トレンド情報-シリーズ[1998年]

[メガコンペティションは今?]
[第11回]アジアにおける通信インフラ構築の競争と協力

(1998.6)

 環境激変に伴いアジア諸国の多くは、通信インフラの整備テンポが落ちつつある。活力ある国は外資制限緩和による資金調達に向かっているが、条件の良くない国を含む全域での成長に向け関係者の奮起が望まれる。

アジア電気通信の今の政治経済環境
 本シリーズ第3回で「APEC域内で競争始まる」と題し、アジアテレコム97(97.6.9〜14)の熱狂などAPEC電気通信の現況を取り上げてから1年近く、アジアの電気通信の経営環境は一変した。
 すべては97年7月2日のタイ通貨管理フロート制移行から始まり、投機的な通貨売りがフィリピン、インドネシア、マレーシアと伝染し、香港経由で韓国に飛び火して、一国の為替調整が各国の通貨不安、全域の金融危機、アジア経済の混乱にまで発展した。もとは東南アジア各国が通貨を米ドルに連動させていたのが、国内インフレ、中国の人民元切り下げ(94年1月)、95年夏からの円安などで実力を上回るレートになり、輸出競争力が落ちて経常赤字になり為替レートの調整が必要になったのだが、資本輸出入の流れが変わり、助っ人のIMFの対応もあって深刻化し、遂に98年5月21日にはインドネシアのスハルト政権が崩壊した。しかも5月11日に始まったインドとパキスタンの核実験の応酬が、冷戦時代より難しい戦域・戦術・核の管理の問題を提起した。
 アジア経済は基本的には健全で、2、3年〜数年後には高成長軌道に戻るとの見方が多かったが、経済構造改革には景気後退が不可避で、それに政治が耐えられるかどうか、冷戦後の「国際秩序なき時代」の影がさすと言う事態になったのである。
 この間、経済問題が得意な筈の日本は、96年秋の判断誤りに始まる不適切な金融・経済政策の修正に手間取って自ら危機的状況に沈み込み、アジアとの域内貿易の縮小を挽回する策もたてられずに、金融市場でのグローバル・スタンダード化への適応に追われて、Crony Capitalism(仲間内資本主義)の誹りに反論もできない有り様である。ハンチントンの「文明の衝突」に反論する学者はいても、宗教が人の心の重要な支えになり厳しい戒律が生活を規律することを知らぬ日本人一般は、世界最大の回教国インドネシアの国情、インド/パキスタン紛争の重み、イスラムの核とイスラエルの核の関連を理解できない現状である。
 アジア経済危機に対する米国政府の基本戦略は、1.IMF方針をベースにアジア諸国の経済構造改革を進める、2.流動性危機回避のためG7・IMF・世界銀行から緊急融資を実施すると同時に、G7諸国の民間銀行団の協力を得て融資の借り換え・条件見直しを行う、3.中国の人民元切り下げ回避に努める、4.アジア諸国の輸出先である日本の内需拡大を求めるの4本柱と言われる。
 今日の日本の危機的状況はバブル経済崩壊に伴う不良債権処理に由来する。日本の再生は金融システム健全化にかかり、もはや待った無しである。

この1年の電気通信の主な動き
 ITUの「世界電気通信統計(World Telecommunication Indicators)」によれば、APEC加盟国の96年末電気通信と95年経済の指標は表の通りである。

表:APEC加盟国の電気通信と経済主要指標
固定電話加入数普及率移動電話加入数普及率*売上高($M)一人当たりGDP
Australia9,500.0051.883,815.0020.8313,423.9019,210
Burunei Daru78.826.2635.912.6345.217,556
Canada18.050.860.243,420.3011.8113,229.2019,092
Chile2,248.0015.59335.42.331,665.104,714
P.R.of China54,947.004.466,850.000.5617,485.90575
Hong Kong3,451.2054.691,361.9021.586,440.3022,784
Indonesia4,186.002.135130.262,689.301,038
Japan61,525.9049.9226,906.5021.3993,622.2041,004
R.of Korea19,601.0043.043,181.006.988,727.8010,174
Malaysia3,771.3018.321,520.307.392,556.204,339
Mexico8,826.109.481,021.901.16,936.003,145
New Zealand1,782.0049.9249313.812,142.4017
PapuanGuinea47.011.073.10.07113.61,140
R.of Philipp1,787.002.499591.331,0911,098
Singapore1,562.7051.3343014.122,793.0028,604
Taiwan10,010.6046.62970.54.525,925.6012,240
Thailand4,200.207.01924.41.542,292.602,820
U S A164,424.462.5744,043.0016.52178,160.0026.622
(Cambodia)8.10.0820.10.2205.8286
(P.D.R.Lao)26.30.563.80.0818.6329
(Myanmar)178.60.397.30.02320.12,381
(Vietnam)1,186.401.5868.90.09629.1276

