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2003年4月掲載

米国の通信業界はなぜ行き詰まったのか

史上最大の粉飾決算となったワールドコムをはじめ、トップ20社の2社に1社が破綻した米長距離通信業界。しかし、その原因を「でたらめ経営」と片付けるのは早計である。

 米国では2000年の3月頃をピークに、いわゆる「ITバブル」が弾けた。その後、通信事業者の株価は下がり続け、2002年半ばまでの2年間で失われた企業価値の合計額は、なんと2兆ドルにものぼると言われる。そして多くの通信事業者が経営破綻しており、生き残った事業者も人員削減などのコスト削減努力を進めている。そのため、およそ50万人が職を失ったとされている。
 「IT革命がインフレなき経済成長をもたらす」ともてはやされた時代も今は昔。逆に通信業界が経済の足を引っ張っているのが現状である。
 本稿では、米国の通信業界がなぜこのような状況に陥ってしまったのかについて概観し、そこから何を学ぶべきかを考えてみたい。

■破綻の連鎖

 米国では2000年半ば頃から通信事業者の経営破綻が目立ち始めた(表1)。

 最初に破綻したのは、安定的な収益基盤を持たない、どちらかというと経営基盤の脆弱な事業者であった。たとえば、「広告料収入に依存し、エンドユーザー料金をタダにする」無料のインターネット接続事業者(ISP=Internet Service Provider)などである。

 2001年に入ると、将来性が期待されていたにもかかわらず破綻してしまう新規事業者も出始めた。たとえば、地域電話会社の電話回線を借りて高速インターネット接続サービスを提供するADSL(非対称デジタル加入者線)事業者である。米国では、ノースポイント、リズムスネット、コバッドの3社が大手であったが、2001年に相次いで連邦破産法第11条(日本の会社更生法にあたる)を申請している。また、無線でブロードバンドサービスを提供する無線アクセス事業者も破綻した。こちらも、ウィンスター、テリジェント、ARTの大手3社が同様に連邦破産第11条を申請した。

 2002年に入ると、マックロードUSA、MFNなどの新興市内通信事業者、さらにはワールドコムやグローバル・クロッシングなど、米国の通信業界を代表するような大企業までもが破綻してしまった。

 このように、さまざまなビジネスモデルの通信事業者が経営破綻しているが、なんといっても目立つのは長距離通信業界の惨状である。

 表2に掲載したように、米国の長距離通信業界では、2000年度の収入ベース・ランキング上位20社のうち、半数が連邦破産法第11条を申請するという異常事態になっている。そしてそのなかには、業界第2位のワールドコムや、世界中に光ファイバー網を張り巡らせているグローバル・クロッシングなども含まれている。積極的な経営が評価され、数年前までは業界の「勝ち組」と呼ばれていた両社の破綻は大きな衝撃であった。また両社とも、粉飾決算の疑惑対象となった点でも注目を集めた。

■ネットワークの「供給過剰」は本当か

 なぜこのような状況になってしまったのだろうか? この問題については米上院の商業・科学・運輸委員会が2002年7月に公聴会で取上げている。ここで関係者の証言を簡単に紹介しておこう。

 まず、当事者であるワールドコムからは、シッジモアCEO(当時)が状況の説明を行った。シッジモア氏は通信業界の混乱を「基本的な需要と供給の経済学」の問題であると指摘した。具体的には、(1)景気の減速、(2)ネットワーク容量の供給過剰、(3)それによってもたらされる価格の急激な値下がり―が原因であるという。シッジモア氏は、これらの3つが同時に襲ってきたことを、漁船が大嵐に巻き込まれるアドベンチャー映画「パーフェクト・ストーム」になぞらえて「マーケット版パーフェクト・ストームが襲ってきた」と表現した。

 一方、通信業界を監督する立場にある連邦通信委員会(FCC)のパウエル委員長は、次のように説明している。始まりは1990年代後半、急速にインターネットが普及する過程で生じた「インターネット・ゴールド・ラッシュ」であった。「インターネット・トラヒィック(インターネットに流れるデータ量)は100日ごとに倍増する」とか、そのため「ネットワーク容量はいくらあっても足りない」というような話が、まことしやかに伝えられた。

 そして投資家も、事業構想だけで、利益の出ていない企業に無尽蔵に投資することで、このムードの後押しをした。その結果、世界中の通信事業者が同じようなネットワークを構築し、供給過剰をもたらした。しかし、現実にはすべての事業者が生き残るために十分な市場は存在せず、ある事業者は経営破綻し、また、ある事業者は粉飾決算によって延命を図ることとなった―というものだ。

 シッジモア氏とパウエル委員長の説明で、共通するキーワードは、「ネットワークの供給過剰」であろう。では実際にどの程度のネットワーク容量が余ってしまったのだろうか?

