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2008年10月掲載

伸び悩む米国の競争事業者

 FCCはローカル交換事業者(LECs)の競争状況を定期的に調査公表しているが、このほど2007年末現在での状況を発表した。

 携帯電話の加入者数は2007年中に9%増加して2億4,920万となったのに対して、固定電話のアクセス回線数は2007年中に5.3 %減少して1億5,840万回線となった。

 ここ数年の比較は次表のとおり。

ローカル通信での競争事業者のシェアの推移

■競争事業者の回線数は減少から横ばいに

 固定回線のうち競争事業者が提供するものは、前年と同数の2,870万回線と横ばいで、固定回線の総数の減少もあってシェアは18%と、1年前より1%増加した。 内訳では、UNE(詳細は後述)の比率の減少が大きく、競争事業者の自前設備は増加している。

 競争事業者の回線数は、2005年6月までは、順調に増加してきたが、その後は減少に転じている。2007年はかろうじて横ばいを維持した。

 こうした推移の背景については、本年2月にも本欄で触れたところであるが、重複を厭わず、再度述べてみたい。

■FCCのローカル通信政策の変更が主因

 ここ数年間の競争事業者回線数の減少は、FCCのローカル通信での競争政策の変化の現われである。

 1996年電気通信法制定以降、当初は「とにかく競争事業者助成最優先」できたFCCは、共和党政権になってから、「UNE」や「リセール」といった競争方式は既存事業者の設備を利用した「形ばかりの競争」であり、「競争事業者の自前設備による競争参入」でこそ、代替インフラも充実してテロ対策にもなるうえ、真の雇用増、GNP増にも繋がるとの理由から、その競争政策を大きく転換した。こうした方針を提唱、強力に主導したのは当時、久方ぶりで登場した共和党系で委員長となったPowell委員長だった。同委員長は2003年2月の声明で、次のように力説している。

「私はかねてから自前の設備による競争の尊重に傾いている。競争事業者が既存地域事業者のインフラ等に依存している限り、斬新なサービスの誕生の見込みはなく、インフラへの投資の増加も起こらない通信機器メーカーの受注も増えず、雇用も増えない。経済成長にも貢献がない。国防やテロ対策の点でも代替インフラができず、不安である。」

■1996年電気通信法のローカル通信競争促進策とその弊害

 1996年電気通信法は、ローカル通信での競争促進のため、(1)リセール、(2)UNE(Unbundled Network Elements:細分化されたネットワーク要素:アンバンドリング)という二つの便法を設けた。

 「リセール」は、競争事業者が既存地域事業者の市内サービスをまるごと割引料金で買い入れ、それを自己のサービスとして顧客に再販売する方法であり、「UNE:アンバンドリング」は、市内サービスをいくつかの機能要素(UNE:unbundled network elements)に細分し、競争事業者が自身では賄なえない要素だけを既存地域事業者から割引料金で買い入れ、それと自身でまかなう要素とを組合わせて顧客に市内サービスを提供する方法である。

 すなわち、「UNE制度」とは、市内通信を、加入者回線、交換機能、ダクト、電柱等のいくつかの細かいネットワーク要素(network elements)に細分(unbundle)し、既存事業者は新規参入をはかる競争事業者の要請するUNEを、義務として規制当局が定める格安の事業者間料金で利用させなければならないとする制度である。

 1996年電気通信法は、競争事業者による「リセール」と「UNE」の要請を既存地域事業者は拒否できないとして、「相互接続」と同様に既存地域事業者の基本的な責務とし、義務づけた。米国の連邦議会は、UNEについては「新規参入者の参入を阻害する(impair)ことのないよう、FCCはUNE実施のための規則を制定すべし」と命じた。これら二つの便宜的方法により、新規参入事業者はすべてを自己の設備で賄う必要がなく、多額の設備投資なしに簡単に迅速な市内市場参入が可能となったわけである。

