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2005年2月掲載

SBCによる買収で消え行くAT&Tへの挽歌

■誰も驚かない大ニュース

 1月末の31日、ベル系地域電話会社第二位のSBC Communicationsが、かっての親会社で長距離通信事業者第一位の名門AT&Tを160億ドルで買収する合意に達したとの大ニュースのプレス・レリーズを出したが、誰も驚かなかった。これだけの規模の買収が「ようやく来るべきものがきた」と冷静に受け止められたのも不思議ではない。AT&Tはここ数年のうちに二回も同じくベル系地域電話会社のBell Southに合併を持ちかけ、しかも断られており、買収されるのは時間の問題とのコンセンサスがあったからである。

 こうした合併の場合、実質は「買収」(acquisition)であっても「合併」(merger)と称したり、建前だけでも平等の形を作るのが通例だが、今回の買収では、

  1. AT&Tの株主には通例のプレミアムは支払われない
  2. AT&Tの経営陣もDorman会長兼CEOが新会社のNo.2の社長になり、他に2名だけが現在16名の役員のSBC取締役会に加わるだけ
  3. 新会社の本社もテキサス州の現SBC本社のまま

というAT&Tにとってはまさに屈辱的な条件といえよう。

 このニュースをうけて2月早々、別のベル系地域電話会社であるQwestが、同じく長距離通信会社で買収標的と目されているMCI(WorldCom)と交渉を行っているとか、最大のベル系地域電話会社のVerizonもMCIを狙っているとかが、報じられている。2000年以降、いわゆる通信バブルの崩壊で、1990年代後半に荒れ狂った合併/買収ブームがすっかり沈滞していたが、先頃、携帯電話業界でCingularによるAT&T Wirelessの買収とか、SprintによるNextelの買収が実現し、胎動が感じられる。今回のSBCによる買収が合併/買収ブームの再来、ひいては業界大再編成の引金になるのかも注目されている。本来それほどの大きなインパクトをもつ事件なのである。

 まず、今回の買収の要点を整理し、かっては米国を代表し最大で最も信頼され尊敬されてきたAT&Tがここまで落ちぶれた経緯を振かえり、最後に今回の買収の行方とそのインパクトを考えてみたい。

■SBCとは? 躍り出た野心的な一地方通信会社

 SBCもBell Southも、ともに1984年のAT&T分割でAT&Tからスピンアウトされて誕生した7つの地域電話持株会社の一つであり、AT&Tはいわば親会社である。ベル系地域電話会社はその後、合併を通じて現在ではこれら2社と第一位のVerizonと第四位のQwest(US Westを買収した新興長距離通信会社)の4社に集約されている。

 今回脚光を浴びたSBCは誕生当初にはSouthwestern Bellと称し、テキサス等を中心とした中西部が本拠だったが、1984年以降、兄弟のベル系地域電話会社であるPacific Telesis(カリフォルニア等)を1997年に買収し、さらに、1999年にAmeritech(シカゴ等の中部)をも買収し、その営業区域を拡大するにつれ名称を短縮してイニシャルとし現在のSBCという社名になった。

■今回の買収の狙い

 今回の買収合意でSBCのプレス・レリーズは、そのメリットを次のように謳いあげている。

  • 160億ドルのこの取引で、それぞれが業界のリーダーである両社が、それぞれが持てる力と顧客基盤を補完しあう
  • AT&Tの「全米およびグローバルなIP方式のネットワークおよび専門能力」とSBCの「強力な地域交換、広帯域、携帯電話資源」とを融合

 具体的にいえば、SBCはその営業区域で5,200万の市内顧客をもつほか、Bell Southとのジョイントベンチャーで5,000万の顧客を抱える米国第一の携帯電話企業であるCingularの60%持分をも持っているものの、大企業顧客はほとんど持たない一介の「地方事業者」とみなされていた。これに対してAT&Tは、米国内と世界で高度かつ高品質のネットワークを持つだけでなく、さらにFortune誌のトップ1,000社の大企業のほとんどすべてを顧客に持ち、複雑な大企業の高度な通信ニーズに対応している。

