トレンド情報-シリーズ[1998年]

[IT業界レポ]
[第6回]ERPと周辺テクノロジー

(1998.9)


 IT業界のレポートとして、ERPと関連ソフトウェアを扱ってきてこのレポートも最後の第6回となりました。最後のレポートはERPと周辺テクノロジーです。

 ERPと周辺テクノロジーということで、最も私が重要に考えているのはソフトウェア工学です。ハードウェアの発達は現在大変なスピードで進んでいますがコンピューターの問題としては、やはり中身のソフトが重要です。

 ソフトウェア工学は、1968年NATOのソフトウェア危機会議が発端となっています。
ソフトウェア工学の研究はソフトウェアをいかにつくるかの技術や開発の管理方法など数多くの理論手法を作り出しました。ERPもソフトウェア工学の歴史の上になりたっていますし、ソフトウェア工学の発展が今後ERPを更に進化させるものと期待しています。

 ただ、日本ではソフトウェア工学の成果を実践するというのはとても難しい状況があります。ここ20年ほどの学術的理論研究は、大きく進歩したにもかかわらず日本人はそれらの研究成果を学ぶ大学をレジャーランドにしてしまいました。数値分析、開発工学、経営モデルといった学術的研究成果が多く生み出され、思想やコンセプトではなく現実の世界に適用可能な多くの手法がここ20年くらいで、どれだけ現実の世界を変えてしまったのか、日本人は気づかずに来てしまいました。

 たとえば、ソフトウェア工学の古典と言われていますが、フレデリック・ブルックスの「ソフトウェア開発の神話」は1975年、バリー・ベームの「ソフトウェア工学の経済学」(COCOMOモデル)は1981年、トム・デマルコの「構造化分析とシステム仕様」(DFDモデル)が1978年です。オブジェクト指向は1986年(ブーチ)からですし、Javaは1996年にJava1.0が出されました。つい最近のソフトウェア工学の研究成果が次々と現実のソフトウェアを生み出す重要な方法論・手法として利用されています。

 また、数学的分野でもOR(オペレーションズ・リサーチ)の線形計画法は1947年くらいからシンプレックス法(1947)、双対理論(1947)、経済モデル(1948)、資源の最適配分(1975ノーベル賞)、組み合わせ論的解法(1977)、多項式アルゴリズム(1979)、新多項式アルゴリズム(1984)と研究が続けられており、これらの理論、手法はMRP、MRPII、ERPの製造、物流、SCMの計画などに応用されています。

 経営学においても、経営モデル、戦略モデル、市場モデルなどのモデル化手法、マーケティングのデータマイニング数値分析手法など、ERP周辺は学術的成果である理論、手法の宝庫です。

 ERPを日本人が考える企業の基幹業務パッケージだけかというと、ERPの持つグローバル・スタンダードとしての理論性を見失います。ERPやSCMもそうですが、まさに企業理論や手法研究とその具体的応用を現実の企業で行っているのです。これまで日本のIT業界が経営理論の現実利用という明確な形で企業システムを構築したことがあっただろうかと考えてしまいます。企業の業務を顧客企業の望む通りに構築してきた日本のIT業界に、普遍的論理性の研究成果を盛り込み数学的に、構造的に分析された企業の在り方を追求し続けるERPの考え方は理解できないかもしれません。

 私はERP、SCM、またBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)という言葉を聞くたびに言葉の流行に踊るのではなく、それらの言葉の背景にある論理性を生み出してきた英知ある研究者達を考えます。そして、それらの理論や手法を科学的に理解し、具体的な企業システムのパッケージまで組み上げてしまうソフトウェア技術者達にあらためて尊敬の意識を持つのです。今後、ERPはJavaやCORBAを取り込みさらに進化していくと思います。導入手法も次々と新しい手法が開発されるでしょう。

 ERPの考え方として、私は日本企業にあわせる必要があるのかとこれまで考えてきました。むしろ、ERPにあうように日本企業が変わるのではないかなどと思ってきたのです。世界市場の一部となった日本市場で、外国企業の参入に日本的商慣習や業界特有の処理、日本の制度的処理など、どこまで説明不可能な非合理性をおしつけられるのか?今や、自らの社会制度の改革機能さえ失ってしまった、そんな日本環境にあわせた企業システムなど意味がないのではないかとさえ思うのです。

 ERPは登場してから数年で日本企業に企業システムの在り方を問うことになりましたし、日本のIT業界に、これまでの企業システムのソフトウェア開発姿勢やシステム構築理論のレベルを問うことにもなりました。そして、これから大企業がさらに4ケタのリストラを始めると発表しています。馴れ合いのもたれ会いの社会の崩壊です。はたして日本企業のERPによる再生が間に合うのでしょうか?日本人の手による欧米のERPを超えるERPが出てくるのでしょうか?

 連載を始めて6ヶ月、日本を取り巻く状況はますます悪くなっています。もともと資本主義社会なのだからフェアーな競争を徹底的に追及すればよかったのかもしれません!すべてあいまいな、論理性を欠く原理の中で企業も日本全体も運営されてきました。今後は公明正大な競争を企業内外で徹底しなければならないでしょう。経営者がなぜ経営者なのかを資格において説明しなければならない時代が来るでしょう。

 企業システムを個別企業の特殊システムと考え、科学的に整理できなかった日本に、ERPのあたえたインパクトは大きかったと思います。そしてERPは企業を取り巻く企業環境つまり制度や慣習にまで問題点を広げるきっかけをIT業界につくりました。

 また、ERPは日本のIT業界に新たな競争と変化を現実に生み出しつつあります。それはこれまで経営コンサルタントと企業システムの構築とは別個であったのが融合しつつあるということです。コンサルティング・ファームはERP導入のためのSEを採用し、さらに経営コンサルタントの教育もし始めました。経営コンサルタントとして経営戦略の策定だけでなく、具体的な実現方法としての情報システムの構築まで提案できるITコンサルタントの出現を目指しているのです。当然SI企業もSEに経営教育を始めITコンサルタントの育成を始めています。概念、思想、コンセプトだけの経営コンサルタントや経営を語れないSI企業ではもう通用しない時代が来つつあります。

 私は昔から冗談で言ってきました。「働きやすい会社」「楽しい経営」「公平な評価」こんなことさえ日本企業は満足に実現できずにこれまできました。会社を辞めた人間が外の会社で経験を積み再び戻って来るような会社、辞めた人間でも優秀であればいつでも迎える会社、そんな会社が日本にあるでしょうか?辞めれば裏切り者で、二度と関係することはない社会が日本です。

 ERPやSCMという道具で日本企業や日本社会が救われるとは思いませんし、そんな力もないでしょう。ただ、状況を変革できるいろいろなことを気づかせてはくれました。後は本気で日本企業や企業人が変革に取り組むかです。残された時間はもうないのですから。

 今回を最後にIT業界レポートは終わりますが、また新たな切り口でレポートしたいと考えています。次のIT業界レポートIIはもう少し考えてから11月より新たにスタートします。ご期待ください。

中嶋 隆

(入稿:1998.9)

このページの最初へ

トップページ
(http://www.icr.co.jp/newsletter/)
トレンド情報-シリーズ[1997-8年]