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2006年8月掲載

米国におけるローカル通信での競争の現状とその沿革

 7月26日にFCCがローカル通信での競争状況を発表した。1996年電気通信法がローカル通信での競争の増進を最大の目標としたので、議会はFCCに対し競争の現状を取りまとめ、定期的に議会に報告するとともに、その促進のためにFCCがあらゆる措置をとるように指示した。これに従いFCCは、FCCは毎年2回、既存地域交換事業者や競争地域交換事業者から報告をとり、ローカル通信での競争状況を取りまとめて公表しているが、今回の発表もその一環である。

 今回はこの報告書の要点を整理し、あわせて1996年電気通信法が設けた競争促進策、この10年間でのFCCの政策の変遷、事業者間の競争状況の推移等をまとめてみた。そこから浮かび上がるのは、「こうした統計は既に時代錯誤」であり、まったく「新たな切り口での調査の必要性」であった。

1. 競争の現状(FCCの7月の報告書の要点)

 すべての既存および競争市内通信事業者はそのサービスについて、また、自前の設備を持つ携帯電話事業者はその加入者について、毎年二回、データを報告することとなっており、今回の報告書は2005年12月31日現在である。

ローカル・アクセス回線の総数と競争事業者のシェア

(1) 固定網 --- 1億7,540万回線
  1. 既存地域交換事業者(Incumbent Local Exchange Carriers)
    1億4,380万 [82%]
  2. 競争事業者(Competitive LECs : CLECs) 3,160万[18%]
    競争事業者のシェア----18%
(2) 携帯電話 --- 2億0,370万回線
競争事業者の回線(3,160万)の内訳
  1. 自前のローカル回線によるもの --- 1,010万 [32%]
    (うち、510万は同軸ケーブル利用。主としてケーブルテレビ事業者。)
  2. UNE制度[後述] 利用によるもの --- 1,485万 [47%]
    (うち、UNE-P[後述]によるもの1,080万)     
  3. 他事業者の市内サービスの
    リセール[後述]によるもの --- 665万 [21%]
    傾向等
    • 競争事業者の回線は減少傾向(絶対数およびシェアともに)
      6か月前(2005年6月末)の競争事業者回線は、3,390万でシェアは19.1%あった。
    • UNE-P制度の利用は26%もの大幅減少
      UNE-P制度を利用する競争事業者回線は、6か月前の1,460万回線から1,080万回線に26%もの減少。FCCの政策変更による。[後述]
    • 携帯電話の回線数は、一年前に比して、2,260万(12%)増加
    • 競争事業者のシェアは、州によりバラツキ(2005年12月)
      (ニューヨーク---31%、ロードアイランド---42%、アリゾナ---30%、
      ワシントンDC---16%、カリフォルニア---13%、イリノイ---20%、
      モンタナ---10% 等)

    2. 1996年電気通信法が設けたローカル競争の促進方法

     1996年電気通信法は、ローカル通信での競争促進のため、?リセール、?UNE(Unbundled Network Elements:細分化されたネットワーク要素:アンバンドリング)という便法を設けた。

     「リセール」は、競争事業者が既存地域事業者の市内サービスをまるごと割引料金で買い入れ、それを自己のサービスとして顧客に再販売する方法であり、「アンバンドリング」は、市内サービスをいくつかの機能要素(UNE:unbundled network elements)に細分し、競争事業者が自身では賄なえない要素だけを既存地域事業者から割引料金で買い入れ、それと自身でまかなう要素とを組合わせて顧客に市内サービスを提供する方法である。

     1996年電気通信法は、競争事業者による「リセール」と「UNE」の要請を既存地域事業者は拒否できないとし、「相互接続」と同様に既存地域事業者の基本的な責務とし、義務づけた。米国の連邦議会は、UNEについては「新規参入者の参入を阻害する(impair)ことのないよう、FCCはUNE実施のための規則を制定すべし」と命じた。これら二つの便宜的方法により、新規参入事業者はすべてを自己の設備で賄う必要がなく、多額の設備投資なしに簡単に市内市場に参入が可能となったわけである。

    3. 長距離通信事業者と地域事業者の競争

     こうした1996年電気通信法の便法に促されて、ベル系地域電話会社等を中心とした既存地域事業者の地盤に、競争事業者として参入を図ったのは、主として「長距離通信事業者」であった。

