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2003年7月掲載

米国の市内電話市場での競争状況
「競争事業者のシェアは13%に増加」とはいうものの

  FCCはこのほど「市内電話市場での競争状況」というデータを発表した。FCCは毎年二回、こうした発表をしているが、今回は2002年下期(7-12月)のデータで、数値は2002年12月末現在である。

 それによれば、「固定アクセス回線での競争事業者の回線数は2,500万回線に増加し、アクセス回線総数1億8,800万回線のうち競争事業者のシェアは13.2%となった」としている。(1年前には10.3%) 米国の市内サービスの提供方法にはわが国とは違う仕組みがあり、上記の数字やシェア比率の理解にはまずその点を理解する必要がある。

(1) FCCプレス・レリーズ(2003/6/12) (Local Telephone Competition)

 まずFCCのプレス・レリーズの要点を見てみよう。

報告の要点

  • 市内電話サービスの回線数の内訳
    1. 既存地域事業者(固定交換網)  1億6,300万回線
    2. 競争事業者(固定交換網)     2,500万回線
    3. 携帯電話           1億3,600万回線
  • 競争事業者(固定交換網) の回線は2002年上半期末の2,160万回線から2,480万回線へ、2002年下半期に14%の増加(2001年下半期の増加率は10%)
    2002年の年間を通じての競争事業者の回線の増加率は26%
  • 固定交換網の総回線数 1億8,800万回線のうち競争事業者のシェアは13.2%
    (1年前には10.3%)
  • 競争事業者回線の58%は住宅および小規模事業所 (既存地域事業者の場合は78%が住宅および小規模事業所)(競争事業者の住宅および小規模事業所でのシェアは10.2%に上昇)
  • ケーブル利用の電話(cable telephony)回線数は、2002年下半期中に260万から300万へ15%の増加。(300万回線は交換アクセス回線総数の2%に相当。)
  • 競争事業者の回線の19%は他社のサービスのリセール方式(1999年12月末の43%から減少)、55%はUNE方式[後述参照]であり他社の市内回線を利用(1999年12月末の24%から増加)、残余(26%)は自前の市内回線に立脚。
  • 既存地域事業者による競争事業者への「交換機能付市内回線のUNE方式での提供」は2002年下半期に750万回線から1,020万回線に37%の増加
    「交換機能の付かない市内回線のUNE方式での提供」も2002年下半期に410万回線から430万回線に5%の増加

(2) 米国の市内競争政策

 米国での市内通信の競争を見る時には、まずその基本的な枠組を決めた1996年電気通信法を理解しなければならない。

1996年電気通信法の狙いとその枠組

 1996年電気通信法は「競争の促進」、とりわけそれまで競争が進まなかった市内通信市場での競争の促進を主眼にいろいろな施策を促した。
 長距離通信市場では1969年のカーターフォン事件以来、AT&Tの独占にMCIが挑戦し、その後Sprintも参入するなど、激しい競争がまきおこり、料金も年を追って大幅に低落した。一方、市内/地域通信は、加入者回線の敷設に多額の設備投資が必要で、しかも加入者のウエイトが事業所から住宅へ移るとともに利用度数も薄まり、なかなか採算に乗りにくい事情もあって、新規参入が進まなかった。

市内市場での競争立ち上げのための便法

 1996年電気通信法制定に携わった議会は、本来の形である「自前の設備に立脚した市内での競争」の進展には、多くの時間が必要であるとの認識から、新たに「リセール」と「UNE」という二つの方式を導入した。早期に市内市場で競争を進展させるための安易な便法として考えられたものである。
 「リセール方式」とは、市内サービスを丸ごと卸売価格で既存地域事業者から買い取り、それを自己の商標で再販売する方式である。製品の場合のOEMに似た形である。
また、「UNE方式」とは、市内サービスを「加入者回線」、「交換機能」、「ダクト」、「請求・徴収事務」、「番号簿」等に「こまかく細分した要素」(Unbundled Network Elements)の必要な部分だけを既存地域事業者から買取り、それに自己の提供する要素と組合わせて顧客に販売する方式である。
 つまり、競争事業者はこのいずれかの方式を利用することで、巨額の設備投資なしで容易に市内サービスを開始できることを狙ったわけである。

