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2003年9月掲載 |
大きな転換期にさしかかった米国での市内通信競争政策
■ようやく出された市内競争規則FCCは8月21日、ようやく懸案の「市内通信競争規則」(第三版)の公示にこぎつけた。とくに既存地域事業者の光ファイバ等のライバル事業者への貸与義務を廃止する内容となっている点が注目される。この点はわが国でも最近論議を呼び、参議院案では光ファイバの他社への開放義務を課さない方針であったものが衆議院では開放義務を課す方向になった。FCCは今年2月20日、長い論議と紛糾のすえ、ようやく市内通信での競争の基本となる改定規則の「枠組」を発表した。これは1996年電気通信法が設けた市内競争の増進のための便法の一つで最重要な「アンバンドリング(細分)された市内通信機能要素(UNEムUnbundled Network Elementsム後述参照)」に関するものである。しかし、この問題は市内競争政策面での重要な問題であるだけに委員の間でも鋭く意見が対立し、ほとんどの委員が「一部分賛成/一部分反対」という稀な事態となり、結局は5名の委員の3対2の多数決で採択された。 しかもその時点では骨子に相当する「枠組」のみが決められただけで、正式の規則本文は先延ばしされ、委員相互でまだ議論が続いていた。しかしながら委員の間の紛争は決着せず、その後、委員の間で多少妥協修正が行われた模様だが、Powell委員長と委員一名は依然反対の立場を崩さなかった。 半年も経ち、このほどようやく8月21日に正式な規則(「1996年電気通信法第251条の既存地域事業者のアンバンドリング義務、等」)が発表されたわけである。 ■委員長は異例の反対声明/今後実施過程で大混乱かしかし委員長は2月の場合と同様に、別に反対声明を出すという異常な状況は変わっていない。委員長は「新規則は誤った政策への踏出しであり、将来に禍根を残す」とまで厳しい批判をしている。 既存地域事業者の市内通信諸要素のうちどれをライバル事業者への販売義務の対象とするかの判定、また、その事業者間料金をどうするか等について、州当局に大幅に権限を委譲したこともあり、今後の実施段階で州ごとにバラバラの事態が出現し、それが訴訟合戦に移行し、州ごとに51もの裁判所の審理に長い時間がかかるなど、今後大きく混乱することも予想される。判決もバラバラになって、最終的には最高裁に持ち込まれるといった泥沼化の可能性が委員長によっても指摘されている。 ■従来の「競争事業者」偏重政策から「既存地域事業者」のインセンティブにも配慮する方向での舵きり今回の新規則は、光フアィバやパケット交換等の市内通信要素のライバル事業者への販売を既存地域事業者に強制する義務づけは廃止するなど、裁判所によって無効とされた従前二回の規則が圧倒的に新規参入事業者に有利であった姿勢を大きく変換して、既存地域事業者の新規高度通信インフラへの設備投資インセンティブに配意している。この背景には、広帯域高度通信の普及促進という大目標のため、既存地域事業者による新規設備投資意欲の喚起の必要があるという事情がある。せっかく多額の資金を投じてこれらの高度通信インフラを建設しても、それをライバル事業者にも貸与する義務を課されるのでは、二の足を踏むからである。とくに近時、インターネットの急速な普及やxDSL等の新テクノロジーの進展で高度通信は重要な時期にさしかかっており、この問題の早期解決が迫られていた。 まず、基礎となる1996年電気通信法の枠組を見てみよう。 1996年電気通信法の枠組 1996年電気通信法はその主目標の一つである市内通信市場での競争の促進で競争事業者の参入を容易にするため、「リセール」と「(市内サービス諸要素の)アンバンドリング」という便法を設けた。 「リセール」は、競争事業者が既存地域事業者の市内サービスをまるごと割引料金で買い入れ、それを自己のサービスとして顧客に再販売する方法であり、「アンバンドリング」は、市内サービスを(加入者回線、市内交換機能、ケーブルダクト、架設開通/事業運営のデータベース、料金請求、信号機能、番号簿、番号案内、等の)いくつかの機能要素(UNE:unbundled network elements)に細分し、競争事業者が自身ではまかなえない要素だけを既存地域事業者から割引料金で買い入れ、それと自身でまかなう要素とを組合わせて顧客に市内サービスを提供する方法である。1996年電気通信法は、競争事業者による「リセール」と「UNE」の要請を既存地域事業者は拒否できないとし、相互接続と同様に既存地域事業者の責務とし、義務づけた。また、UNEについては、「新規参入者の参入を阻害する(impair)ことのないよう、FCCはUNE実施のための規則を制定すべし」と命じた。これら二つの便宜的方法により、新規参入事業者はすべてを自己の設備で賄う必要がなく、多額の設備投資なしに簡単に市内市場に参入が可能となったわけである。 市内通信での競争状況 実際に「リセール」と「アンバンドリングUNE」がどのくらい役に立っているか、最近FCCが発表した「市内競争状況」を見てみる。 FCCが発表した2002年12月末現在の市内通信での競争状況