     1984年の「AT&Tの分割」で、AT&Tからスピンアウトされたベル系地域電話会社(当初は7社)は、その業務範囲を、

    1. 市内通信
    2. 近距離市外通信(全米を約250の地域に細分したLATAをまたがらない近距離  通信

    に限定され、長距離通信(LATAを超える通信)は厳しく禁じられた。

     これに対して、当時のAT&T、MCIおよびSprintなどの「長距離通信事業者」は、市内通信も手がけられ、議会やFCCも、ベル系地域電話会社の地域独占の打破のため、積極的に長距離通信事業者の後押しをした。長距離通信事業者は、早くからアクセス・チャージ制度が完備した米国では、長距離通信の両端(発信/着信)で地域事業者に巨額のアクセス・チャージを支払っていた。そのためにも自ら市内通信事業に進出し、アクセス・チャージの支払い不要を図った。長距離通信事業者間の激烈な競争で長距離通信料金は急速に低廉化し、売上高維持のためにもローカル通信のような新天地開拓の必要もあったのである。

     AT&T、MCI等の大手長距離通信事業者は、2000年頃から「リセール」や「UNE」の制度を利用して、積極的にローカル通信市場に進出し始めた。彼らには事業経験も財務力もあり、「競争事業者」の中核となったのである。

    4. 乱用された「競争促進制度」--- UNE-P制度などの行き過ぎ

     しかし、実際には「UNE」は競争事業者が自身では賄えない市内通信要素だけでなく、市内サービス全体を丸ごと既存地域事業者に提供を求めるUNE-P(UNE-Platform)までが広く行われる事態となっていった。しかも事業者間料金(卸売料金)は、各州当局の認可制であるが、そのコスト算定基準としてFCCが示した「全要素長期増分コスト」(TELRIC)という算定方法(実績のコストではなく、最新のテクノロジーを用い効率的に運営された場合のバーチャル・コスト)によるため、大変低く抑えられている。既存地域事業者側はこのような仮定の強制事業者間料金では赤字だと主張しているほどである。UNE事業者間料金は、UNE-Pの場合ですら、既存地域事業者が直接顧客に提供する場合の小売料金に比して、通常40-50%もの割引料金となっているという。「リセール」の場合の卸売料金はもっと小幅な割引(5-10%程度)に留まっている模様で、競争事業者がUNEを盛んに利用した背景もここにある。FCCの統計でも、一時期、リセールが減ってUNEに移行している。

    5. FCCのUターン-----UNE制度の厳しい絞込み

     1996年電気通信法制定当時は民主党政権であったが、 2001年にBush共和党政権となり、競争促進一辺倒の従来のFCCの方針にも変化が芽吹いてきた。FCCはその5名の委員のうち3名が政権党から選ばれるためもあり、今度は共和党系の委員が多数派3名を占めた。一方で、FCCの市内競争規則(UNE規則)が裁判所により二度にわたり違法と判定され、再考慮のためFCCに差し戻された事情もあった。競争事業者の言い分に過度に傾いた規則により損害を受ける既存地域事業者側が提訴したのを裁判所がある程度「理あり」と判断したのである。

     また、1996年電気通信法のもう一つの主要目標である、広帯域等の高度サービスの全国への早急な普及の達成のためには、既存地域事業者の広帯域設備への投資が必要だという事情も浮かび上がってきた。つまり、既存地域事業者は、折角多額の建設資金を投じて光ファイバ等の広帯域設備を建設しても、それを規制で定められた格安料金でライバル参入事業者による「リセール」や「アンバンドリング」要請に応ずる義務を課されたのでは、設備投資の意欲がそがれるからである。

     さらに、FCCでも「自前の設備をもった競争事業者の参入こそが本道である」との流れになってきた。こうした方針を提唱、強力に主導したのは当時のPowell委員長だった。同委員長は2003年2月の声明で、次のように力説している。

    「私はかねてから自前の設備による競争の尊重に傾いている。競争事業者が既存地域事業者のインフラ等に依存している限り、斬新なサービスの誕生の見込みはなく、インフラへの投資の増加も起こらない。通信機器メーカーの受注も増えず、雇用も増えない経済成長にも貢献がない。国防の点でもインフラに余裕ができず不安である。」[傍線 筆者]

     これらの様々な背景が重なり合って、FCCは競争政策で明確な「Uターン」(Fransman Edinburgh大学経済学部教授)をおこなったのである。 FCCは2003年2月の第3次市内競争規則で、「光ファイバの加入者回線は、UNE制度から外し、既存地域事業者は競争事業者からの貸出し要請に応じないでもよい」という画期的な方針に転換した。とくに僻地など需要の少ない地域まで光ファイバ等の広帯域インフラを早急に整備普及するには、事実上既存地域事業者に依存せざるをえなかったのである。