 残念ながら、この件に関して信頼できる統計はない。「ネットワークの容量余剰」が指摘され始めたのは、2000年の後半頃からだと記憶しているが、最も有名なのはおそらく2001年6月の『ウォールストリート・ジャーナル』紙の記事であろう。同紙は「構築されたネットワーク容量のうち、実際に利用されているのは2.6%程度である」というメリルリンチ社アナリストの推計を伝えた。しかし、この推計が妥当であるかどうかについては諸説あり、キチンと検証されてはいない。

 それでは、「インターネット・トラヒックは100日ごとに倍増する」という説についてはどうだろうか? この件についても、定量的な統計データは存在しないため、推計に頼るしかない。いろいろな説があると思うが、たとえばAT&T研究所は、1990年代後半における実際のインターネット・トラヒックの成長率を「1年で2倍程度」であったと推計している(2001年7月)。仮に通信事業者が「100日ごとに倍増」を前提にネットワークを構築し、実際には「1年で2倍程度」にしか成長していなかったとすれば、ネットワーク容量は、当然大量に余っている計算となる。

■株価至上主義の帰結

 しかし、シッジモア氏が指摘するように、これが単純な需要と供給の経済学の問題であるならば、ここまで悲惨な状況になる前に、どこかでマーケットメカニズムが機能するはずである。

 そうならなかった理由としては、米国における株価至上主義の蔓延が指摘できるであろう。米国企業は「株主重視経営」のお手本にされることが多い。しかし、株価を意識するあまり、株価維持のためには手段を選ばない「株価至上経営」に陥ってしまうケースもあるようだ。

 米国では四半期ごとに企業業績が発表されるが、その際、次の会計期間のガイダンス(業績見込み)を発表することが通例となっている。それを受けて証券アナリストは業績予測を行う。経営者にとっては、発表したガイダンスや証券アナリストの業績予測を上回ることが経営目標となり、その結果が株価に反映される。

 米国の大手通信事業者の経営陣は、年間数億〜数十億円という巨額の報酬を受取っているが、好業績を残して株価を維持できなければ、短期間で解任されてしまうこともある。またストックオプション(自社株購入権)によって、報酬は株価と直接リンクしている。これらの要因が相まって、会計操作をしてでも株価を維持しようとするインセンティブは高いと考えられる。

 また、IT企業によくみられる事例だが、M&A(合併・買収)を繰り返して事業規模を拡大する企業にとって、株価はことさらに重要である。多くの場合、大規模なM&Aは株式交換で行われるため、株価を維持できなければ、統合計画自体が破綻してしまう。

 このような理由により株価至上主義に陥ってしまった経営者は「積極的会計(aggressive accounting)」あるいは「創造的会計(creative accounting)」という名の会計操作に手を染め始める。また、ネットワーク取引の取扱いについて、会計規則上のグレーゾーンが存在していたことも、通信事業者による会計操作を誘引する一因となった。そしてこれらの事業者が、実際には儲かっていないビジネスであるにもかかわらず、利益が上がっているかのように見せ続けた結果、投資家は見込みの低いビジネスモデルに引き続き資金を投じ続け、問題点が拡大再生産されていったのである。

 ところで、経営者が粉飾決算を行おうとしても、本来であれば監査法人や社外取締役など、それをチェックするさまざまなメカニズムが存在するはずである。しかし現実には、それらは機能しなかった。監査法人はコンサルティングビジネスの顧客でもある企業に対して厳しい監査を行うことができず、社外取締役(「independent director」)もその名前ほどは経営者から独立していなかったようである。

 また、投資銀行業務を受注したいと願う証券会社のアナリストは、企業のお抱えアナリストに成り下がってしまい、議会で企業の不正を追及すべき議員サイドにも、巨額の献金を受け取っている負い目があることが指摘されたりした。米国産業界には、壮大なもたれ合いの構図が出来上がっていたのである。すべての関係者が経営者と利害を共有していれば、チェック機能が働くはずもない。

