トレンド情報-シリーズ[1998年]

[メガコンペティションは今?]
[第8回]メガコンペティション1998年の課題

(1998.3)

EUの通信完全自由化とWTOの基本電話サービス協定実施により、世界な自由化の枠組みがスタートし、通信企業の国際M&A戦略も第2段階に入った。日本の通信業界の課題は山積している。
  • 世界的に通信自由化は第二段階へ
     EU加盟国の通信完全自由化1が1998年1月1日にスタートし、WTOの基本電話サービス自由化は遅れて1998年2月5日にスタートした。1980年代半ばに米英日等自由化先進国の市場開放が始まり、10年あまりで自由化が世界各国の原則となった。通信自由化は1998年から第二段階に入ったと言われる。

     もっとも、EU自由化にはスペイン、ポルトガル、ギリシア、ベルギーなど実施時期の延伸などを認められた例がある。WTO自由化も、基本サービス自由化協定に署名した国は69と130加盟国・地域のほぼ半数で、ロシアや中国は加盟していないし、98年1月末の批准国は57に止まる。当初期限97年11月末までの批准国20を見て、米国が一時発効延期を主張したくらいである。

     と言っても、自由化実施の11月猶予を認められたスペインが、固定系第二キャリアーRetevision(国営放送事業者、96年6月免許、97年7月テレコム・イタリアと提携)に引き続き、97年12月に第3キャリアーの免許入札(受付期限98年2月25日、7月に決定)を招請した。EU以外でも、国際通信開放を2006年としていた香港が98年1月に、99年からの営業を認める新規参入事業者の入札を招請した。自由化前倒しの動きが目立っている。

     WTOの枠組みは、(1)グローバル化企業の欲するエンド・ツ.エンドの加入者情報伝送をカバーし、(2)相互主義を排してすべての加盟国に最恵国待遇による市場開放を義務付け、(3)途上国が 自由化を約束すれば先進国企業が電気通信拡充投資に乗り出すことを保証する。85年のメートランド委員会報告がなし得なかった途上国インフラ投資促進メカニズムを、民営化・市場競争を前提にWTOが創り出したことに意義がある。ただし、協定は最恵国待遇、内国民待遇、透明性等の一般的義務を定め、具体的自由化は各国が予め分野や条件を選び約束した範囲で義務を負う「漸進的自由化」であり、市場開放の実施には時間がかかる。

     特に、通信事業の本質が、国別国内独占事業とその接続による国際共同事業からエンド・ツー・エンドのシームレスなサービスを志す単一事業の複数併存に変わり、通信区間ごとに区切られた細切れ市場からメッシュのような多国間市場に転換するに伴い、統一決済方式の国際計算料金制度を事業者間料金の自由設定を可能にする方式に変える課題の解決は容易ではない。直面するのは途上国における国際清算料金による貿易黒字喪失の恐れであり、問われるのは米国が積極的に推進する清算赤字削減のため計算料金の切り下げである。

     WTO協定にもかかわらず、米国は2国間交渉による相互主義の圧力を捨てていない。米国では外資の米国参入を認めながらRBOCの長距離市場参入を制約するのはおかしいとの議論があり、また、メキシコがAT&TやMCI子会社に課す高接続料金反対の提訴にスプリント/Telmex合弁米子会社の国際電話単純再販(TSR)に対するFCC免許付与を引き合いに出すと言う複雑さがある。

    *1:自由化には、一般に、端末やVANの自由化に始まり基本電話サービス、電気通信インフラに至る。そこで基本サービスやインフラの自由を完全自由化という。

  • 通信企業M&Aの範囲も拡大
       1998年に世界の通信企業が直面するのは、上述のような環境における“規制”“相互接続”“アンバンドリング”“イコールアクセス”“土地使用権(right of way)”等の問題以上に、グローバル化に対応して誰とどのように提携するかと言うM&A戦略である。

     戦略的国際提携で1997年に世界を揺さぶったのは米国第4位の長距離通信事業者ワールドコムであった。BTと合併寸前のMCIをカネに物を言わせて奪い取り、テレコムビジネスの考え方を一変させた。従来からの通信事業者が気がつくと、MCIワールドコムは米国第2位の長距離網のほか欧米の大口ユーザへの足廻りを持ち、インターネット市場のトップクラスのシェアを占める存在となっていた。

     アームストロング新会長が率いるAT&Tは、対抗上コスト削減で足元を固めつつ“中核事業(core business)”に積極投資を集中する戦略を開始した。97年12月にカード事業を35億ドルでシティコープに売り、ディレクTV株式(2.5%)を1.6億ドルでヒューズへ売り戻して、98年1月に競争的市内通信事業者テレポートを113億ドルで買収することを合意した。コアビジネス戦略は、M&Aの範囲を縮小するのではなく本業の拡大を意図するもので、緩やかな連合であるワールドパートナーズを資本的結合を伴う提携に改組することを検討中と思われる。