 UNE制度は、これだけでも新規参入する競争事業者にとって魅力がある仕組みだったが、さらに、その場合の事業者間料金の設定を州の公益事業委員会が行うこととされ、その基準としてFCCが示したのは、「全要素長期増分コスト」(TELRIC)という算定方法であった。これは、既存事業者の実際のコストに基づくのではなく、最新のテクノロジーで最新の効率的なオペレーションを行なったと想定した場合の架空のコストであり、FCCが低コストとなるよう目的意識をもって開発したモデルであった。この方法の採用には経済学者の間でも異論が多く、裁判沙汰にもなったが、FCCは強行した。

 その結果、事業者間料金の水準は、「リセール」では通常の顧客料金の5-10%引きだったのに対し、「UNE」では同40-50%引きとなり、当時アクセスチャージの軽減に悩んでいた旧エMCIなどの長距離通信事業者を主体とした競争事業者(CLECs)は圧倒的に利幅の大きいUNE制度に殺到した。

 さらに問題となったのは、本来はUNE制度は、競争事業者がある程度自前の設備を建設し、加入者回線だけとか、ダクトだけとか、足りない一部の要素を補完的に既存事業者から借り入れて顧客にサービスを提供するケースを想定したものであったにもかかわらず、FCCが競争実績作りに走った結果、UNE-P(UNE-Platform)といわれる方式が増え、回線のみならず交換機能までも一体とした「リセール」と大差のない「ローカル・サービス」全体を規制下の格安の事業者間料金で既存事業者に提供を義務付ける事態がひろく生じた。

■自前設備による競争参入こそ本来のあるべき-------FCCのUターン

 また、1996年電気通信法のもう一つの主要目標である「広帯域等の高度サービスの全国への早急な普及の達成」のためには、既存地域事業者の広帯域設備への投資が必要だという事情も浮かび上がってきた。つまり、既存地域事業者は、折角多額の建設資金を投じて光ファイバ等の広帯域設備を建設しても、それを規制で定められた格安料金でライバル参入事業者からの「リセール」や「アンバンドリング」要請に応ずる義務を課されたのでは、まさに「敵に塩を送る」類であり、設備投資の意欲がそがれるからである。

 こうしてFCCでも「自前の設備をもった競争事業者の参入こそが本道である」との流れになってきた。

 FCCのUターンは、その後も、2004年12月15日に、第4次の市内競争規則(UNE)の採択で、一層明確に示された。前述のUNE-Pはできなくなり、現在残っているものは1年以内に他のアレンジに移行しなければならないこととなった。

 2007年12月末の競争事業者回線の内訳構成比で、対前年比較では、UNEが41%から37%に減少し、リセールが逆に20%から22%へ増加し、自前設備も39%から41%に増加しているのも、こうした背景によるものであろう。

■諸外国でも広帯域サービスの振興との関連で論議

 最近は、広帯域設備の競争事業者への再販解放で同様な問題が各国で様々な論議を呼んでいる。オーストラリアのTelstraやドイツのDTなどは、国やEUの競争事業者への解放方針に対し、「大手事業者の広帯域インフラへの投資意欲を減殺するもので、広帯域サービスの普及促進の妨げになる」と真正面から反対している。

 競争事業者への既存事業者設備の利用解放を義務づけるのであれば、最低条件として「公正な事業者間料金」の決定が行われねばならないであろう。

■長距離通信事業者の消滅や携帯電話の急速な普及で意義も変化か

 これまで固定電話の中での既存事業者と競争事業者の攻めぎあいが注目を集めてきたが、業界での大きな環境変化でその意義も変化してきたことに注意するべきであろう。

 まず、従来の競争事業者の主体であった元AT&TやMCIなどの長距離通信事業者が経営に行き詰まり、相次いで大手のベル系地域電話会社SBC(新AT&T)やVerizon Communicationsに吸収合併されてしまったことである。

さらに、携帯電話が伸び、固定電話を大幅に上回ってしまったことも見逃せない。冒頭にも触れたように、2007年末現在では、携帯電話の加入者数は2007年中に9%増加して2億4,920万となったのに対して、固定電話のアクセス回線数は2007年中に5.3 %減少して1億5,840万回線となった。固定電話のコップの中で、既存事業者だ競争事業者だという時代は既に終わったのかもしれない。

寄稿 木村 寛治
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