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2006年4月掲載

米国での通信会社の統合・巨大化、さらに一段と
---メーカーも合併へ。研究開発強化の論議も高まる。---

 米国では昨年末、ベル系地域電話会社による長距離通信会社の巨大買収が2件も実現した。AT&TはSBCに、MCIはVerizonにと、長距離通信会社の大手2社がそろって地域通信会社大手のベル系地域電話会社に相次いで飲み込まれ、これまで永年続いてきた「長距離通信会社」と「地域会社」間の激しい競争は、消滅した。

 合併で誕生した新2社(AT&Tの名称を引継いだSBCとVerizon)は、ともに売上高10兆円程度の巨大会社となり、地域/長距離通信のみならず子会社の形ながら携帯電話も手がけ、DSL等の高速インターネット・アクセスまで「ワンストップ・ショッピング」で提供するオールマイティのIT企業となった。それどころか、その強力な財務基盤を土台に、FTTH(フアィバ・ツゥ・ザ・ホーム)等の光ファイバ・ネットワークの建設に巨額をつぎ込み、CATV事業者の向こうをはってテレビ事業にまで手を広げようとしている。

 驚いたことに、3月5日新AT&T(元SBC)は、さらに携帯電話事業でCingularとしてパートナーシップを組んできた兄弟会社のベル系地域電話会社Bell Southをも吸収合併することでBell Southと合意したと発表した。

 この案件が実現すれば、1984年の「AT&T分割」で誕生したベル系地域電話会社7社が僅か3社(新AT&T、Verizon、Qwest)に統合されることとなる。

■新AT&TのBell South併合

 この合併が実現すれば、売上高1,200億ドル、従業員317,000、21州でのローカル顧客数7,100万、広帯域加入者数1,000万というとてつもない巨大会社が出現する。

 AT&Tのプレス・レリーズによれば、合併計画の要点は次のようである。

  • 新会社の執行部:AT&T会長兼CEO E. Whitacre Jr.が合併新会社の会長兼CEO、Bell SouthのトップAckerman氏は合併後の過渡期しばらくBell South事業の会長兼CEOとして在任。
    Bell Southの役員のうち3名だけがAT&Tの役員会メンバーに。
  • 新会社の所在地:AT&Tの本社のテキサス州San Antonio
  • 株式交換比率:Bell Southの株主はその所有する普通株式一株あたりAT&Tの普通株式の1.325株を受領。2006年3月3日の株価終値によれば、この交換比率は、Bell Southの普通株式一株あたり37.09ドルに相当し、プレミアムは17.9%。
  • 取引総額:670億ドル
  • 主要な有線事業者であり、かつ、Cingularの共同オーナーである2社の自然な合併が、有線/無線サービスの一体化を加速。
  • 両者の株主にとっても事業面での大幅なメリット;合併に伴う効果は年率20億ドル以上に達し、2010年には30億ドルと、総額180億ドルもの合併益。
  • AT&Tの一株あたり利益は今後3年間にわたり二桁で成長し、2008年には安定し、キャッシュフローも2007/2008年の配当後には大幅に増加。
  • 両社の株主の承認と政府の審査もあり、完了までには12か月程度が必要。

 AT&Tは、両社は地理的にもこれまで競争関係にはなく、携帯電話事業をパートナーシップで運営してきたように、合併しても競争が減退することはないことを強調している。合併後は携帯電話事業を単一の所有関係とするので、意思決定が早くなるメリットも強調している。

■大型合併にも好意的な政府

 ブッシュ共和党政権になってからは、FCCも司法省独禁局も大型であっても合併には好意的で、民主党政権だった1996年電気通信法制定当時とはまったく様変わりしている。
「1984年のベル・システムの分割以前への逆戻りだ」との見方もある。

  • 合併には規制当局の承認が必要だが、VerizonによるMCI買収など、このところ当局は巨大化を続ける合併に寛容さを示してきている。制限制約もあまりつけていない。(ニューヨーク・タイムズ;2006/3/5)
  • かって分割されたAT&Tの再生とも言える。(同;2006/3/6)

 これまで米国政府は、ベル系地域電話会社の合併を、

  1. CATVのケーブル事業者の通信事業(電話、インターネット・アクセス)への進出で、異業種間の競争が台頭してきている
  2. 電話会社の合併で合併益が出て、財務基盤が健全化し、サービス開発や研究開発にもプラスとなる
  3. 消費者もサービスの多様化で恩恵を受ける
  4. 米国国籍の通信会社が健全化すれば国防面でも望ましい

