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2006年*月掲載

熾烈化する米国での電話会社とCATV会社の競争

 このところ毎月のように各地での米国最大手の電話会社のVerizonによるテレビ・サービスの開始が報道されている。今のところ、CATV会社と同様なフランチャイズ免許がとれた小規模な地方都市ばかりだが、VerizonのCEOのIvan Seidenbergは全国展開を目指して大規模な設備投資を加速している。ベル系地域電話会社によるテレビ事業への進出で、ケーブルテレビ会社との正面衝突がいよいよ目前に迫っている。

 米国では永年、通信業界の中だけでの地域通信会社と長距離通信会社の厳しい競争が続いてきたが、昨年末にベル系地域電話会社のVerizonとSBCの二社が、それぞれ長距離通信最大手のMCIとAT&Tを呑み込み、長距離通信側の全面降伏で決着し、舞台は通信事業者とケーブル事業者の戦いに移った。

 わが国でも「IPマルチキャスト」という多チャンネル・テレビ事業が主として通信事業者によって2003年から開始され、CATVや放送事業者との競争が出現し始めている。日米ではもちろん規制、市場も違うが、米国を中心にして最近の事情を整理してみた。

■電話会社がテレビ事業に進出する背景

 ベル系地域電話会社等の大手電話会社がテレビ事業に打って出ているのには、二つの背景がある。
一つはCATV会社が-本業のテレビ事業だけでなく通信事業にも乗り出し、いわゆるトリプルプレー(通信、高速インターネット、テレビ)を目指しだしたことである。
二つ目は、電話加入が携帯電話をも含めた飽和状態になり、さらに熾烈な競争で料金値下げも響いて売上高が伸び悩み、新たな事業分野を開拓せざるをえなくなっている。

■7千万加入の大勢力、米国CATV

 米国では、CATVが大変普及している。2月10日に発表されたFCCの報告書によれば、9,500万世帯もがCATV(ケーブル方式のテレビ)やDBS(衛星方式のテレビ)に加入している。そのうちCATVは約7千万で圧倒的なシェアを占め、わが国の約5百万をはるかにしのぐ。CATVは、事実上、地域独占をよいことに料金値上げが続いていたが、近時DBSが急増し、約7千万のCATVのシェアは多少ながら減少傾向にある。

[資料]

ビデオ番組の配信市場における競争状況に関する報告書(2006.2.10.)

  • FCCは、多チャンネル・ビデオ番組配信事業者[ multichannel video programming distributors (メMVPDsモ) ] 市場は引き続き成長を続けていると認定している。
  • 多チャンネル・ビデオ番組配信事業者の顧客数は、2005年6月現在94.2百万世帯である。
  • 最大のシェアは依然ケーブル事業者が抑えてはいるものの、ケーブルの加入者数は昨年には減少した。同市場でのケーブルのシェアは、現在約69.4%となっているが、これは前年の71.6%に比して少なくなっている。第二位は、DBS事業者であり、MVPD市場の加入者の27.1%にサービスを提供しており、これは2004年の25.1%に比して上昇している。

 ケーブル設備を利用した通信サービスは、かって長距離通信会社の旧AT&Tが8兆円もの巨額を投じて当時最大手だったCATV会社を買収し、その設備を双方向化して、地域電話会社の向こうを張って市内電話サービスの提供を目指したことがある。長距離通信事業者が地域事業者に支払う巨額なアクセス・チャージの支払いを逃れようとする動機もあった。しかしこの時には、買収した設備が同軸ケーブル主体の老朽設備だったため、AT&Tのベル研究所の技術力をもってしてもケーブル・ネットワークの双方化/高度化は成功せず、結局は半値で売却を余儀なくされ、巨額の損失を出してAT&Tの屋台骨を揺さぶる要因となった。

 しかし、近時のケーブル設備は改良工事もあり、ほとんどが双方向可能なものとなり、ケーブル・モデムを介して高速インターネット・アクセス・サービスにも利用され、さらに容量的にも電話やデータ通信に用いることが十分可能となっている。

 1996年電気通信法制定以前の1934年通信法では、明文で、ケーブル事業者は通信事業を行うことを禁じられていたが、競争促進を旗印とする1996年電気通信法により、両事業者は互いに相手方の縄張りに進出することができるようになり、規制当局のFCCも両陣営の相手方への進出を積極的に助成する方針を採るようになってきた。

