ホーム > トピックス2003 >
海外情報
2003年11月掲載

モトローラーでの創業家トップの退場とイリジウムの悲劇

−技術革新の早い電気通信市場での新プロジェクト立上げの難しさ−

 9月19日、携帯電話など無線通信機器や半導体の最大手メーカーのひとつであるモトローラーのCEOであるChristopher Galvinは、「この段階で、私は当社の事業ペース、戦略、進路について他の役員と同一見解はとれない」として、退任する意向を表明した。(CNET .Com 2003/9/19)

 辞任に関するその他の理由は明らかにされておらず、今後外部からのリクルートも含めて後継探しが始まっている。三代にわたり続いた創業家の支配の終焉は間違いない。

 同社は1928年に祖父Paul Galvinが兄弟のJosephとともにシカゴの借ビルの一角でGalvin Manufacturing Co.をスタートし、折からの大不況の中で奮闘してきた。Paulの子息Robertは1956年に社長に就任、業容を飛躍的に拡大し、世界的な大企業に変身させるとともに、その精力的なリーダーシップのもと、通商摩擦と評された日本への進出などでも大きな役割を果たした。社運をかけたといわれる半導体事業にも進出した。

「たくさんの衛星を利用した世界中、極地、大洋などどこででも使える携帯電話」という当時としては途方もない夢であったイリジウム構想を取締役会の大方の反対意見を無視して推進したのも彼である。

 今回は、モトローラーでの創業家トップの退場を機会に、創業家の実力トップだからこそ可能だったイリジウム・プロジェクトの悲劇をふりかえり、技術革新のスピードが著しく早いIT市場での新プロジェクトの難しさを考えてみよう。

■イリジウム・プロジェクトの発端は重役夫人のバケーション

 当時のウォールストリート・ジャーナルによれば、次のようである。
1990年代の初頭、ようやく携帯電話が普及の初期に差し掛かった頃、モトローラーの重役が夫人同伴でカリブ海のバケーションにむかった。夫人がシカゴの自宅で使い始めてその便利さに手放せなくなった携帯電話のハンドセットを使おうとして、当然のことながら区域外で利用できなかった。「地球上ならどこでも使える携帯電話はできないものかしら」という夫人のコメントを持ち帰った重役が、役員会でゴシップとしてこのことを話したのを耳にはさんだRobert Galvin CEOが「素晴らしいヒントだ。さっそく実用化の可能性を探ってみよう」ということになり、プロジェクトがスタートしたといわれる。

 当時はまだセルラー方式(アナログ)の携帯電話もようやく緒についた段階で、利用できる地域もまだ大幅に限られ、料金も高く、地球上どこでも利用できるこの衛星システムには十分商機があるように見えた。

 当初のシステム構想は、77の低軌道周回衛星(LEO)と二箇所の地上局を柱とした構成となり、再び役員会にかけられた。元素のイリジウムの番号が77であることにちなみ、このプロジェクトは「イリジウム」と名付けられた。しかし、ほとんどの役員は、「衛星関係等の建設投資額が巨額で、とても収支が償わない。また、世界中の各国で周波数を獲得できそうにない」などの理由で反対であったという。Galvin CEOは、「大変野心的なプロジェクトだが、実現すれば素晴らしい大変な事業になる。わが社の無線技術を集約すればできないとは思わない。みんながやらないのなら、自分一人ででもやる」とまで強い意向を示したため、方向だけは固まった。

 構想が公表されるとその壮大さに全世界が驚嘆した。折しもモトローラーは着々と業容を拡大していたこともあって、その成功を疑う者もなく、代理店の希望者も続出し、ウォールストリート・ジャーナルなどほとんどのメディアもトップダウンの野心的なチャレンジ精神に満ちたマネージメントを絶賛した。

■コスト削減と製造期間の大幅短縮、周波数獲得に大変な努力

 特別のタースク・フォースが編成され、技術面のアーキテクチャでの建設費用の大幅圧縮、早期サービス開始のための製造部門の工期大幅短縮、世界各国での周波数獲得や調整、資金調達計画、営業代理店編成などの難しい仕事に全社をあげて取り組んだ。

 地上局を2箇所に限定し、しかも低軌道衛星のため鏡のように地上からの電波を単純に一回だけ反射だけすればよい方式ではなく、衛星間の通信機能が必要なため構成が複雑で、もともと設計が大変だったうえに、さらに建設投資額の圧縮のため衛星の個数を66に減らすなどの途中変更もあったためとくに設計部門の仕事は大変で、まさに夜に日をついでの日々が続いた。部品等の系列企業も通常なら2年はかかる製造を数ヶ月でとの厳命をうけて奮闘した。