等を根拠として認めてきており、今回の合併もこうした論理の延長線からすれば認められない理屈はない。結局は承認されると見る見方が多い。

■影響は多岐に

 AT&TとBell Southの合併が実現するとすれば、そのインパクトや影響は多岐にわたり波紋をもたらすものと予測されている。

すなわち、

  1. 唯一のライバルであるベル系地域電話会社Verizonは、第一位の座を奪われ、さっそく残された唯一のベル系地域電話会社で経営不振のQwestの買収を策するのではないか。
  2. VerizonとともにAT&Tもテレビ事業への進出に熱心であるが、規模の経済でさらに財務基盤の固まるAT&T/Bell Southの新会社がFTTH等の光ファイバ・ネットワークの建設に邁進する。
  3. CATV事業者の通信事業への進出も一層ペースアップするのではないか。
  4. 元長距離通信第三位の事業者で最近は携帯電話事業への傾斜を強めているSprint Nextelは、CATV事業者と提携してベル系地域電話会社に対抗していく構図が強まろう。
  5. ベル系地域電話会社の統合で機器メーカーと広告業界はダブリの減少で受注減となろう。

などである。

■メーカー分野でも合併機運

 ベル系地域電話会社の統合で、受注減が見込まれ、また、取引系列も絞られてくるため、通信機器メーカーでも淘汰、統合、再編が進むと見られている

 4月2日、米国有数の通信機器メーカーのLucent Technologiesは、フランスのAlcatelと合併することで合意に達したと発表した。

■Lucent Technologiesの凋落とベル研の歩み

 LT社は、元ベル・システムの中核メーカーだったWestern Electricが1996年にAT&Tグループからスピンアウトされたものである。

 「ベル・システム」は、AT&Tが親会社で中核となり、その100%出資の電話運営子会社22社がほとんどの大都市の地域通信を押さえ、相互間を結ぶ長距離通信は親会社自身が当たっていた。通信サービスの提供だけに留まらず、通信機器の製造と設置工事はAT&T100%出資のWestern Electric社があたり、そのテクノロジーはベル研がWEと協同して開発した。ベル研は、AT&TとWEが50%ずつ保有していた。

 つまり、ベル・システムは、研究開発・機器製造/据付・サービス提供までを一貫した強力な「垂直統合」のグループだったわけである。「ベル・システム」以外の「独立系(Independent)」電話会社のGTE等は、WEから機器を言い値で購入せざるをえず、こうした事情から司法省独禁局が「ベル・システム」からWEをスピンアウトするよう要請し独禁法訴訟となった。しかしAT&Tは研究開発・機器製造・事業運営の一貫体制に固執して応ぜず、結局、瓢箪から駒の唐突さで代案として電話運営子会社(ベル系地域電話会社)を切離すことで和解した。(1984年のAT&T分割)
  1984年の分割後のAT&Tは、機器メーカーのWEとベル研は守り通したが、AT&Tの本業である長距離通信市場でライバルの長距離通信事業者であるMCIやSprintとの料金値下げ戦争で体力が落ちたうえに、インターネット通信のWorldComなどの新興バックボーン事業者の登場でトラヒックも落ち込んだため、財務面で苦境に追い込まれていった。

 1995年にAT&Tは、自主的に再度分割を計画し、1996年に機器メーカー部門のWEを「ルーセント・テクノロジーズ」と改名して、資本関係のない別会社として切り出した。この背景には、前述のようにAT&Tとベル系地域電話会社が敵として正面衝突するなかで、ベル系地域電話会社がAT&Tの100%子会社のままのWEには発注しなくなった事情がある。かっての親子の仲はここまでこじれたのである。

 この第二次分割で、ベル研も二分割され、基礎研究や事業運営関係など一部はAT&Tに残され”AT&T Labs”となったが、7割がたはメーカーであるルーセント・テクノロジーズに”Bell Labs”の名称とともに引継がれることとなった。

 悪いことは続くもので、2000年近くなると折からのITバブルがはじけて、米国の通信業界も過剰設備容量の表面化やWorldComの不正経理問題で深刻な不況に追い込まれた。永年の料金戦争で疲弊していたAT&Tはどこかに買収されるのが確実視されるようになり、また、ルーセント・テクノロジーズも設備投資を絞り込んだ通信事業者からの発注も一時ゼロに近づき資金繰りが行詰り、もっとも将来性のある光ケーブル製造部門を日本の古河電工に売却して急場を凌ぐ有様となった。当然、二つに別れたベル研もそれぞれの持ち主の台所が火の車となり、十分な研究開発活動に支障が出た。

 今回提起されたAlcatelとの合併といっても、Alcatelの規模が2倍程度大きいので、実質的にはAlcatelによるルーセント・テクノロジーズの吸収合併になるとする見方も多い。これが実現すれば、大部分を引継がれたベル研は今後さらにその存在が希薄になっていくのは必至であろう。ベル研はバリスティック・ミサイルや潜水艦の探知用ソナー・システムの研究開発などの軍事研究で国防総省から多額の契約を得ているだけに、仏企業のAlcatelとの合併については今後議会筋等から厳しい意見が予測されている。

