トレンド情報-シリーズ[1997年]

[米国インターネットの内側]
[第1回]プッシュ技術はインターネットコンテンツを救うか

(1997.6)
  1. マリンバの牽制
  2. プッシュ技術の背景
  3. コンテンツ・プロバイダーの焦り
  4. ネットスケープの焦り
  5. ケーブルモデムの普及が必要?
1.マリンバの牽制
 ネットスケープのネットキャスター、マイクロソフトのCDF(Channel Definition Format)方式を始め、マリンバのカスタネット、ポイントキャストらのプッシュベンダーがプッシュ技術の標準化をめぐって激しい火花を散らしている。
 昨年からプッシュ技術を提供している老舗のマリンバ社は、自社が取り残されないために、「プッシュ技術にとって、どれか一つに標準化を決めるのは無意味」「本当に必要なのはセキュリティ」と、この標準化争いを必死になって牽制している。
しかし、このマリンバの牽制も、同社のカスタネットを実際に利用したことのあるユーザにとっては、単なる抵抗にしか聞こえないかもしれない。彼らの自慢する、Javaベースのセサミストリートの塗り絵でさえ、使ってみればとても使いやすいという代物ではない。ユーザにとって、ブラウザとプッシュ技術が一体となってしまえば、他のものをダウンロードする必要はなくなるのだ。
 このような標準化をめぐる争いから、プッシュ技術への業界の期待の高さがうかがえる。プッシュ技術はインターネットのビジネスモデルを再構築するとまで見られている。しかし、この派手に見えるプッシュ戦争の行く先には、決して多くの戦利品がころがっているわけではない。

2.プッシュ技術の背景
プッシュ技術とは決して新しいものではない。すでに昨年夏から、ポイントキャスト社はスクリーンセーバーにニュースを流すことのできるサービスを提供していた。
なぜプッシュ技術がいまそれほど魅力的なのか。
 プッシュサービスとは、コンテンツを自動的にユーザのデスクトップに配信し、「砂漠の中の立て看板」となっているコンテンツを特定ユーザに配信するものである。例えば、ユーザはプッシュプロバイダーの専用ソフトをダウンロードして、そこにチャンネルを設定すれば、定期的にコンテンツやソフトウェアのアップロードが入手できる。ユーザが普段インターネット上で訪れるページというものは、せいぜい7 つぐらいまでに限られているとも言われている。
  しかし、ブラウザ以外にこの専用ソフトを立ち上げるのはユーザにとっては面倒になる。そこでブラウザとこの技術を一体化させるべく、ネットスケープとマイクロソフトが相次いで、独自の方式によりその対応を発表した。
マイクロソフトは、この技術を使ってすでに、アメリカオンライン、ダウ・ジョーンズ、D&B(ダン・アンド・ブラッドストリート) 、ウォルト・ディズニーらのコンテンツ配信を計画している。
プッシュ技術を使えば、単に、ブックマークの代わりとなってコンテンツの呼び出し時間が短縮されるだけではない。ビデオストリームのコンテンツを定期的に配信しておけば、ADSLや168kbps超高速モデムの登場を待たなくとも、高品質なオンディマンドのインターネットテレビ放送も可能になる。

3.コンテンツ・プロバイダーの焦り
プッシュ技術がこれほど注目されるのには、実はコンテンツプロバイダーサイドの苦しい台所事情がある。 昨年、一部の大手コンテンツは有料化を始めた。いつまでもインターネット上のサービスを実験的に無料で提供していては、大きなコスト負担を回収できないからだ。しかし、有料化では、加入者が減少し十分な収入があげられないだけでなく、ホームページの広告的価値も減少した。結局、コンテンツプロバイダーは広告収入に頼るしかなかった。
広告売上でトップクラスにあるヤフーが赤字から転換し、1996年第4四半期、1997年第 1、第2四半期でわずかながらの黒字決算を発表した。これは広告収入モデルこそがインターネットコンテンツのビジネスモデルであるかに見えた。
しかし、この決算を「ストックオプションのための株価引き上げ策」と見た当時のアナリストの分析は間違ってはいなかったようだ。
 ヤフーは、5 月に入って収益の悪化を発表しており、インターネットの広告収入が収入源としてはまだ十分ではないことを再度示した。
コンテンツ・ブロバイダーにとっては、なんとかして自社のページの露出度を高め、広告価値、情報価値を高めるしか方法が残されていない。ジョージアテックが行った最新の調査によれば、インターネットユーザの67.6% もが、インターネットのコンテンツに料金を支払いたくないと答えている。これでは、電子マネーによるマイクロペイメントのシステムができあがるのを待ったとしても、それを利用する人はほとんどいないということを示している。

