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2005年11月掲載

米国での超大規模通信会社二社の誕生とAT&Tの弔鐘

 10月末日にFCCが二件の超大型買収案件を認可した。SBCによる160億ドルのAT&Tの買収とVerizonによる85億ドルのMCIの買収である。それに先立ち、司法省独禁局もこの二件の買収を承認している。まだ5−6州の認可が残っているものの、関係する四社の株主はいずれも承認を済ませており、年内には合併手続が完了する公算が強くなってきた。

 この二件の合併がいかに巨大な新会社を生むかは、次の予想市場シェアを見れば一目瞭然である。

[ワシントン・ポスト]
企業名 ビジネス顧客の市場 消費者の市場
SBC--AT&T 25% 30.4%
Verizon--MCI 24% 27.3%

 巨大な米国の通信市場で、新規に誕生する二社のシェアは、ビジネス市場で約50%、消費者市場では実に60%近くに達する。

米国での合併の審査

 米国では、通信事業者の合併は、通信事業の免許の譲渡となるので当然FCCが審査し、認可するが、大きな合併については独禁法の観点から司法省独禁局の審査も行われる。FCCの審査は、独禁法とは別の視点、すなわち、合併が利用者のためになるかという公益の観点からなされるとされているが、司法省の審査と重複し屋上屋だという批判も絶えない。

独禁局の審査

 今回の二件の超大型合併では、10月27日に独禁局は次のようなプレス・レリーズを発表した。

「司法省は本日、VerizonとSBCに対し、MCIとAT&Tの買収を進めるためには、一部の光ファイバ設備を切出し処分すること(divest)を義務づけることとなろうと発表した。司法省は、今回の取引が当初の計画通り行われた場合には、Verizonの8つの都市部の営業区域とSBCの11の都市部の営業区域で、ビジネス顧客の料金が値上がりする恐れがあるとした。司法省の検討によれば、他の点では、これらの取引は、著しく事業の効率を向上させ、消費者の利益となるものと分析した。司法省の独禁局が本日、ワシントンDC連邦地裁にこれらの合併取引を差し止める民事訴訟を提起した。しかしこれと同時に、司法省は、合意案も提案し、これが裁判所の認めるところとなれば、司法省の懸念と訴訟を終わらせることとなろうとした。『司法省の本日の措置は、VerizonとSBCの営業区域内で電気通信サービスを提供ないし購入しているビジネス顧客が、引き続き競争からもたらされる利益を享有することを可能とするものである』とThomas O. Barnett独禁局長は述べている。」(一部 略)

 合併当事者の四社は、直ちに、競争事業者のいない8+11の都市部でビル引き込みの専用線設備を切り出し他者に譲渡(divest)するという独禁局が提示した合意案に同意し、同意審決(consent decree)で決着した。

FCCの審査

 FCCはその直後の10月31日に、この二件の合併を認可し、次のようなプレス・レリーズを発表した。

「AT&Tは、消費者がこれらの合併から生ずる公益の利便を刈り取り収穫することができるものと結論した。こうした利便には、補足的なネットワークが統合され、効率があがるとともに、消費者に対し新しいサービスや改善されたネットワーク運用成果、および、より良い信頼性がもたらされるなどがある。これらの合併は、安定性の高い信頼できる米国人所有の企業を生み、それが、米国政府という顧客に対し改善されたサービスを提供することとなるほか、米国の防衛や本土防衛にも資することとなろう。さらに、これらの合併は、誕生する新会社に規模の経済(economy of scale)と範囲の経済(economy of scope)をもたらし、基礎研究開発の意欲も増進されよう。また、合併は大幅なコスト・セービングともなり、全国の消費者を利することとなろう。」  (一部 略)