 SBCは今回の合意で一挙に、最大の長距離通信事業者となり、企業向けの電話およびデータ・サービスの最大の事業者となる展望が開けたのである。まさに念願の「真の意味での全米事業者、グローバル事業者」となるのである。

■AT&T凋落の足取り

 AT&Tの衰退については、さきに一年前にも本欄で一度まとめたことがあるが、長くなるが一部重複をご勘弁いただいて、要点を再度見てみたい。

かってのAT&T帝国

 1984年のいわゆる「AT&T分割」までのAT&T(American Telephone and Telegraph Co.)を中核とした「ベル・システム」は、研究開発/機器製造・据付/通信事業運営を一貫した垂直統合体であった。

The Bell System(垂直統合体)
AT&T(持株会社、および長距離/国際通信のLong Lines )
Western Electric(機器メーカー: AT&Tが100%保有)
Bell Laboratories(ベル研究所: AT&TとWEが折半所有)
Bell Operating Cos (電話運営会社: 22社はAT&Tが100%所有、2社はマイノリティ株主)

 つまり、研究所が開発した機器をWEが製造・据付を行い、通信事業では、長距離通信はAT&TのLong Lines Departmentが全米をほぼ独占する形で、また主要都市部はベル系地域電話会社が市内および近距離通信を行っていた。地方都市や僻地での市内通信では、GTEやUnited等のいわゆる「独立系(非ベル系)電話会社」もあったが、主要な通信機器は特許独占でWEのいいなりの価格で機器を購入するよりなかった。このため連邦政府司法省が「WEはその独占的地位を利用して不当に高額の機器を独立系電話会社等に販売している」として独禁法訴訟を提起し、永年争われてきた。

1984年のAT&T分割(The Divestiture)

 1983年にようやく政府とAT&Tの話合い和解が成立し、裁判所のもとで「同意審決」が出された。しかし、その過程でAT&Tは「研究所と機器製造部門」を手放すことに強く抵抗したため、急遽、その代償として「ベル系地域電話会社」をスピンアウトし、AT&Tとの資本関係を絶つこととなった。AT&T100%所有だった22社のベル系地域電話会社は7社の地域持株会社(SBC, Pacific Telesis, Ameritech, Bell Atlantic, Nynex, BellSouth, US West)の傘下に再編成された。

 それまで親子の関係で幹部の定期的な交流もあったAT&Tとベル系地域電話会社は、完全に絶縁されることとなった。長距離通信の接続でベル系地域電話会社が独立系電話会社よりも有利な扱いをAT&Tから受けないようにするため、ベル系地域電話会社は「長距離 (LATA間)通信」を禁止され、その業務は市内と近距離に厳しく限定された。

 これでベル系地域電話会社とAT&Tはアクセス・チャージの支払い等で対立関係が生じた。さらに通信の広域化のトレンドや顧客のワンストップ・ショッピングの要望から、「長距離通信」と「市内/近距離通信」の垣根が流動化し、お互が相手方の市場に進出を図るようになるにつれて、ライバル関係が先鋭化し利害が真っ向から対立するようになっていく。ベル系地域電話会社の切り出しは、AT&Tにとって将来に大きな禍根を残すこととなった。

裏目に出たAT&Tの長期戦略ビジョンの積極展開

 1984年の「AT&T分割」で重荷だった政府の独禁訴訟に終止符をうち、AT&Tは将来に備えて果敢な挑戦を始めた。

 まず、AT&Tはそれまでは禁じられてきた「コンピュータ事業」への進出は認められ、コンピュティングと通信の融合時代に備えて、1991年にコンピュータ事業者NCRを買収して新事業分野でIBM追撃を企図した。1993年には、全米第一位の携帯電話事業者のMcCaw Cellular Communications Inc.を買収し、携帯電話市場にも進出した。1999年には、米国第二位のCATV事業者のTCIを買収し、さらに翌2000年にはMediaOneをも買収して、米国最大のCATV事業者となった。