既存事業者には長距離事業への進出をインセンティブとして市内網の開放を促す

 1996年電気通信法は、このように新規参入事業者に便法を設ける一方で、既存地域事業者の太宗をなすベル系地域電話会社側にもその市内ネットワークをライバルに開放するようインセンティブを設けた。
1984年の「AT&T分割」で、AT&Tから切離されたベル系地域電話会社は長距離通信事業を禁止され、LATA(全米を約500のエリアに分割)内の短距離市外通信か市内通信事業だけに制限された。しかし既に電話の普及がサチュレートした米国では加入者数の増加はあまり期待できず、ベル系地域電話会社は成長のため売上高増進の新天地を求めていた。
 1996年電気通信法はこの点に着目して、ベル系地域電話会社の長距離通信禁止の原則を緩和し、「その市内/地域通信市場をライバルに十分に開放したと認定されたベル系地域電話会社には、長距離通信事業への進出を例外的に認める」というメカニズムをこしらえた。
このメカニズムは、まず各州単位に各州の公益事業委員会が1996年電気通信法の例示する14項目のチェックリストに基づき、ベル系地域電話会社の市場開放状況をつぶさに審査し、十分と認定した場合に、FCCに長距離通信進出認可申請を出すことを認め、FCCは司法省独禁局の意見をも十分に斟酌した上で、認可を付与する仕組みである。
 すなわち、長距離通信への進出を餌として、ベル系地域電話会社の市内市場を開放させるインセンティブとしたわけである。
 ただ、ベル系地域電話会社がその市内市場を競争事業者に十分に解放したかどうかに関する州当局やFCCの審査は当初は相当に厳しく、FCCはこれまで5件の申請を「市内開放不充分」として却下してきた。最初の認可はVerizonがニューヨーク州でやっと1999年12月に与えられた。「FCCの審査が厳しすぎ、折角1996年電気通信法が認めたベル系地域電話会社の長距離通信への進出が一向に進まない」との批判が一時高まったこともある。最近はようやく認可も進み、既に42州とワシントンDCで認可が付与され、あと8州を残すのみとなり、ベル系地域電話会社による長距離通信事業への進出が本格化している。
また、都市部や人口密集地以外では採算性の観点から競争事業者がなかなか進出せず、高速インターネット等の高度/高速通信のためのインフラ整備ではベル系地域電話会社に依存せざるをえず、議会では音声以外のデータ通信では即刻1996年電気通信法の制限を撤廃すべきだとの意見が強く、そのための法案も審議されている。

(3) FCC発表データの解釈

 以上のような米国の枠組を踏まえて今回のFCCの発表データをもう一度整理、精査してみよう。

1) 固定交換網1億8,800万回線以外に、(1)携帯電話1億3,600万回線、および(2)ケーブル利用の電話(cable telephony) 300万回線(300万回線は交換アクセス回線総数の2%に相当)の二種類があり、ともに増加していること

2) 固定交換網の1億8,800万回線の内訳
(1)既存地域事業者(固定交換網)----1億6,300万回線
(2)競争事業者---- 2,500万回線で、競争事業者のシェアは13.2%(1年前には10.3%)

3) 競争事業者回線の内訳
(1)他社サービスのリセール方式----19%(1999年12月末の43%から減少)
(2) UNE方式-----55%、他社の市内回線を利用(1999年12月末の24%から増加)、
(3)自前の市内回線利用-----26%
・ 競争事業者回線の58%は住宅および小規模事業所 (既存地域事業者の場合は78%が住宅および小規模事業所)(競争事業者の住宅および小規模事業所でのシェアは10.2%に上昇)

4) UNE方式の内訳細分
(1)既存地域事業者による競争事業者への「交換機能付市内回線のUNE方式での提供」は1,020万回線(750万回線から37%の増加)
(2)「交換機能の付かない市内回線のUNE方式での提供」は430万回線(410万回線から5%の増加)

以上で注目すべき点は、

(1)競争事業者の回線の74%は「リセール」および「UNE」の利用によるもので、自前の回線に立脚した本来の競争といえるものは26%どまりであること
(2)「リセール」の比率が大幅に減少し、「UNE」に移行しつつあること
(3)「UNE」の内訳でも「交換機能付市内回線」が大幅に増加しつつあること(大半が「リセール」から移行したものと推定される)。
この方式は、回線のみならず交換機能自体まで既存地域事業者に依存しており、「リセール」と大差ないと考えるべきであろう。
(4)競争事業者の回線はこれまで採算の良い事業所回線中心であったものが、次第に採算の悪い「住宅および小規模事業所」の比重が増大しつつあること

...などであろう。

(4) 米国の市内競争の問題点/ FCC委員長自身があからさまに批判

 以上のような背景で1996年電気通信法制定以来約7年間を経過し、前述のFCCプレス・レリーズのように米国での「市内通信での競争」が表面では順調に展開してきたかのようにみえるものの、様々な問題点も表面化してきている。

