米国では、電話会社が光ファイバを顧客まで伸ばすファイバー・ツゥ・ザ・ホーム等(FTTH,FTTN,FTTC)に注力しており、その十分な伝送容量をフルに活用するため、これまでケーブル (CATV)事業者の独壇場だったテレビの伝送サービスへの進出準備にも力を入れだしている。いわゆる「トリプル・プレー」(音声/データ・画像/インターネット接続)を目指しているのである。
これをうけてケーブル事業者側も黙っていられず、ケーブル設備でインターネット・アクセス等のサービスに加え電話サービスの提供をはかっている。こちらも「トリプル・プレー」を目指している。つまり電話会社とケーブル会社の双方がこれまでの相手方の縄張りになだれ込む仁義なき戦いが激化しつつあるのである
米国ではわが国とちがい、CATVが格段に普及している。1945年当時、TVの難視聴地域対策として細々とスタートし、1950年にはわずか14,000の家庭だけであったものが、1998年には全米の家庭の約2/3にあたる65,000,000もの加入者を擁するに至っている。(FCC、Media局Fact Sheet)
■まずインターネットへの高速接続で火花
両陣営の最初の戦場は、インターネット接続の市場である。電話線、ケーブルの双方が容易にインターネット・アクセスの手段となるからである。
7月7日にFCCが発表した「高速インターネット接続の現況」でも両者の激烈な戦いが浮かび上がっている。
FCCプレス・レリーズ (2005/7/7)
「インターネットへの高速接続は2004年中に34%増加し3,800万回線が稼動中」
- FCCの「高速回線」と「高度回線」の定義
「高速回線」(high-speed lines)とは少なくとも一方向で200kbpsを超える速度でのサービスを提供するもの、「高度回線」(advanced service lines)とは双方向で200kbpsを超えるもの
- 2004年中に高速電気通信回線は、住宅、小規模事業所、大企業、その他の加入者は34%増加して3,790万回線となった。
- 高速の同軸ケーブルによる接続(ケーブル・モデム・サービス)は、2004年中に30%増加して2,140万回線となった。
- すべてのテクノロジーを合計した高度サービス回線は、2004年中に42%増加して2,890万に達した。
ADSL方式の高度サービス回線は、2004年中に88%増加し、ケーブル・モデムの高度回線は36%増加した。
■最近の電気通信事業者とケーブル事業者の戦い
相手方の縄張りへの進出やインターネット・アクセスでの両陣営の最近の動きを拾ってみよう。
- ケーブル事業者と電気通信事業者がお互いに相手方の地盤への進出で本腰 (ニューヨーク・タイムズ:2005/4/4)
SBCやVerizon等のベル系地域電話会社は今後数ヶ月の間にテレビ番組の販売を開始し、現在はほとんどゼロの分野に進出する。そのため数十億ドルを投じて、超高速光ファイバの拡充やビデオを自己の電話顧客やインターネット顧客に送れるようになるテクノロジーの改良に注力している。しかしベル系地域電話会社は番組の著作権等に多額を投じなければならず、テレビの販売について地方自治体の認可も取得しなければならない。また、混雑している電話線でビデオを載せるインターネット・テクノロジーもマスターしなければならない。 ケーブル事業者も電話市場への参入を図っており、ベル系地域電話会社はこれに対抗していろいろなサービスの組合せの販売にも力を入れている。
- ケーブル会社の電話顧客は350万に(Broadband Daily: 2005/5/19)
ケーブル会社の大手6社は、第一四半期に383,204の電話顧客を獲得し、総数は約350万に達した。増加の一部は新しいVoIPサービスに負っている。
- Comcast、VoIP用等に19,000マイルもの光ファイバを借入れ(ウォールストリート・ジャーナル: 2004/12/8)
米国のケーブルテレビジョン最大手のComcastは、19,000マイルの光ファイバをLevel 3 Communications社からリースし、テレビ、電話、データサービスの全米ネットワークに利用する。そのネットワークのイニシャル・コストは20年間で1億ドルと予測している。