 これらの買収は、市内通信のインフラとして活用し、いまやライバルとなったベル系地域電話会社の市内インフラに依存しない(バイパス)で「市内/長距離/国際サービスのすべてを自前のインフラで提供できるAll-Distance Company」を目指すという雄大なビジョン戦略に基づくものであり、注目と賞賛を集めた。

その後のベル系地域電話会社の統合と長距離通信市場への進出

 1984年のAT&T分割では7社のベル系地域電話会社が誕生したが、1996年電気通信法施行以降、買収/統合が進み、現在は4社(,大きさの順にVerizon, SBC, BellSouth, Qwest)に集約され、さらに以下のように当初は禁止されていた長距離通信市場への進出も認められて、ベル系地域電話会社は一層巨大化している。

 1996年電気通信法は、「ベル系地域電話会社の長距離通信事業の禁止」の原則は引継いだが(ただし、自己の営業区域以外では長距離通信の競争促進のため自由とした)、市内市場をライバル事業者に十分に開放したと州当局およびFCCにより認定されたベル系地域電話会社は、州単位で、自己の営業区域から発信する長距離通信事業についても、いわば例外的に参入を認めることとした。

 当初はベル系地域電話会社が申請しても市内網の開放が不十分との理由で却下されるものが多かった。しかし、1999年12月にBell Atlantic(現在のVerizon)がやっとNew York州に関し最初の認可を取得してからは順次認可され、2003年12月Qwestから出されていたArizona州に関する認可
を最後に、ベル系地域電話会社は全米(48州)で認可取得を完了した。これでベル系地域電話会社はどこででも長距離通信サービスの提供もできることとなったわけで、いわば1996年電気通信法の例外と原則が入れ替わったことになる。

 長距離通信市場ではこれまでは長距離通信事業者間だけで激烈な競争が展開されてきたが、財務や、技術力もあり、囲い込んだ市内通信顧客基盤をもった強力なベル系地域電話会社も長距離通信市場に参入し始めたわけで、競争はさらに激しさを加えつつある。

成長事業を相次いでスピンアウトしたミス

 AT&TはCATV(TCI)と携帯電話(MacCaw Cellular)の大型買収で借入金が急増していたところに、さらに2000年に入って不況の影響もあり、大幅な赤字が続き、資金繰りも急激に悪化した。株価も急落し、格付会社は「AT&T社債/株式は投機的」と判定しはじめた。銀行からの借り入れも格付の急落で難しくなった。

 やむなくAT&Tは2000年10月に、4事業部門を分社化するリストラ案を打ち出した。 

すなわち、

  1. 企業顧客部門 (AT&T Business (新AT&Tの親会社) 長距離通信)
  2. 消費者顧客部門 (AT&T Consumer (住宅むけ長距離通信)
  3. 広帯域(CATV)部門 (AT&T Broadband (1999年にTCIから買収したCATV等))
  4. 携帯電話部門 (AT&T Wireless)

を分社化し、それぞれの業績反映株式(Tracking stock)等の発行を可能とするものであった。

 このリストラ計画は、ビジョンに基づいて事業の将来に備えるというようなものではなく、いわば当面の急場を凌ぐためのものであった。成長分野で多額の設備投資資金が必要な携帯電話事業部門の要請にも応えられなくなっていたので、携帯電話は準備完了次第に別の独立会社とすることとし、2001年7月にAT&T Wireless Services Inc.として独立した。NTT DoCoMoが16%の持分を取得したのもこの時である。

 AT&TはCATVを市内通信のインフラに利用する野心的な戦略から1999年にCATV最大手TCIを約1,100億ドルで買収したが、通信には不可欠な双方化の技術も実らず結局失敗、また、負債削減のため 、結局2002年7月Comcastに470億ドル(ほかに250億ドルの債務肩代わり)の安値で売却を余儀なくされた。リセールによる市内事業への進出も撤退に追い込まれた。