いわゆる「放送と通信の融合」(convergence)で、トリプルプレーを顧客に提供する流れから、ケーブル事業者も通信事業に進出を図っている。まず、ケーブル・モデム利用の高速インターネット・アクセスで電話会社のADSLと対抗し、最近はさらにVoIPに注力している。

[資料]

  • ケーブル会社の電話顧客は350万に (Broadband Daily: 2005/5/19)
    ケーブル会社の大手6社は、第一四半期に383,204の電話顧客を獲得し、総数は約350万に達した。増加の一部は新しいVoIPサービスに負っている。

  • Comcast、VoIP用等に19,000マイルもの光ファイバを借入れ (ウォールストリート・ジャーナル: 2004/12/8)
    米国のケーブルテレビジョン最大手のComcastは、19,000マイルの光ファイバをLevel 3 Communications社からリースし、テレビ、電話、データサービスの全米ネットワークに利用する。そのネットワークのイニシャル・コストは20年間で1億ドルと予測している。

  • Time WarnerおよびCablevisionの二社、VoIP加入者の増加(ウォールストリート・ジャーナル2004/12/8)
    この大手ケーブル会社2社は、電話事業への進出で大きな橋頭堡を築いた。Time Warnerは今年末までにインターネット電話顧客が200,000に達する見込みとしており、Cablevisionも既にOptimum Voiceという商標名のVoIPサービスで顧客250,000を達成した。

■着々進む通信事業者のテレビ事業への進出

 FCCが2月10日に発表した「ビデオ番組の配信市場における競争状況に関する報告書」でも、通信事業者のテレビ事業への進出を次のように述べて、大きな期待を寄せている。

  • ケーブルとDBS以外の他のテクノロジーは、サービス地域も限られ数も少ないが、SBC ( 新AT&T) および VerizonなどのLECs (地域電話交換事業者)が新たに登場しつつある。かれらはこの市場で将来そのプレゼンスが伸びるものと期待されている。

  • LECsはビデオ・サービスの提供でDBS事業者との提携を継続する一方で、昨年はビデオ・サービス提供のために大幅な努力を払い、その営業区域でこの新サービスの提供のために自前設備の建設にも励んでいる。

  • LECsは、伝統的な銅線設備を高速DSL回線や光ファイバ・ベースのプラットフォームに改良しつつあり、ビデオ、電話、データの組合せサービスの提供を指向している。

  • 既存地域電話交換事業者(ILECs)がビデオ・サービスの提供計画を発表している。大手のLECsはビデオ・サービスの展開計画を加速しつつある。Verizonは既に多くの地方政府からフランチャイズ免許を取得しており、一部の地域ではFiOSというブランド名で多チャンネルのビデオ・サービスの提供を開始している。SBCも、Project LightspeedというIP方式の広帯域ネットワークの展開を計画しており、Qwestやその他の小規模の既存地域事業者も既存の電話回線を用いてVDSLやADSLのテクノロジー利用でのMVPDサービスを提供したり、提供を計画したりしつつある。

  • いくつかの主要携帯電話会社が、携帯電話等の端末を利用してビデオ・サービスを提供している。Verizon Wireless は V-Castという携帯電話利用者むけのビデオ番組サービスを2005年2月に開始した。[傍線 筆者]

 最大手の通信事業者であるVerizonは、最近、長距離通信第二位のMCI(前WorldCom)を買収したばかりであるが、テレビ事業への進出にもっとも熱心で、既に一部の地方でサービス提供を開始している。

 Verizonは昨年9月、テキサス州のKellerというコミュニティでFiOSというブランドネームで光ファイバ利用のテレビ・サービスを開始したのを皮切りに、既にカリフォルニア、フロリダ、バージニアの各州の一部やニューヨークのLong Islandでもサービスを提供し始めている。この2月にはマサチューセッツ州でもテレビ・サービスを立ち上げた。
[VerizonのFiOSサービスの詳細については、末尾の資料を参照]

 Verizonのテレビ事業への進出は、それに伴う巨額の設備投資と収益への貢献についての懸念からウォールストリート筋で疑念を持たれ、同社の株価はこの一年間で10%以上も値下がりし、同社の株式/社債の格付けも引下げられたが、CEOのIvan Seidenbergは不退転の決意でテレビ、高速インターネット、電話を統合して運ぶ巨額の光ファイバ・ネットワーク建設計画に固執している。[ ワシントン・ポスト (2006/2/1) ]