- Time WarnerおよびCablevisionの二社、VoIP加入者の増加(ウォールストリート・ジャーナル2004/12/8)
この大手ケーブル会社2社は、電話事業への進出で大きな橋頭堡を築いた。Time Warnerは今年末までにインターネット電話顧客が200,000に達する見込みとしており、Cablevisionも既にOptimum Voiceという商標名のVoIPサービスで顧客250,000を達成した。
- SBCとVerizon、テキサス州の立法関係者に電話会社がテレビ事業に参入できるような法案を検討するよう提起(ウォールストリート・ジャーナル: 2005/5/17)
SBCとVerizonの両社はテキサス州の立法者に対し、電話会社もテレビ事業に参入できるような法的措置を要請した。
- ケーブル会社、新登場のライバルとなりつつある電話会社の広告を載せない措置(ニューヨーク・タイムズ: 2005/5/16)
電話会社が秋のシーズンの広告を大手のテレビジョン・ネットワークと協議を始めているが、ケーブル会社とのローカルの広告では争いになっている。全国ネットではリーチできない顧客層がある。
ComcastやCoxなどの大手ケーブル会社は、これまで永年にわたり、自分のケーブル上にはライバル会社の広告を載せない方針を貫いてきた。ケーブル会社は「ライバルの広告を拒否しているわけではない」としているものの、電気通信サービス等の様々な組合せ広告の場合だけであり、ケーブル・ビデオやデータ・サービスとの関連を示すものについてはこれには含まれない。また、料金に関する広告も受け入れていない。
ベル系地域電話会社側は、とくに最後の料金関係の拒否に反発している。彼らはこのところ広帯域関連サービスの料金の値下げに力を入れてきている関係からである。SBCは13州で事業を行っているが、テレビの全国ネットワークの場合、事業を行っていない37州の分も広告代を無駄に支払っているとこぼしている。それに全国対象であれば、必然的にソフト・セルな広告になりがちである。
ケーブル・テレビは、全国ネットワークや新聞と異なり、フランチャイズを州当局から認可され、多くは独占であり、配信するコンテンツを一層厳しくマネージできる。
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- 広帯域サービスの料金をめぐる攻防が激化(ウォールストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズ:2005/6/29)
SBCが月額14.95ドルのお試しプランを導入して以来、高速インターネット・サービスの料金値下げが相次いでいる。電話会社のVerizon、ケーブル会社のComcastやCox Communicationsも対抗上安い料金を導入した。SBCもさらに一歩進めて、ケーブル・サービスを中止した既存の電話顧客については、広帯域インターネット・サービスと衛星TVサービスを3か月間は無料とするプランを打ち出している。
- 広帯域サービスの料金をめぐる攻防が激化(AP:2005/7/13)/(ウォールストリート・ジャーナ ル:2005/7/20)
最近の数週間で、多くの電話会社とケーブル会社が相次いで広帯域インターネット料金でお試し料金を値下げしている。15ドルから30ドル程度で設定されている。電話会社では、Verizon、SBC、Qwest、ケーブル会社ではComcast、Time Warner Cable、Charter Communications等である。
- SBC、ケーブルWV事業者に挑戦、インターネット方式TV(IPTV)での顧客獲得作戦(Internet News .com :2005/7/19)
SBC Communicationsは今後三年間で光ファイバを敷設し1,800万の家庭にIPTVを普及する構想(Project Lightspeed fiber program)を順調に進めていると発表した。同社は、Fiber-to-the-Node およびFiber-to-the-Homeの二つのテクノロジーを用いている。
- Verizon、ケーブル事業推進のためフランチャイズ免許の入手に努力(ワシントン・ポスト:2005/7/19)および(2005/7/20)
