実情に応じて調整するものとする

■パワー・バランスを既存地域事業者側に戻す

 今回のFCCの措置の主眼は、これまであまりにも競争事業者の肩を持ちすぎていたスタンスを改め、とくに光ファイバ等の広帯域高度回線について既存地域事業者をアンバンドリングの義務から解放した点にあるといえよう。つまり既存地域事業者等が光ファイバとうの設備に投資するインセンティブを回復させることを狙ったものである。

■妥協の産物。委員長ですら新規則に不満表明。多い将来課題

 今回の規則改訂はFCC内でも大変な論議を呼び、規則全体として賛成したのは5名の委員のうちわずか一名のみで、他はすべて一部分については賛成だが、一部分には反対という結果となった。全会一致ないしそれに近い規則採択が多いFCCで、稀に見る妥協の末の難産であった。そうした事情から、委員長自身が声明で不満と不安を表明している。

 委員長は、かねてから、従前の市内競争規則があまりにも既存地域事業者の犠牲のうえで新規事業者を優遇していたと批判し、また、リセールやUNEの枠組は既存地域事業者のインフラに依存した過渡的な競争策であり、本来は「競争事業者の自前の設備に立脚した競争」に移行していくべきだという持論をもっていた。したがって、委員長が「本格的なデジタル時代の枠組作りであり、一歩前進だ」としながらも新規則の一部分には失望、反対の表明をしたのは当然といえよう。

 さらに、州当局に大幅に権限を委譲したことについても、「51(50州とワシントンD.C.)とおりのバラバラなルールという事態」と「行政訴訟による決定の延引」のおそれにも懸念を表明している。

 以下に添付する委員長の声明には新規則の問題点が率直に語られており、FCCの苦悩が十分に窺える。

 一つの区切りはついたものの、これから先は容易ではないといえよう。

[資料] Powell委員長の声明(一部は要約)

 本日、FCCはもっとも重要な部類に属する手続を終了した。これは大変骨の折れる作業であったが、これからの数年、競争と広帯域サービスの展開を左右する重要な道しるべを作るものである。新規則は次世代インフラの展開を助長するもので、消費者のために多彩な新サービスとアプリケーションをもたらす画期的なものである。

 広帯域サービスの展開と普及こそは、米国の通信政策の最重要課題であり、その実現のためには高度インフラ等への投資の促進が不可欠であるが、今回の新規則はその障害となっていた(既存地域事業者に課された)アンバンドリングの責務を、高度アーキテクチャと光ファイバに関して、取除き、やっと本格的にアナログからデジタル時代へ大きな一歩を踏み出した意義は大きい。

 今回の作業は、先に裁判所がFCCの規則を無効と判定し基礎から見直すように命じた経緯から、出発点に戻り土台からUNEの一つ一つについて論議が行われた。

 しかし、一方でこれには私のかねてからの信念に反する好ましくない決定も含まれており、これらの部分については私は拒否の態度をとらざるをえなかった。

回線の共用(line sharing)
委員の多数派の意見である「回線の共用でのアンバンドリングの義務を直ちに廃止する」点等については反対せざるを得ない。今日まで、米国の1996年電気通信法の目標実現のための政策の大半は、残念ながらほとんどその成果をあげていない。回線の共用はあまたの競争的広帯域事業者を生んできた。そのおかげで料金がさがり多様なサービスも生まれ、消費者も利益を得てきた。DSLサービス事業者の40%は「回線の共用」に依存している。

交換
UNEsのうち「交換機能」こそはもっとも重要である。これが既存地域事業者から、規制当局の定める大幅に安価な事業者間料金で利用できるのであれば、新規参入者は自己の設備を建設することなく、安易に既存地域事業者のネットワークを再販売(resell)しがちになるのは当然である。