 大手通信事業者第二位の新AT&T(前SBCが旧AT&T買収吸収し、社名を変更したもの)も、以前からの衛星テレビ・サービスに加えてIP方式のテレビ・サービスに向けてスタートしている。同社はIP方式のテレビ事業を目指し、そのためのプラットフォームとして「Lightspeed」と名付けた光ファイバ・ネットワークの建設計画を推進している。AT&Tのテレビ事業は、3年以内に13州でサービスを開始する計画であるが、Verizonよりは遅れており、まだ試験段階に留まっている。[ニューヨーク・タイムズ  (2005/6/27)]

■電話会社の優位点

 Verizonは、伝統的なテレビとIPTVのハイブリッドのテクノロジを用いているので、多少異なるが、新AT&T等はインターネット方式のIPTVの展開を図っており、ケーブル会社の従来型のネットワークとは異なり、インターネット網を利用するため、低コストの利点があるほか、次のような優位点も指摘されている。

 IPTVはビデオ信号をインターネットで送信するので、顧客はTVチャンネル数に制限がなく、また、テレビにCaller IDを表示するなどの新機能も利用できるようになる。インターネットを利用するので、事業者や広告主も利用者の利用状況や性癖を把握でき、絞り込んだ効率的なマーケティングが可能となるとされている。そのためこれまでのCATVでは難しかった広告の効果測定もできるようになり、広告主も効果の高いターゲットを絞ったアプローチが可能になるので、広告のスポンサーが獲得しやすくなるとの見方もある。

■電話会社のテレビ事業の様々な障壁

 しかし一方では、電話会社のテレビ事業には、まだまだ解決が必要な様々な課題や障壁が残っている。

(1)事業免許

 現行の1934年通信法では、ケーブル事業は開始に先立ち地方政府(local government)である当該市町(community)から「フランチャイズ免許」を取得することが義務づけられており、1998年10月現在では 32,000 ものコミュニティからフランチャイズ免許が交付されている。電話会社がケーブル事業に進出するためにも同様数多くの市町に免許を申請するとすれば、煩雑で時間もかかることとなる。

 このため電話会社は、州政府や連邦政府に働きかけ、「州一本や全国単位で簡便にテレビ事業の免許を得られるようにして欲しい」と強く働きかけている。この結果昨年後半、テキサス州では州単位一本で電話会社のテレビ事業免許を交付する法律が成立し、Verizonはこれによりまずテキサス州のコミュニティで商用サービスを開始した。テキサス以外の州、例えばカリフォルニアでも同様な立法措置の動きがある。

 FCC委員長も、こうした電話会社のテレビ事業参入手続の容易化の必要を認めており、連邦議会でも上下両院で全国ベースでの免許手続の簡素化法案が導入された。しかし、中間選挙の年であり、今年中に成立する見込みは薄いと観測されている [ワシントン・ポスト (2006/2/1)]。

 こうした電話会社に追い風となる動きは、1996年電気通信法施行後、ケーブル・サービスの料金値上げ規制が撤廃され、事実上ほとんど地域独占となっているケーブル事業者が料金を大幅に値上げしてきた事情への反発が背景となっている。

 VerizonのCEOは、議会やFCCに対して、「Verizonはテレビ事業を小都市や僻地まで分け隔てなく全国カバーの計画をたてているが、もしフランチャイズ免許手続の簡素化が実現しない場合には、やむを得ず採算の良い大都市などに絞込み、小さい地域のフランチャイズを断念するような再検討の必要が出てくるかもしれない」と示唆している。「これが私の唯一の脅し文句だ。もし制度が変わらないなら、実際には可能なことでもわれわれはそのすべてを行うということにはならないだろう。つまり、どこまでわれわれはやれるのか、そして、どのようなスピードでやっていくのかを検討しなければならなくなるだろう。」 [ワシントン・ポスト (2006/2/1)]

(2) IPTVのソフトウエアにはまだ課題

 IPTVでは、ソフトウエアにはまだ改良の余地がある。Swisscomなど欧州の通信事業者は早くからマイクロソフトのソフトを採用して試験を繰り返しているが、いろいろなトラフルが報告されているという。2005年5月、Swisscomは、マイクロソフトのテクノロジーを用いるIPTVの商用展開を、当初計画の2005年後半から2006年までへと延期した。同社によれば、そのテクノロジーはマス・マーケットで用いるにはまだ準備ができていないからだとしている。