Verizon Communicationsは、電話ネットワークを拡充しCATVサービスも提供すべく努力しているが、ケーブル事業に必要なフランチャイズ免許の取得にも注力している。同社は15州でプロジェクトを推進中だが、光ファイバネットワークを拡充し、デジタル音声(VOD)、超高速インターネット・アクセス、およびデジタルTVの提供を意図している。同社はHerndon Town CouncilにケーブルTVサービスのためフランチャイズを申請していたが、同町は全会一致でVerizonがケーブルTVサービスを開始することを承認した。同町のケーブルTVは現在Cox Communications一社の独占となっており、競争増進のために認可したとしている。大西洋岸ではこうした認可としては最初の地方政府となる。
- Verizon、テレビ事業の開始準備の一環としてTime Warnerと提携 (ニューヨーク・タイムズ: (2005/7/7)
Verizonは今年遅く全国でのテレビ事業の開始にそなえているが、このほどTime WarnerのTurner Broadcasting Systemと伝送の契約を締結した。
- Bell South、光ファイバの敷設を加速(ニューヨーク・タイムズ:2005/6/30)
Bell Southは、最近の規制当局や裁判所の判決などを好感して、光ファイバの展開を加速すると声明した。 同社は、ライバルのVerizonやSBCが光ファイバの敷設拡充を喧伝しているのに対し、静かにFTTC(fiber to the curb)というテクノロジーを進めている。これはケーブル事業者の向こうを張ってIPTVやビデオを顧客に配信するものである。同社はFCCに対し、2005年には2004年の実績を60%上回る地域で光ファイバを展開すると説明している。これは音声、データ、ビデオの三種のサービスを一体化したいわゆるトリプル・プレーの市場への参入を加速するためである。2004年には同社は2003年を30%上回る実績を挙げたとしている。
■1996年電気通信法が両者の相互参入を認める
1996年電気通信法により大改正される以前の1934年通信法では、電話事業者とケーブル事業者は峻別され、お互いに相手の事業分野に進出することが明文で禁止されていた。1996年電気通信法は競争促進のため、こうした禁止を廃止するとともに、180度政策を転換し、電力会社の通信事業への参入まで解禁した。これが今日の激戦の遠因となったのである。
■厳しい規制下の電気通信事業者とほとんど規制のないケーブル事業者のアンバランス
1996年電気通信法により大幅に改正された1934年通信法は、電気通信事業者とケーブル事業者の双方を規制しているが、電気通信事業者が料金をはじめ相互接続、ライバル事業者への設備解放、ユニバーサル・サービス基金への拠出、アクセス・チャージ、等々のさまざまな規制を課しているのに、ケーブル事業者は事業開始に際し当該市町フランチャイズ免許を取得する義務以外、ほとんど規制がない。こうしたイコール・フッティングでないままで、両陣営が同じ市場で激突するには、規制面での大幅な手直しが必要であろう。
■議会や州政府、FCCも相互の参入を側面支援/背後にケーブル事業者の独占を指弾
両陣営の戦いは、いわば自然発生的に始まったものであるが、議会やFCCもルール作りに動き出した。
現行の1934年通信法では、ケーブル事業では開始に先立ち地方政府である当該市町(community)から「フランチャイズ免許」を取得することが義務づけられており、1998年10月現在では 32,000 ものコミュニティからフランチャイズ免許が交付されている。電話会社がケーブル事業に進出するためにも同様数多くの市町に免許を申請するとすれば、煩雑で時間もかかることとなる。
テキサス州の議会では、上下両院で「市町単位のフランチャイズ免許に代えて、州一本の免許で足りる」とするための立法措置が進んでおり、連邦議会でも上下両院で、電話会社のビデオ事業への進出を容易にするため、各市町村からフランチャイズ免許を取得しなければならないという煩瑣な手続から免除する内容の法案が有力議員により導入された。 上院ではJohn Ensignが、競争を増進し、規制を緩和する1996年電気通信法のオーバーホール法案である(The Broadband Investment and Consumer Choice Act)を提案し、実力者のJohn McCain議員も協同提案者として名を連ねている。これにもしたがって市町村のフランチャイズ免許を電話会社のみならず他のすべてのビデオ事業者についても廃止する条項が含まれている。