つまり固定網回線数でのシェア13.2%の競争事業者の回線は、55%が「UNE」利用という圧倒的多数をしめ、しかもその比重も急増しつつある。「リセール」の比重は急減しており、「リセールからUNEへ」という移行も進んでいることをうかがわせる。「競争事業者の自前の設備」による本格的な競争はわずか26%どまりである。 FCCの市内競争規則は、これまでに裁判所により二回も無効の判定 市内電話での競争について、FCCはUNEの実行のため二度にわたり規則を制定したが、その都度裁判所により差し戻されている。
1996年電気通信法制定から既に7年も経過して、いまだにUNEの実行のための規則が固まらない状態であり、FCCはこれを早急に定めねばならない立場に追い込まれていたのである。 二大政策目標の間の矛盾/二兎を追うFCC 1996年電気通信法施行後7年が経過し、「市内サービスでの競争増進」と「高度サービスの普及促進」という法の二大目標の間での矛盾が表面化している。 高度サービスの普及状況についてもFCCは以下のように2002年12月末現在の数値を発表している。FCCの定義では、「少なくとも片方向が200kbpsを超えるもの」を「高速回線」(high-speed lines)とし、「双方向ともに200kbpsを超えるもの」は「高度回線」(advanced lines)とされている。 1)「高速回線」(High-speed lines)
2)「高度回線」(advanced services lines)
3)テクノロジー別
しかし、設備投資等の財務力のある既存地域事業者は、せっかく設備投資して光ファイバ等の設備を作っても、それをライバル参入者にも割引料金で貸与しなければならないという条件つきであれば、意味がないとして手控える事態が生じた。財務基盤の脆弱な新規参入事業者にこうした投資を期待するのは難しく、都市部はともかく地方ではもともと採算面から新手の競争事業者自体が現れにくい。さらに最近の厳しい通信不況で、新規事業者は大半が経営に行詰り、破産法による再建手続に移行した。高度通信の新たな担い手がこうした状況であり、一方財務で余力のある既存地域事業者の経営も苦しくなり、ベル系地域電話会社のような大手名門でも設備投資の先送りだけでなく、要員削減等の大規模なリストラが相次いでいる。今日では、なおさら既存地域事業者の投資インセンティブを助長しなければならない事情がある 米国では、韓国等に比し米国での高度サービスの普及は遅れているとし、高度サービスの普及促進が今後の米国経済の成長にとって不可欠だとのコンセンサスがある。 市内競争で競争事業者を助成しながら、一方では既存地域事業者の投資意欲を助長するという、いわばある意味では矛盾する二兎を追う政策調整をFCCは迫られていたのである。 今回の規則は妥協の産物/委員長は厳しい反対声明 今回の規則改訂は、したがってFCC内でも大変な論議を呼び、規則を全体として賛成したのは5名の委員のうちわずか一名のみで、他はすべて一部分については賛成だが、一部分には反対という結果となった。全会一致ないしそれに近い規則採択が多いFCCで、稀に見る妥協の末の難産であった。 そうした事情から、2月の「枠組」決定の際にも、Powell委員長自身が声明で不満と懸念を表明している。 委員長は、以前から、「従前の市内競争規則があまりにも既存地域事業者の犠牲のうえで新規事業者を優遇していた」(議会での証言)と批判し、また、「リセール」や「UNE」の枠組は既存地域事業者のインフラに依存した過渡的な競争推進策であり、本来は「競争事業者の自前の設備に立脚した競争」に移行していくべきだという強い持論をもっていた。したがって、委員長が「光フアィバ等のアンバンドリング義務の廃止は、既存地域事業者のインフラへの投資意欲を刺激する点で一歩前進だ」としながらも、新規則の一部分には反対の表明をしたのは当然といえよう。 委員長は今回の正式規則制定に際しても再度声明を出し、懸念を表明している。すなわち、『多数意見は、「交換機能」もアンバンドリングの対象に引き続き残っている。「交換」機能こそ一番大切な機能であり、それと「回線」機能をも一体として競争事業者が低廉な事業者間料金で既存地域事業者から借りられるのであれば、既存地域事業者は自前設備を建設して参入するという回り道はしなくなる。それは既存地域事業者のサービスを表面上自分のサービスのように見せかけて、利鞘稼ぎするようなものである。多数派は、こうした安易なアンバンドリング体制(UNE-P)の温存を目指しており、これでは1996年電気通信法や議会が究極的に目指した「自前設備立脚の本来的な競争」を阻害している』『州当局に大幅に権限を委譲し、全国的にはバラバラのアンバンドリング体制となる』、『州の規則が51もの裁判所に持ち込まれ、ここでもバラバラの判決が出て、最終的には最高裁までゆく可能性があり、時間がかかりすぎる』などである。 委員長は「自前設備」での競争こそ国民の利益と強調 Powell委員長は今回の再度の声明で、次のように競争事業者の「自前設備」による競争こそ目指すべきで、回線だけでなく「交換機能要素」までアンバンドリング義務の対象とすることに強く反対している。 交換機能のアンバンドリングの現状は、先のFCCの「市内競争の現状」の資料によれば次のようになっている。