自前の設備に立脚した本格的な競争からの後退

 私はかねてから自前の設備による競争の尊重に傾いている。競争事業者が既存地域事業者のインフラ等に依存している限り、斬新なサービスの誕生の見込みはなく、インフラへの投資の増加も起こらない。通信機器メーカーの受注も増えず、雇用も増えない。経済成長にも貢献がない。国防の点でもインフラに余裕ができず不安である。本日のFCC決定は、明らかに「自前設備増進政策」からの後退であり、競争的な市場の維持を既存地域事業者のネットワークの過度の規制に依存する立場である。しかもその規制の大半を州当局に任すという内容である。

訴訟の危険

 私はこの規則の交換に関する部分には反対である。議会は1996年電気通信法の制定で「UNEのその要素なしでは新規参入事業者の市場参入が妨げられるとFCCが明確に認定したもの以外の要素は(UNEとして競争事業者に)提供されるべきではない」としているにもかかわらず、FCCの多数派は、法施行以来の7年間で今回は三度目になる規則制定でも、相変わらず大盤振る舞い(競争事業者の欲するものはなんでも)のアンバンドリング体制を支持しているのである。最高裁もワシントン控訴裁判所もともに前二回の規則を無効と判断した際に、地域別の特殊事情や他の競争の進展状況をも勘案して、UNEを精査して必要なものに限るべきだと忠告してくれているのにである。これは裁判所の意向にも反するものである。

 多数派は、それなしでは競争事業者の参入が阻害されるかどうかについての十分な調査もせずに「交換」をアンバンドリングのリスト挙げてしまった。そして狡猾にも、州当局はこれをそのまま認めるなり、削除するなり自由に判断せよと逃げている。これではFCCの全国リストに「交換」を掲げた意味がないのではないか。

 それどころか、多数派は、法令で自己のものであるはずの職責を州に委譲してしまった。州の措置に特定の制限原則(枠)を課すこと自体、放棄している。州は原則的にはやりたいことはなんでもやれる形になっている。しかも州の決定についてはFCCが再審査でき.る体制にはなっていない。

市場のためにも米国経済のためにも悪い影響

 多数派は、州当局むけのアンバンドリングに関する明確で長続きするルールの策定義務を放棄した結果、51の州がそれぞれバラバラに「どの要素がアンバンドリングされ、競争事業者の利用が認められるか」についてルールを定めて実施することとなる。それをさらに51の連邦地裁が訴訟審理するわけである。ある裁判所は州を支持し、別の裁判所は州の規則を却下するという事態になる。さらにそれが12の連邦控訴裁判所に持ち込まれることとなろう。時間もかかる。これでは競争事業者、既存地域事業者ともに予見ができない。それでは事業の採算が見通せず、投資どころではない。

消費者にも弊害が

 今回の新規則は長期的には消費者の利益をも損なうこととなる。

州と連邦の権限問題

 多数派は多くの権限を州当局に委譲した。たしかに憲法上の州と連邦の権限問題の観点はある。しかし、私は、この問題は、連邦と州とのパートナーシップだと考える。アンバンドリング要素の料金の決定権は州当局にあるにせよ、どの要素がアンバンドリングされるべきかを具体的に定めるのはFCCの責務であって委譲すべきものではない。

 州に権限をまかすことはテクノロジーの進展に逆行すると考える。通信はますます統合(convergence)の方向に向かっており、距離は超越されつつある。ルールにはハーモニーのとれた一貫した全国的な枠組が必要な時代になっているのである。

結論

 今日の規則制定は、新時代へ向けての大きな前進の一歩である。しかしながら私はそのUNE-P(「交換」がその中心)の部分には失望した。こうした枠組を求めてこれまでいろいろ働きかけてきた事業者が、この新規則のもとで果して競争を進展し、消費者に低廉な料金とより良いサービスを実現できるかどうか、いずれわかってこよう。しかしFCCのような民主的な組織では、多数決は尊重しなければならない。

 今後、州の果たさねばならない役割は大変なものとなった。私も彼らと最善のパートナーシップを発揮して、今後も努力していくことを約したい。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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