 この頃になるとライバル構想も具体化しはじめた。Hughes中心のGlobalstarやインマルサット主導のICOである。モトローラーはイリジウムの世界最初のサービス開始にこだわった。

 1996年5月に衛星コンステレーションの建設と20万台のハンドセットに関しFCCの認可を取得、1997年1月には地上局2箇所(ハワイとアリゾナ)の免許も取得し、衛星も次々に打ち上げられ、1998年11月1日、ついに世界で最初の衛星方式のグローバル携帯電話サービスが開始された。

Fact Sheet

システム構成の概要と経営形態

(衛星)
 衛星は66個プラス予備衛星6個。利用者の真上の衛星まで衛星間をリレーし、地上へ。
 衛星高度 780km、 衛星重量689kg 、 周回速度 100分28秒、 寿命 7-9年
 静止衛星(高度約36,000km)と異なり低軌道のため、伝送遅延が少なく、少出力でバッテリーも長時間

(地上)
システム・コントロール および 電話のゲートウエイ機能
 ハワイとアリゾナの2箇所

(ハンドセットと通信料金)
ハンドセットは3,000-4,500ドル   料金は1分あたり3-6ドル
セルラーの利用可能地域ではセルラーに切替わるデュアルモード方式

(運営形態と資金調達)
モトローラーが18%出資し最大持分を持つIridium LLCが約60億ドルの資産を所有・運営
 世界中で代理店網を形成、出資(日本では当時のDDIが参加)
 出資のほか銀行借入で資金を賄う。(一部モトローラーが債務保証)

■サービス開始直後から業績不振

 しかしながらイリジウムの事業は最初からつまずいた。

 1999年7月24日に公表されたFCCの「商用移動通信サービスに関する年次報告書」は次のように記述している。

「イリジウムは最初の衛星方式の携帯電話サービスを世界に先駆けて1998年11月1日に開始し、文字通り地球上のどの地点でも利用できることとなった。しかし、当初予定した事業業績を挙げるのは困難であろうとの報道がなされている。銀行等の債権者に約束した『獲得加入者数と売上高』のターゲットが期日までに達成できず、まず60日間、続いてさらに30日間の猶予を願い出て、承認された。」

 1999年末までの獲得加入者数はわずか5万程度にとどまった。(2000年8月18日のFCC「商用移動通信サービスに関する年次報告書」)

 1999年7月15日のニューヨーク・タイムズは、「モトローラー、イリジウムへの追加出資を打ち切り。イリジウムの苦境深刻化」と題する次の記事をのせた。

「モトローラーはこれ以上のイリジュウムへの資金提供を打切ると発表し、イリジウムの株価はさらに低落した。イリジウムの株価は昨年に比し89%も低落している。今回の資金支援打ち切りの報道でイリジュウム株価は水曜日1日で18%も値を下げた。(1.4375ドル下げて6.75ドルに)
イリジウムは、その機器の価格が高く、通話料金も高額なため、十分な数の顧客を集められていない。
モトローラーはイリジウムに対し16.7億ドルの債務保証を行なっており、本年第二四半期には1.26億ドルをイリジュウム関係の損失金として計上済みである。」

 さらに同年8月になると、事態はさらに悪化し、ワシントン・ポスト、フィナンシャル・タイムズ等が次のように報道した。(8月12日)

「50億ドルの設備投資でグローバルな衛星移動通信サービスを行なっているイリジウムは8月11日、15億ドル余りの銀行借入金の元利払いで債務不履行となったと発表し、破産に一歩近づいた。
今回の債務不履行は、チェース・マンハッタン銀行からの8億ドルの借入金と親会社のモトローラーが債務保証している7.5億ドルの借入金である。前者もモトローラー以外の会社が債務保証を行なっている。これまでの交渉により数回支払期限が延期されてきたが、遂にチェース・マンハッタン銀行も債務不履行を宣言したものである。」
「親会社のモトローラーは、イリジウムの資本の18%を出資しており、さらにイリジウムの7.5億ドルの借入金にも債務保証している。」
「しかし、問題は債務処理だけではない。問題の根本は顧客数の不足であり、その原因は機器の価格や料金が高いことで、また、技術的にもトラブルがある。大量の資金を追加投入すれば販売面では立ち直る可能性はあるものの、イリジュウムは運転資金をも含め更なる資金が必要である。5-6年すれば衛星も寿命がきて、更改が必要となる。追加資金の拠出に応ずる投資家も少ないであろう。ICOやGlobalstarなどのライバルも近くサービス開始を予定しており、セルラー事業者もサービス内容を充実しつつあり、環境は厳しい。」

■ついに破産宣言、サービス停止

 イリジウムは1999年8月13日、ついに米国破産法第11条による債権者からの保護を申請した。(2000年8月18日のFCCの「商用移動通信サービスに関する年次報告書」)