(注)電話96年末、GDP95年現在。電話数値単位千、普及率100人当たり。GDP米ドル。
*電気通信事業の売上高(単位:百万ドル)
(出所)ITU"World Telecommunication Indicators" March 1998

 興味をそそられるのはその所属グループで、カンボジア、中国、ラオス、ミャンマー、ヴェトナムは低所得国(一人当りGDP800米ドル未満、ミャンマーのそれは異常値?)、インドネシア、パプア・ニュー・ギニア、フィリピン、タイは下位中所得国(同800~3000)、チリ、マレーシア、メキシコは上位中所得国(同3000~12000)、オーストラリア、カナダ、日本、ニュージーランド、米国のほかブルネイ、香港、韓国、シンガポール、台湾が高所得国(同12000~、韓国のブレの理由不明)に分類され、APEC加盟国の多様性を示している。
 政治経済環境の激変に伴いアジアの通信事業者は、外資導入のための外資制限の緩和などの工夫をしている。

中国
よく「電話は豊かさの象徴」と言われるが、人口世界最大の中国は低所得国でありながら、そのGDP6,976億米ドルは米国(7,254B)、日本(5,134B)に次ぐ域内第3位である。Pan-Asian Telecom(1998年5月19日号)によれば、中国の97年末固定電話加入数は1.11億、移動電話加入数は1350万に達し、98年第1四半期の移動電話増加数310万は、韓国の230万、日本の200万を超えて域内一の成長振りと言う。
 中国の電気通信は、省間・国際通信と大都市の移動電話に電子工業部・鉄道部・電力工業部母体の中国連合通信有限公司(Unicom:China United Communications)が参入しただけで、旧郵電部の中国電信(China Telecom)の実質的独占が続いている。しかし返還後の香港では、China Telecomの持株会社CTHK Groupの75.1%出資セルラー電話会社China Telecom(HK)Ltd.が上場され(97年10月)活動を開始し(98年4月)、また米国の衛星通信グループOrionとのVSATサービス合弁China Telecom(Hong Kong) International Access(CTIA)が合意される(97年12月)など展開が活発である。アジア不況のなかで中国政府が98年の経済成長率8%を約束した形でもあり、中国の電気通信市場開放と外資導入への期待はますます膨らんでいる。
香港
しかし、Hong Kong Telecomとその親会社(54.3%出資)C&Wは、CTHK上場時の民間株式(24.9%)引受団に入れて貰えなかった。CTHKは既に広東省と浙江省の移動電話事業を経営しており、近く江蘇省の事業買収も噂される。中国政府は昨年のHong Kong Telecom株式5.5%買収時に持株比率を30%まで引上げるオプションを得た筈だが、どうやらCTHK GroupとHong Kong Telecomの関係は13%出資の現状を維持してC&Wの本土進出の意図を遮り、セルラー会社CTHKを本土各省の移動電話拡充に当たらせる戦略と思われる。
 香港市場でHong Kong Telecomは、固定電話NCC3社や移動通信NCC8社と激しい競争を展開しているが、97年12月にPCS会社Pacific Linkを買収するなど市場シェア(96年94%)の維持に努めている。
 C&W経営にとって、香港は96年度全売上高の44%と相変わらず比重が高いが、リチャード・ブラウン社長(96年7月就任)は、従来の権益獲得戦略から自由化時代の効率的世界事業経営への転換を図り、香港への依存度を引下げを指向している。98年4月にはテレコム・イタリアと広範な国際提携で合意し、98年5月にはMCIのインターネット事業部門を625百万ドルで買収することになった。テレコム・イタリアとの提携は、C&Wの北米やカリブ海地域の事業会社にテレコム・イタリアが出資するほか国際通信事業の共同運営を図る内容で、“残り者の連帯”の感があるものの、BTやドイツ/フランス・テレコム連合に対抗し得る第4位のメガキャリアー提携と言える。MCIインターネット事業部門の買収は、MCI/ワールドコムが成立すれば世界のインターネット通信の6割以上支配することになるとのEUの独禁懸念に対応するもので、実現までに曲折が予想される。2年位かかりそうだが、未来の通信網がIPネットワークを指向しつつあるとき、C&Wの将来に大いに貢献すると思われる。