こうした電話会社に追い風となる動きは、1996年電気通信法施行後、ケーブル・サービスの料金値上げ規制が撤廃され、事実上ほとんど地域独占となっているケーブル事業者が料金を大幅に値上げしてきた事情への反発が背景となっている。
ワシントンDC近郊のHerndon Town Councilは、Verizonが申請していたフランチャイズについて、全会一致でVerizonがケーブルTVサービスを開始することを承認した。同町のケーブルTVは現在Cox Communications一社の独占となっており、競争増進のために認可したとしている。大西洋岸ではこうした認可としては最初の地方政府となる。(ワシントン・ポスト:2005/7/20)
一方、FCCは、前にも触れた重い規制の電気通信事業者とほとんど規制のないケーブル事業者が同じ市場で戦うこととなるため、イコール・フッティングを実現する作業を急ぐとしている。
- Martin FCC委員長は先頃の最高裁のBrand X社事件に関連して、広帯域サービスについては市場での競争で平等な土台が必要だと強調した。「われわれは、広帯域サービスの提供を行う電話会社とケーブル会社の間での規制面での公平な扱いが必要であると考えており、それを早急に実現するよう努力している」とした。(ウォールストリート・ジャーナル :2005/6/29)
■FCCの既存地域電気通信事業者の設備投資インセンティブ尊重方針と最高裁判決も背景に
以上のような電気通信事業者の活発な活動の背景には、最近FCCが定めた「FTTH等の光ファイバ設備については、1996年電気通信法の競争促進策であるアンバンドリングによるライバル事業者への開放義務から免除する」という方針がある。折角多額の設備投資をして光ファイバを敷設しても、それをライバル事業者に規制下の格安事業者間料金で貸与する義務の対象となっては、投資意欲が減殺されるからである。Bell Southは、VerizonのFTTHより簡素化されコストも安いFTTC(Fiber-to-the-Curb :顧客までではなく、途中まで光ファイバとし、最後は同軸ケーブルで顧客と結ぶシステム)を推進しているが、これについてもFTTHと同様に義務から免除されることが明らかとなり、投資不安がなくなったことを挙げている。
また、ケーブル事業者側も、最近の最高裁判決(Brand X社事件)で、「光ファイバ等の高速インターネット・アクセス設備をライバル事業者に貸与する義務はない」とされたため、同様に投資意欲が振興されている。
■長距離通信電話会社との戦いに勝利した大手地域通信事業者とケーブル事業者の激突へ
電気通信業界では、これまで競争といえば、地域事業者と長距離通信事業者の戦いであった。1996年電気通信法制定の過程でも、両者の利害の対立で、法案が何回も廃案に追い込まれてきた。もとはベルシステムとして親子だったAT&Tとベル系地域電話会社がいがみ合い、AT&Tはベル系地域電話会社に支払うアクセス・チャージを免れるため、ケーブルTVシステムを法外な高値で買収し、それで市内通信の代替基盤としようとしたほどである。
しかしいまや、そのAT&Tはベル系地域電話会社のSBCに、第二位の長距離通信会社のMCIは同じくベル系地域電話会社のVerizonに買収されることとなり、近々FCCと独禁局の認可も下りる段階となっている。地域電話会社の圧勝で、この戦いは終幕を迎えている。
次なる第二段階の戦いは、長距離通信会社をも吸収した超大型ベル系地域電話会社とケーブル会社の間の戦いである。当面はインターネット・アクセス等の広帯域サービスであるが、さらにお互いが電気通信やケーブルTVという相手方の古い縄張りにまで乱入する事態となってきている。
1996年電気通信法制定からはや10年近く経ち、テクノロジーの進展と新サービスの登場で、同法の「書き直し」(rewrite)が始まっている。FCCによるインターネットや情報サービスの規制のグランド・ルールの策定も急がれている。米国での今後の進展はわが国としても学ぶ点が多いのではあるまいか。