■米国の通信政策の逆流

 ベル系地域電話会社の統合による巨大化は、結局は「規模の経済」だけではなく、電話・データ・インターネットアクセス、テレビのいわゆる「四重プレー」の時代のワンストップ・ショッピングを視野に「範囲の経済」をも追及するもので、合併によるシーナジー効果を活かしてコスト削減を狙う。規制当局もこれを合併承認の大きな根拠に挙げている。

 米国ではこのところ、1984年の「AT&T分割」、競争最優先で安易な新規参入事業者支援策を創設した「1996年電気通信法」、そしてそれを運用してきたFCCに対して、そのマイナス面を指摘する声が高まっている。 1996年電気通信法制定当時、「競争推進」一辺倒であったFCCは、最近は明らかに「競争事業者支援」から「既存地域事業者の設備投資インセンティブ促進による高度通信の普及促進」に舵を切り替えている。

 FCCのPowell前委員長自身「われわれは、たしかに市内通信での競争の実績を作るため、競争参入事業者側に肩入れしすぎてきた。既存地域事業者が折角多額の投資をして光ファイバ・ネットワーク等を建設しても、それを規制下の大幅割引事業者間料金でライバル事業者に利用させる義務を課したので、既存地域事業者の設備投資インセンティブを削いでしまった。」と議会で述懐している。実際、FCCは昨年、光ファイバやパケット交換設備については、1996年電気通信法が既存地域事業者に強制している「アンバンドリング」(規制下の特別低廉な事業者間料金でライバル参入事業者に既存地域事業者の設備を利用させる方式)の義務を外している。

 SBCによるAT&Tの買収、VerizonによるMCIの買収という二件のベル系地域電話会社の大集約を、「競争が減退し消費者の電話料金が高騰する」という批判を乗り越えてFCCと独禁局が昨年10月末に認可したのも、明らかに軌道修正の一環である。1996年電気通信法制定当時は、7社のベル系地域電話会社同士の合併など論外で「着想すらできなかった」(Kenard元FCC委員長)のに、現在では4社に統合集約されてしまった。このような超大型合併を認可した根拠として、FCCのプレス・レリーズ(2005/10/31)は次のように述べている。

「FCCは本日、SBCによるAT&T、およびVerizonによるMCIの合併を認可した。

FCCは、消費者がこれらの合併から生ずる公益の利便を刈り取り収穫することができるものと結論した。こうした利便には、相互に補完的なネットワークが統合され、効率があがるとともに、消費者に対し新しいサービスや改善されたネットワーク運用成果、および、より良い信頼性がもたらされるなどがある。これらの合併は、安定性の高い信頼できる米国人所有の企業を生み、それが、米国政府という顧客に対し改善されたサービスを提供することとなるほか、米国の防衛や本土防衛にも資することとなろう。さらに、これらの合併は、誕生する新会社に規模の経済(economy of scale)と範囲の経済(economy of scope)をもたらし、基礎研究開発の意欲も増進されよう。また、合併は大幅なコスト・セービングともなり、全国の消費者を利することとなろう。」
[アンダーラインは筆者]

 米国では政権が民主党から共和党に代わったこともあり、規制の流れが完全にかわったのである。政府の各省庁も上層部は政治任命(political appointment)であるので、政権交代ですっかり入れ替わり、前政権の政策を逆転することになんら呵責を感じない事情もある。
また、通信政策も議会の古手議員が永年専門知識、経験を重ねており、法案もそのほとんどが官僚ではなくこうした議員により提案される。わが国の場合、政権が安定し、しかも法案のほとんどが実質的には官僚により立案されるのとは大違いで、官僚は先輩の政策を過ちであったとひっくり返すことに道義的なブレーキがかかりやすい。

■通信政策の重要さ

  既に見てきたように、米国ではかっては考えられもしなかったような通信企業の超大型の合併がどんどん認められるようになってきている。その背景の一つには、重要中核産業である情報通信部門の研究開発能力の衰退を立て直したいという意欲がある。

 ひるがえってわが国をみれば、こうした海外の新しい潮流に逆行して、周回遅れでいまだに浅薄で矮小な競争促進に名を借りたNTTイジメばかりが目に付く。総務省の「通信・放送の在り方に関する懇談会」で出されているという「NTTの研究開発のスピンアウト論」もその一つである。21世紀の戦略産業である情報通信部門での研究開発は、国際競争力そのもので、国益に直結する。情報通信政策、研究開発戦略は大所高所から慎重に策定されねばなない。それこそ国家百年の計である。米国のベル研等の失敗を繰り返すことだけは、絶対に避けねばならないのである。

寄稿 木村 寛治
編集室宛>nl@icr.co.jp
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