FCC委員長が便法(リセールやUNE方式)を批判

 Powell FCC委員長は今年春の「市内競争(UNE)規則の改定」に際して、とくに声明を出してリセールやUNE方式を名指しで批判している。
彼の意見は、「真の意味での市内通信の競争とは、あくまでも競争事業者が自前の設備で競争参入することでなくてはならない。リセールもUNEもともに既存地域事業者の設備に大半依存し、卸売料金(既存地域事業者に競争事業者が支払う事業者間料金)と顧客料金との僅かな差額を得るに過ぎない。リセールは名ばかりの実態のない競争であり、UNEにしても「交換機能付き」であればリセールと大差ない。いずれも競争事業者の顧客料金は既存地域事業者側の要因に左右される度合いが大きく、既存地域事業者に立ち向かえる競争的な料金を打ち出せる余地は非常に限られている。競争事業者が自前の設備で堂々と既存地域事業者と競り合ってこそ、真の競争状態が生まれ、消費者もはじめて競争による実質的な利益を得ることができる。1996年電気通信法施行から7年も経過した今日、望ましい方向に整理していくべきであろう。」ということである。
FCCは大統領ではなく、議会に対して責任を負う「独立行政委員会」であり、委員の任命も大統領の推薦で議会が承認する。予算も議会が決定する。1996年電気通信法を創った議会に対して、その根幹ともいうべき市内競争メカニズム自体をFCC委員長が批判するのは勇気の要ることであろう。この声明も控えめのもので、彼の本心、本音はもっと強烈で、これらの「競争の便法」の廃止にあるのかもしれない。

大手通信事業者の安定経営の必要性からの反省

 2000年以降急に浮上したIT大不況で、群小の新興事業者のみならずGlobal Crossing(2002年1月)、 WorldCom (2002年7月)等の大手長距離通信事業者が経営破綻し、一時はAT&Tまでが破産を噂される事態となった。さらにベル系地域電話会社でも要員削減やリストラがほとんど軒並み行われ、経営不安が浮上している。また、米国では通信は国防の根幹と認識され、大手の通信会社は国防通信に協力する義務が免許に明記される。大手事業者の破綻で通信が途絶し国防や犯罪捜査が阻害されることに対する懸念の深さは日本の比ではない。WorldCom破綻が明らかとなった翌日にFCC委員長が国防総省や各省庁と政府通信の維持について緊急協議を行い、さらにニューヨークに飛んで金融機関にバックアップを懇請し、顧客にも冷静な行動を求めたのは象徴的であった。
 Powell委員長の「これまでFCCは古典的な料金規制や競争促進だけを職責としてきたが、今後は事業者が倒産など破綻しないように目配りしていくこともAT&Tの重要な職責となる」との発言(WorldCom破綻直後の記者会見)は、このあたりの事情を端的に示していよう。
これまでの議会やFCCの「競争一点張り」の方針に「インフラの確保と安定した経営」の観点からも配意していく必要を認識したのであろう。 行過ぎた、しかもあまり意味のない形ばかりの競争に憂き身をやつすことを反省しているのではないだろうか。

大手市内事業者の高度通信設備への投資インセンティブ

 もう一つ、今春のFCCの「市内競争(UNE)規則の改定」過程のなかで大きな論議呼んだ点は、ベル系地域電話会社等の大手市内事業者による高度通信設備への新規投資のインセンティブの問題であった。

 1996年電気通信法はもう一つの政策目標として「高度通信の全国への迅速な普及、展開」を掲げ、FCCに毎年の現状把握と阻害要因の分析など所要の措置をとるよう義務づけている。

 これまでの精度では、UNEメカニズムのように、競争事業者が既存地域事業者に設備の貸与を申出た場合には、既存地域事業者はそれに応ずる義務が根底となっている。高度通信インフラの土台となる顧客用の光フアィバなどに既存地域事業者が新規設備投資しようとしても、これまでの銅線と同様に競争事業者にも貸与・利用させる義務をつけたのでは「敵に塩を贈ってまで」と投資意欲が減退するのではないかという点が大きな論議となった。結局、今後新設する光ファイバについてはUNEから除外することで決着している。これも従来からの競争最優先で競争事業者を優遇する方針からの大きな転換点である。

(5) 今後の市内競争政策の行方

 以上見てきたように、米国の市内競争政策は、一つの転換点に立っているといえよう。大正年代に制定されたわが国の借地借家法があまりに借地借家人側の権利保護に傾きすぎたため、土地の貸し渋りが起こり、定期借地権等の新たな制度で所有者側の立場もある程度補強したのと同様に、米国のこれまでの市内競争政策がいろいろな別の観点から見直す機運が醸成されているのである。

 FCC発表の表面だけでなく、その背後の新たな胎動も今後見逃さないようにウオッチしていく必要があろう。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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