 しかし、同時にFCCは、四社が自発的におこなったとする次のような数多くの約束を、合併認可の条件として付加した。

  1. UNE事業者間料金は、今後2年間値上げを求めない
    [注]UNE (Unbundled network element) 制度
    市内通信での競争促進のため、1996年電気通信法が設けた特例の方法の一つである。
    まず、「市内サービス・ネットワークをいくつかの要素(elemens)に細分(unbundle)し、競争事業者が自前では用意しない既存地域事業者の加入者回線等の設備や市内交換機能等の要素を既存地域事業者に貸与するよう要請する。既存地域事業者は、競争事業者から貸与の要請を受けた場合、貸与しないと競争事業者の市場参入が「阻害(impair)される」場合には、州が定める格安事業者間料金で利用させる義務がある。これは、「アンバンドリング」といわれている。これまではほとんどの要請が認められ、しかも個々の要素だけではなく、市内サービス全体をそっくりUNEsとして既存地域事業者から提供をうけるUNE Platformというプランが大半を占めるようになり、乱用の批判もでていた。最近はFCCが「自前設備による参入こそ本来の競争だ」として、こうした便法を圧縮しつつある。とくに広帯域回線や光ファイバについてはUNEの義務から外している。両事業者間の自主交渉による料金等の条件での設備利用に移行するケースも増えつつある。度重なる裁判所の違法認定でFCCのUNE規則が無効と認定され、2004年12月にようやく4度目のUNE規則が制定されたが、これまた訴訟の対象となっており、決着していない。問題はUNE制度のもとで州当局の認定で強制される事業者間料金があまりに安すぎ、既存地域事業者側にとっては赤字になるという事情が背景にあった。最近は、既存地域事業者が競争事業者にUNEで設定された事業者間料金の値上げを持ち出しているケースが増えている。今回の約束は、こうした値上げを新会社が今後2年間は自粛するというものである。]

  2. コロケーション(collocation)[註]相互接続を容易にするため、競争事業者が既存地域事業者の局所内に機器を設置すること]についても競争事業者に有利になるよう弾力的に再検討する

  3. 一部のサービスについては「サービス品質測定プラン」の実施も約束。四半期ごとにFCCに報告義務

  4. 合併完了日から12か月以内は、営業区域内の顧客に対し、DSLサービスを、同時にベースとなる回線交換音声電話サービスをも購入すること(抱き合わせ)を条件とせずに、提供することも約す

  5. 申請者は、9月にFCCが明らかにしたインターネットに関する方針にしたがって事業を行うことを約す 等。

 これらの条件は、形としては事業者側が提示した「自発的な約束」としている。しかし、FCCは、2000年前後のベル系地域電話会社の長距離通信事業への進出の認可の際も、同様に条件をつけて認可している。FCCは、ベル系地域電話会社からこのような申請が出る都度、認可を「劫だね」として、認可から生ずるベル系地域電話会社の強力な立場から懸念される独善的な行為の抑止をはかる一方で、FCCの欲する譲歩をベル系地域電話会社から引き出してきており、今回も同様である。こうしたFCCのやり方について、かってFCCの一委員が「やりすぎだ」として声明で公然と批判したこともある。

 今回の条件は、一定期間を限り料金値上げをしない約束やFCCのインターネット規制方針を遵守する約束などであり、しかもそれが遵守されなかった場合には、罰金等の強制是正措置を伴うものである。(ベル系地域電話会社の長距離通信への進出では、罰金が実際に発動されたことがある。

 共和党系のMartin委員長は条件をつけたがらなかったが、全会一致とするため、条件をつけるべきだとする2名の民主党系委員との妥協の産物だと見る者もいる。

■異業種からの競争進展が認可の背景に

 司法省もFCCもともに、この二件の合併でシーナジー効果が生まれ、コスト削減、新サービスの開発、等により、消費者も利益を受けることとなると結論し、プラス面が大きいとして認可したわけであるが、その背景には、CATV事業者、携帯電話事業者、VoIP等のインターネット事業者、衛星事業者、電力事業者等の異業種からの通信市場への参入・進出がこのところ急速に進み、こうした異業種からの競争(inter-modal competition)があるかぎり、合併後の巨大会社といえども料金値上げなどに容易には走れないとの分析がある。

 この点については、消費者団体等から疑念が呈され、ワシントン・ポストも「FCCの委員たちは、携帯電話、ケーブル、インターネット事業者からの競争という新世界に賭けたこととなるが、アナリストたちは、本当にこれらの者たちが競争できるようになるまでには数年はかかるだろうと見ている。」と評している。