 一部のアナリストによれば、SwisscomのIPTVは音質と画質が劣るという。これについてマイクロソフト側は、問題はSwisscomが欲張って他の製品(セットトップ・ボックスやデジタル・ビデオ・レコーダー等)とIPTVをいろいろ組合わせたことに起因しているとしている。IPTVソフトウエアの他のメーカーであるMinerva NetworksのCEOは、「マイクロソフトはインターネット回線が十分に高速ではないのにかかわらず、高度な機能をいろいろと盛り込みすぎているからだ」と見ている。「高邁なゴールを目指すのは結構なことだが、ネットワークに過重な負担をかけすぎている」とする。[ニューヨーク・タイムズ  (2005/6/27)]

 マイクロソフトは、SBCと広帯域回線でテレビを伝送する込み入ったソフトウエアを提供する4億ドルにのぼる契約を締結した。[同]

 IPTVのソフトウエアで支配的なのはマイクロソフトであり、ベル系地域電話会社3社のほか、Bell Canada, British Telecom, Reliance Infocomm, Swisscom, Telecom Italia, Deutsche Telecomの T-Online Franceなどとも契約を締結している。確かにこれまでは問題もあり、Telstraは解約し、Swisscomも技術的問題で計画が遅れている。しかし、新テクノロジーには初めはトラブルがつきもので、どんどん改善されつつある。[Wired (2005/8/3)]

(3) コンテンツの確保と差別化も課題

 電話会社によるテレビ事業には、さらにコンテンツの確保とCATVとの差別化という大きな課題も指摘されている。

  Verizonは、NBC Universal Cable、A&E Television Networks、Showtimeなど5-6社のプログラマーと既に契約を締結済みと報道されているが、新AT&Tは明らかにしていない。

 VoD(ビデオ・ォン・デマンド)が近い将来大幅に普及することが確実とされているなかで、いかに豊富なコンテンツを囲い込めるか、後発の電話会社には大きな課題が待ち構えている。人気スポーツ番組の放映権、映画会社のフィルム、ローカル番組の制作などの提携もこれからである。

 差別化については、Verizonは、「FiOSは最新の光ファイバで利用者の構内まで直結で結び、デジタル方式であるので、これまでのCATVでは考えられもしなかった高精細な画像が届けられる。チャンネル数も飛躍的に多くなる。」点をセールスポイントにしている。

[付属資料] VerizonのFiOSテレビ・サービスの概要 [マサチューセッツ州でのサービス開始のプレス・レリーズからの抜粋 (2006/2/21)]

特徴
  • 390チャンネル以上(将来は更に多くのチャンネル)の全デジタル方式の番組
  • Verizon FiOSインターネット・サービス付き、または、音声サービス付きでの180チャンネルのビデオと音楽番組   月額料金  $34.95
  • 20チャンネル以上のハイ・デフィニション・チャンネル(高精細で劇場音質)
  • 現在既に1,900ものオン・デマンド・タイトル。今後数ヶ月後には2,000タイトルに。
  • 視聴者の利便のため、チャンネルは娯楽、スポーツ、ニュース、買い物、映画等のグループ分け
  • HD番組、オン・デマンド・コンテンツ、デジタル・ビデオ・レコーダー等を一体化した利用がやさしい双方向の番組ガイド
  • Verizonはマサチューセッツ州で現在30以上のコミュニティでフランチャイズの取得手続中
  • Verizonは、顧客の構内まで直結する光ファイバで結ぶfiber-to-the-premises (FTTP)ネットワークの建設を全国のVerizonの固定網営業区域のほぼ半分で遂行中。光ファイバは高精細な画像の伝送を可能とする。
    ダウンロード速度は30Mbpsまで、アップロード速度は5Mbpsまでで、高質な音声も。
  • Hispanic, African-American, Asian, Russianなどの番組選択が可能

サービス・パッケージ

セットトップボックスは三種類から選択(standard definition 月額$3.95; high definition $9.95; and a dual-tuner, HD-capable digital video recorder $12.95.

料金

  • Basic月額 $12.95 (15-35チャンネルのローカル.放送、天気・コミュニティチャンネル。On Demand 番組へのアクセスも)
  • Expanded Basic $34.95 (180以上ものビデオと音楽チャンネル、。FiOSインターネット・サービスまたは音声プラン。On Demand 番組へのアクセスも)
  • La Conexi  $27.95 (Expanded Basicの変形で英語とスペイン語のバイリンガル視聴者むけ)
寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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