■供給が減らない仕組み

 表2で見たように、上位20社のうち10社が経営破綻したことで、米国長距離通信業界における供給過剰は解消されたのであろうか? 答えはノーである。

 連邦破産法第11条は、企業を再生させるための手続きである。したがって、破産法手続きを通じてリストラを実施し、再度市場にカムバックしてくる事業者も出てくる。仮に、その事業者が最終的に清算されることになったとしても、ネットワーク資産が格安で売却されて他の通信事業者が取得すれば、供給は減少するどころか、むしろ新たな料金値下げの要因になる可能性もある。

 現在生き残っている通信事業者の多くも、決して経営状況が良いわけではない。破産法手続きから再生した身軽な事業者が、さらなる料金値下げを行うことで、業界全体が儲からない不健全な状態に陥ってしまうことを懸念する声も強い。

 特に、業界第2位のワールドコムの再生は他の事業者にとって大きな脅威である。お互いにネットワークを接続してサービスを提供する都合上、通信事業者間の取引額は相当な金額にのぼる。他の通信事業者にとってみれば、自社のワールドコムに対する売掛金が焦げ付くかもしれないうえに、さらなる料金競争をしかけられてはたまらない。厳しい経営環境のなかで巨額の負債を抱えながらも、なんとかやりくりしている通信事業者よりも、むしろ経営破綻して負債を整理した事業者の競争力が強い、というのでは、モラルハザードを引き起こす可能性もある。業界の一部からは「90億?もの利益水増しという、史上最大規模の粉飾決算を行った企業の再生を認めるべきではない」との声も上がっている。

 2002年7月のワールドコム以降、これまでのところ大きな破綻劇は再発していないが、米国長距離通信業界における「供給過剰」という不安定要素は、まだ取り除かれたわけではないのである。

■通信政策に問題はなかったか

 ワールドコムの破綻というと、史上最大の粉飾決算のイメージが強い。確かにこの問題は、エンロンのスキャンダルとともに、米国政府がコーポレートガバナンス(企業統治)に関する規制を見直す契機となった。

 しかしワールドコム問題を「いい加減な企業がでたらめな経営をして潰れてしまった」と片付けるのは早計である。もちろん、株価至上主義にとりつかれた経営陣が粉飾決算を行ったこと、そして、それをチェックすべきメカニズムが機能しなかったことが混乱を拡大したのは事実である。

 問題の根底にはシッジモア氏が指摘した「マーケット版パーフェクト・ストーム」があったことも事実であろう。実際、米国ほどの惨状ではないが、欧州でも汎欧州通信ネットワークを構築していた長距離系事業者の破綻が、2002年以降目立ち始めている。

 また、冒頭で紹介したように、米国では長距離通信事業者だけでなく、さまざまなタイプの通信事業者が破綻している。もちろん、それぞれのビジネスモデルに関する個別の問題もあるだろう。しかし、シッジモア氏やパウエル委員長が指摘した問題の基本構造は、それら多くの事業者にもあてはまるのではないだろうか? したがって、これは、長距離通信業界だけの特別な出来事と考えるのではなく、もっと広く、通信業界全体に関わる構造的な問題として捉えるべきなのかもしれない。

 ワールドコムやエンロン問題などを受けて、米国政府が企業改革法を成立させたことはよく知られている。

 一方、これはあまり知られていないと思うが、相次ぐ通信事業者の破綻を受けて、従来の通信政策を見直すべきだという意見が一部に出始めている。たとえば、コロンビア大学のエリ・ノーム教授は「通信業界は寡占にしかならないため、競争市場を創出できるという前提に基づいている従来の規制の枠組みは見直す時期に来ている」という主旨の発言をしている。

 また公式な場での発言ではないが、実際の規制を担うFCCのパウエル委員長も「通信業界の問題については、多くの新規事業者を創り出すことから始めた米国政府にも責任の一端がある」と発言したと報じられている(2002年7月15日『ウォールストリート・ジャーナル』紙・オンライン版)。

 これらの意見が、今後の通信政策に具体的にどのような形で反映されていくのかについては、現時点でまだ明らかではない。しかし、ワールドコムの破綻に象徴される米国通信業界の混乱が、単なるコーポレートガバナンスの問題にとどまらず、「通信業界における競争のありかた」という根本的な議論に発展する可能性がある点には注目していくべきであろう。

週刊エコノミスト 3/4 特大号に掲載

政策研究グループ 清水 憲人
shimizu@icr.co.jp
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