トレンド情報-シリーズ[1997年]
[InfoCom Law Report]

[第1回]姿を変えゆく「放送産業」
(1997.8)


 従来、マスメディア産業は、社会で特権的地位を誇ってきた。これら放送、新聞、出版などの従来型マスメディア事業を構成する要素は、コンテンツの制作およびその伝達(コンテンツを流通できる形に整え、実際に流通させる)である。マスメディアの社会的影響力の強さは、この2つの要素を同時に保有していることにある。特に、ほとんど同時期に同質の情報を受け手に送り届けることができる伝達能力を持つことは、マスメディアがマスメディアたるべき理由であり、マスメディアに特権的地位を与えている一因である。新聞は、毎朝家庭に配達され、放送は、毎日お茶の間に直接入ってくる。これらの伝達能力を保有するのは、費用的にも大きな負担であり、参入障壁は非常に高い。特に放送では、社会的影響力と公共の財産である電波の希少性に裏付けられ免許により事業が許されているわけであり、放送という伝達手段を持つことは特権的なことである。それだからこそ、放送には、公共的責任が求められてきたのである。

 しかし、制度的な変化とデジタル化という技術の発達とがあいまって、放送産業に変革を与えている。
 これは、従来のように、マスメディアは、制作と伝送の両方の機能を持つ必要がなくなりつつあること(委託事業者と受託事業者の制度の導入)、同時に、その伝達の手段/伝送路が飛躍的に増えること(多チャンネル化)による事業者数の拡大に因る。

 CSアナログ放送で導入された委託事業者と受託事業者の制度は次第にその適用範囲を拡大させているが、これは、メディア産業の枠組みを変える大変大きな意味を持つ。以前は、メディア事業者たるものは、伝送路の設備をすべて自前で持つ必要があったが、今後は、伝送を専門とする事業者からレンタルすれば良いのである。言い換えれば、以前は、コンテンツに加え伝送路(メディア)を持つものがメディアであったが、今後は、コンテンツを持つものならば簡単にメディアとなることができるのである。これは、パソコン業界で、いつしかマイクロソフトが産業を支配しつつあることを思い起こさせる。

 多チャンネル化は、デジタル化で伝達の手段(メディア)が増えたこととおのおのメディアにおけるチャンネルが増えたことで相乗的に起こっている。また、技術の発達で伝送に関するコストが低下していることも多チャンネル化を後押ししている。伝送路の拡大の端的な例は、CSデジタルである。100チャンネル以上を提供する事業者が現れており、来年には、CSデジタルだけで350チャンネルが提供される見込みである。

 この多チャンネル化は、放送の社会的役割を変えつつある。放送が発信する情報は、社会的に影響力が大きいとして公的な責任を求められてきた。しかし、上記のように、伝送路が増え、一個のメディアが達する受け手数が少なくなってくると、その社会的影響力が小さくなると同時に社会における位置づけも、変わらざるを得ない。また、放送が対象とする受け手は不特定多数が前提で、受け手からの選択の余地が少なかった。本来テレビ番組は、事前に内容を確かめ難いという性質をもっている上、特に放送の場合、その運営の費用は視聴者ではなく広告主によって負担されているという事情もあり、受け手にとっての選択の余地は少ない。視聴者はいわば、一方的に送られてくる情報にexposeさせられる状態にあった(もちろん、放送局は、視聴者を獲得することを目的とした番組構成にはするわけではあるが)。しかし、多チャンネル化に伴う有料である専門放送となれば、放送事業者は、視聴者との合意にもとづく契約によって視聴者の嗜好にあう番組・情報を提供する責任を持つわけで、情報内容の決定権が視聴者に移ることになる。そうして、放送事業者は、直接の消費者である視聴者の嗜好にあう情報メニューを用意するようになる。この場合、放送電波は、この消費者の注文の情報パッケージを伝送するための流通経路としてみなされるだろう。そして、この傾向は次第に強くなっていくと思われる。これを考えるとき、専門放送の開始は、放送の情報流通事業者化の第1歩であると言えよう。そして、放送が従来の社会の成員に共通の情報を提供するという役割から一歩踏み出すことになるのである。

 放送は、従来は、その独占的地位を背景に、その社会の基本的情報の提供者としての機能やジャーナリズム機関として大きな役割を果たしており、社会の共通意識の形成に大きな役割を占めていた。視聴者から見れば、放送などのマスメディアの情報に絶えず接触することは、いわば、社会とのつながりを保つために必要であった。今後、競争が導入された多チャンネル時代に放送事業者が企業として生き残るには、従来の役割以外の部分をより充実させる必要がある。たとえばより個人的な娯楽となる情報の提供に力を入れるのもそのひとつである。もしもそうならば、いやがおうでも、無限に拡大するとは思われない視聴者の余暇時間の争奪戦に参加することになる。現在、日本人のテレビの視聴時間は、4時間余り。これは、微増を続けているものの、企業としての生き残りをかけて、専門放送が娯楽の領域に手を伸ばせば伸ばすほど、放送産業以外の情報サービスおよびエンターテインメントと視聴者の余暇時間の争奪戦を繰り広げざるを得なくなる。具体的な競争相手は、ネットワーク系では、オンライン・サービスやインターネット。パッケージ系ビデオやDVDなどのメディアがある。だから、放送チャンネルの飛躍的な拡大に伴う大競争の始まりを放送ビッグバンと呼んでいるようだが、これは、実は放送産業だけでない、もっと広い範囲の競争の始まりなのである。

 現在、地上波放送がデジタルCSをあまり強力なライバルと見なしていない(と装っている)。これは、もちろん、現在の視聴者規模(デジタルCSが30万程度)や地上波の持つ資本力や伝統にも基づく自信に基づいているからであるが、現在のところは、従来型マスメディアであり、広範囲の不特定多数を対象とする総合放送を特色とする地上波と専門放送が中心となるデジタルCSは、基本的に異なると見なしているからでもある。つまり、CSは、総合放送と競争するのではなく、むしろ、ホームビデオやオンライン・サービスと競争すると考えている。

 これは、総合放送と専門放送との住み分けが成立するということ、また、視聴者にとって、現在の地上波が提供する総合放送の地位が揺るぎないという仮定に基づいているのだけれど、今後、視聴者の行動が変化し、次第に総合放送の位置づけが次第に変化することは十分考えられる。みんな一緒で安心する日本人も次第に個人の好みを尊重するようになり、次第に専門放送を多用する可能性はある。(アメリカ人のようにサンドイッチを注文するのに、パンの種類、バター・塩・胡椒の有無、レタス、トマトの入れかたなどもいちいち指定するようになる?)もちろん、総合放送の意味がなくなると言うわけではないが、放送産業のなかで総合放送の比重が次第に低下していく可能性は否定できないだろう(私は、放送でいうユニバーサル・サービス的な位置づけになると考えている)。そして、やっぱり、地上波放送局も従来的マスメディアの地位に安住が許されず、専門放送的事業に乗りだして、個人の余暇時間の争奪戦に加わらずを得なくなってくるのではないだろうか。  今後、ここでは、放送を中心に情報の流通経路の変化について眺めて行きたいと思っています。皆様のコメントをお待ちしています。

(マーケティング調査部 西岡 洋子)
e-mail:nisioka@icr.co.jp

(入稿:1997.8)

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