委員長が『競争事業者の「自前設備」による競争をこそ目指すべきである』とする論拠として挙げているのは次の諸点である。 『私の確固たる立場は、意味のある継続可能な競争を推進、強化することに根ざしている。これこそが議会が意図した目標、すなわち、規制を削減し、自前設備に立脚した真の競争を推進する途なのである。こうした政策のメリットは以下のように明瞭である。
委員長の懸念 委員長は今回の長文の反対声明の最後に「結論」として以下のように強い調子で懸念を述べている。 『私は、今回のFCCの決定は、ただでさえ既に脆弱化しているテレコム市場にとってあまりにも多くの混乱をもたらすことが明らかになると確信している。明確で長続きする規則(ガイドライン)を州当局に示すという職責を放棄して、多数派は泥沼のような混乱した規制を持ち込んだわけであり、この産業分野で現在かろうじてわずかに残っている投資をすら枯れさせてしまう。私がさらに既存地域事業者、いやそれ以上に競争事業者のために恐れるのは、こうした規制の不安定さや事業上の権利の見通しがつかない(参入や投資の事業計画での収支予測判断等ができない)状態が今後長い期間にわたり尾を引くことである。 間もなく、州当局において「なにがアンバンドリングされ、競争事業者に利用できるようになるか」を決める51(州の数)もの手続が開始されることであろう。さらにその規則決定が51もの連邦地方裁判所での行政訴訟に持ち込まれよう。一部では州当局が支持され、また、別の場所では反対の判決が出ることとなり、規制および裁判所判決での統一はまず望めない。さらにまた、51の判決が12の連邦控訴裁判所に持ち込まれる。これらすべてが同一の結論となりうるものだろうか? 惑星が一直線に並ぶのと同じ程度の確率しかあるまい。結局は最高裁に持ち込まれることとなるが、最高裁こそは1999年にFCCの第一回の競争規則を無効にし差戻したた裁判所なのである。こうした手続には永年かかり、それこそ訴訟狂乱である。 多数派のUNE-P決定は究極的には消費者を害する。この決定が消費者の利便を増進するとは思えない。いいですか、UNE-Pは経過的な措置としてでもその効果はきわめて限られたものであることを肝に銘じてほしい。市内通信での競争を長い期間安定して支えるにはそれは欠陥がある。UNE-Pは1996年電気通信法が根付く土台とはなりえない。各州でアンバンドリングが各要素をアンバンドリングの対象とする、各裁判所がそれを審理する。FCCは一切、口出しできない。政府の正しい政策がうまく誘導しない限り、規則面での恣意が横行し、それが風船のようにはじける事態を招く。 デジタル時代に向けての一歩が今日踏出された。しかし、私はUNP-Eに関する決定に失望した。しかしながら民主主義社会では多数決に従わねばならない。州当局にはこれで途方もない大きな仕事が負託されたことになる。彼らがFCCにはできなかったことを真摯に取り組むことを切望するものである。今後も私は彼らとともに国にとって最善の結果を得られるよう協同していく。これまでこうした結論を熱心に要望してきた事業者は、彼らの要望がかなったのだから、これまでその効能としてあげてきた低料金、革新的な新サービス等のメリットを現実のものとして市場で花開かせてほしい。私は一人の市民として見守っていきたい。本件は実に大変な案件であったが、ようやく過去のものとなった。他の解決を待っている案件にかかることとしよう。』 最後のパラグラフには多数派に敗退した委員長の無念さが滲んでいるとともに「匙を投げた」ようなムードさえ漂っている。 今回の正式規則の公布は、これまでの米国の「競争事業者偏重」の野放図で闇雲な競争政策が一つの大きな転換期を迎えたことの証左であり、委員長の声明どおりこれで一つの区切りはついたものの、これから先は容易ではないといえよう。 わが国では、既存地域事業者回線の競争事業者への貸与はあるものの、「リセール」や「UNE」はない等の違いはあるにせよ、光ファイバなどのライバル事業者への開放義務等が論議の的となっており、今回の米国の事件は、「とにかく競争事業者の利益を最優先する」という野放図な競争政策の限界の教訓として意味を持つと考える。「競争事業者」と「既存地域事業者」の双方のバランスをとり、「なにが究極的に利用者の利便増進につながるか」という広い高い視野から通信政策を策定していく必要性を訴えているといえないであろうか。 |
寄稿 木村 寛治 編集室宛>nl@icr.co.jp |
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