4.ネットスケープの焦り
瀬戸際に追い込まれているのはコテンツプロバイダーだけでない。一方、ブラウザを提供する側も、この技術を目玉にして、起死回生を狙おうと必死になっている。
5月22日に公開された、ネットスケープ・ナビゲーターの最新バージョンで提供されるネットキャスターの公開版は、あまりにも動作が不安定で、ほとんどまともな状態ではなかった。しかし、なぜ敢えてこれほど不安定なネットキャスターをウェッブ上で公開する必要があったのか。ここにネットスケープの焦りがある。
最近、ウォールストリートでのネットスケープに対する評価は不安定だ。かつてインターネットブームの最高の成功者として、最高時には90ドル近くまでになった株価は、今年3月以降、公開価格に近い30ドル前後に落ち込んでいる。今年はじめメリルリンチのアナリストは株価の低迷するネットスケープの危機に関するレポートを発表し、今年3月コンピュータ・リセーラ・ニュース誌は同社が重大な局面に入っていると報道した。
インターネットで最大の成功をおさめたベンチャー企業であるネットスケープの株価の最高時(87 ドル) は1995年、もはや2 年前の話である。アドリューセン氏が保有する自社株の価格は最高時の1 億1260万ドルから4000万ドルへ低下し、ジェームズ・クラーク氏に至っては12億ドルから4 億2 千ドルまで低下してしまった。
インターネット関連株の低迷振りはネットスケープだけではない。モルガンスタンレイ社によると、公開価格を上回っているインターネット関連株はわずか21% に過ぎないというインターネット業界の現状があるのだ。
ネットスケープ社は、1997年第1四半期の決算で、前年同期比19% 増の利益を計上したものの、一部アナリストは、売上が前期から微増にとどまったことから、同社の将来に警鐘を鳴らしていた。折しも5 月16日、同社は、今後増加する経費から利益率が下がり、熾烈な競争と製品出荷の遅延で売上が圧迫される可能性があることを発表したために、株がさらに売られた。
不完全なプッシュ技術β版の公開は、このような状況下で、ブラウザのシェア確保のために話題作りで先行したい、同社の意図が反映された事件でもあった。

5.ケーブルモデムの普及が必要?
プッシュ技術を推奨する、米フォレスターリサーチ社のアナリスト氏は、「プッシュ技術をベースとした強力なサーチエンジンとアプリケーションが今後数年内にインターネットを支配し、ウェッブにとって代わるようになる( テック・ワイヤー誌) 」と褒めちぎる。プッシュ技術は無駄なサーフィンをなくし、特定の顧客の興味に特化した情報を流すことはできる。  しかしプッシュ技術は、コンテンツプロバイダーとベンダーによる話題先行の感があり、それが本格的に普及するのには大きな課題がある。
オプティマル・ネットワーク社の調査によれば、プッシュ技術の利用は通常よりも5 〜6 倍のトラヒックが必要になる。これについて、IPマルチキャストの推奨者は、プッシュ技術とIPマルチキャストを組み合わせることで問題を解決できるという。だが、IPマルチキャストは、ISP で対応しなければ通常のユーザが公衆インターネット上で利用できるサービスではない。また、IPマルチキャストは、従来のような定額制サービスではなく、従量制のサービスとなるというのが多くの米ISP の考えである。そうなるとプッシュ技術はコスト高のサービスとなる。また、ISP の対応は、日本では3 年以上先になる。
また、プッシュ技術はインターネットに常時接続しておかなければ意味がない。企業の専用線接続では問題ないが、ユーザの7 割近くを占める一般家庭からのダイヤルアップアクセスでは意味がなくなる。同アナリストによれば「そのための解決策としてケーブルモデムが必要」であるが、米国でもケーブルモデムによるインターネット接続は2000年を過ぎても3 割に到達するのに時間がかかるだろう。ヒューレット・パッカードによるケーブルモデム事業撤退のニュースは先日発表されたばかりだ。日本でも2000年以降も高速モデムによるダイヤルアップアクセスが半数以上を占めると見られる。ケーブルモデムの大きな普及の見込みは立たない。
このように、日本でのプッシュ技術の本格的普及には、コネクションレス型サービスの提供などネットワーク側の対応も必要になってくる。そう考えてみれば、プッシュ技術が本格的に普及し、インターネットのビジネスモデルを再構築するには5年近い歳月を要するかもしれない。

(マーケティング調査部 吉沢 寛保)
e-mail:yosizawa@icr.co.jp

(入稿:1997.6)

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