     ボーダーレスな通信事業の基本戦略は規模の拡大であり、97年の合併(4月パシフィック・テレシス→SBCコミュニケーションズ、8月ナイネックス→ベル・アトランティック)で5社に減ったRBOCは、98年も1社は減ると見られている。そのなかで海外指向が強く、既にDTと共同でハンガリー・テレコム株式の2/3を取得し、シンガポール・テレコムと共同でベルガコム株式の49.9%を取得したアメリテックは、97年10月にデンマークの旧国営通信企業テレデンマークの株式34.4%(42%までの買取権つき)を32億ドルで取得した。

     自由化5年後のスウェーデンのテリアは、狙っていたテレデンマーク提携が実らなかったので、ノルウェーのテレノールとの提携交渉を進めた。しかし、ノルウェーが自由化直後で戦略的認識が浅いこと、持株比率を半々にするにはテレノールが13億ドル出さなければならないこと等から不調に終わり、今広く世界に提携先を探している。

     西欧の98年は固定系通信の具体的競争開始の年である。ドイツのDTは、マンネスマン・アルコア(マンネスマン+国鉄)、オテロ(フェーバ+RWE)、フィアッ ク・インターコム(フィアック+BT)などを迎え撃ち、フランスのFTは、セジェテル(CGE+BT等)、9テレコム(ブイグ+テレコムイタリア)などと競争する。両社とも国内市場の防衛とEU域内の拠点確保に懸命である。英国のC&Wも国内でマーキュリーとケーブルTV3社を合併し、ドイツやスウェーデンの合弁から撤退するなど、欧州を固める戦略である。

     BTはMCIを失ったあとの修復に迫られている。グローバル戦略の焦点の一つであるテレフォニカ提携の再構築に努力したものの、テレフォニカが中南米に強いMCIワールドコムとの提携に傾いたため、BTは中南米対応も含め別の米国キャリアーとの提携を検討せざるを得ない。一方利害調整の必要が消えたスペイン進出を目指して第3キャリアー免許を申請(期限は2月25日)するものと見られる。
     BTは現在スペインに企業情報サービス会社BT Internationalを設立済みで、新規参入移動電話会社Airtelの株式15.8%を保有している。
     98年の通信企業M&Aは、BT/MCI、AT&T/WP、グローバルワンの3大戦略 的提携時代を超えて範囲が広がり、囲碁で言えば中盤の地取り戦略の段階を迎えている。

  • メガコンペティション日本の課題
     TTNetの中継電話サービス“東京電話”開始で明けた1998年の日本の電気通信市場は、WTO自由化発効日の2月5日を中心にBTやワールドコムが本格的参入の名乗りをあげ、カナダの国際通信事業者グローブコムがDDIとの提携を発表し、従来にない変化が予想される。郵政指導の“調整された”競争で既成利益化していたNCCと99年の再編成を控えたNTTは、グローバル化と言う新たな競争要因に実際に直面することとなった。

     NTT問題が決着して1年あまり、スピード・アンド・フォーカス戦略が重要な通信業界で多年の経験を重ねた米国キャリアー、EU統合で苦労してきた欧州キャリアーに比べ、日本の通信事業者の非力は明らかである。困難は競争経験の短小だけではない。有線系/無線系や固定系/移動系の競合と統合と言うネットワーク戦略、電気通信/メディア/情報技術の融合戦略などリスクを伴う未知との戦いがある。「1995年に始まったネットワーク中心時代の次に、2010年頃からコンテンツ中心の時代が来る」と言う見方がある 2 。大衆向け娯楽情報のマルチメディア化には時間がかかるとして、グローバル企業のビジネス情報は既にグローバル通信企業の争奪戦の的である。メガコンペティションの困難の核心は、当面処理しなければならない課題、中期的に対処すべき課題、長期的に手を打って措くべき課題が同時に迫っていることである。今日本の金融業界は不良債権処理とグローバルスタンダードの大波に洗われているが、通信業界は未知への挑戦とグローバルスタンダード創りに直面している。

     それはインターネット及び電子商取引(EC)への対応に代表される。ITUの「ネットワークへの挑戦」 3 はインターネットの将来に5つのシナリオがあるとしたが、その重要な要因の一つが、GII→インターネット投資→DNS問題(ドメイン/アドレス技術管理に対する政府の関与)と言う形で今議論されている。コンテンツ中心時代も展望し電子商取引の枠組みが米国流一色にならないよう、EUは「通信・メディア及び情報技術の融合に関する諮問文書」を発表し(97年12月)、検討を始めた。日本の通信業界はグローバルな視点からのビジネス戦略が手薄だが、情報通信政策問題への対処も比較的遅れている。今民間企業として意見を適切にグ ローバルなフォーラムに提起・反映させないと21世紀は乗り切れない。

    *2:デビット・C・モシェラ著、佐々木浩二監訳
      「覇者の未来」IDGコミュニケーションズ、1997年10月

    *3:ITU[Challenges to the Network] September,1997

  • (関西大学総合情報学部教授 高橋洋文)

    (入稿:1998.2)

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