     FCCのUターンは、その後も、2004年12月15日に、第4次の市内競争規則(UNE)の採択で、次のようにより一層明確に示されている。

    1. 既存地域事業者からの設備貸与(アンバンドリング)がないと競争事業者の市場参入が「阻害 (Impair) されるかどうか」の認定を厳しくして、既存地域事業者の貸出し義務を絞り込む。
    2. アンバンドリングの要素のうち住宅顧客のため「交換機能」は今後は削除し、既存地域事業者の義務としては強制しない。(訳注:前述のUNE-Pはできなくなり、現在残っているものは1年以内に他のアレンジに移行しなければならない。)
    3. 競争事業者は自前設備による競争参入を本筋とする

    6. 長距離通信事業者の終焉

     このようなFCCの変心の大波をまともにかぶったのがAT&T、MCI等の長距離通信事業者であった。彼らは2000年頃から主としてUNE制度を武器としてローカル市場への進出を開始し、百万単位の市内顧客を獲得し始めていた。その矢先に、FCCがUNE制度の絞込みを始めたので、長距離通信事業者はいわば「二階に上がったとたんにハシゴを外された」かっこうになった。

     長距離通信事業者は、先述のように、長距離通信事業者同士で激しい料金値下げ競争を展開し、財務基盤が弱体化していた。それに加えてさらに、これまで原則として長距離通信市場への進出が厳しく禁じられてきたベル系地域電話会社が長距離通信市場に順次進出し始めたのである。

     1996年電気通信法は、「AT&T分割」の枠組、すなわち、「ベル系地域電話会社はローカル・only」という建前は引継いだものの、市内電話市場での競争促進のため、「市内網をライバル参入者に十分に解放した」とFCCおよび関係州当局がそろって認定した場合に限り、例外的に州単位で長距離通信市場への進出を認めたのである。当初はベル系地域電話会社が申請してもなかなか「十分な解放とは認められない」として却下が相次いだが、2000年ごろから急速に認可が相次ぎ、2003年12月までに関係州すべてで長距離通信業務が認可された。

     電気通信市場では、もともと「市内」「LATA内」「LATA外」「州際」などの旧態依然たる区分が時代錯誤となりつつあった。インターネット通信の影響もあり、これらの区分が不明瞭となり、長距離通信料金でも全国一律一分あたり5ム7セントなどが当たり前となっていた。市内とそれ以外を一体化(bundle)した定額制まで出はじめた。こうした背景の中でベル系地域電話会社が長距離通信進出を果たしたため、いわゆるワンストップ・ショッピングで顧客がベル系地域電話会社に長距離通信も依頼するケースが急増し、長距離通信事業者の顧客を急速に侵食した。

     こうした事情から長距離通信事業者は苦境に立ち、ベル系地域電話会社に相次いで買収されるはめに立ち至ったのである。AT&Tはかっての子会社SBCに、MCIはVerizonに、それぞれ買収されることとなり、2005年10月末にMCIや司法省独禁局の認可も下りた。

    7. 「1 .競争の現状」への補足説明

     前述のように「競争事業者のシェアが減少している」のも、また、「UNE-Pが前期より26%も減少した」のも、以上のような背景があるからである。回線だけでなく、交換機能までも含めた「市内サービス」丸ごとのUNEは廃止され、既にあるものも1年間以内に他のアレンジ、すなわち、「リセール」や自前の回線/交換設備に移行が義務付けられたのである。

    8. 今後は通信事業者とケーブルテレビ事業者の熾烈な競争へ

     以上述べたように、米国ではローカル通信での競争はこれまで競争事業者の中核を占めてきた長距離通信事業者の埋没で、一つの段階が終わった。

     舞台はかわって、通信事業者(中核はベル系地域電話会社:新AT&TとVerizon)とケーブルテレビ事業者との激突に移りつつある。両者のトリプルプレーないしカドラップルプレーを目指した激烈な戦いは、既に始まっているのである。もはや「市内通信での競争」などの次元をはるかに超えてしまっている。

     ケーブル事業者は既に通信市場への参入を開始しており、「1 .競争の現状」の同軸ケーブルによる競争事業者回線(510万)はケーブル事業者の回線がほとんどである。大手のTime Warner Cableは140万、Cablevision Systems は100万のVoIP顧客を持っている。(ウォールストリート・ジャーナル:2006/7/17)

     一方、VerizonはFiOSという商号のテレビ・サービスを各地で立ち上げつつあり、順調に伸びているとしている。新AT&TもIPTVサービスの展開を急いでいる。

     FCCの統計や報告書も、まったく新しい切り口が必要になってきているのであろう。

    寄稿 木村 寛治
    編集室宛>nl@icr.co.jp
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