また、FCCは、認可の理由として、「信頼できる米国人所有の企業を生み、それが、米国政府という顧客に対し改善されたサービスを提供することとなるほか、米国の防衛や本土防衛にも資することとなろう。」とも述べている点も注目される。

■消え行く名門AT&T、死んで名を残す

  AT&Tは10月末に第三四半期の520百万ドルの利益を発表した。年内にSBCによる買収が完了することがほぼ確実となってきたので、これは多分、独立会社としてのAT&Tの最後の決算報告となるであろう。

 AT&Tは19世紀の電話発明以来というルーツに輝く名門で、一時は世界でも最大で、財務力も抜群の強力な企業であった。通信機器メーカーのWestern Electric、ノーベル賞研究者を輩出したベル研究所、22社の地域電話会社をいずれも100%子会社として抱え、みずからは持株会社としてだけでなく長距離通信事業を一手に独占した。研究開発、通信機器製造、事業運営の垂直統合の一大コンツェルンだった。

 それが1960年代にMCIが長距離通信事業を開始し、その後Sprintも参入、激しい料金競争で長距離通信市場を蚕食された。1984年には「AT&Tの分割」で念願のコンピュータ事業への進出が可能となりねNCRを買収したものの、地域電話会社が独立し、7社のベル系地域電話会社が誕生した。彼らが当初はできなかった長距離通信事業に逐次進出し、かっての親会社のAT&Tとのライバル関係が先鋭化した。AT&Tも最大手の携帯電話会社と最大手のCATV会社を買収し、ベル系地域電話会社の向こうを張って市内通信事業への進出を策したが、挫折し、二社ともに捨て値で大幅な損失で売却を余儀なくされた。NCRも結局売却のハメとなった。その財務面での痛手に加え、2000年頃の通信バブル終焉後の大不況でも翻弄され、業績はスパイラルで悪化した。

 かっては安定した資産株で「未亡人と孤児に向く株」とも言われ、娘が生まれたら毎年1株ずつ買い増し、結婚資金に当てる家庭も多かったという。AT&Tの株価は、最近は19ドル程度を低迷している。米国では株価が20ドルを割ると、日本の100円割れと同様にjunk(紙屑)と評価される。AT&Tの株価は一時5ドル台にまで落ち込み、4株を1株に併合して、無理に形だけでも20ドル程度に整えた経緯がある。

 テレコム・アナリストのBlair Levinは、「AT&Tには、これまでにいくつもの発展のチャンスがあった。AOLにもなれたであろうし、Googleにもなれたかもしれない。また、VoIPの開発もできたであろう。要するに、AT&Tはいくつものミステークをしたのだ。米国経済の下では、いかにビッグでいかにパワフルな企業であろうとも、創造的な破壊の力には服さざるをえないのだ。」と述べている。[ワシントン・ポスト]

 しかし、最後にうれしいニュースがきた。AT&Tを買収するSBCが、合併完了後は社名をAT&Tとすると発表した。まさに「名門AT&T、死んで名を残す」である。

■欧州でも買収/再編のうごき

 米国で超大型の二大合併が現実のものとなろうとしているとき、欧州でも合併の動きが再燃してきた。スペインのTelefonicaは、10月31日にBT系の携帯電話会社O2を177億ポンドで買収する合意に達した。同社はオランダのKPNの買収にも意欲を見せている。
Telefonicaは今年、既にチェコのCeskyをも買収している。(35.4億ドル)

 ほかにも、デンマーク最大の会社RDCはプライベートなエクィティ・ファームから買収のアプローチをうけている。同社は検討中で、DTやSwisscomとの合併の噂も出ている。

 欧州では、2000年の通信不況で、BTがAT&Tとの国際通信合弁事業を精算し、アグレッシブすぎた国際進出のトガメと巨額の携帯電話免許料支払もあって、BT、DT、FTの英独仏の元国営系の最大手が軒並み経営行詰りで、大規模なリストラを余儀なくされた。これにつれて買収/合併も影を潜めていた。

 しかし、リストラの成果も出て、キャッシュのストックもたまり、VoIPなどの新テクノロジーや新規参入事業者からの競争への対抗上からも、合併等の再燃の機も熟し始めたとするアナリストも出てきた。今後の動向が注目される。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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