 2000年3月にはついにサービスも打ち切られ、衛星は順次大気圏に突入させ、焼失させる計画も発表された。

■国防総省等が救いの手

 これまでの加入者の大半は米国国防総省を中心とする米国政府であり、一部北海油田開発サイト等でも利用されていた。とくに国防総省は世界僻地での軍事活動上、どうしてもイリジウムのサービスが不可欠として善後策を練っていた。

 2000年11月、新組織Iridium Satellite LLC.がイリジウムの全資産と営業権を25百万ドル(モトローラー等の投資額の約1/200)で買収する提案を行い、破産裁判所の承認を経て同年12月に買収を完了し、国防総省等と2年間の契約を締結した。

 2001年3月、サービスが再開され、加入者数は約2万、1か月の収入は3百万ドル程度となった。

■新会社の努力

 新会社は、営業のターゲットを僻地、大洋等に絞り、セルラーとの競合を避ける一方で、2001年6月からは電話のみでなくページャー、Short Message(160字まで)、Short Burst Dataなどもサービス対象に加えた。

 また、不評だった大きなハンドセットを小型軽量化し、950ドルからという低価格化も図っている。通信料金も1分あたり1.5ドルと値下げした。

 さらにオペレーションとメンテナンスをBoeingに委託して、経費節減を図る努力も行っている。

■破綻の原因

 イリジウムの破綻の原因は次のように多岐にわたっている。

? 通信料金がセルラー等に比して大幅に割高
? ハンドセットが高額
? ハンドセットが大型で重い
? 通話品質の悪さ(伝送遅延も含む)
? セルラー等のライバル携帯電話の拡充(過酷な競争を背景に、サービス地域の拡大、一部ハンドセットの無料化、料金の急激な値下げ、デジタル化、ハンドセットの小型化、バッテリーの長時間化、通話品質の向上、等)
? 衛星携帯電話という狭い市場に他のライバル2社も登場
(Globalstarは48の低軌道衛星、2000年2月にサービス開始、イリジウムのサービス中止で2000年末には唯一の事業者で加入者数約3万、その後2001年1月に破綻)
(ICOは12の中軌道衛星、資金が集まらず1999年後半に破産宣告した後、セルラーのパイオニアMcCaw氏が12億ドル拠出、衛星データシステムのTeledesicと融合へ。)
? 2000年からのIT不況

 このなかで一番効いたのはセルラー方式携帯電話の飛躍的な発展であろう。イリジウム構想が練られた頃の通話不能区域が大幅にカバーされ、ハンドセットがほぼ無料、通信料金も激烈な競争で急速に値下げされ、イリジウムの想定した市場をほとんど奪ってしまった。ライバル2社の破綻の原因もほぼこれと同様であろう。

■IT分野での新プロジェクトの難しさ

 以上のようなイリジウムの悲劇から得られる教訓は、IT市場での新たなプロジェクトへの警告であろう。

 すなわち、急速な技術革新の進むこの分野では、技術はまさに日進月歩であり、最新のテクノロジーをこめた製品も完成の翌日から、恐るべきスピードで陳腐化が始まる。パソコンは、一年に2回新モデルが売り出され、機能も飛躍的に改良されてしかも価格が安くなる。買ったときから一年もすれば大変古いモデルとなってしまう。

 イリジウムも着想時はたしかに卓抜した構想であったが、それが設計、製造、サービス開始までに技術レベルが陳腐化してしまったのが大きな落とし穴だったのではないだろうか。ライバルとなるべきセルラーが、技術、料金等の面で文字通り日進月歩し、すべての面で衛星方式をはるかに凌駕してしまったという市場環境の激変も大きかった。

 イリジウムのような壮大なプロジェクトはまた、モトローラーのような創業家のチャレンジ精神にあふれた実力トップの決断で初めて日の目を見ることができたのであろう。取締役会のメンバーのほぼ全員が反対したプロジェクトだった経緯がある。今回の創業家トップのステップダウンは、イリジウムで大きな傷を負ったモトローラーの他の役員による創業家トップの独断・専行への反抗の表れとも見ることができるのではないだろうか。

 最近同社は半導体部門の売却など、手堅いコア事業だけに絞り込んで収益の回復を図りつつあるようだが、リスクをとらない盆栽経営化の道である。ブレークスルーするような画期的なプロジェクトへのチャレンジは影を潜めてしまう恐れもある。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
▲このページのトップへ
InfoComニューズレター
Copyright© 情報通信総合研究所. 当サイト内に掲載されたすべての内容について、無断転載、複製、複写、盗用を禁じます。
InfoComニューズレターを書籍・雑誌等でご紹介いただく場合は、あらかじめ編集室へご連絡ください。