韓国
既に電話先進国の域に達した韓国は、固定電話はKorea Telecomを含む4社、移動電話はSK Telecom(KT筆頭株主のKMTが96年鮮京グループ中心に変更、改称)を含む8社、無線呼び出しサービスは13社で、活発に競争展開中である。
 外資制限は20%だったのを、WTO約束ベースで98年から33%(KTは20%)、2001年から49%(KT33%)に緩和することしていたが、98年4月に今回の危機に伴う資金不足解消対応と経済構造改革上の手段として99年から49%に前倒しすることとした。

台湾
台湾では97年末からの移動電話6社参入を除き中華電信(Chunghwa Tele-com)の独占が続いてきたが、98年4月にフルサービス2社、長距離3社、国際2社、市内(事業者数未定)等の新規参入を認める自由化案と99年6月までの免許交付スケジュールを発表した。この第2次開放の対象市場は188億ドルと見込まれる。なお、現行20%の外資比率は60%に緩和される。

シンガポール
不況アジアの元気の象徴シンガポールの電気通信は、Singapore Telecomの民営化(92年4月、現在も政府持株比率82%)後も移動電話Mobile One1社が参入した(97年4月)だけだったが、98年4月に新規基本通信(国内・国際)/移動体通信事業者としてNTT/BT/シンガポール電力/シンガポール・テクノロジー・グループの連合体を選定した。通信収入国際比率44%のシンガポールは、東南アジアのハブを目指して国際通話料金を香港レベルに近づけるため、97年11月に50%引き下げ、98年5月に再度の値下げを行っている。

マレーシア
Telekom Malaysiaの民営化(87年、政府持株72%)によりアジアの通信自由化で先行するマレーシアでは、フルサービス3社(TRI-Celcom、Binariang、TIme Telecom)、長距離・国際・移動1社(Mutiara)、移動1社(Mobikom)、市内1社(PrismaNet)の参入があり、フルサービス3社が外資を受入れる(DT、US West、SwissTelecom)一方、Telekom Malaysiaが南ア、マラウイ、ガーナ、バングラデッシュ、インド、スリランカ等に累計20億ドル投資している。
 情報を戦略分野に指定しマルチメディア・スーパー・コリドール(MSC)計画を推進するマレーシア政府は、金融危機への対応に当たり、大型プロジェクトの凍結・延期のなかで、情報技術都市サイバージャヤ計画は促進サイドにしている。98年2月にNCCの外資比率をWTO約束ベースの30%から49%に引き下げたが、4月には5年間の期限つきながら61%まで緩和した。通信分野への投資を促進し、外資を触媒に通信事業の統合・強化を狙う策とされ、例えばTime TelecomをSingapore TelecomやNTTが買収する可能性がある。

タイ
金融危機の口火を切ったタイは、伝統的通信事業者TOT(国内電話)とCAT(国際その他の)、Shinawatra Compueter & Communications、移動体通信AIS、TACなど通信事業者の外債合計57億ドルの打ち切りを恐れる身の上で、98年4月には、BTO方式の採用によりTOTから免許を受けて基本サービスを提供する事業者Telecom AsiaやThai Telephone & Telecommunica- tion:TT&Tの外資制限が緩和され、TOTやCATの民営化も検討されている。
インドネシア
インドネシアでは、国内通信をPT Telkom、国際通信をPT Indosatの二つの国有会社がほぼ独占的に提供しており、PT Indosatは94年に株式の35%を、 PT Telkomは95/96年に株式の23。5%を放出しいる。設備拡充はBOT方式の一種であるPBH(収入分配)方式とKSO方式(共同事業運営方式)で行われてきた。金融危機発生以来国際合弁KSOオペレーター5社の利率や期間の条件見直しが難航している。

アジアの投資環境の今後
 自由化とグローバル化に伴い、短期・長期の巨額なマネー・フローが有利な投資対象を求めて世界を駆け回る。アジアの移動通信は依然として高成長分野であるが、固定電話ないしインターネット分野にはやや陰りが出ている。アジア経済の早急な回復が見えない時、APEC加盟国特に日本の奮起が望まれているが、情報通信投資を成長の原動力とするには、我々は従来考えられなかったことを考え、実行していく必要がある。

(関西大学総合情報学部教授 高橋洋文)

(入稿:1998.6)

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