 このように、魅力があり売れるものから売らねばならず、携帯電話や広帯域通信などの成長分野で将来の事業の核となるべき事業部門を切り出さねばならなかったことが今日の苦境の最大の原因になっている。残ったのは、固定通信の長距離通信事業だけとなり、そのうちとりわけ消費者部門はまったくのお荷物と成り果てていた。

その他の悪材料

  • ・ 「以前の子会社に吸収される交渉か」の報道
    2001年9月には、「かっての子会社だったBell SouthにAT&Tが「合併」救済を求め、吸収される交渉が行われている」との報道がなされた。最近も2003年10月に同じ交渉がもたれたが、価格面で折り合わず決裂したという。Bell Southにすれば、第一回の交渉時よりAT&Tの株価と時価総額が大幅に低落しているので、「待てば待つほど安値で買える」と踏んだからといわれている。わが国でたとえれば、NTT持株会社(長距離通信事業者のNTTコミュニケーションズをも含む)がNTT西日本に買収されて併合されるようなものである。
  • 英国の BTとの国際JV (Concert)を解体清算(2001年10月)
  • 株価5ドル割れ(わが国の100円割れと同じ)の危機で株式併合(2002年4月。5株を1株に。こうした姑息な手段でやっと20ドル台に面子を保った。ムーディズがJunk債すれすれの格付け)

AT&T凋落の原因

 以上なようなAT&Tの下降スパイラルの原因を整理してみよう。

(1)経営戦略のジグザグ

  • 1984年の分割時の戦略ミス (製造部門WEの温存のため地域電話会社を放出、代償として得たNCR等のコンピュータ事業進出も実らず)
  • 1993年McCaw Cellular買収(1994に完了)
  • 1999年に新CEOのArmstrongのもと、CATV最大手TCIを約1,100億ドルで買収、市内通信のインフラに利用する野心的な戦略も結局失敗(双方化の技術実らず)、結局2002年7月Comcastに470億ドル(ほかに250億ドルの債務肩代わり)の安値で売却。リセールによる市内事業への進出も撤退。

(2)長距離通信市場でのシェア喪失

  • 伝統的な長距離通信ライバルのMCI、Sprintとのcut-throatの料金値下げ戦争に加え、インターネット・バックボーン系の新興事業者(WorldCom, Global Crossing,等)、さらには衛星事業者も参入。ベル系地域電話会社も48州で長距離通信事業に進出認可取得、順調に顧客を獲得中。
    AT&Tの長距離通信売上高シェア(市内以外の近距離も含む)は、1984年には68.3%だったものが、2002年には32.9%に落ち込んでいる。[FCC資料 Trends in Telephone Service ; 2004/5]

(3)拡大戦略の挫折と財務悪化

  • 英国のBTとの国際通信JVの破綻
  • 中国進出も挫折撤退
  • 携帯電話/CATV買収費用や過大なケーブル敷設投資で有利子負債急増。財務を圧迫。

(4)資金繰りの急迫から苦し紛れの事業分割と売却

  • 成長分野の携帯電話部門(AT&T Wireless)をCingularに100%売却  (2001.5.)
    CATV部門をComcastに売却  (2002.7.)

(5)IT不況

  • 2000年頃から表面化した不況で通信需要が大幅減退。

(6)企業文化

  • かっての独占時代の体質が残存。初めて部外から会長に就任したArmstrongは「AT&T本社では厚いじゅうたんに靴が埋まるほどだ」と奢侈、尊大、官僚的、遅い意思決定などの企業文化を批判。

自らを売却するための悲しいリストラ 「時代は変わった」AT&Tへの挽歌

 AT&TのDorman  CEOは、これまでに自社の売却を容易にするためと、その場合の独禁法上の懸念の縮小のため、他社が買収し易くなるように、AT&T内で各種のドライブをかけてきた。負債の削減、要員削減、損失削減のための消費者市場からの撤退等である。また、その光ファイバネットワークの高度化にも多額の投資をしてきた。

今回の買収合意を評して電気通信史家のJ.E.Katzは次のように言っている;「AT&Tは共産主義に対する米国の回答であった。すべての人々のニーズに応えるという意味でである。 共産主義もAT&Tも、ともに21世紀にはむかないのだ。テクノロジーが変れば一時は支配的だった企業すら生き残れないのだ。」ニューヨーク・タイムズ (2005/1/31)

死してその名を残す

 SBCによるAT&Tの買収が、Ma Bellの地上へのダイビングを救い、無事着陸に導いた。同時にSBCに対し、AT&Tの商標とともにその長年の目標だった「一地方事業者ではなく真の全国事業者へ」というゴールをも達成させた。 AP (2005/2/2)

 今回の合意は、AT&Tにとってはまさに最後のチャンスだったのであろう。プライドも捨ててかっての子会社の門を叩き合併を訴えながら、すげなく断られたのち、ようやく落ち着いたのである。

 「AT&Tは脚注の次元に成り下がった」と評されるが、「AT&T」というブランド名だけは生きながらえそうである。SBCのプレス・レリーズは、「われわれはAT&Tという広く尊敬されている名称は評価している。新会社の将来にその名称が一部として残ることは確実であろう」としている。また、SBCの会長も、「今回の合意があまりにも短時間のうちでなされたので、まだ具体的にどういう形でAT&Tブランドを使っていくことになるかはこれから決める。しかし、AT&Tという商標はgreat nameだ。決して無くなることはない。」としている。

■SBCによるAT&T買収のハードル

AT&T分割と1996年電気通信法の建前はどこへ行ったのか

 今回の合併が完了するまでには、いくつかのハードルが待ち構えている。

 まず、両社の株主の承認が必要である。次は規制当局の審査であり、一つは連邦政府レベルの審査で、司法省独禁局による「独禁法の観点からの審査」と、FCCによる「公益に適うかどうかの審査」である。この二つは往々にして重複しており、屋上屋だとの批判もある。もう一つは、州レベルの審査であり、主としてSBCが持つ地域通信の免許とAT&Tの持つ免許との譲渡や統合が関係州の公益事業委員会等で審査される。26の州が関係しているとされる。このため完了までには今後相当な日時を要するので、両社は「2006年半ば完了を目途とする」としている。

 1996年電気通信法制定当時のFCC委員長は、当時、「将来、AT&Tとベル系地域電話会社が合併するような事態はありうるか」との質疑に対し「想像だにできない」答弁したといわれるが、いずれにしても、1984年のAT&T分割で、AT&Tは長距離通信、ベル系地域電話会社は地域通信(市内とLATA内近距離)に両者の縄張りを峻別し、資本関係や人事交流も厳禁した建前からすれば、今回のSBCとAT&Tの合併はまさに論外のはずである。

 今回の合意をうけてSBCとAT&Tの首脳は、独禁法関係の見通しについて、「1984年にAT&T分割に導いた論理はもはや通用しない」と強調している。携帯電話、ケーブル事業者、インターネット事業者等の新たな競争事業者が多数出現しており、時代がまったく変わっているとする。しかし、消費者団体(米国消費者連盟)は、「消費者はただ二つだけの選択肢しか持てなくなる。CATV会社かベル系地域電話会社か、である。二つだけでは十分な競争とは言えず、真摯な料金競争やイノベーションに向けての強いインセンティブはない。」と批判している。 AP (2005/2/2)

当局は一部事業の切り出しを命ずることもあろう。もっとも、最近退任を表明したFCCのPowell委員長は、昨週、この買収案件には強い反対はないのではないかと示唆している。 ニューヨーク・タイムズ (2005/1/31)

 先にも触れたとおり、ここ2-3年でベル系地域電話会社は順次全州で長距離通信事業への進出認可を取得し終わっており、実際に長距離通信でも顧客を順調に獲得しつつある。AT&T分割時の体制は、なし崩しに事実上既に過去のものとなっていたのである。この20年でまさに時代は変ったのである。

■今回の買収合意のインパクト

SBC/AT&Tの厳しいコスト削減

 両社の合併ののち、まず考えられるのは重複部分の削減である。AT&T自身も既に数度にわたり人要員削減で厳しいリストラを行ってきているが、長距離通信の逐年の「着実な」減少で過員が生ずるのは避けられない。さらに、1996年電気通信法が市内競争助成のために便法として設けた「UNE制度」(既存地域事業者設備を競争事業者が規制当局が定めた大幅割引の事業者間料金でリースできる制度)が最近のFCCの政策転換で手直しされ、折角市内通信市場にも進出し始めていたAT&Tの新しい事業も挫折しつつある。この関係でも要員および設備で整理が必要となる。

新会社は合併のシーナジー効果として、150億ドルをコスト削減と新規収入で生み出そうとしている。要員削減数についてはまだ決まっていない。アナリストたちはSBCがAT&Tの縮小を続ける消費者部門を中心に相当な数のレイオフがでると予測している。ニューヨーク・タイムズ (2005/1/31)

ベル系地域電話会社は兄弟同士の競争激化で緊張関係へ 業界大再編か

 今回の買収合意が今後の業界大再編の引き金になるとの見方が有力である。

 「この買収でSBCは、八方塞りのAT&Tの苦境と負の財産を背負い込んだ」、「もっと待っていればAT&Tの時価総額はさらに安くなったに違いない」などというネガティブな見方もあるが、SBCが「地方企業から真の全国企業になり、しかも優良な企業顧客とグローバルなネットワークを手にした」メリットはやはり大きい。さらにSBCは、AT&Tの全国ネットワークを足がかりに兄弟のベル系地域電話会社の縄張りへの進出、浸透を目指すことは間違いない。

 他のベル系地域電話会社も手をこまねいていては生き残れず、対抗上、何らかの手立てを迫られるというのが一般的な見方である。いわゆる「バスに乗り遅れるな」である。現に冒頭にも触れたように、QwestがAT&Tに次ぐ長距離通信会社のMCI(旧WorldCom)の買収交渉にはいったとの報道もある。ベル系地域電話会社トップの座を脅かされたVerizonもMCIや第三位の長距離通信/携帯電話会社のSprintの買収を真剣に検討していると報じられている。残るBell Southは、先にAT&Tから合併を打診され二回も協議しながら打ち切り、ジリ貧のAT&Tの値下がりを待っている間にSBCに油揚げをさらわれた。

 これからは、市内通信のみでなく、長距離/国際通信、携帯電話、インターネット通信、など多様なサービス品目をそろえてパッケージ化しなければ競争に生き残れないというのはもはや定説となっている。ベル系地域電話会社はこれまで、兄弟一致して(長距離通信会社の市内通信への競争参入の助成等をはかる)規制当局に対抗するなど同盟関係が強かったが、これからはお互い同士の緊張関係が強まると見られている。SBCとBell Southは先述のとおり携帯電話でCingularというジョイントベンチャーを形成しているが、今回のSBC/AT&Tの合意を機に空中分解するのではとの観測すら出はじめている。

 さらにまた、これまでは電話会社とCATV会社の戦いの土俵はインターネット高速通信だけであったが、CATV事業者の電話市場への進出にもドライブがかかり、電話事業者も逆に光ファイバ網を用いて番組・コンテンツの伝送にも注力しつつあって、お互いの本丸への殴りこみの様相を呈し始めている。米国での近未来は、巨大電話会社とCATV会社の激突だと言われている。

ベル系地域電話会社には、最近電話・データ市場に意欲的に進出してきているCATV事業者よりは一歩先を目指したいという側面もある。ケーブル事業者は未だ企業顧客市場ではほとんどプレゼンスがない。ニューヨーク・タイムズ (2005/1/31)
寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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